第71話 手を握っててくれ。どこにも行くな
ここは……。 毎夜と毎朝見る、俺の部屋の天井か。
ベッドで仰向けで寝ていたみたいだが、背中に何か柔らかい物が挟まれていて、上半身は少し起き上がっている状態になっていた。周りを確認しやすい。
右脚を見てみると、白では無く薄いピンク色の包帯で巻かれ、木で出来た支えで固定されていて、これまた木製の道具で吊るされている。
脚を骨折したあとに病院のベッドとかでよく見る、あの状態だ。
ベッドの向かいにある机の隣、いつもの読書ポジションにノアが座っている。
「お目覚めになられましたかマスター。おはようございます」
「おう、おはよう。俺はどのぐらい寝てたんだ?」
「ここに運ばれてきたのが昼過ぎで、今はもう夕方ですので5時間ぐらいです」
今は痛みは無い。腹部も足も完治していると思われる。前回のような怠さは無く特に異常は感じないが、左手が暖かい。
そこには柔らかい色白の女性と思われる手が握られていた。
この俺の手を握ってくれる人なんて、いったい誰だ?!
と思ったが、その手から手首をなぞって、腕の先まで視線を移動させても、誰かは分からない。なぜなら二の腕より先が存在しないからだ。
「うっわぁぁぁ! なんだコレ!」
左腕を振り上げて、謎の右腕を振りほどこうとしたが、なんと更に強く握ってきて離れようとしない。この世界のバケモノか?!
「ちょっと酷いじゃないですか! 美人の手をそんなに乱暴にしないで下さい」
「ヤバイって! なんだよコレ! 採ってく…… れ?」
近づいてきたノアをよく見ると右肩から先が無かった。
呆れ顔をしながら謎の右腕の二の腕を左手で捕まえると、そのまま自分の右肩に繋いでしまった。
「えっ?」
「どうしたぁ! 何があった?」
大きな音がして、ドアを蹴破って入ってきたのはジンリー先輩だ。
「あっ! ゴメン。カギ壊しちゃった」
「ジンリー様、マスターが大きな声を出してすみません。コレを見て驚いたらしくて。まったく、自分で要求してきたくせに」
ノアは握り合ったままの俺の左手と自分の右手を、軽く持ち上げて見せびらかしていたが、腕だけお化けのインパクトが強すぎて俺は状況を全く理解できていなかった。
「嘘だろ? 酷い奴だな~。でも。主人の指示に従うのは侍女の役目だから仕方ないだろ? それでも酷いか。感謝ぐらいしてもいいと思うぞ! 5時間も離れずに、ずっと手を繋いでくれてたんだろ?」
「そうです。感謝ぐらいしても良いと思います」
何の話だ?
「タツキって年上感が、本当に無いよなぁ~。マジで後輩だよ。弟とかを相手してる気分になるわっ。30歳なんだっけ? 骨折の治療中は根性ある奴だと思ったのになぁ。力づくで骨を元の位置に突っ込んで、裂けた皮膚を縫合して、ベテラン冒険者でも騒ぐ治療をずっと耐えてからな。でも終わった瞬間にノアに対して『手を握っててくれ。どこにも行くな』って、アレはビックリしたわ」
そういえば、そんな事言ったわ!
違うぞ! 焦ってそんな事を言ったが、寂しいとか怖いとかいう事じゃないぞ! 怖いは合ってるかもしれんが。ノアがどっかに挨拶に行かないか怖かったから、手を繋いて留めておきたかっただけだから!
「あまりにも驚いたんで、使った事無い術を初めて使用してみたけど……。 大丈夫か? よく寝れたか?」
「あっ、はい。寝てました」
「ジンリー様、使った事ない術とは?」
ノアさん。ピリピリするなよー。実験体にされたわけでは無いと思うぞー。
「魔闘気、〈心の陰〉だよ。練習はしてたんだ。使える自信はあったんだが、実際に使った事は無くてな、なんかヤバイかな? って思って初めて使ったんだけど」「マスターの事を心配して下さったのですね。ありがとうございます」
ほらな!
「たまたま、私が我儘亭にいて良かったな。こう見えても治療系冒険者としては、すでにC級並みの実力があるんだぞ! 魔闘気3種も使える人間なんて、100万人に1人しかいないんだからな!」
前に生徒会副会長を務めているのを知ったけど、その後に聞いた話だと学校で1番の成績優秀者なんだとか。会長よりも実力はあるが、会長のほうが貴族の地位が高い為、副会長になってるらしい。本人は何も気にしてないとの事。
今年20歳になるらしく、学校の2年生の平均年齢は18歳なので、その性格も相まって姉御的な存在。ファンも多く女子からもよく告白されるんだとか。
「先輩。あの、ありがとうございます」
「気にすんな! そうだなぁ~、今度、タツキの奢りで飲みに連れてってくれよ。それでいいぞ」
酒好きで、酒に溺れる事だけが、ダメらしい。
俺もこの3ヵ月で一緒に酒を飲む機会が何回かあった。おかげで比較的喋りやすい女性だ。
「分かりました。約束しますよ。ところで先輩、魔闘気〈心の陰〉って聞いてもいいですか?」
「アレ? 1年生は~、まだ教わって無かったっけ? 教わってなくても知ってる奴が大半なんだけど。いいぞ!」
よし。その凄さがいまいち分からないが、凄い魔闘気使いのジンリー先輩から話を聞けば、俺も成長できるかもしれない。
「まず、魔闘気ってのは大きく3種あるだろ?」
「知ってはいますが、先輩の説明を聞いてもいいですか?」
「別にいいけど。基礎だから、他と変わらんぞ? とりあえず、魔闘気は〈心〉〈技〉〈体〉がある。それぞれがどういう効果を発揮するかは、知ってるよな?」
「〈体〉だけ知ってますね。俺は使えなくて、他の人よりも知識も実技も進んでないんです」
「そういや、そんな事言ってたな。よーし! ジンリー姉さんが、ぜーんぶ説明してやんよ。ちゃんと聞いておけよ!」
「お願いします」
「〈体〉が簡単で基礎とされているからな。冒険者でこれが使えない奴はいない。兵士とか騎士とかも皆使えるからな。だが、ほとんどの人が〈体〉しか使えない。魔闘気使いの7割は〈体〉のみの使用者だ。その効果は、魔力による身体能力の向上だ。怪力になったり、瞬発力を高めたり、持久力を増やしたりと色々できる。自身の体力回復や傷の修復を早めたりも出来るな」
俺の能力とかなり近い。俺は魔闘気〈体〉が使えてるのだろうか? だとしたら何故、自分の意志で好きにコントロール出来ないのだろう?
「〈技〉は、魔力を魔力を持たない物体に纏わせて、強化する術だ。剣を強化して切れ味を良くしたり、鎧を強化して強度を上げたり出来る。何にでも使えるワケでは無くて、使用者と使用する物の相性が凄く大事になってくる。ユウツオの木樵は斧に対して高い練度の魔闘気〈技〉を施せるが、斧以外には、全く使えない。しかも代々、木樵の家系で、幼い頃から自分専用の斧と生活してるからな。〈技〉は意外と使える人は少ない。まぁ、B級冒険者だといるかな。逆に言うと使える人がB級冒険者になれるって事かな」
「なるほど」
そこらへんの武器を使って強化出来ないのか。長年の修練と愛用してきた得物があって使えるんだろうな。俺にはきっと無理だ。
「〈心〉は魔力を自分の精神に流し込む術だ。はっきり言って使い道がねぇ! 使える人もかなり少ないが、これだけでは、あまり役にたたない」
「それって、何が出来るんですか?」
「うーん。いちおう精神への干渉が出来る。自分を自分で鼓舞したり、暗示をかけたりな。でも、わざわざ魔力を消費して、それを必要とする状況ってあまり無いな。自分を鼓舞するなんて魔闘気を使わずに出来なきゃ、冒険者なんてやってられんぞ?」
たしかに。
「しかーし!〈陰〉が使えると全く変わってくる」
「〈陰〉ですか?」
「そうだ。今、話したのは全部〈陽〉の使い方だ。〈陽〉は全て自分を対象としているが、〈陰〉は自分じゃない誰かを対象とする使い方だぞ! 使える人は限られた天才だけだ。ユウツオで有名なのは、サブギルドマスターのローゼスさんじゃないかな? あの人が使う魔闘気〈心の陰〉は相手の精神に干渉して嘘を見破る凄い術だよ」
「ローゼスさんの能力って魔闘気を使ってたんですか!」
「そうだぞ」
そうか。心でなくプログラムで行動しているノアは、魔闘気〈心の陰〉が通用しないのか。
「〈技の陰〉は〈心の陽〉と同じで、あまり使い道が無い。相手の使っている武器や鎧に魔力を使って強化できるけど、もちろんその対象としてる物を愛用している必要性があるかな。いちおう長年整備してる鎧を〈技の陰〉で強化して、それを別の誰かが装着するって事は出来るぞ」
魔闘気〈技〉は陰でも陽でも俺には使えないな。愛用品なんて持ってない。
「えっ? ちょっ、な、なんですか?」
突然、ジンリー先輩は、薄ピンク包帯まみれで吊るされた俺の右足を触ってきた。
「ふっふっふっ。これが魔闘気〈体の陰〉だぞ!」
右足に何かが纏わりつき、温かく感じる。
「相手の身体に魔力で干渉して、身体強化や回復が出来る。私は、私の血を染み込ませた特別な包帯を使う事で、ケガの修復を早く出来るんだ。タツキの右足のケガは完治するのに普通は1月はかかるが、私が1日2回、魔闘気〈体の陰〉を使ってやるから1週間で治ると思うぞ」
「ジンリー様。ありがとうございます! マスターの為に丁寧な講義だけでなく、治療まで行っていただけるとは。なんと、お礼をしたらいいか」
「いいって。後輩を助けるのは先輩の役目だし、半分は私の訓練だから。そうそう使った事ない術はコレじゃないから安心して。こっちは使い慣れてるから」
「そうですね。先程は〈心の陰〉とおっしゃってました」
「魔闘気〈心の陰〉を使ってタツキの精神に安らぎを与えて眠れるようにしたんだ。ローゼスさんみたいな凄い使い方は出来ないんだけど、ちょっと才能があってね。相手の心を癒す練習をしてるんだ」
凄い。体も心も癒すヒーラーって事じゃないっすか!
けど、大変申し訳ない。その足はたぶん既に完治してます。
「これで良し。そんじゃ私は、ちょっと街に用があるから出てくるよ。ついでだからタツキのケガは1週間で治るって学校に伝えとくけど、いいか?」
「あ、よろしくお願いします」
「その包帯さ。ちょっと血の匂いがするかもしれないけど、作るの面倒でさ。でも治りが早くなるから悪いけど3日ぐらいは、そのまま使っててくれな」
「いえ、わざわざありがとうございます。3日と言わず一生大事にします!」
「それは気持ち悪いぞ。そんな事言ってると女性に嫌われるぞ」
ジンリー先輩は、大笑いしながらドアまで行ったが、カギを壊した事を思い出したのか、そこでしばらく立ち止まっていた。
「先輩。カギなら自分で直すんで気にしないで下さい」
「それは、よろしく。……なぁ、タツキ。ケガの原因は暴走する兎獣から落ちて運悪く踏まれたって聞いてるが、それでいいのか?」
「あっ」
そういう事になってるのか。
本当の事を言うと大事に発展しそうな気がするなぁ。それに大人の俺が、ゼルトワ達に痛めつけられて大怪我する事になったなんて知られたくないな。
ノアもいるし。
「そうです。兎獣の乗り方も勉強しないとです。ははは」
「そう。そう言うなら、そういう事にしておいてやるよ! 歩けるようになったら酒奢れよ~。じゃな」
きっと、何か感づいてはいるんだろうな。副会長だし、イジメとか、こういう事を気にしてるのかもしれん。
本当に良い人だ。
「マスター。もう手を放してもいいですか?」
やっべ! 忘れてた! えっ?! 俺は先輩がいる間ずーっと繋いでたのか? なんて恥ずかしい。
「あ、ありがとう! もう大丈夫だ」
「では私も、ちょっと街まで出かけてきます」
「待て待て待て待て! もう少し手を握ってて貰えないか?」
「はぁ~」
大きくため息をしながら、左手を額に手を当てて小さく首を振ったノアは、無理矢理に右手を振りほどいてきた。
「分かってますから。今回の事で誰かを責めたり、報復したりしません。マスターはそれを望んでないんでしょう?」
「分かってくれるか。ちょっと、情けなくてな。色々と考えたい事もあって、面倒な事にはしたく無いんだよ」
「では、夜に話し合いましょうか。もちろん私には真実をありのまま話してくださるのですよね?」
当然だ。ノアほど信頼できる味方はいない。神から貰った能力なんて、ノア以外に相談できる奴なんて、いないからな。
「もちろん! ノアには全部正直に話すよ」
「了解致しました。夕食はミンメイ様に部屋へ運んでくれるよう頼んでおきます。その頃までには戻りますから」
「えっ? 何処に行くんだよ? ゼルトワの所に挨拶とか行かないでくれよ! マジで頼むよ」
「車椅子を探してくるだけです。マスターの足はもう完治してるかもしれませんが、それは通常ではありえない事ですから。1週間は演技しないといけませんので」
そうだった。
1ヶ月の演技期間が1週間に短くしてくれたジンリー先輩には、本当に感謝しなければいけないな。




