第103話「膨らむ期待と怨讐」
モルダは誰の味方もしたくはなかった。
だがアベンたちの配下になった以上は彼らに従う必要があった。アベンたちは有名な討伐隊の元メンバーであった事もあり、天下りによってモンドホテル傘下であるレストランモンドの社長を任された。
無論、アベンたちにとっては再び討伐隊を組むまでの繋ぎでしかない。
モルダはモンドホテル内にあるギルドの雇われ店長であった。だが需要が増えすぎたためにより優秀な者が雇われ店長を務める事となり、モルダはレストランモンドの支配人となった。つまりは出向である。
「まあ、そういう事だぁ」
「そ、そうですか」
「アンが急にコリンティアを辞めたせいで俺たちは居場所を失った。おまけに向いてもいないレストランの仕事に就く破目になるしよぉ。あいつだけはぜってぇ許さねえ」
「それと、ルビアンの奴が余計な事をしたせいでもある。幸いにも2人共食堂で一緒に仲良く店の経営をしている。あの食堂を潰せば、アンが戻って来るかもしれん」
クンツが『食堂倒産計画』を企み、奇しくも利害が一致しているアベンとパイロもその計画につき合う事となった。
クンツはルビアンが忠告を無視して移民たちを取り入れた王都部隊を活躍させた事で、相対的にネイティブアモルファス人の地位が下がってしまった事を酷く恨んでいる。
その頃、王都の郊外にあるアルカディアのアジトにて――。
モルガンたちは久々の帰還を祝うべく祝杯を挙げていた。
酒を飲みご馳走を食べのんびりと過ごし、彼女らにとっては至福の一時であった。ルビアンがいなくなってからは雑用係がいない事の不便さにさすがに気づいたのか、食料の調達も家事も最低限はこなすようになっていた。
ついに、ついにルビアンと結婚できるんだ。
ルビアン、お前との約束は忘れていないぞ。私が強くなったら結婚してくれると。この時をどれだけ待ち望んだ事か。
遠い昔、幼き頃よりルビアンとモルガンは『結婚』の約束をしていた。
モルガンはずっとルビアンの言葉を覚えていた。強くなったら結婚するという言葉を。幼き頃のルビアンはずっと強い者への憧れの念を抱いていた。それ故に結婚を求めてきたモルガンに対し、ルビアンが勢いで放った言葉だったが、それを彼女は今でも真に受けている。
アルカディアは世界中に突如として現れた上級ドラゴンたちを次々と倒し、王都ばかりか世界中が彼女らに注目していた。
皮肉にもルビアンがいなくなってからアルカディアが全盛期を迎える形となり、巷ではルビアン追放は正解だったとの声も上がっていた。
「モルガン、顔がにやけてるわよ」
何かを察したスピネがモルガンの戦士とは思えない顔を指摘する。ずっと一緒に戦い続けていた事もあり、彼女のおおよその考えはお見通しだった。
「こういう席なんだから、別に良いだろ」
「ルビアンの事考えてるんでしょ?」
「べっ、別にそんな事はない」
モルガンが赤面しながらそっぽを向いて答えた。
「分かりやすいわねー。でもまあ、結婚して専業主婦になってもらうくらいなら別に良いんじゃない。あいつ家事はできるし、あたしたちのお手伝いになってもらいましょうよ」
「おいおい、ルビアンはずっとうちで私の世話をしてもらう予定だぞ」
「それくらい強くなったんなら、あいつもさすがに結婚に応じるだろうな。まっ、死なない程度に一生こき使ってやれよ。はははっ」
アマゾナやオニキがルビアンをこき下ろしながらも、ルビアンとモルガンの結婚をまるで観念したかのように渋々歓迎していた。モルガンはパーティ内外から憧れの的であるため、ルビアンがやっかみを買う事も少なくなかった。
だがここにきてようやく周囲も彼女が幸せになる事を願うようになっていた。
モルガンは遠征の疲れが癒えたらルビアンに会いに行こうとしていたが、女王との謁見や貴族たちとの交流もあるためになかなか食堂へ行けないでいた。
「さっき見かけたんだが、食堂まだ開いてたな」
「ルビアンの事だから、もう追い出されてんじゃねえか」
「あいつは幾多のピンチを乗り越えてきた男だ。そう簡単には倒れんよ」
「もっと良い相手がいるだろうに」
モルガンたちは祝杯が終わると、それぞれの仕事へと戻っていく。
次の遠征まではまだ時間がある。その日が来る前に――。
数日後、食堂ではある異変が生じていた。
ジャガイモの値段がさらに上がった事で、ルビアンたちはジャガイモを手に入れる事さえ困難になってしまったのだ。
アンはいつものように八百屋からジャガイモを仕入れようとしたが、そもそも交渉する以前に取り引きさえできなかった。ジャガイモは1個15ラズリが基準値だが、ジャガイモが入手困難になった事で仕入れる事さえ難しくなっている。
「悪いな、今日もジャガイモは売り切れだ。多少傷んでるやつでも1個55ラズリ、おかげでうちはぼろ儲けだ」
「店長、何とかうちに優先的に売ってはくれないか?」
「そいつは無理な相談だなぁ」
「何故だ?」
アンがきょとんとした顔で手に汗握りながら疑問を呈する。
「うちのジャガイモを1個70ラズリで買い取ってくれるっていうとこがあってな」
「1個70ラズリだとっ!」
「ああ、どこかは言えねえけど、随分とお金持ちなんだろうな」
1個70ラズリか……基準値の4倍以上の値段だ。いくら不作続きとはいえ、そこまで高い値段で買い占める必要がどこにあるんだ?
「店長」
「何だよ?」
「いくら払えば取引先を言ってくれるんだ?」
しばらくしてアンが食堂に戻った。まだ開店前であり、ルビアンもジルコニアへと食材を仕入れに行っている時だった。
アンが食堂の扉を開けると、彼女の目に信じられない光景が映ったのだった。
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