第96話 あれが氷雪地帯だ
「タツキ? 聞いてる?」
「聞いてます。ぜーんぶ、ちゃんと聞いてますけど、分からないです!」
「もう。せっかく馬獣の操り方を説明してるのに。冒険者になるなら騎乗獣は絶対に乗りこなせないとダメよ?」
「いやだから、ちゃんと聞いてましたよ? でも、おそらく、その乗り方はダリアさんしか出来ないと思いますよ?」
俺達は騎乗獣を寝かせる為に5時間の長い休憩をとってから夜間進行を開始した。
フォルスト、シャンウィ君、シェンファちゃんは荷車の中で寝ている。ノアはダリアさんから道具を借りて、寝てないと思うが犬獣の上で騎乗睡眠をしてる。
そして馬獣に跨がり、俺とダリアさんの2人で夜を担当している。
おかげで、騎乗獣を扱う心配が無くなって良かった。なんて話したから、先生が急遽、真夜中の授業を始めだした。
決して、いかがわしい授業では無い。
「そうかしら? 他の人達も騎乗獣に乗る時は、兎獣でも馬獣でも牛獣でも、話合いが大切って言ってわよ。思ってる事を理解してあげて、こちらの思いを伝えるの。そしてら信頼関係が生まれて、上手く扱えるようになるわ」
「分かりましたよ。努力してみます。でも、そんなに上手く出来るのはダリアさんだけだと思いますよ」
どうして彼女が、騎乗獣が好きで、しかも扱いが上手いのか理解した。彼女が扱う事の出来る特有の魔闘気が理由だ。
心の陰に部類するその魔闘気の内容は、触れている相手に思いを伝える事ができ、相手の思いを理解する事ができる、接触時限定のテレパシーのようなもの。これにより、自分が乗ってる騎乗獣と会話するように意思疎通が図れるようだ。
それは、インチキだよ!
魔闘気無しで、騎乗獣を普通に操ってるフォルトと双子が凄い。
「それにしても、全く何も出会いませんね?」
「そりゃ、そんなもんじゃないかしら?」
「えっ? どうしてですか?」
「本当にタツキは知識不足すぎるわ」
「すみません」
「ここは、大平原の中心で陥没地帯よ。大地の栄養が、中心にある巨大樹群に吸われているから土地が痩せてるの。だから生き物もほとんどいないわ。横断する人にとっては嬉しい安全地帯よ」
「おぉ。そうなんですか。なら安心して進めますね!」
ダリアさんの言う通り朝まで襲われる事なく安全に進む事が出来た。何も起きなかったので、ノアもずっと寝たフリをしていた。
フォルスト達に交代して、次に起きた時には悲しい事に巨大樹群を過ぎていた。
すごく稀に空から落ちてきた大翼龍と戦闘になる事があるらしいが、基本的には安全地帯で補給用の水や食料も売っている。他にもちょっとした設備があるらしく、是非とも見てみたかった。残念。
夏である暑いこの時期は、氷雪地帯に近い陥没地帯の東側に獣達は移動するらしく、戦闘が増えたが、それでも素早い前衛のシャンウィ君とフォルスト、全員にバフがかけれるシェンファちゃん、チート野郎のノア、の昼チームは問題なく快進撃。
昼よりも涼しくなる夜は、大きめの獣が多くなるが、犬獣の機動力を活かしたダリアさんが弓で足止めして、そのまま通り抜け、必要があれば俺とノアで力押しで突き進む。
多少の傷を負う事はあったが、大きな問題はなく、順調に進み続けた。
曰く付きのパーティメンバーだったけど、実はバランスが良かったのかもしれん。
「寒っ!」
8日目の夕方、身体が身震いして突如と襲ってきた冷気に反応して目が覚めた。
時間的にも、そろそろ目を覚ます頃ではあったから良かったが、冷気によって起こされるって、目覚めが悪い。
よく見ると被り物を全部ダリアさんに引っ張られてしまってる。そりゃ寒いワケだ。
荷車の前から外を確認すると、馬獣にはフォルストが乗っている。
「シャンウィ、フラついてるぞ! もっと頭を下げて腹に力を入れろ!」
「はいっ!」
犬獣にシャンウィ君が乗っていて、どうやらフォルストが乗り方をレクチャーしてるみたいだ。
「あれ? シェンファちゃんは?」
「おう、タツキ。シェンファは荷車の後を犬獣に乗ってノアちゃんと一緒に走ってる。まだ力不足だから風受けが少ない所で訓練中だ。お前は起きるの少し早くねーか?」
「なんか寒くて、目が覚めた」
「あぁ。そういう事か。右を見てみろよ」
言われるままに、頭を荷車から出して右側を見てみる。
「なんだ、ありゃ?」
一面に巨大な灰色のカーテンが架けられているような光景は、前の世界でのゲリラ豪雨の光景によく似ている。
ある地点から先は有視界範囲が3メートルになるほど、天気が荒れていて、ゲリラ豪雨に似てはいるが水が地面を穿つ重い音はせず、舞上げる鋭い風の音が吹き荒れている。
「あれが氷雪地帯だ」
「凄いな。アレは、中もあんな感じなのか?」
「そうだ。視界は悪いし、歩きにくいし、肺が凍りそうになるほど寒い。おまけに方向感覚がおかしくなるし、景色が変わらねぇから、あそこから出られなくなる」
「えっ!? 出れないのか?」
「タツキの兄貴!」
シャンウィ君が大声を出しながら荷馬車に寄せてきた。
「前に話したじゃないですかぁ。元々はドラゴンを閉じ込める為に戦隊ホワイトが生み出したものですよ!」
そうだった。
ドラゴンを殺す為戦隊が派遣されて、閉じ込めて凍死させる事をしたんだ。
でも、アレ?
「横断ルートがあるんじゃなかったか?」
「ありますよ!」
「それを使えば半日で帝都に着く。あの吹雪の向こう側は帝都だ。その事に気づいた奴が15年前に21名の犠牲と1年という時間をかけて、横断ルートを開拓したんだ。今じゃ通行料でボロ儲けしてるらしいぞ」
ノアなら2日あれば新ルートを開拓出来るんじゃないか? ボロ儲けできたりしないかなぁ。
「フォルスト様」
「おう、ノアちゃん。どうかしたか?」
「あっ、マスターおはようございます」
「お、おはよう」
「また、何か良からぬ事を考えてましたね?」
ぐっ。そうだけど…… 何故分かったんだ?
「まぁ、マスターが私の身体を好きに妄想するのは構いませんが、それよりも」
「してないわっ!」
全く。とりあえず目覚め時に、おはようとセットで毒づいとく事が日課になってないか?
「少し早いですが、暖をとりましょう」
「了解だ。減速してから止める。シャンウィー聞いてたかぁ? 合わせろよー、大丈夫かぁ?」
「大丈夫です!」
それじゃあ、俺は薪とか水樽とか荷物を下ろす準備をしておこうかな。
荷馬車が止まると各自のやれる事をテキパキと始める。大まかに役割分担はしているが、その場に合わせて最善の行動を取るのが冒険者には必要だ。
もう1週間以上経つので皆、慣れたもんで5分もかからずに休憩の準備が整う。ちなみに、最も時間がかかると思ってた火おこしは、シャンウィ君が持ってる魔力を込めると熱を発する宝剣ヒートブレードのおかげで、3秒で火がつく。
「タツキ。ちょっと早め休息したが、メシはどうするか?」
「俺は、まだ大丈夫ですけど。準備だけ始める?」
「うーん。どうだろうか」
「シェンファは、もうご飯が食べたいです」
シェンファちゃんって、よく食べるよなぁ。大食いの人って冒険者やってて大丈夫なのか? と思ったりするわぁ~。旅してる時の食糧の減り方が凄そう。
「う~ん。おはよう」
「おはよう、ダリアさん」
「嬢ちゃん、おはよう」
「フォルストさん、申し訳ないけど、私も何か口にしたいわ。身体が起きなくて」
「了解だ。よーしタツキ、スープを作るか! 身体を動かさなくなると冷えてくるから、暖たまる物にしよう」
「了解。任せろ!」
ナベに水を入れてると、ノアが離れた所から、こっちを見ていた。
戦闘力、体力、索敵能力、機動力、全てにおいて優秀なので、こういう時は周囲の警戒役を常にやってる。だから、外側を見ろよ!
いや、もしかして、淋しいのか?! 会話に入れて欲しかったのか?! ノアといえど一緒旅をしてる仲間だ。きっと冒険者っぽい事をしたかったに違いない。
よーし! 俺がノアと見張り役を代わってやろう。皆でナベを囲めばきっと楽しいハズだ。
出来るだけ素早くスープを仕上げてる。いい匂いと見た目で、だんだんと俺もお腹が空いてきた。きっと皆もお腹空いてきただろう。
ちょうど、野菜と肉入りスープが出来上がった所で、タイミングを伺っていたのかノアが近づいてきた。
やっぱり、アイツも楽しみたかったみたいだな。
と、思ったら隣のフォルストの所にやってきた。
「フォルスト様。すみませんが、マスターと少し2人で話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「俺は構わないぜ。この辺りは獣も少ないだろうし、皆で外そうか?」
「いえ、マスターを連れて氷雪幕を眺めてこようかと思ってます」
「了解だ。おら、タツキ行ってこい! 可愛い子に呼び出しとは羨ましい奴だな!」
「まぁな!」
とは言ったが、ノアからの呼び出しって、良い予感がしない。
「どこ行くんっすか? もしかして、氷雪幕の近くに行くんすか? 俺も行きたい」
「シャンウィ~。お前はナベの番だ! 前に焦がしただろ? 練習するぞ~」
「じゃぁ、シェンファも一緒に見張る! また焦がしたら食べるのたくなっちゃうの! とっても困るから」
シャンウィ君だと心配だったが、シェンファちゃんが一緒なら安心だ。
ノアと氷雪地帯のカーテンのようになってる境界部分に向かってると、ナベの焚火から少し離れた所で別の焚火を中心に4匹の騎乗獣を集めて寝かしつけてるダリアさんが見えた。
こっちに気づいて、何やら「スープは出来た?」みたいなジェスチャーをしてるので、俺は両手で大きな丸をつくって、その後に「俺とノアはちょっと氷雪幕の方に行ってくる」的なジャスチャーをした。するとダリアさんは両手で大きな丸を返してくれた。
振り返るとノアがニヤニヤしていた。
「なんだよ」
「いえ、何でもないです。もう少し向こうへ行きましょう」
何の話をするんだ? あまり氷雪幕に近づくと寒いんだけどなぁ~。それに皆が獣に襲われてしまったらどうするんだよ~。
「どこまで行くんだ?」
「うーん。もう、そろそろいいですかね。風かの音が強くなってきましたから」
「って事は他の人には、あまり聞かれたくない話か?」
「そうですね。今はそれほど重要な話はしませんが」
ノアが止まったので、振り返ってみると車10台分ぐらいは離れている。氷雪幕の風の音もあって、俺等の会話は聞こえないだろう。
「寒いですか?」
「まぁ、ちょっと寒いな」
「これをどうぞ」
ノアは自分の腰に巻いていたカーディガンをほどいて俺に渡してきた。
「ノアは着ないのかよ。寒いだろ?」
「もう~。私は機械ですよ?」
そうだった。こいつは寒さなんて関係ないのか。遠慮なくカーディガンを着させてもらう。
「で、なんの話なんだ?」
「マスターは強くなりましたね。肉体的にも精神的にも。昨日の大口怪異猿との戦闘は左手首から先を損失していたのでヒヤヒヤしましたが、しっかり対応して倒していましたね」
「変な名前した獣だなと思ったが、まさか腹にデカい口が付いてるとは思わなかったんだよ。倒す事よりも、その後に左拳が再生するまでダリアさんに悟られないようにするのが大変だったよ」
「それも上手だったじゃないですかぁ~。その面でも成長されてますね。実力的にはかなり上の同年代と軽口を言える仲になって、クラスメイトで年下とも上手くやれていますし、女性とも問題なく会話していますよ? とても前の世界では友達が2人しかいなかった人には思えません」
「フォルストが良い奴なんだよ。それに子供は好きなんだ。前は子供と関わる環境が無かっただけで、女性と喋れるのはダリアさんだけだぞ?」
「それでも、この世界を上手く生きていってますよ」
「ノアのおかげだよ。色々と影でサポートしてくれるから、俺は目の前の事だけに集中できているんだ。ありがとうよ」
「それは気にしないで下さい。私のすべき事なので」
一瞬、強い風が吹いてノアの透き通るような水色の髪がなびく。日本にいたらモテただろうに、本当に可愛いくて女子高生にしか見えないコイツがアンドロイドなんて信じられない。今でも時々忘れていまう。
「話たかったのは、今の事か?」
「いえ。では本題なのですが、徐々に成長してきてますし、色々な経験も積んできましたし、そろそろ、この異世界生活にあたって重要な話をしないといけません。ですので長期訓練が終わってユウツオに戻ったら1日ほど時間を下さい」
「重要な話?」
「はい。すみませんが、今は話せません。話せない事も無いのですが、もっと落ち着いてマスターによく考えて聞いて欲しいので、今は話せないです」
「おいおい。そんな重要な話って訓練始まる前に言わないか?」
「3か月以上、半年以内に伝えないといけないのですが、クラスの人にイジメられてボコボコにされてましたし、補習が多くて大変そうでしたので、あえて夏休みにしようと私が判断しました」
「うん。良い判断だ」
確かに先月はシェンユの秘密を知ったり、ヒトラ様との約束を忘れてたり、あとはゴリアム先輩に絡まれたりと大変だった。毎日苦手な騎乗獣の補習もあったし。 きっと重要な話を聞いても頭が回らなくて、ちゃんと判断出来なかっただろう。
「分かった。ちゃんと話せよ? もう気になってきたんだからな!」
「もちろんです。必ず、絶対にお話ます! GMからプログラムされている事なので私も困ってしますので。壊れてたとしても話ますよ!」
「壊れんなよ!」
「冗談ですよ。では戻りましょうか」
「おう。アイツ等が心配だからな」
雑談しながら皆の所に戻る事にした。恥ずかしいので今の内にカーディガンを返しておく。
「大丈夫ですよ」
「獣に襲われたら大変だろう?」
「氷雪地帯の周辺は寒いので獣が住んでいませんよ? 餌となる植物が少ないので。あと餌となる獣がいないので魔獣もいません」
「えぇ? じゃぁ安全なのか?」
「そうですね。そういった事では。でも凍死の可能性はあるので気をつけなければいけないです。マスターは勉強不足ですよ?」
「悪かったな。ノアこそ報連相不足だぞ!」
さてさて。うーん。どんな話だろう……
サヤ様の行方が分かったとか? もしくは実はこれまで採点してて、評価が低いから異世界生活打ち切りです! とか言われるのかな?
夜間進行するとか、D級冒険者になるとか大事な事は言わないのに。今じゃなくて良い話は、変なタイミングでするよな~。




