第7話 全て殲滅をしますので
「腹減った」
結局、骨付きマンガ肉にはありつけなかった。それどころか何も食べていない。狭い縦穴の底で、ただ棒立ちして、頭上6メートルぐらい先にある直径2メートル程度の穴から1階の床裏の梁をながめながら、なぜこうなってしまったのかを空腹で頭の回転が鈍っているのだが考えずにはいられず、後悔しと共に思いはせている今日この頃だ。
どうやらシェンユはこの街の重要人物だった様で、俺達は誘拐犯と思われたみたいだ。その場で拘束されてソリの様な物に乗せられて、この建物に直行だった。まるで手錠をかけられてパトカーで搬送されてた気分だ。された事は無いけど。
聞き取れはしなかったがシェンユが何か弁明しているみたいだったし、領主や他の人達も厳しい顔をしている感じではなかったから、どこかの一室に隔離される程度じゃないかと思っていたのになぁ。
悲しい事に、あきらかに犯罪者を隔離する様な場所にいる。どうしてこうなってしまったのだろうか…… 自分が犯罪者になるなんて、いや絶対に冤罪だけど。
今までは逆を目指してきた。犯罪や災害に立ち向かい、人々を救うヒーローを。うまくいかなかった。現実は空想とは違う。夢見るオッサンは、いい加減卒業しなければならない事は自分でも分かってた。
「でも、諦めたくなかったんだよ。この命はヒーローにもらった命だから。そのヒーローを誰も認めてないから、だから、俺は…… 俺が……」
周囲の声が聞こえてくる。誰かは可哀そうな子だと言い。誰かはアイツはバカだと言う。憐れんで欲しくない。蔑まないでくれ。
確かに、あのヒーローは最も大切な物を自ら手放した。けど多くを救ったじゃないか! 尊敬するべきだ。誇るべきだ。
でないと…… そうじゃなくては、俺は生きていけなかった。
額を壁に打ち付ける。
空腹が頭の中を濁らせる。
さっきまで熱くなってた脳みそが鎮火していく。
土壁が冷たい。おそらく地面にそのまま大きな縦穴を掘って、底部分に人が一人大の字になって寝れるスペースを確保したのだろう。巨大な三角フラスコの中にいるみたいだ。
「ノア…… 何も喋らなかったな」
「呼びましたか? マスター」
「えっ?! ええぇぇぇぇぇぇ?」
「しーっ! マスター声が大きいです」
と言われましても、普通に驚くだろ。そしてめっちゃ疑問に思うでしょ。なんで穴から顔出してるのですかい? 俺は牢獄インなのに。ノアは自由かよ。
「降りますんで~。壁側に寄っててくださいね~」
「お、おう」
「よっこらせ」
妙な掛け声を言う少しアホな所。空中になびく青色のツインテール。いちいちカワイイのだが、高さ6メートルぐらいの高低差を涼しい顔で飛び降り、どういう訳か着地音が全然しない。
「ノアって人間じゃないんだよなぁ」
「何をいまさら、信じられないのですか? なんなら廃熱モードにしてみましょうか? いろんな所が開いてメカメカしくなりますよ。グロイですけど」
「いや、大丈夫だ。分かっていても、少しぐらい幻想を見ておきたい年頃なので」
「ふふ~ん。そういう目で私を見ているんですね」
変な事を口にしてしまった。恥ずかしくてノアに向けてた顔を下に落とす。女性と話すのは難しい、ちょっとした事がセクハラになりかねない。
落とした目線の先にノアの手を見つめる。手なら別に何も言われないだろう…… いや、何か言いたいのはこっちだ!
ノアの手には見慣れた発泡スチロールで出来たお湯を注いで3分待つ物がある。その中には、卵と謎の肉と麺とあったかいコンソメベースの醤油スープが入ってるに違いない。なぜ、こんな物がここに?
ぐぅ~! 腹の音が俺をせかす。
疑問は後回しだ。
「ノアさんノアさん。その右手に持っているのはもしかして」
「あぁ、これですね。分かっていますよ~。マスターはヒーロー志望で体作りは大切にしていましたからね。こういう物は好きでは無いでしょう? 家事はそれほど出来ないクセに料理だけは努力していましたよね?」
コイツ俺のこれまでの事を知ってるのか。まぁ知ってて当然か。よく分からないけど、異世界転生とか異世界召喚ってのは、神とその仲間は当人の生前を知ってるパターンが多いハズだ。
それよりも今は飯の事だ。ノアの言う通り普段から食事の栄養バランスは気にかけていたし、ジャンクフードとかカップ麺はあまり食べないようにしていた。掃除とか洗濯も出来なくて、結構汚い部屋に住んでいたけど、自炊だけはしっかりやる様にしていた。
が! 今は違う! 異世界で、しかも牢獄で、唯一の食べ物。文句など言ってられるワケがない。
「ノアさん。俺は確かに自分が食べるものには気を使っていましたが、それは出来る環境だったので。今はそれが出来ない状況なので……」
「いえ、申し訳ないです。たとえ異世界であれど、初日ぐらいはちゃんとした物を食べさせてあげたかったのですが……」
「大丈夫です! わがままを言う歳でもないので、何でもいいです」
「すみません。マスター」
お互いに言いたい事があり、相手の言葉を途中で切りながら自分の要件を通していく。空腹でたまらないで、出来ればソレをもらいたいのだが。どうやら一つしか無いようだ。譲ってくれないだろうか。
「どうかソレを……」
「どうぞコレを……」
「私に……」
「貰って……」
「「下さい!」」
んっ? 最後のセリフが被った。
ノアの右手がソレを差し出している。
「えっと、貰ってよいのですか?」
「やっぱり、要らないです? こんなのは」
「いやいや、欲しいです! 今凄く空腹で泣きそうなんでけど…… 一つしか持ってないって事は一人分しかないんでしょう? ノアはどうする?」
「はぁ~。マスター、ソレってわざとやってます? そんなに私の事が好きなんですかぁ~? どうしてもっていうなら、一回ぐらい寝てもいいですけど~。というか積極的ですね~。私の知っているデータでは女性とのお付き合いなどは一度もなく、環境的にも関わる事が少なく、苦手としているハズだったんですけど。もしかしてアレですか? 初日なのにもうホームシックなんですか? ちょっと寂しくて抱いてほしい感じなんですかぁ?」
「はっ、はぁ?! 違うから! なんなんいきなり。この異世界で二人ぼっちの仲間なんだから心配しただけなのに!」
貴重な一人分の食料と割り箸をノアから奪い取って、その顔を見てみると、ため息交じりに、やれやれといった表情をしている。少々イラっとする。もう少し可愛げのある設定にしておくべきだったか。
「私、ロボットですから。何も食べませんから」
「あ…… はい…… そうでした…… ね」
俺は恥ずかしくなったので、うずくまって無言で腹を満たすことにした。
「それ、食べながらでいいので聞いててくださいね。まず基本的方針なのですが、おとなしくこの街のやり方に従いましょう。土牢や建物が木造である事から技術が高くないのかもしれません。この程度なら私がありとあらゆる物を破壊して脱出する事が出来ます。まぁ、それは最終手段としましょう。奴等、私の力量を見誤ったようですね~。私を土牢ごときで拘束出来ると思ったとは」
ノアは牢にいるのに、何故か勝ち誇った様に腕組みをしてふんぞり返ってる。しかし良かった。ノアも牢にインだったか。俺だけ犯罪者扱いではなかったのか。
「ノアもここと同じ様な牢に入れられたのか? どうやって脱出した?」
「飛び越えましたよ。普通に」
そうだコイツなら垂直6mジャンプぐらい出来るのだ。また、おちょくられるから暫くは黙って飯に集中しておこう。
「……ふむ。理解した様ですね。さて、先ほど技術は低いと言いましたが、文明はしっかりしてるみたいです。此処に来るまでシェンユと他の人の会話を聞いたり街の建物や規模を見ていましたが、しっかりとしてると思います。強引に現状打破をしても後々に響く可能性が高いです。私達は街以外だと、さっきの森しか分からないので、出来るだけこの街に留まれる様に行動した方が良いと思います。マスターはどう思いますか?」
「俺に聞かれてもなぁ。任せるよ。俺は頭悪いし、今の短時間で情報収集とか。考えもしなかったよ」
「そうですか。分かりました。では街のルールに従い留まる方向でいきます! ですがマスター、私はサポートですので最終的な決定権はマスターにあります。もしもマスターが強行突破を望むのなら言ってくださいね」
ノアが見下ろしながら顔を近づける。
「全て殲滅をしますので」
ニヤリと笑ったその顔は恐ろしかった。そして理解したコイツは機械なのだと。ノアは神から与えられた任務をこなす為の道具だと。