第72話 なんだ? どこだここ?
「大丈夫ノアちゃん? 疲れたら言ってね。オイラが代わるから」
「マスターを支えるのは私の役目ですので、まさに体現する事になってしまいました。今こそ私の素晴らしさをマスターに知らしめるチャンスなのです! ですから気にならさずに」
「だってよタツキ! ノアちゃんは素晴らしいよね? こんなに主人想いの侍女をオイラは見た事無いよ! いつも感謝しなきゃダメだぞぉ」
大丈夫! 毎日、感謝してるから!
4日前の夜にノアが、どこからか木製の車椅子を買ってきた。車椅子というか骨太のロッキングチェアにタイヤが付いた感じで、座ってる人がタイヤを回して自分で動かすのは無理だろう。しっかりとした握り手が付いており、押す役は必須な重そうな車椅子なんだが、俺には鉄人ノアがいるので、安心だ。
整備されていない上り坂の道でも、問題なく進んでいる。
「あんなに気を付けてってノアちゃんに言われてたのに、校長先生にも、ギルドマスターにも言われてたのに、結局タツキは大ケガをしたんだね。しかもまた実習出来なくて、今月も補習になるんでしょ? まったく許せないね!」
そうだ。実習が出来なくて、補習があるのは、許せない。
半日あれば身体は治るから、次の日から頑張ればいいなって思っていた俺の考えは甘かった。あのケガが半日で治ってはいけないのだ。
「オイラはアイツ等とは絶対に仲良くしないから! 何度も問題起こしてるし、みんな嫌な思いをしてるし、領主様は、あんな奴等を入学させなきゃいいのに! そうだ。オイラが領主様に話をつけてきてあげようか?」
「やめろ。俺は自分で落ちてケガしたんだぞ? ゼルトワ達は関係ない」
「オイラ、ゼルトワ達とは言ってないよ~」
あっ。
「でも、ほら。ゼルトワ達が俺の事をいろいろ言ってるから怒ってるんじゃないのか? そうだろ? だからアイツ等って、ゼルトワ達の事かなぁ? って思ったのさ」
「タツキは何も思って無いの?」
ちょっと悔しい。
でも俺は大人だから、16歳のガキ共に言われて憤慨なんてしない……。 という事にしておく。
俺のケガの件は、俺人身がヘマしたから起きた事となった。だがしかし、何かしら愉悦感が欲しかったのだろう。ゼルトワ達は、貴族なのに兎獣に乗れない無能だとか、魔闘気で足を守る事すら出来ない無能とか、実習の度に問題を起こす無能だとか言いふらして笑っているらしい。
もちろん腹が立つ。だが、言ってる事は真実でもある。
俺は砂漠に落ちた件で、ダリアさんと商業団の人達を助ける事が出来た。サンダイルを倒す事が出来た。何でも出来るヒーローになれた、その1歩が踏み出せた気がしてたんだ。
でも、それは、あの能力があったからで、能力が発動しなけえば、何も出来ない無能だという事を知ってしまった。
「着きましたでしょうか? 大きな扉が見えますね。私が開けましょうか?」
「あの扉はね、ノアちゃんでも開けられないと思うよ」
「デカいな。我儘亭がそのまま入りそうじゃないか?」
坂道を登り切った所は少し広くなっていて、岩肌の壁に飛行機の格納庫の扉を思わせる巨大な扉がある。
「ここから、眺めるユウツオも大防壁の上と同じで、いい眺めだな」
俺達3人は巨大な坂道を登って、大防壁と同じ高さまで来た。この坂は大地が隆起して出来たような見た目で、魔法国家エルデ・ミデリオの魔法の力で作られたらしい。
英雄広場からスタートして、あの謎の円柱地形へと繋がっている。つまり俺達は今、円柱地形の12メートル地点の岩肌を見てるってわけだ。
「じゃじゃーん! その扉は、この魔法のカギでしか開かないんだよ~」
「なんで、お前そんなの持ってるんだよ」
「今朝、領主様から借りてきた」
シェンユが見せた物はカギというよりはカードの形をしていて、薄い透明の中に赤紫に光る電子回路のような模様が描かれている。たぶんこれも魔法で作られた物だろう。
「オイラ達が通れるだけの幅を開けるね」
「中には何があるんだ?」
「ふっふっふっ。見てからのお楽しみだよ~」
「兵団詰所みたいに昇降機があると嬉しいんだがな。俺は車椅子だから階段とかだったら登れないぞ?」
「たぶん大丈夫だよ。うーん? うん? もしかしてタツキは行きたくないの? 今月末の癒しの日は、オイラとデートしてくれるって約束したじゃないか!」
「いや行くよ。ちゃんと約束通りに行くけどさ。お前の実家に行く話じゃなかったか? 今日の朝になって突然、あの円柱地形の頂上に行こうって言うから」
今日もハイテンションで部屋に突撃してきたと思ったら、行先がこの間の話と違うから、困惑したけど、むしろテンション上がってしまった。
誰だって、あの不思議な地形があったら頂上に行ってみたい。ゲームにあんなマップがあったら、隠し要素があるんじゃないか? って絶対に探索するするスポットだ。
「開いたよ。さぁ入って。すぐに閉めるから」
「ここって、入っても大丈夫なのか?」
「今日はいいんだよ。ちゃんと許可を取ってきたから」
「かなり広いですね。でも何も無い。天井にも壁にも土壁だけですね」
俺には、真っ暗で何も見えないよ。
「ちょっと、待ってね。はい。これで何か分かるかな?」
ゆっくりと周りが明るくなった。
下から光が射してるという普通とは逆の正体は、地面に描かれている巨大な模様のような物が青白く光っている。
これは、いわゆる魔法陣ってやつか?
「大きいですね。直径30メートルぐらいですか」
「そうだね~、大きいけど、ちょっとでも魔力を注ぐと光るんだよ。この円柱地形が出来た大昔からあるらしくて〈転送魔法陣〉って言うんだって。滅亡した魔法国家エルデ・ミデリオの技術だよ」
「転送? って事はもしかして!」
「この魔法陣に必要な魔力を注ぐと、頂上にある魔法陣の場所に一瞬で移動出来るんだ! 凄いでしょ?」
「凄いな! って事はシェンユは魔法使いなのか?」
「えっ? 違うよ。何言ってんのさ。魔法を使えるのは魔女だけだよ」
「何っ。そうなのか」
そういえば、この世界に来て魔法って言葉は初めて聞いたかもしれん。魔法を見た事も無いし、魔法を使えるって人も聞いた事も無い。魔力って考え方があって、それを利用する魔闘気や魔法陣が存在するのに、魔法が無い世界……
なんか不思議だ。
いや、あるのか。あったのか。
魔法が使えるのは魔女だけ。魔法と魔闘気って何が違うんだろう?
「おーし、オイラは大丈夫そうだ。この魔法陣の使い方なんだけど、魔力を必要なだけ注ぐと勝手に転送が開始するよ。人によって必要な魔力量が違うんだ~。別の人が転送したい人の分も出せるけど、タツキはどうする? 出来そうかい?」
「どうやるんだ? 俺って魔闘気を使えないんだけど、こういうのって――」
地面の光が突然、強い輝きを放って、視界を白に染め上げる。
あまりの眩しさに目をつぶった途端、一瞬の浮遊感に襲われて、目を開けると青空が広がっていた。
「なんだ? どこだここ?」
「す、すごいねタツキ! 3人と車椅子やら荷物まで、まとめて転送させるなんて…… 魔力の保有量はなかなかあるんじゃない? なんで魔闘気が使えないんだろうね?」
なんで?
どうして魔力を引き出せたんだ?
「それでシェンユさん、ここはどこですか?」
「ふふふふ! も~ちょっと、先を見せてからでもいいかな? 今日の宿泊予定地まで行ってから説明したいんだ。荷物も多いし」
「分かりました。マスター行きますよ」
「そうだ、ここって3段になってるんだった。オイラが前の部分を持つよ」
転送で着いた場所は、転送前と同じ大きさの魔法陣が描かれた巨大な円形の台座のような場所で、最上段に魔法陣、2段目には何もなく、3段目は面積が広くて周囲に8本の柱がある構造になっている。
天井や壁は無いので、青空と草木が大半を占める、田舎のような風景が広がっている。
「この道をまっすぐ行くだけだから、ついてきてね。他の所に行かないでよ! 行っても特に何にも無いから。それに端まで行って落ちちゃうと大変だからね。ここは円柱地形の頂上なんだから」
下から見てた時に分かっていたが、頂上は広い平面になっていたのか。前にシェンユが魔法国家エルデ・ミデリオの国境警備施設とか言ってたし、人が住めるようになってたんだろうな。
「もしかして、ここって誰か住んでるのか?」
「おっ。鋭いね~。残念だけど今は誰もいないよ。昔は100人ぐらいの人が住んでたよ。小さな村だったんだ」
「ですが、今は何も無いですね。大火災でも起きましたか? 周囲にあるのは燃えた跡の家屋ばっかりですね」
「さすがノアちゃん! そうなんだよ~。おっきな事件があってさぁ。ほとんど燃えてしまったんだ。さっきの転送魔法陣の場所といくつかの施設が残っているぐらいで、なーにも無い場所だよ」
なんか変だ。
今日のシェンユは元気がない気がするな。なんか緊張してるのか? ピリピリとした空気を感じる。
この間は『一緒に実家に行こう』って言ってのに、今朝になって突然『円柱地形の頂上に行くから一緒に行かない?』とか言い出すし。
でも、俺が行きたいって言ったらハイテンションになって、1泊する道具を準備し始めて、センギョクさんに弁当をお願いして、領主様の所へすっとんで行ってと慌ただしくしてて。
余程、此処に来たかったように見えたけど、今は楽しそうには見えないな。もしかして坂登りが大変だったのか? 俺は車椅子だから分かんなかった。
「着いたよ! ここは村長の家だった所で、半分は崩れてるけど、この右側の部分は使えるから今日は此処で1泊します! 心配しなくていいよ~大丈夫よ~。オイラは何度も此処に泊った事あるから、獣も魔獣も出ないし、色々置き足してるから結構なんでも揃ってるよ~」
「とりあえず荷物を置きましょうか。マスターちょっと待っててください」
村長の家は石造りが基礎に木材がいたる所に使われいてユウツオの建物とは全く違っている。よく見ると他の家も崩れてしまっているが、石材を使っているみたいだ。
「では、何をいたしましょうか? 木の枝でも集めてきて火でも起こしますか?」
「いいねそれ。楽しそう! だけど灯鱗を持ってきたから灯りは大丈夫かな~。今の時期は夜も寒くないし、無くても大丈夫だよ」
「そういうつもりで言ったのでは、無いのですけど」
荷物を置いたノアが俺の元へと戻ってきて、シェンユの前に立ちはだかる。
「こんな誰もいない所に連れてきて、何か私達だけに話があるのでしょう? それも他人に聞かれたくない重要な話が」
いつもよりも少し低いトーンの声で話しているのは、威嚇なのだろうか?
「ははは。ノアちゃんはやっぱり分かっちゃうか。そうなんだ。話がしたくてね! もちろんケンカとかするつもりは無いよ。楽しくさ、星空を見ながら話がしたいんだ。ここは空が綺麗に見えるんだよ~」
「なぁシェンユ。とりあえず、ここが何処か教えてくれ」
シェンユが少し歩いてから、崩れている瓦礫の石を撫でた。
その顔は悲しそうで、愛おしそうで、色っぽさも感じる、なんとも言えない表情をしている。
「ここが実家だよ」
「えっ? 嘘だろ? 此処が?」
「そうだよ。8年前までは、ここに住んでいたんだ。父様も母様も一緒にね。でも皆死んじゃった……。〈龍支配の空賊〉が襲ってきてね。此処だけじゃない。ユウツオがドラゴンによって破壊されて、たくさんの人が死んじゃったんだよ」
なっ。なんて事だ……
シェンユにそんな過去があったなんて、実家どころか両親も、故郷そのものを失っていたなんて。
「此処がね襲われた理由は、たぶん分かっているんだ」
シェンユはゆっくりと右手を上げて、指を刺した。
その方向を見てみると白い石像が立っている。欠けてたり風化してる部分も多く細部までは認識出来ないが、女性の像って事は分かる。
「大魔女サヤ様の像だよ。今じゃ、よく分からないけどね」
残念だ。もう少し、せめて顔が判る程度だったなぁ。
「オイラはね。大魔女サヤの弟子の子孫なんだ~」
「はっ? なんだって?!」




