第98話 オッサン、変態じゃん
あ、頭が痛い……
えっと、昨日は何してっけ? ユウツオから帝都テンルウまで冒険をして、途中で、デカいワームに会ったり、デカいウンコ頭に会ったりして、無事に着いて……
ゆっくりと上体を起こして目を開ける。知らない部屋だったが、知ってる奴が仁王立ちで不機嫌そうに俺を睨んでいた。
「おはようございますマスター。昨日はさぞ楽しかったでしょうね? 気分はどうですか?」
「あっ。お、おはようございますノア様」
そうだ! 昨日は、悲惨な過去を抱えながら頑張ってる友人に大切な妹がいる事を知って、なんか嬉しくなって、これまで世話になった礼がしたくて、宴会になったんだった。
「先に寝てしまって、すみません」
「それは良いです。そもそもマスターが先に寝れない日なんてありましたっけ?」
そういや、そもそもコイツは寝ないんだったわ。
「勝手に宴会して、すみません」
「それは想定内です。皆さんに奢るように私がお金を渡しましたから」
んっ? だとすると何に怒ってるんだ?
「はぁ~。とりあえず水でも飲みに行きましょうか? 動けますか?」
「動けます! 大丈夫です」
本当は、もう少し寝ていたいが、そんな事言っては大変な事になる。
ノアと一緒に6畳ぐらいの部屋を出ると長い廊下になっていた。何処かで見た事あるよな造り、しばらく歩いて大きな扉を開けると、そこは冒険者ギルドのロビーに繋がっていた。どうやらギルドの施設の部屋に泊まってたみたいだ。
ロビーの隣にある食事場の昨日と同じテーブルに座ると、目の前にいたスキンヘッドのガタイの良い男が声をかけてきた。
「よぉタツキ、二日酔いか?」
「えっ? あ、はい。そうです」
「そうか。コレやるよ」
男が目の前に置いたのは、貝っぽい何かが入った汁のようなものに、お馴染みの中華まんプレーンが2つヒタヒタなってる一皿だ。
「今、取ってきたのだから手をつけてないぜ。テンルウで二日酔いといえば、コレだ! 元気になるぞ」
「ありがとうございます」
「昨日は、ありがとうな!」
男は俺の肩を軽く叩くと、食事場の注文カウンターへと去って行った。
なんなんだ? めっちゃ親切な人だ。
「コレ飲んでみろよ」
今度は別の男が背後からやってきて、少し濁った透明の水では無い何か飲み物を置いてきた。
「そいつを飲むと頭がスッキリするぜ。昨日は楽しかったよ、ありがとうな!」
メガネで細身の顎髭をした男は、言いたい事を言って去って行った。
なんだ? なんなんだ?
「ノア! 俺は昨日、何をした?」
「私が戻ってきた時には既に、テーブルで潰れて寝てましたよ。とりあえず、それを口にして頭をスッキリさせては?」
よく分からん飲み物を一気に飲み干す。かなり酸っぱくて、レモンみたいな味だった。
貝っぽい汁みたいなのは、まんまシジミ汁だった。
美味い。二日酔いの俺には染みるぜ。
「ファラン様から聞いた話によると」
「ファランって誰でしたっけ?」
「フォルスト様の妹君です」
そういや、そんな名前だっけ?
「フォルスト様が饒舌絶好調になった所でマスターを無理矢理起こしたそうです。一瞬だけ覚醒したマスターは「俺の奢りだ! 皆飲めーっ!」と叫んで渡されたグラスを一気飲みして、また潰れたそうです」
「ぶっ!」
いかん。いかん。人様から頂いたシジミ汁を少し、吹き出してしまった。
「それは、本当の話か?」
「本当です! なぜなら私がマスターに渡したお金は無くなりましたから。それに臨時収入も全部、酒代となりました」
マジか?! 俺はバカなのか!
「本当にすみません」
「頭を冷やします? 外に出ましょうか?」
「はい。すみません。これ食べたら頭が冷えるまで帝都を歩きます」
「それは出来ません。マスターが出れるのはギルドの中庭だけです。この建物はコの字型になってるので、中央部分は外なんですよ」
「えっ? なんで、外に出れないんだ? ユウツオから来た訓練生には、何か制限があるのか?」
「いえ、お金が足りなかったので、2日以内に必ず返すという約束で借金をしています。ギルド側からの追加条件で2日の間、マスターは冒険者ギルド南支部から出れない事になりました」
「マジか……」
ちょっと考えたくないので、黙ってシジミ汁を食べる事に集中した。
しばらくして皿が空になった頃に大きな音がして、ギルドの正門ではなく食事場へ直通の扉が開かれ2人の冒険者が入ってきて大声で叫んだ。
「はぐれドラゴンが出たぞ! 白いファーテールドラゴンだ! 2パーティぐらい、15人いれば仕留めるぞ! 早い物勝ちだ! 誰かいねぇかー?」
「俺達パーティは4人だから、あと10人は欲しい! すぐ動ける奴、いねーかぁ?」
ドラゴン狩りってのは、15人ぐらいで倒せるもんなのか? 弱めのドラゴンなのかな?
なんて考えてると突然、最初に叫んだ奴がぶっ飛んだ。後ろから蹴り飛ばされたようだ。
蹴り飛ばした犯人は、黒をベースにグレーの挿し色が入った、まさに軍服というデザインの姿の奴だった。
「貴様! アレはディアエノウスの獲物と言ったろうがっ! 冒険者は大平原で獣と遊んでろっ!」
「ふざけるなっ! ドラゴンの素材は貴重だ! 早い者勝ちに決まっ」
軍服の男は、扉に残ってた冒険者が最後まで喋らないうちに顔面を殴った。さらに倒れそうになった冒険者の胸ぐらを掴むと、そのまま続けて3発殴って気絶させてしまった。
食事場にいる全員が固まった。
「一度で分からんバカな冒険者共に、もう一度だけ伝える。あのドラゴンは我々の獲物だ。近づくな!」
なんて横暴な奴だ。
俺は二日酔いでダルい身体に力を込めて、すぐに立ち上がったが、ノアが隣から肩を掴んで座らされた。
「アレはダメです。Dear ENWSとトラブルになるのは、今は避けるべきです!」
Dear ENWS? あの軍服の奴の組織か。なんかどっかで聞いたな。
「この世界で力を持ってる5大組織の1つで、1番やっかいな組織とされています。他の冒険者も動かないでしょう? 今は、まだ、関わらないで下さい」
周りと見ると、どの冒険者も拳を震わせているが、立ち上がろうとしなかった。
「空気が悪いですね。マスター、外に行きましょう」
「あぁ。分かった」
ノアと一緒に中庭に移動した。同じタイミングで軍服横暴野郎もギルドを去ったみたいだ。
空は青く今日は快晴。眼下に広がるのは商人が行き交う活気ある街。その向こうに小さく見えるのは労働者が多く集うという最下層、そして海と水平線。
中庭というか、土だけで何も無い広場は4層と5層の段差に接していて、手摺から向こうは帝都の南側が一望できる。
コの字型建物の両端にあたる部分は、牛獣人式エレベーターになっていて5層にある冒険者ギルド第2南支部下部棟へと繋がってるみたいだ。
帝都は広い、世界は広い。ユウツオ以外のはじめて都市だというのに、俺には自由が無い!
建物がデカいので、中庭広場もかなり広くて、俺等以外にも人が多くいる。左側に男性冒険者が女性冒険者を口説こうと揉めているのが見えた。
「ノア様。そういえばフォルストはどうしてますか?」
「日付が変わる頃にマスターと同じく酔い潰れました。そのあと友人2人とファラン様が、港の近くにあるファラン様の住んでる所へと連れて帰りました」
「そうかぁ~」
右側を見ると、10代ぐらい子供4人が、なんか言い合いをしている。
「ノア様。シャンウィ君とシェンファちゃんは?」
「昨夜は10時ぐらいに就寝してましたよ。マスターが寝てた隣の部屋も借りてますので。今朝になって港を見てみたいと、2人で出ていきました」
「そうかぁ~。えっ?! 港? 港あるの?」
俺はビックリして、背後にいるノアを見た。
「ありますよ。南の最下層は海に面していて、漁業が盛んに行われています」
「俺も行きたい!」
「行けませんよ」
漁業をしてるなら、魚介系の料理がたくさんあるはず。寿司に出会える可能性もある。行きたかった。
左側を見ると、さっきの言い合いをしてた子供達が殴り合いに発展してた。
「ちょっと止めてくる」
すると、ノアが立ち塞がった。
「良くないですよ」
「なんでだよっ! 殴りあってんだぞ?」
「それがこの世界です。マスターの人を助けする志は良いと思いますが、過度な干渉はよくないです。この世界の人達は、こうやって、たくましく強く生きていっているのですから、日本とは違うのです」
気づいたら殴り合いは終わってた。1人の子がボコボコにされてつつも立ち上がってギルドへ入って行った。残りの3人は何やら話合っている。
確かに、この世界は厳しい。命が軽いかもしれない。けど、だからといって助けない理由にはならないと思う。
今のは命にかかわる感じでは無かったが、目の前で困ってる人がいたら助けてあげたい。
俺は柵を背に空を見上げた。
「この異世界生活、実は俺は向いてないかもな」
「そんな事ないとは思いますけど、むやみやたらにトラブルに突っ込んでいかないで下さい」
今度は、ギルドの屋上で揉めてる3人組が見えた。2人の大人が小さな女の子を怒鳴りつけているように見える。
やはり大きな街は、揉め事も多いみたいだ。あちらこちらで揉めてるので、気になってしまう。
「それにしても、俺は何処にも行けないのに、2日以内に借金を返さないといけないのかぁ~」
「大丈夫ですよ! それにはアテがありますので、なんとかなると思います」
「えっ?!」
再びビックリしてノアを見た。
「マスターの失敗の尻拭いをするのも、私の役目ですから。特にお金に関しては最初から、どうしようもない奴だと思ってましたよ!」
お金の問題ばっかり起こして悪かったな!
顔を上に向ける。段差の端だからか、風が強くて心地よい。
「なっ!」
俺は手摺りから背を外し、拳を握った。目にしたのは、大の男が2人で幼女を殴っていたからだ。
さらに、幼女は首を掴まれ苦しそうに持ち上げられている。
「アレは見逃せない!」
「マスター?」
俺がギルドの中へ走ろうとした瞬間、幼女は殴り飛ばされ、ギルドの屋上から落下した。小さな身体は強風に乗って、1つ下の5層に落ちるコースだ。
こういう時、俺は考える前に身体が動いてしまう。トラブルに自分から突っ込むな。と今ノアに注意されたばかりだというのに。
柵に足を掛け、身を乗り出し、落ちてくる幼女にタイミングを合わせて、両手を伸ばして跳ぶ。先に右手が届いて灰色のフード付きローブを掴む事が出来た。すぐに引き寄せて小さな身体を両腕で包み込む。
地面を確認する。ジャンプの勢いが強かったらしく、真下の下部棟の屋根へ落下コースから外れて、隣の荷車着け場に落ちそうだ。
狙い通り。落下しながら全身の筋肉を使って、なんとか体勢を整え両足で着地できるようにする。
ぐんぐんを地面が近づいつてくる。
俺がこの子を守るんだ。大人に殴られて、高い所から落ちて死ぬなんて、こんな理不尽な事があってたまるか!
両足に力を込める。すると急に熱くなってきた。血が流れるように、何処からか魔力が俺の脚へと流れてくる。
そして、土埃噴き上げ衝撃音を響かせて、5層の地表に落下した。
脚の指先から全身へと、一瞬で衝撃が伝わって両脚の骨が全て砕け散る。筋肉が裂け皮膚が割れて、辺りに血を撒き散らしたが、太腿から上は無傷で済んだみたいだ。逆に太腿から下はタコの脚のような状態で、自身を支えられず、うつ伏せに倒れるしか無かった。
倒れたと同時に両腕から幼女が転げ落ちる。幼女はすぐに立ち上がると俺を見下ろした。
灰色の大きめなローブの下から見えるのは、白い素肌に白い長髪、まつ毛も眉毛も白く、着ている服も汚れているが白いワンピースのようだ。歳は…… 10歳ぐらいか? かなり可愛らしい顔をしているが鼻血の痕があり、よく見ると全身アザだらけだ。
「だ…… 大丈夫かい?」
両脚の激痛で頭がいっぱいになっていたが、何とかうめき声を上げないように聞くと、幼女は黙って頷いた。
「何やってるんですか! もう。大丈夫ですかマスター?」
ノアは1分もしないうちに駆けつけてくれた。早すぎる。コイツもしかしてエレベーターを使わずに飛び降りてきたな?
「痛っ、そ、その子を…… 保護しないと……」
「保護してどうするのです? マスターが育てるのですか?」
俺が育てる? それは無理だろう。子育てなんてした事ない。なら、どうするか……。
「施設に…… あずける」
「それが、この子の為になるんですか? 自分で最後まで責任も持てないのに、中途半端に助けるんですか?」
「虐待を…… されているんだぞ!」
「それで、目の前にいる全ての不幸な子供を助けていくのですか? 冒険者を目指すよりも孤児院か養護施設を立てたほうが良いんじゃないですか?」
確かに。そうかもしれん。
「でも、そうなればGMからのクエストを遂行するのは困難です。私は支持出来ませんしサポートも致しません」
「なら、どうするってんだよっ!」
「この世界には、この世界のやり方があります。日本とは違うのです。それに従って下さい。それが、たとえ納得し難いやり方だったとしても。今のマスターには、やりたい事をやり通すだけの力がありません!」
ぐっ……
そうだよ。俺には力が無い。だからって見て見ぬふりをしろってか?
「おーい。オッサン大丈夫か?」
「何やってんだよ~」
白い幼女を殴り飛ばした2人の男がやってきた。幼い女の子の命を危険にしたというのに、慌てる事もなく焦る様子もなく、半笑いでやってきた。
「“何やってる”だと? お前らは何やってんだぁ!」
俺の八つ当たり混じりの怒号が、2人の男をたじろかせる。幼女のほうも萎縮させてしまったようだ。
「何怒ってんだ? てめぇは、自分で落ちただろうがっ」
「おい、白いの。迷惑かけてんじゃねー、行くぞ! こっち来い!」
「行くな!」
右腕で上体を起こして、左手を幼女へと伸ばす。怒りと痛みを我慢して、出来るだけ笑顔を向けた。
「行かなくていい。辛いだろう? おじさんの所においで」
白い幼女の目を見る。俺なりに誠意を示してるつもりだ。
しかし、白い幼女は2人の男の所へと走って行った。
「キモっ! 幼女を誘うなんてよぉ」
「オッサン、変態じゃん」
……そうか。この状況では俺は変態で不審者か。
「マスター……」
俺は地面に崩れた。
見上げた時には分からなかったが、遠くから見ると幼女の首から鎖骨の辺りのにかけて幾何学模様があった。
つまり、白い幼女は奴隷なのだ。
2人の男に怒鳴られ、どつかれて、なのに白い幼女は2人についていく。逆らえないのだろう。
すると、去り際に白い幼女は下腹部に両手を重ね、深々と頭を下げた。3秒ほど綺麗なお辞儀をしてくれたのだ。
その後、髪を引っ張られムリヤリ頭を上げさせられると、男達と一緒に人混みの中へと消えていった。
周りには多くの通行人がいた。野次馬で見てる奴もいた。けど決して誰も手を差し伸べようとはしなかった。
俺が起こした行動は間違った事だったのだろうか……
「えーっと、マスター」
「何も言うな」
今は何も言われたくなかった。考える時間が、整理する時間が欲しかった。
ノアは、立つ事すら出来ない俺を、大都市の公衆の面前でお姫様抱っこし、借りてるギルドの部屋まで運んでくれた。
その日、フォルストは帰ってこなかった。双子は20時ぐらに帰ってきて、俺とノアに魚の串焼きをお土産に持ってきてくれた。すっごく美味かった。
俺は悩み、考え、両脚の修復に時間をかけ、その日は部屋から一歩も出なかった。




