第69話 どうよ! 見ろ、俺の兎獣を!
「こ、ここで、い、一旦止まります~」
引率のD級冒険者の後について、ユウツオの正門を出てから、東に少し進んだ草原地帯にやってきた。普通に歩いて来ると2時間はかかるのだが、今は15分程度で着いた。
なぜなら、兎獣に乗って来たからだ。
もちろん、これまで兎獣に乗った事など無い。どころか、乗馬もしたこと無い。なので兎獣を操れるわけなく、恥ずかしながら2人乗りの前側で仏像のように固まって、後ろから女の子に操ってもらっている。
ジャオ=リィテンという女の子は、貴族なのに兎獣に乗れないという俺に「私と乗りましょう」と声をかけてくれて、こんなオッサンとの相乗りを嫌な顔ぜずに、むしろ落ちないか気遣ってくれた。
黒髪の三つ編みを右肩から垂らした少女らしい髪型と、そばかすのある童顔が幼さを強調しているが、21歳という見た目に反した年齢をしており、かつてのリウテオ、今は統合されてユウツオ農業区画の領主の娘だそうだ。
幼少から御転婆で、冒険が好きで、農業に向いてないと18歳の時に悟り、逆に男だがのんびり屋で植物が好きな2人の弟達に家業を任せて、冒険者になる為に頑張っているなど、初の兎獣乗りに緊張してる俺を気にして、身の上話をしてくれる、とっても優しい子だ。
「こ、ここでゼルトワ様達が来るのを、しばらく待ちます。み、皆さん兎獣から降りて休んでいてください」
今回の訓練内容が兎獣に乗りながら行うと知るや、ゼルトワは学校が用意した2人で乗る貸し兎獣なんて乗ってられるか! と言い、御付きの人と共に自分専用の兎獣を使うと屋敷に行ってしまった。
突然そんな事をする彼に驚いたが、そんな事よりも、それを良しとした冒険者に驚いた。普通なのか?
「ムーノ。お前も待て」
「おーれのチームも、バジリのチームと一緒に、ここで待つ事にする。」
俺達のチームを指揮するD級冒険者バジリさん、もう1チームを指揮するD級冒険者ムーノさんの両名は、おどおどしていて、ハッキリ言って適任とは思えない。何故彼らが学生に教える立場なのか、分からない。
ちなみに、もう1チームの面子には、ガリャンとベムがいる。ゼルトワのとりまきである。つまり、今この実習場所には4人組が揃っているのだ。
偶然なのか、仕組まれているのかは分からんが、居心地は良くない。
「どうよ! 見ろ、俺の兎獣を!」
遅れてきたのに、謝罪もなく自慢した兎獣は立派なもので、通常は白か茶色系の毛色をした兎獣しか見た事ないが、ゼルトワの兎獣は真っ黒で青いラインが入っている。そして他よりも、ひとまわり大きい。頭部には兜のような物がついていて、脚にも何か鎧みたいなのがついている。
あの色はそうゆう種類なのか? それとも染めたのだろうか?
「それで? バジリ、今日は何をするんだ?」
「あ、はいゼルトワ様」
様、様ねぇ……。
「ゆ、ユウツオ正門からウンカウの森までの草原地帯の、み、見回りです。そ、それから兎獣の騎乗経験も含まれています」
「なんだ、そんな事か。みんなで兎獣にのって追いかけっこするだけじゃないか。そんなんで訓練になるのか? D級冒険者ってのは楽だな」
「い、いえ。それなりに広い範囲ですし、ま、魔獣に遭遇する可能性もありますので」
「あぁ? なんだと?」
普段から態度がデカいし、口も悪いけど、今日は特に酷いな。
「おい。やめとけ、ギルマスも真剣にやれって言ってただろ? 冒険者の言う事を聞けよ」
「なんで俺が、ゲリー=オウ家のこいつ等の言う事を聞かないといけないんだよ!」
「くくくくっ。バカがいるよガリャン」
「そうだなベム。リー・オ=ワン家のゼルトワ様が下級貴族の言う事に従うわけないのに」
「このオッサンが、下級貴族だから、そんな事も分からないんだよ。まったく無能ってのは困るねぇ」
なんか知らんけど、冒険者2人はゼルトワと親戚関係で、家のランクが引くいみたいだな。だとしても実習では、指導してくれる2人に対して失礼じゃないのか?
「ガリャン、ベム。お前らこっちのチームに入れ。おい、田舎女。お前は向こうのチームに行け!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。ゼルトワ様。チ、チームは4人で1組と決まってます。力のバランスを考えていて、それからD級冒険者1人が指導できるのは4人までと決まってますので」
「そっちのチームは3人になるから、問題ないじゃないか!」
「で、ですが、こちらは5人になってしまいます」
「この俺が! お前の世話になると思っているのかっ!」
「すみません! す、すぐに、そのようにします! ムーノ!」
「はいぃ。その、ジャオさんはこっちのチームに入って。ガリャン様とベム様は、むこうのチームに行ってください」
まさかの強行手段で、チーム変更が行われてしまった。
「ちょっと待て! そんな勝手な事をしていいのか? 君達もそれで納得できるのかよ?」
「えっと。帝都ではリー・オ=ワン家にお世話になってるんだ……」
別チーム2人は、どうやら冒険者の2人と同じく逆らえない家柄らしい。
「サトウさん、すみません。彼らには、あまり反抗的な態度をしないほうが良いですよ。しかたないです」
帝都出身でないジャオ氏まで、静かに兎獣の手綱を俺に渡して、隣のチームへと移動して行った。
そんなにゼルトワの家は力があったのか。そして、力ある家柄は何しても許されるのか? いや、ダメだろ。
「兎獣はどうするんだよ? そっちは3人いるのに1匹しかいないじゃないか、1匹に2人乗りしなきゃいけないんだろ? それに、俺は兎獣を操れないんだが……」
「だからぁ! オッサンが乗れないからぁ! こっちの人数増やしてカバーするって気を使ってんじゃないか。その女は、ムーノと一緒に乗れば問題ない」
黒い兎獣から降りて、俺のすぐ隣まできたゼルトワは、俺の為だと言って肩に手を置いてきた。
「さすがに、その歳で兎獣に乗れんのは問題すぎるだろ。かわいそうすぎるだろ。いいか、勘違いすんなよ? オッサンの為じゃないんだぜ? 俺等の為だ。このままだと実習が進まないじゃないか」
「はっ? 急にどうしたんだ?」
「実習は3日間あるんだぜ? 俺が助言してやるから、今日で乗れるようになっとけよ。でなきゃ明日から大変になる。なぁバジリ?」
「おおお、おっしゃる通りです。ゼルトワ様が助言して下さるのなら、す、すぐに乗りこなせるようになります」
なんだ? つまりは、足手まといがいると、面倒だから、せめて最低限は乗れるようになっとけ。って事か?
いや、絶対に何かあるだろ?
「オッサンが乗れるようになれば、俺の評価も上がるってわけよ! だから、黙って乗っとけよ」
あぁ。そういう事。
どうせ、そんな事だとは思ったよ。いいだろう、俺は出来る事が増えるし、ちょっとムカつくけど、教わってやるよ。
「それじゃぁ。お願いしようかな」
「はははははっ! オッサン、素直だなっ! いいねぇ~。まずはさ、兎獣にまたがって撫でるんだよ。優しくしてあげないといけないだろ? よろしくって気持ちでさ」
膝を折って、低い姿勢で待機してる兎獣にまたがる。特に嫌がる事もなくじっとしているので、手を伸ばして首とか撫でてみる。
「いいんじゃねーの? そんで手綱を引いて頭をあげてみろよ。そしたら立ち上がるから」
言われた通りにやってみる。すると乗ってる兎獣はゆっくりと立ち上がり、視線が高くなった。乗れている感じがする。
以外にも、このゼルトワって奴、教えるの上手いじゃんか。
「お、おぉ。よっしゃ。立てたぞ」
周囲を見回すと、少し離れた左側にガリャンとベムがそれぞれ学校が用意した薄茶色の兎獣に乗っていた。1匹は元々乗っていたので、もう1匹はゼルトワと御付きの人が最初に乗ってたヤツだろう。 ちなみに俺はどっちがガリャンでどっちがベムか知らない。
俺の後ろには御付きの人がずっと睨んでいる。ゼルトワと一緒に自前の兎獣を取りに行ってたので、同じく黒くて大きく、防具や装飾が着いた個体に乗っている。主人と違うのは、ラインなどは入っていない。
「あとは簡単さ。振り落とされ無いように、しがみついてるだけだぜ」
いつのまにか自分の兎獣に乗ったゼルトワが笑いながら、すぐ右隣にいた。
こいつ、オッサンが兎獣を立ち上がらせただけで喜んでいるのを、小バカにして笑ってやがる。
と思っていたら、視界の端に振りかぶっているヤツの腕が見えた。そこには乗馬で使うのと同じような短い鞭が握られている。
「お前、何する気――」
「おらぁ! 走って来い!」
尻を鞭で強打された俺の兎獣は、一瞬飛び上がって、猛ダッシュし始めた!
「うわぁぁぁぁああああ」
停止させる方法も旋回する方法も知らない俺は、ただただ絶叫しながら、暴走する兎獣から振り落とされないように必死に、しがみつくしかない。
アイツ、なんて、クソ野郎なんだ!
後ろから笑い声と叫び声が聞こえてくるが、そんな事はどうでもいい。この状況をどうにかしなければ。
目をつぶって考える。かつて、前の世界での知識を必死に思い出す。
乗馬経験なんてないが、アニメやゲームなどで、こういった生物の急停止には手綱を、おもいっきり引き上げてた描写が多かった気がする。騎士の馬とかはそうじゃなかったかな? トカゲの乗り物や、鳥の乗り物も同じだったような……。
兎でもいけるだろうか?
「オッサンっ! 傑作だな! 落ちたら死ぬぞ? がんばれよっ!」
突然、近くで声がして目を開けると、わざわざ追いかけてきて嘲笑うゼルトワが右側いた。左側にも指をさして笑う子分2人も兎獣を追走させている。見えないが御付きの人も後ろを追走しているんだろう。
「いい練習になってるんじゃないか? もう少し速度を上げてやろうかっ?」
俺は子供が好きだ。年下も結構好きなほうで、多少の言葉使いや呼び捨てなんて気にしないタイプの人間だ。
だがしかし、こんなバカにされるのは許しておけない。というか年齢とか関係なくコイツのやってる事は、許してはいけない事だ。
「おいっ! 早くどうにかしないと森に突っ込むぞ? 兎獣に乗っていても森に入ったら死ぬぜぇ?」
「オッサン! ゼルトワ様に頼んだら止めてくれるかもしれないぞ?」
「そうだよ。ほら、泣きながら懇願してみな!」
「おっ。いいねぇそれ。ガリャン、お前おもしろい事言うなぁ。おいっオッサン! 生意気言ってすみませんって謝ってみろよ! 助けてやってもいいぜ?」
ふざけるな! 生意気なのは、どっちだ!
俺が先に走り出したのに追いついてきたって事は、思ってるほど速度は出てないのか? 初めての兎獣でビビッてしまってるのかもしれん。
おそらくサンダイルが砂漠を進むよりは遅いはずだ。
一旦正面を向いて速度を感じてみる。
森は、まだまだ遠くに見えるが、いずれは突っ込む事になるだろう。
全力で体重を右側へと傾けて手綱を強く引っ張る。これで方向転換ができるとは思ってないが、せめて兎獣が転べば、ありがたい。
俺の狙いはそうじゃなかったが、兎獣がバランスを崩して右折しながら地面に倒れた。すぐに手綱を放して両手で頭部を守り、慣性の力に身を任せる。
俺の身体は放り出されて、右後ろを追走していたゼルトワの兎獣にぶつかった。馬と同じ脚力であろう強烈な足蹴りを、右腹にもらいながらも、俺弾丸は見事にゼルトワの兎獣も転倒に巻き込む事に成功した。
「ゼルトワ様っ!」
俺の後ろを追走していたもう1匹の黒兎獣は、俺弾丸を跳躍して避けると、すぐに主人の元へと駆けていく。子分2人も一旦は大きく通り過ぎたが、すぐに引き返してきた。
ゼルトワの兎獣は、人間が脚にぶつかった程度など何ともなかったようで、立ち上がって静止していた。一方で俺の乗ってた兎獣もケガはしてないようだったが、パニック状態になったらしく、立ち上がると鳴きながら、どこかへと走り去ってしまった。
「お、おーい。大丈夫でしょうか?」
「バジリっ! 学校の兎獣を捕まえてこい! 逃がすと貴様の責任だぞ!」
「は、はいっ! すぐに!」
せっかく追いついてきた実習の責任者をゼルトワが大声で追い返してしまった。どっちにしろ、いても役にたってくれそうにないが。
「お前っ! 覚悟はいいか!」
地面の石に頭を打ったのか額から血を流しているのだが、それ以外の外傷はなく元気なようで、さらに大変御立腹の様子だ。もう少し血が抜けたほうがいいかもしれん。
怒気を当てていたが、すぐに自分の兎獣に備え付けてある剣を手にすると、それを軽く振り回しながら近づいてくる。
「ゼルトワ様。殺してはいけませんよ」
「なんだとっ?」
「鞘を抜いた場合は、さすがの私も止めにはいります」
「分かったよ!」
止める基準おかしくね? 血出てるんだから手当しにいけよ!
「立てよ! 兎獣を失った時の対処法も教えてやるからよっ!」
バカやろうがっ! 見てなかったのか? 兎獣に蹴られたんだぞ? 俺は肋骨が折れて激痛に耐えてるんだよ。立てるわけないだろっ!
それよりも、兎獣から落ちた時の対処法を教えてくれよ。




