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第118話「禁忌を破る決断」

 その頃、アンはブロイドの元へと急いでいた。


 ブロイドはサマリアン島の未来を考え、食事も手につかないほどであった。長いテーブルには課題となっているジャガイモがあるが、ブロイドは複雑さを感じながらそれを見つめていた。


「総督、お食事をとらないと今後の業務に差し支えますよ」


 声をかけたのはウヴァロだった。彼女はブロイドを案じながら彼の隣に座っている。


「ああ、分かっている」

「総督、客人が急ぎの用で参られましたが、いかがなさいますか?」

「帰ってもらいなさい。今は客人の相手をしている場合ではありません」

「どんな客だ?」

「は、はい。それが――」

「ちょっ、困ります。総督は今お食事中で」


 少し遠くの扉の向こう側から騒ぎ声が聞こえる。


 声の正体が気になったブロイドが扉のほうに目をやると勢いよく扉が開いた。アンが入ってくると、ブロイドもウヴァロも驚いている。


「アン!」

「久しぶりだな、ブロイド兄さん」

「ちょっと、いきなり無礼ですよ! ――って兄さん!?」


 ウヴァロはアンの顔を見た後でブロイドの顔を見た。


「アンは私の妹だ」

「ええっ!? しっ、失礼しましたっ!」

「構わん。それより兄さん、緊急案件だ」

「話を聞こうか」


 アンはこれまでに知った事情の全てをブロイドに話した。


 おおよその事情はブロイドも知っていたが、本国の人間に対しては手も足も出ない事を歯がゆく思っている。アンもそれを察してはいたが、この状況を放置できるような臆病者ではなかった。


「兄さん、このままじゃ縁都民だけじゃない、島民たちが飢餓の状態になる」

「そんな事は分かっている」

「だったら――」

「アン、お前も分かってはいると思うが、島民たちにとって飢餓がばれる事は餓死するよりも恥ずべき案件だ。あの暴虐王が死んでからは貧困がばれる事が何よりの恥となった。この事態を女王陛下にお伝えする事は、彼らの貧困を外に漏らすようなものだ。その事が島民たちに知れれば反逆が起きかねない」

「なるほどな、謎は全て解けたってわけだ」

「「「「「!」」」」」


 そこにもう1人の人物が現れると、部屋にいる者たちが全員驚いた。


 アン1人を除いては。


「あなた、一体何者ですか!?」

「ルビアン・コランダム。アンの友人だ」

「アン様のお友達?」

「アン、それは本当か?」

「いや、あいつの思い違いだ」

「おいおい、今は冗談を言ってる場合じゃ――」

「そうだ、冗談を言ってる場合じゃない。ルビアンは私の恋人だからな」


 アンはそう言いながらそっと笑みを浮かべた。


 それを聞いたブロイドはアンの表情に安堵を覚えた。2人の関係をよく知っているわけではない。だが2人の仲が相当良い事はすぐに分かったようである。


 アンの思い込みと意志の強さはモルガンに通じるものがあった。


「そんな事より、今はサマリアン島の問題だろ」

「そうだったな」


 そ、そんな事よりって、ルビアンは私よりもジャガイモのほうが大事なのか。


 ルビアンは彼女の話を流した。こちらも十分すぎるほど重要である事を承知の上でアンは冷めた表情になり、寂しそうに青ざめた顔でルビアンの方を向いた。


 それを見ていたブロイドは、アンもようやく恋を覚えたかと安心したようだった。


「自己紹介が遅れたね。私はブロイド・ベルンシュタイン。妹がいつもお世話になっているようで」

「えっ……もしかして総督ってアンの兄貴か?」

「ああ、私には9人の兄と6人の姉がいるんだ。ブロイド兄さんは上から8番目、男だけだと上から5番目の兄にあたる」

「そういや子沢山だったな。それはそうと、サマリアン島の事はアンから聞いたぜ。アモルファス島でも色々あってな。ちょいとこことも関係ありなんだよ」

「良いだろう。話を聞こう」


 ルビアンはアモルファス島の事情やこの件を既にディアマンテが知っている事を告げた。


「それでさっき女王からアベンを止めるように命令が下ったってわけだ。あいつはもう袋の鼠だ。今俺たちがすべき事は、ジャガイモをサマリアン島に返してアベンを逮捕する事だ」

「何だと!?」

「それじゃあ……」


 ブロイドとウヴァロが驚いたのも無理はない。


 島の事情が外に漏れた今、もはや戻るに戻れない状況となったからだ。


 本来であれば島民の代表らと会議を重ねて決めるべき事をルビアンが1人で勝手に実行してしまい、下手をすれば反逆が起きかねない。それを危惧していた彼には身勝手な行動に映ったが、それ以上に身勝手なアベンの事を思えば、今は咎めるべきではないと考えた。


「ああ、ここの実態を女王が知った今、情報が全部外に漏れたのと一緒だ。島民にはわりいけど、やっぱり見捨てておけねえよ。あんたはアベンにここの事情を伏せておく代わりに、ジャガイモを全て本国に輸出するように言われていた。それが事の真相だ。あいつはこの島の禁忌を利用してジャガイモを大量に確保し、莫大な利益を稼ごうとしてるんだよ」

「――なんて酷い事を」

「アン、今から一緒にアベンを止めに行くぞ」


 ルビアンはそう言いながらアンに手を差し伸べた。


「ああ。兄さんはジャガイモの輸出を停止してくれ」

「……」


 ブロイドは決断を渋る素振りを見せた。重大な事ほど慎重に進めようとするブロイドは現場主義のルビアンとは対照的であった。


「兄さん、総督はただ植民地支配をするだけの職務じゃない。女王陛下に代わって現地の民を守る役目もあるはずだ。そうでなければ……何のための総督だ?」


 アンがブロイドの背中を押すように言った。


「――分かった、行ってこい」


 アンはついに観念したブロイドの言葉を受けるとルビアンと手を繋ぎ、そのままシュパッと外へ瞬間移動していくのであった。


「総督、あの方は本当にアン様の恋人なのでしょうか?」

「さあな。だがアンがあの男を好いているのは見ていてよく分かった。あいつは普段こそ冷静沈着だが、思った事がそのまま顔に出るところがある。きっと似た者同士だ。どうなるかまでは分からんがな」

「貴族と平民ではありますが、何だかお似合いな気がします」

「突然うちを出て行ったかと思えば、あんなにも無鉄砲で生き生きとした男とつるんでいるとはな。食堂に就職したと聞いた時は何を考えているのやらと思ったが、どうやら相性の良い男を選んだようだ」


 ふと、ブロイドは天井を見上げながら過去を振り返った。


 かつて父が言っていた言葉を思い出す。


 人を用い統率する事においてはブロイドが勝る。


 だが決断をする事においては……アンが勝ると。

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読んでいただきありがとうございます。

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