第70話 俺は逃げない。かかってこい
いてぇ。だが耐えられないほどでは無い。
そういえば、あの砂漠の一件以来、俺の身体はおかしくなってきている。
まず自分の身体の壊れぐあいが、なんとなくだが解るようになってきた。今の感じだと肋骨が3本は折れていると思う。ついでにどっか内臓に刺さってる気もする。
それから、修復速度が速くなってる。損傷個所にもよるが腕の骨折なら1時間もかからずに治るようになってきた。この肋骨3本と内臓の損傷なら3時間ぐらいで治るかもしれん。
最も変わったのは痛みへの耐性だ。これはちょっと言い表すのが難しいが、痛みが他人事のように感じるようになった。どの程度の痛みが自分を苦しめているのかは分かるけど、それをもう一つの脳が感じていて、その痛みを感じている脳を認識している自分がいる。そしてその配分をある程度調整できる。
ゲームなのでよくあるペインアブソーバーみたいだ。痛みを、もう一つ脳へと肩代わりさせると、動けるようになるが、損傷箇所が分からなくなる。逆に痛みを強く感じると体に起こってる事がよく分かる。
なので今は、最初の少しだけ痛みを受けて損傷を把握して、その後に別の脳に肩代わりしてもらって、痛みを緩和し、立てはしないが何とか戦意を維持している。この調整は自由自在にできるわけでは無いので、全く痛くないわけでは無い。
「不意の事故でなぁ。兎獣から落ちる事もあるんだよっ!」
ゼルトワの振り上げた剣が俺の左頭部へと襲い掛かる。
すぐに左腕を上げて、ガードする。木刀で殴られたよりも辛い鈍痛が二の腕を襲うが、痛みを緩和出来ない。
「そうなると、獣に襲われるんだぜ?」
この世界の剣術や流派などは知らないが、ゼルトワは独特な構えをしている。これを構えと言っていいのかすら分からん。
常に剣を振り回していて、まるで大道芸でもやってるみたいだ。
「こんなふうになっ!」
今度は左脇腹に直撃する。右腹は地面につけて狙えないようにしてるが、頭部への攻撃も恐怖なのでガードは下げずに、歯を食いしばって痛みに耐えるが、かなり痛い。
痛みの調整の仕方や正確な内容や何故出来るのか、さっぱり分からない。だが許容値があるらしく、今は右腹の痛みを調整するのでいっぱいとなっていて、他の痛みは緩和出来ない。
俺は魔闘気なるものが使えない。武器を扱えないし、優れた格闘術や剣術が使えるわけでも無い。もちろん魔法なんてもんも使えない。
俺が優っているのは再生力だ。神から与えられた能力、この1つに頼るしかない。その能力の全容も正確には分かってないのだが、まちがいなく長期戦向きだ。
サンダイルとの闘いでは、信じられないぐらい身体が軽く、筋力もあって、身体能力があきらかに向上していた。身体中に魔力が満たされ、強くなってた。
あの時は下半身が欠損し、その修復をする為に能力を使って大量の魔力を引き出していたが、その後に修復が終わってからは、身体能力が向上していた。きっとオーバーフローするんだと思われる。
身体の修復が終わっても、一定時間は魔力が供給され、溢れ余った魔力が身体強化へと繋がっていると俺は解釈した。
つまり! 時間をかければ、俺は反撃する事ができる!
「どうしたっ! 情けない奴だなぁ。立ってみろよ。逃げないと死ぬぞ? こういう時は泣きながら逃げるんだぜぇ?」
何度、打たれようが俺は耐える。情けなくても、みじめでも、今は悔しいが、反撃のチャンスはきっとくる。俺は俺の能力と折れない心を信じるしかない。
「だいたいさ、お前ムカつくんだよ。聞いた事も無い名前で貴族だとか? その歳まで何も成さずに生きてきたんだろ! いいよなぁ~。そんな貴族の生まれに俺もなりたかったぜっ!」
悪いが、俺が貴族ってのは嘘だ。
「なんでシャン・レン=ワンの娘が、お前みたいなのと仲良くしてるんだよっ! こっちの誘いは断ったくせにっ!」
そうなのか。もしかしてダリアさんが好きなのか?
「ワナン国の姫君も昼食に招待するなんてよっ! お前のどこに魅力があるってんだよっ!」
痛いっ! すまん。それはノアの魅力だ。
「俺はお前みたいなのが大っ嫌いだ! 何も努力しないで、何も成さずに、のうのうと生きてる貴族ってのが、大っ嫌いだ!」
両腕が打たれ過ぎて麻痺してきた。背中も左腹も痛みと熱でヒリヒリする。正直言って泣きそうだが、俺は屈していないという意志をぶつける為にも眼だけは、ゼルトワをとらえ続け鋭い視線を送ってるつもりだ。
にしても、何かおかしい。
「はぁ。はぁ。まったく疲れる」
「ゼルトワ様。もう、気がすみませんか?」
疲れるだと? 人を剣の鞘で殴っておいて、疲れるだと?
だったら、もういいだろ。こっちは痛くてしょうがねぇよ。
「疲れる……? なら帰ればいい」
「ふざけやがって! お前のその態度ムカツクんだよっ! 俺を誰か分かってないのか! 俺はゼルトワ=リー・オ=ワンだぞ! シン大帝国において武力を司る、4大貴族の家だ! 王家の血をひく者だ! お前みたいな下級貴族が生意気な事を言っていい相手では無い!」
絶叫と共に放たれた1撃は、これまでとは別格だった。ガードしていた左腕が弾き飛ばされ、鞘から抜いて真剣で斬り飛ばされたのかと錯覚するほどの勢いと鋭さがある1撃だった。
当然、強烈な痛みが左腕を支配して、俺は絶叫するしかなかった。
「いいぞ。そうだ、もっと喚いてみろ! おら、立てよ。逃げろよ! そして2度と俺に歯向かうな」
「このオッサン、いつ剣で斬られるかビビってるんじゃないですか?」
「そうですよ。斬られるのが怖くて、足が震えて立てないんですよ」
うっせーよ! 確かに今のは斬られたと思った。
「オッサン安心しな。ゼルトワ様の剣は、魔力で鞘を操ってるから、抜ける事は無いぜ! だから逃げてみなよ。くくくくく」
能力付きの武器か。サンダイルを倒せた時にダリアさんが貸してくれた物みたいなのか。だとすると厄介だな。
「ガリャンっ!」
暗い青をベースに銀色の装飾がされた剣をゼルトワが突き出すと、4メートル先に離れて立っていたガリャンが大きな音を立てて倒れた。ガリャンの頭があった所には鞘が浮いていて、ゆっくりと空中を後退していき、剣に収まった。
なんと、鞘が目にも止まらぬ速さで飛んでいったのだ。
ビームは撃てないと思うが、あれは、宇宙に適応した新人類が使える、感脳波で遠隔操作できる兵器と同じ物なのか?!
アレを全力で使われたら、反撃どころでは無くなるぞ。
「余計な事を言いやがって。おっ。逃げるのか?」
腹部の痛みがマシになってきたので、なんとか立ち上がってみる。
全身に青アザだらけで、左腕はもう上げる気力が無い。こんな状況だってのに、俺のバカ力は何故か発動しない。おかしい。
いつもなら、窮地になり損傷が多ければ、リミッターが外れたたかの如く急激に大量の魔力が流れてきて、瞬時に身体を修復して、パワーアップまでしてくれるってのに、どういうわけか今日は何も起こらない。何故だ?
このままだと何も出来ない。やられっぱなしだ。
「俺は逃げない。かかってこい」
全身の痛みに耐えながらファイティングポーズをとる。
せめて、あの剣をどうにかする。そしたら、時間が俺を有利にしてくれるはずだ。こいつには1発ぐらいキツイのをくれてやらないと気がすまない。
「いいぜ。やめてって泣いても知らねぇぞ?」
両手で剣を振り上げた構えをして、初めて静止した。おそらく、これまでよりも重い攻撃がくる。
大きな1撃を狙えば、動きは単調になるはず。今の構えからは重力を利用した振り下ろしで、頭かケガをしてる右腹を狙ってくるだろう。
そうなれば、カウンターで合わせて、その腕を狙って持ってる剣を蹴り飛ばしてやる!
「おらぁ!」
予想通りに前進しながら、勢いと重さを利用した振り下ろしをしてきた。
俺は既に身体を左へと捻じっている。念のため右腕で頭部を守り、歯を食いしばりながら左足で地面を掴み、右脚に力を集中させて蹴り上げる。
ゼルトワが予想通りの動きをしてくれたので、剣を握ってる手を捉えたと思った。だがその瞬間、背筋に冷たさを感じて、前方から空気の壁を押し付けられたような重い圧力を感じた。
おそらく、魔闘気を使ったのだろう。
突然加速した剣は、予想してた軌道よりも速い速度で振り下ろされ、俺の振り上げた右脚と衝突した。
右脚が爆発したと間違う衝撃を感じて、全身の感覚が一瞬麻痺した後に遅れて信じられない激痛と熱が、右脚から全身へと駆け巡る。
「ぐぅぅぅぅわぁぁぁぁあああ嗚呼!」
あまりの激痛に絶叫を上げて地面に倒れ込み、その激痛を遮断したいのか、無意識に右脚の太ももを両手で抑えていた。
自分の哀れな右脚を見ると、見るに堪えない事になっている。
打撃を受けた脛部分は青黒く変色して、そこから、くの字に膝とは逆方向へと曲がっている。そこに間接は無く本来は曲がらない、曲がってはいけない方向へと折れ曲がっている。
脛と反対の脹脛からは、折れた脚の骨が肉と皮膚を突き破って先端が飛び出していた。裂けた脹脛から大量の血が流れ地面を赤く染めている。
「ぐぅぅううううううう!」
頭の中が真っ白だ! ただ唸りをあげる事しか出来ない。
「なんだ! どうしたんですか?」
「ムーノか」
「ゼルトワ様。こーれは、いったい……」
「兎獣から落ちてケガしたんだよ」
何故だ?
「ひぃっ! サトウさん! 大丈夫ですか?」
再生が瞬時に行われない? どうして?
「ムーノさん。兎獣を貸して下さい! 急いで、治療院に連れて行きます!」
「えー。そ、そーですね。ゼルトワ様よろしいですか?」
「連れて行け。ガリャンが乗ってた兎獣を使え」
どうして、こんな事に?
「ジャオくーん、事情は後から説明しに行くと伝えといて。勝手な事は言わないよーに」
「分かってます……。ホアンとリエンもサトウさんを兎獣に乗せるの手伝って!」
「お、おう」
「分かった」
情けない。俺は年下のイジメっ子1人にすら負けるのか。
「サトウさん! サトウさん! 大丈夫?」
「ぐぅぅぅぅううううう。だい…… じょうぶ」
「じゃぁ。私は連れて行ってきます!」
何が1発くれてやるだ。何も出来ないじゃないか。
「頑張って! すぐに治療院に連れて行くから」
ノアと毎朝、訓練してるのになぁ。能力がなきゃ、何もできねぇ。
「治療院に着いたら、誰か呼んできてあげる。家族はユウツオにいるの?」
ノア? マズイ! これはマズイ事になるぞ!
「我儘亭に……。行ってくれ」
「分かった。あなたを治療院に送ったら、すぐに向かうから」
「いや。今すぐ我儘亭に行ってくれ」
「なんで? そのケガ酷い事になってるのよ」
ケガは時間さえあれば治るだろう。それよりもノアを止めないと
「俺の侍女がいる。何でもできる奴だから。頼む!」
「……。分かった」
ノアが、ゼルトワの所に挨拶に行ったら、死人が出るかもしれん。
それだけは、何としても阻止しないと。




