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第114話「島民たちの秘め事」

 サマリアン島はアモルファス島に比べて貧しかった。


 王都から最も近い大都市である縁都こそ栄えてはいるが、縁都以外の町や村は田舎そのものであり、慢性的な食糧不足が課題となっていた。


 だがこの事は基本的に秘め事として伏せられており、島民からしてもこの事が外にばれる事は防ぎたいと思っている事からも、これを知る者は少なかった。


 エメラはサマリアン島の事情をルビアンたちに話した。


「まあそういうわけですから、くれぐれもこの事は内密にお願いしますよ」

「別に構わねえけどよ、何で島民は自分たちが貧乏である事を隠したいんだよ?」

「元々サマリアン島はアモルファスから独立した王国だった。その頃の王の中に暴虐王という奴がいた。暴虐王は使用人に命じて貧乏人を見つけては魔法の人体実験をしていたんだ」

「マジかよっ!?」


 ルビアンは驚きながらアンの思いつめたような横顔を眺めている。


 アンもこの事は語りたくなかったが、エメラが事情を知っており、ルビアンにも知れ渡ってしまった以上、話さないわけにはいかなくなった。


 どこの国よりも貧乏人の人権が軽んじられらた反動なのか、やがて暴虐王が死ぬと革命が起こり、王族が全て殺されて共和制になってからは自分や他人の貧乏を明かす事がタブーとなっていった。


 いつかまた暴虐王のような存在が現れた時に備えてはいるが、その時が来る事はついにないまま今を迎えている。意味がなくなり形だけが残ったこの風習をなくしたいとアンは願っていた。


「その頃からサマリアン島民は外に行った時も、滅多な事では自分たちの裕福さも出自も一切語らないようになってしまってな、それでいて貧乏だと思われないように高い服を着るのが当たり前になった。だから見ただけでは誰が貧乏なのかが分からないようになっている」

「でもアンは普通に明かしてたよな?」

「――私はもう……そんな時代は終わったと思っている」


 外を見ているアンのサラサラとしたロングヘアーが潮風に吹かれている。


 ルビアンはそんな彼女を見つめながらそっと笑みを浮かべるのだった。


 その頃、王都の食堂にて――。


「はぁ~、お客さん来ないわねー」


 ガーネが徐々に大きくなる腹をさすりながら客1人いない食堂内を見渡し嘆いている。


「今お客さんに押し寄せられたら、ルビアンもアンもいないこの状況では調理が間に合うか怪しいぞ」

「翡翠の言う通りやで。カーネリアだけじゃ接客も間に合わんやろうし」

「……」


 カーネリアがうずうずしたような顔で斜め下を向き床を見つめている。


「カーネリア、どないしたん?」

「いや、何でもない」

「ルビアンがアンに取られないか心配してるんやろー」


 加里が顔をにっこりさせながらカーネリアに近づき、肘を軽く当てながらからかうような口調で彼女の緊張をほぐそうとしている。


 カーネリアはそんな彼女の気遣いを察したのか、顔にはすぐに笑みが戻った。


「アンなら心配はいらない。久しぶりの帰郷だからな」

「?」


 加里がきょとんとしていると食堂の扉が開いた。


 入ってきたのはジェイだった。魔法使いのような魔性の格好でツカツカと靴音を鳴らしながらカウンター席へと座る。


「いらっしゃいませー」

「ふーん、アンが転職したって聞いたから来てみたけど、繁盛してないのねー」

「ああ、向かい側の店のおかげでな。アンならサマリアン島まで行ったぞ」

「サマリアン島って……どうしてあなたが知ってるのよ?」


 ジェイが酷く驚いている様子だ。


 彼女はサマリアン島の事情を知る数少ない人物だった。アンと仲の良かった彼女は仕事を一段落させてからここへやってきたは良いが、アンに会えなくて残念そうな顔だ。


「アンから聞いた」

「そう……!」


 ジェイが翡翠を見ると、何かを思い出したように勢いよく立ち上がった。


「あなた、あの時の」

「確かコリンティアの元メンバーのジェイだったな?」


 翡翠がジェイに気づいてキッチンから出てくると、彼女に向かって声をかけた。


 この2人はかつての戦争中に出会っている。あの東海岸沖の海戦である。ジェイは数で上回るアモルファス軍を壊滅させたのが翡翠である事を知っていた。


 あの戦いで軍人たちから最も恐れられていた将軍であるはずのこの女が……何故ここで食堂の料理番をしているのかしら?


「久しぶりだな。まさかこんな形で再会するとは思わなかった」

「どうしてここで働いているの?」

「色々と深い事情があってな。今はもう将軍を辞めている。元々争う事は好きじゃなかった。家族を養うために軍で働いていたが、もう意味がなくなったからな」


 翡翠は御影の命で家族を全員殺された事を思い出す。そんな彼女の事情を知る食堂の同僚たちは彼女に同情の念を寄せた。加里もまた、翡翠と同じ運命を辿った者としてそっと彼女を正面から抱いた。


「どういう事?」

「お客様、それ以上個人の事情を聞くのは野暮というものですよ」


 何の事情も知らないジェイを咎めるようにカーネリアが少し強い口調で言い放った。


「……分かったわ。お勧めのランチセットをちょうだい。カロリーは控えめね」

「かしこまりました。激ラーと激チャーのセット入りまーす」


 2人を傷つけた罰だ。お前の反応を楽しみにしているぞ。


 カーネリアが親指を上に突き出した。それを見た加里は了解したと言わんばかりの笑顔になり、早速調理を開始し、しばらくすると料理が完成する。


 ジェイの目の前には真っ赤なマグマのような激辛ラーメンと真っ赤に染まった激辛チャーハンが置かれている。


「ちょっ、ちょっと、どうしてこんなに激辛なのよ?」

「激辛は汗がよく出ますし、代謝が良くなって痩せやすくなるんですよ。あなたの注文通りカロリー控えめです。さあ、お召し上がりください」


 カーネリアが人を天国へ連れていく天使のような笑顔で言うと、ジェイは恐る恐る箸とスプーンを持ちながらその手をプルプルと震わせている。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!」


 ジェイの断末魔が食堂の周辺へと響き渡り、食堂は激辛ブームを迎えるのであった。

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