第79話 つまり、私の強さが知りたいと?
ユウツオ貴族区画は、その家の格によって住める場所がある程度決まっているらしい。中央が一番偉い人達が住んでいて領主様の敷地も東寄りの中央にある。次に区画入口付近の西側が偉く、帝都の貴族の別荘が多くて、今は誰も住んでいない館がほとんどだ。次に北側の商業区画の近くでダリアさんとユウの家も、その付近にある。貴族としての格が低い家は川に近い南側になる。
俺はその南側に位置する1軒の日本家屋の前に来ている。
そういえば、ヒトラ様の住む場所知らない! って焦ってたら、ノア様が普通に知ってました。どうやらユウツオの地形や住所は全て頭の中に入ってるらしい。カーナビと同様に信頼出来る。
でもまぁ、もし知らなくても貴族区画を1周したら分かったであろう。他とは明らかに違った造り、見た目、この辺りで唯一の平屋だ。
「呼び鈴とかって無いよな? どうやって中に入ろうか?」
「そうですね。今まで迎えに来てもらってたので、使用人が一緒でしたからね」
こういう時ってメールとかで『着いたよ』って送れた現代社会は便利だったな。そんな事を考えていたら、突然ノアは敷地入口の引き戸を開けて大声を出した。
「たのも~う!」
「やめろっ! それって道場破りが使うやつだろ!」
「何言ってるんですか。『たのも~う』は武士などが家を訪ねる時に使う言葉なのですよ」
「そうなのか。知らなかった」
そうしてると、建物の玄関が開いて人が出てきた。
「おはようございます。タツキ殿。朝の鍛錬をしていたので見苦しい恰好でありますが、ご了承頂きたい」
出てきたのはクラスメイトでもありヒトラ様の付き人をしてる女性だ。聞いた気がするが名前は覚えてない。
見苦しいとは言ってたが、下は紺で上は真っ白の袴姿をしており、右手には木刀を持っていて、短髪と凛々しい顔つきと相まって、武士のような格好良さだ。
「招き頂きありがとうございます。マスターの侍女をしていますノアと申します」「こちらこそ、ヒトラ様の呼びに応えて頂き感謝します。私はヒョウカと申します。案内致します。どうぞ、中へ入り下さい」
ヒョウカさんに付いて建物の中をいくと、とにかく懐かしい気持ちになった。まるで日本に戻って来たような感覚。廊下に、障子に、襖に、畳と和がもりだくさんあり、少しだけ何故この世界に日本っぽさがあるのか不思議に思ったが、そんな事はどうでもよくなった。
途中で炊事場にさしかかって、以前学校でも会った老婆が料理をしていたので、軽く会釈した。
「こちらへ、どうぞ」
通された部屋は、10畳の広さに1畳半はある細長い座卓があるだけの部屋で、障子の向こう側に縁側と広い庭が見える田舎の祖母の家みたいな部屋だ。
その広い庭に1人の女性が木刀を持って立っていたのだが、問題のある恰好をしており、汗のせいなのか? そもそも薄いのか? 身体に張り付くように白い丈の短い着物を1枚だけの姿で、彼氏のワイシャツだけ着てみた彼女。みたいな状態になっている。
「ちょっ! ヒトラ様! なんで着替えてないんですか!」
主君のあられもない姿に、そりゃ家臣も大慌てである。俺の心も大慌てである。
「おう。来ておったか」
「じゃないですよ! さぁ行きますよ! 手伝いますから早く着替えてきましょう! すみませんが御二人はここで、しばらくお待ち下さい」
ヒョウカさんは風のごとく素早い動きで、ヒトラ様の手を掴んで庭の奥へと消えて行った。たぶん他にも入口があるんだろう。
そして、ノアさんが睨んでいる。
「何でしょうか?」
「納得いたしまして」
「何を?」
「あの恰好でオニギリを貰ったのですね? 私もやりましょうか?」
「違うわいっ! って、してくれるの?」
「ほら~。マスターはお色気に弱いですね。私という者がありながら、じかもJKコスまでしているというのに、何が不満なんですか」
別に不満はないが、男なら美人さんは見てしまうし、ラッキースケベは見逃せないものなんだよ。だがしかし今は何も言うまい。
「失礼します。座布団をお持ちしました」
突っ立てたら背後から、さっきの老婆が現れて、ちょっとビックリした。
「お客様の分の昼食も用意するように言われてますが、2人分御用意してよろしかったでしょうか? それとも昼前には御帰りになられますか?」
「是非、頂きます。お願いします」
「1人分で良いです。私は食べないので」
食べないのか!? きっと和食だぞ? 少なくとも米は出ると思うぞ? うーん、勿体ないなぁ~。なんとかならんかなぁ~
そうだ!
「ノアは侍女で俺と一緒に食べる事はしませんが、後で食べるので1人分だけ持ち帰れるように出来ますか?」
「かしこまりました」
「マスタ~」
これで1食分を保存できるぞ!
老婆は座布団を4つ並べて去っていた。4つあるって事はヒョウカさんも座るだろうからノアも座らせてもいいはず。とりあえず上座とかを考えて入口の右側に並んで座る事にした。
「待たせたな」
しばらくして、ヒョウカさんと同じ白と紺の袴姿になったヒトラ様がきた。すごく似合っているが、てっきり和風柄の着物姿でくると思ったよ。
「婆やは茶を出し忘れたか? ヒョウカ、持ってまいれ」
「はっ」
「すまんな。婆やは少し抜けてる所があってな、あの歳ゆえ、しかたあるまい。許してやってくれ」
「い、いえ。気にしてないです。大丈夫です」
「ふむ。タツキ、悪いがノア殿の向かいに座らせて貰っても、かまわんな?」
「も、もちろんです。ヒトラ様の好きなように」
良し! 作戦成功だ! ノアを俺よりも上座であろう縁側に座らせておいて良かった~。もともとヒトラ様はノアに会いたがってたし、これで俺が会話しなくて済むぜ。
「ノア殿、お初にお目にかかる。妾は、ワナン国のニシトラ地方の貴族トクトミノオダノ=エントラの娘、トクトミノオダノ=ヒトラじゃ。この度は招きに応じてれて感謝する」
「記憶喪失貴族タツキの侍女をしてますノアです。よろしくお願い致します」
ヒトラ様って、なんか、すっごい肩書きがあるんですが、もしかしてワナン国の偉い方の娘だったりするのかな? ニシトラ地方とかエントラの娘とか聞いても分からないんだけど、なんか凄そうだ。
そして、ノアの自己紹介っ! それは無いだろっ! もしかして不機嫌なのか? アンドロイドに不機嫌とかあるのか?
「ヒトラと呼んで構わない。妾も貴殿をノアと呼ば差せてもらいたいのでな。タツキもヒトラと呼ぶがいい」
「私の呼び方は、どうでも結構ですが、侍女の身である私が、ワナン国8大地方貴族の方を敬称無しで呼ぶワケにはいきません。マスターのみ敬称なしとさせてもらいます」
こいつ、さらっと呼び捨てを許可させたぞ。俺が様付けで呼ぶのが気に食わなかったのか?
呼び捨て出来るかな? 出来ない気がする。
「それで、要件は何でしょうか? 私に会いたいとの事ですが」
「ちょっとノア。まずは、いい感じの話をして和んでからだな――」
「タツキ構わんよ。妾も、まどろっこしいのは好きではない。2,3妾の我儘を聞いて欲しいだけじゃ」
「我儘の内容によります」
最近、我儘って単語を良く聞くけど、流行ってんのか?
「ヒトラ様、茶をお持ちしました」
「皆に配れ、ワナン国の茶は美味いぞ?」
ヒョウカさんが持ってきたお茶は完全に緑茶だった。
ユウツオもお茶はあるが香りが強くて少し甘くて、紅茶と烏龍茶を足したような感じで俺は好きじゃない。しかし、このワナン茶? は、色も味もまさしく緑茶でかなり好みだ。
「うまい…… 感動する美味さだ」
「そうか。タツキはワナンの食べ物や文化が好みのようじゃな。妾としては嬉しく思うぞ。して、本題じゃが、ノアはかなりの腕前とみている。そなたの強さが分かる話を聞かせてくれないか? さきの砂漠の件は知っておるので、それ以外の話が聞きたい」
「つまりは、私の強さが知りたいと?」
「そういう事じゃな」
「申し訳ありませんが、特にお話出来るような事はありません」
なんだと? コイツ、マジで不機嫌なのか?!
「ノア。あるだろ? ほらさ。いろいろと挨拶に行ってるだろ?」
「マスター、会話したくないなら、そのまま黙っててもらえませんか?」
ぬっ。バレていたか……。しかし、今日のノア様は不機嫌だな。
「そういう事ですので、直接見て頂いたほうが早いかと」
「直接とは?」
ノアは立ち上がると縁側に向かって行き、そのまま外に出てしまった。そして振り返って右手を上げると、ヒトラ様の向かって挑発的に人差し指で指招きをした。
ちょっと、それは不味くないか?
「なっ。ヒトラ様に向かって、なんて無礼な!」
「なるほど、面白い!」
「えっ?」
「ヒョウカ、木刀を2本持ってこい」
「「ええぇぇ?!」」
「ですが、危険です。私が相手致します」
「早う、持ってこい」
「分かりました~」
ヒトラ様も縁側から素足で外へ出て、ノアと対峙してニヤニヤしている。
アクティブな方だな。ゼルトワといい、この世界の貴族は血の気が多い人ばっかりだ。ユウを見習って欲しいぜ。
「ヒトラ様はよろしいのですか?」
「誘っておいて何を言う。妾もこのほうが好きじゃ! して、どう行うのか? 互いにケガはしたくないであろう? それとも命のやりとりまで行うが良いか?」
「心配ありません。私は一切ヒトラ様に攻撃、反撃致しませんので」
「何っ? では本気では無いという事か?」
「いえ。ヒトラ様は全力の本気で攻めてきて下さい。私は全てを防ぎ避けてみせましょう」
「つまりは妾の本気を完封するゆえに、本気というワケか」
「さようでございます」
マジでやるのか。
ヒトラ様は、戦闘技術だけなら2年生でも勝てる人はいないとリー先生から聞いた事がある。対するは最強のアンドロイド。これはちょっと見物かもしれん。
「ヒトラ様、お待たせしました」
「妾とノアに投げよ」
ヒョウカさんが投げた木刀をそれぞれが掴んで構える。
ヒトラ様は両手持ちで正面に構えて剣道のようだ。一方ノアは片手で持ち剣先を地面に向け構えというよりは、ただ持っている。
「腕の1、2本は折るつもりで攻めてきて下さい」
「それは折れても構わぬという事か?」
「私は侍女です。腕が折れては、しばらくマスターの身の回りの世話が出来なくなるかもしれません。ですが、この対談を実現させたのはマスターです。全ては了承して下さると思います」
「なるほどな。タツキ! かまわないな?」
「えっ。あぁ。はい。ノア様の好きにようで構いません」
ノア様、オコじゃないっすか! 激オコですか?
木刀ごときではノアの鋼の腕を折る事は出来ないだろう。だがしかしヒトラ様には優れた魔闘気がある。ゼルトワの時みたいに木刀を強化するなら、もしかすると…… 俺がノアを世話する明日があるかもしれん。
「なぁに。もしも折ったなら、治るまで2人ともウチで面倒をみよう。タツキの世話はヒョウカにさせるから心配せんでいい」
「なんっ! ヒトラ様! それは困ります!」
俺も困る! 慣れない女性に世話されるなんて無理だ!
「構えないのか?」
「これが私の構えです。いつでもどうぞ」
「では、行くぞ!」
3年前の連載当初から書きたかったシーン。書けてよかった。




