第117話「女王の覚悟」
その頃、女王の部屋ではルビアンとエメラがディアマンテと対面していた。
ルビアンは堂々たる立ち振る舞いだが、エメラはいきなり女王の部屋に来てしまった事を恐悦至極と思いながら彼のそばに佇んでいる。
ディアマンテはルビアンたちの事情をおおよそ察しながらも話を聞いた。
「このような形でお会いになる無礼をお許しください。女王陛下」
エメラはディアマンテにすっかり恐れおののいている。もう逆らう気は微塵もないようだった。ここ2年でディアマンテの政策が全面的に成功を収め、大臣派の代表である彼女ですら真正面からは逆らえない状況となっていた。
エメラはそんな状況を覆そうと世界各地で戦果を挙げ続けているアルカディアに目をつけ、アルカディアのパトロンになる事で逆転を測ろうとしていた。
「構わん。エメラはともかく、ルビアンにとってはいつもの事だからな」
「いつもの事っ!」
「まあな。でも今回だって状況が状況だからな。サマリアンジャガイモがサマリアン島から大量に輸出されてんだよ。もしこの状況が長引けば――」
「サマリアン島から大量の餓死者が出るな」
ディアマンテが冷静な表情を保ちながらも、窓の外を見ながら物寂しそうな声で答えた。
国王という立場上感情を表には出せないが、心の内ではサマリアン島民を憂いていた。自らの会社の系列の者が恐ろしい事をしているのかと思うだけで、彼女の心はヒビが割れるように傷ついた。
「アベンです。アベンが作業員たちにジャガイモを船へと運ぶよう指示していたのです」
「……そうか」
アベン、せっかくそなたに再起の機会を与えたというのに。
また裏切られたか。妾はいつも裏切られてばかりだな。
「アベンはかつて最強のパーティと呼ばれたコリンティアの者であった。それ故今まで世話になっていた事もあり、妾が直々にコリンティアの元メンバーたちが食べる事に困らぬよう職を与えたのだ。断った者は1人だけであったがな」
ディアマンテがルビアンの顔を見ながら言った。自分よりもルビアンを選ぶほどの求心力を彼が持っていた事は、彼女にとっては嬉しくもあり虚しくもある。
自らの行いが結果的に植民地の破滅をもたらした事に彼女は無念を抱いた。
「それって、どういう事だよ?」
「知らないのですか? 女王陛下はモンドホテルの社長なのですよ」
「えっ! マジでっ!?」
「女王陛下は食糧不足に苦しむ民を救うため、レストランモンドを世界各地の植民地に置く事を決定なさったのです。ですがまさか、あんな恐ろしい事が行われているとは思いもしませんでした」
「もっとも、今となっては国営の会社だがな。だがまさかそんな事になっているとは知らなかった。これは妾の任命責任でもある。だが妾は国王の仕事故、ここから動く事はできぬ。ルビアン、そなたにアベンを止める事を依頼したい」
「ああ、分かったよ」
ルビアンは快くディアマンテからの依頼を受け入れた。
実態を知ったディアマンテはアベン弾劾を決定する。
「エメラ、そなたは今すぐ王都にあるレストランモンドを営業停止にしろ。それからアベンとその仲間たちを全員逮捕するのだ」
「かしこまりました、女王陛下」
エメラが女王の部屋を去っていく。そしてルビアンとディアマンテの2人きりになった。
「はぁ~、国王って本当に疲れるわねー」
ディアマンテは全身の力が抜けたように高級なふかふかのベッドに横たわった。
「自分で選んだ道だろ」
「ええ、そうね。何かあればすぐ任命責任を問われるし、世のため、民のため、そう思って何かをやろうとしても、必ず誰かが……あたしの邪魔をする」
「でもあんたって、国王になれるほど強いんだろ?」
「ええ、自慢じゃないけどね。いっその事、この膨大な魔力を全て解き放ってしまいたい」
ディアマンテは自らの手の平を見つめながら、その宿命づけられたかのような自らの魔力を呪った。
回復系統の魔法以外が壊滅的なルビアンにはそんな彼女の心境が理解できなかった。
「あたしね、生まれつき全ての魔法が使えるの」
「やっぱり自慢じゃねえか!」
「ふふっ、ごめんね。でも本当の事だから。あたしは戦争で両親を亡くして孤児院で過ごしていたわ。でも戦争の影響で孤児院の運営すらままらならず、あと少しで孤児院の取り壊しが決まった時、先代が孤児院を買い取ってくださったの。その時たまたま訪れていた先代があたしの魔力の強さに気づいたらしくてね、それで先代の養子となったあたしは、その日から毎日英才教育を受けたわ。国王としての気品、立ち振る舞い、知性の全てを授けられ、お父様はそれを見届けると、まるで肩の荷が下りたかのように去っていったわ。あたしはあの時から、国王になる事を宿命づけられていたのよ」
「それで先代の後を継いだってわけか」
「ええ……今にして思えば、お父様は誰かがこの宿命を受けなければ、国は乱れ、行政は腐り、かつてのあたしのような……貧しい孤児たちで溢れかえるような世界になる事を知っていたのかもしれないわ。だからあたしは、この命尽きるまで宿命を背負う覚悟をしたの」
ディアマンテはその力強くも悲しそうな目でルビアンを見つめた。
その生半可ではない覚悟を知ったルビアンは、ずっと彼女を支え続けようと思った。すると、ディアマンテがルビアンに近づき口を開いた。
「ルビアン、力には責任が伴うの。それを忘れないで」
「ああ、忘れないよ」
「時間がないわ。あなたはサマリアン島へ行き、アベンの計画を阻止する事、良いわね?」
「分かった。じゃあ行ってくるよ」
ルビアンはそう告げるとすぐにサマリアン島へ瞬間移動をする。
ディアマンテは使用人が部屋へ入ってくると、すぐに女王の皮をかぶり、女王の部屋から玉座の間へと向かい、再び国王の職務へと戻っていく。
彼女はずっと語らなかった想いを口にしたのか、幾分か気持ちが楽になっていた。
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