第6話 なら身柄を拘束して街まで同行願いたい
俺の脳裏に巣くう羞恥心が飛んでいってしまった。
なぜかというと。今、中国語のような言葉を聞いた気がするのだが、脳内には日本語に変換されて意味が理解できる。しかもニュアンスや漢字とカタカナぐあいも解る程だ。
もちろん中国語は話せないし聴く事もできないので意味を理解する事は出来ないし、そもそもシェンユという男の子が喋ってる言葉が本当に中国語かどうかも判別出来ない。しかし、発音とかイントネーションなどが地球でテレビなどで聞いた事のある中国語に似ている。
「どうも。シェンユさん。ちょっと待って下さいね」
さらに驚いた! ノアが同じ言葉を発したではないか! しかも何故か意味が解ってしまう。目をまるくしていたらノアが顔をぐっと近づけてきて耳元で囁いた。突然だったから、めっちゃ赤くなってしまったぞ。
「マスター。アホ面になってますよ。まぁ何故そうなってるかは察してますから、とりあえず後で説明しますね。そもそも言葉が理解できないと不便でしょ?」
なるほど、この世界の言葉なのか。確かに言葉が通じないと不便どころじゃない、なんせこの世界で日本語しか喋れないのは俺だけだからな。意思疎通のしようが無い。ノアがいてくれて本当に助かった。
しかし、参ったな。これから、まず言葉を覚えなきゃならない。ずっとノアに通訳してもらう訳にはいかないし、喋れないのは不思議がられるだろう。英語の勉強とか苦手だったのに、短期間で話せる様になるだろうか不安だ……
「えっと、大丈夫ですかぁ? あなた達が空から落ちてくるのが見えて、ビックリしたんだよね~。人が降ってくるなんて、なかなか目にする事ないからね~。オイラは毎朝この森にくるんだけどさ、今日は寝坊しちゃって~昼間は店の手伝いとかギルドの雑用とかあるしさ~夕方になってからやっと来れたんだけども、逆にナイスタイミングだったよ! これは助けないと! と思ったワケですよ。もし朝に来て昼前に街に帰ってたら、お二人さん死んでましたよ。この森は昼を過ぎた当たりから日が落ちるまでが一番は危なくてー」
こいつ、ビックリする程よく喋るな。どこの近所にも一人はいる、噂好きで謎の情報通なマシンガントークおばちゃん並みに喋ってる。まぁ何も知らない俺らとしては情報を得られるは、ありがたい事だ。ノアも止めずにずっと聞いてるのは、それだからだろう。
だが、ちょっと喋りすぎだ。無駄な話も多いし、お腹もすいてきたし、少し寒くなってきたし。街があるような事を言ってたし、早いとこ移動して安心したいのだけれど。ノアさんは話してくれないだろうか……
「ってな感じでね、収穫が全然ダメだったんですよ。やっぱ奴らが通る時は魔獣達もおとなしくなるのみたいで、小さい獲物は皆隠れてしまって、大型の魔獣や竜種は活動してる感じでしたね。いつもニードルゴンを狙ってて、まぁ4日に一匹捕まえられれば良いんだよ。あいつは100本の毒トゲがあってボウガンの矢に加工出来るから、なかなか良い値段になるんだぁ。それから他にねらい目はー」
「話なげーなぁ」
「あっ、ごめんね~」
おっと、ちょうど同じ事思ったら、ノアが言ってくれましたぜ。予想外にストレートな言い方で声も低くドスが利いてて少し驚いたが…… いや、今のはノアの声じゃなかった。間違いなくオッサンの声だった。
「話が長い…… うわぁぁあああ嗚呼!!」
俺はとっさに両手で口を押えて、しゃがみこんでしまった。なんとも気持ち悪い感覚で、ゲームで敵のデバフを貰って左右が逆になった様な、右に進もうとしたら左に進んでしまう状態を直に身体で味わった。そんな感覚。
「あの、えっと、どうかしましたか? 大丈夫です?」
「い~え。気にしないで下さい。マスターは自分で言って、あまりにも失礼な発言をしたと後から気付いて、ちょっと反省してるだけですから」
「そうなんですか。凄いリアクションですね」
ノアめっ。適当な事言いやがって、かなりビックリしたんだぞ! まさか何気なく呟いたら口が勝手に異世界語で動き出したんだからな。心臓がバクバク鳴ってやがる、もしかしたらさっきの巻角黒鱗ティラノよりもビビったかもしれん。
今はちょっと動けそうにないが、なんとか上目遣いでノアを見上げてみると眉間にシワを寄せて俺を睨んでいる。これはアレだ、アイコンタクトだな。後で説明があるみたいだし、気持ち悪い思いもするし、しばらく黙っておこう。
「それでシェンユさん。30分の話の内容が実は5分しかなかった様ですが、要約すると空から落ちる私達を見て、助けようと探しにきたという訳ですね?」
「君、なかなかキツイ言い方だね。まぁ、そういう事だよ」
「わざわざ、ありがとうございます。では申し訳ありませんがシェンユさんの住んでる所に案内してくださると助かります」
「もちろん! そのつもりだったよ!」
つもりってなんだ? 何か不都合でもあるのだろうか。今更助けられないは勘弁して欲しいもんだ。もう俺は酒場かギルドかで、美味しいマンガ肉にありつける期待が高まっているのだから。
「実は…… オイラも迷子になってしまっただよ」
そんなバカな。思わず立ち上がってシェンユを凝視するが、嫌悪感がまだぬぐえないので口は閉じたままにしてある。
「ゴメンよ。いつもはこんな暗くまで森にいる事は無くて」
最悪だ。このまま野宿なのだろうか。まだ異世界生活始まって1日目だぞ! というか普通は街とかからスタートじゃないのか! ノアは人間じゃないし夜通し見張りは出来ると思うが、さっき逃げの選択をした感じだと、あのサイズの生物は相手に出来ないんじゃないだろうか。マズイ。
それよりノアさんの怒りが怖いよ。なんで地面を蹴ってるの?直径1メートルぐらい耕してるじゃないですか。今度は木の枝折ってきて葉をむしり取ってるし、それ何に使うんですか? まさか折檻なんかしないですよね? ちょっと怖いですよ。
「ではシェンユさん、住んでる所の周囲の事を教えてもらえますか? 現在地を推測して帰還ルートを考えますので」
普通に冷静でした。すみません。
「えーっと、オイラが住んでる街はユウツオって言うのだけど、東側は大きな平原が広がっていて北は狩りの出来る山があるね。西は一度も行った事のない大砂漠があって、よく来るこの森は南側にあるよ。あっ、でも街から真っすぐ南ではなくて少し西になるよ」
暗くて俺には見えないが、ノアはしゃがみ込んで木の枝を使って耕した地面に地図の様な物を描いている。なるほどな~地面の草とか苔をどかしていたのね。
「この森を周るには、どのくらいかかりますか?」
「分からないなぁ~。周った人はいないよ。とにかく大きくて西は大砂漠と接しているから境界を行路とする商人がいるけど、東は海までずっと続いてるってウワサだよ。南は大陸の終わり付近まであるらしいね。」
「今、森は東の方は海まで続いてるって言いましたが、その前に街の西南にあるとも言いましたよね? それは、どういう事ですか?」
「えっと、このあたりの森は北側に突き出ていて、行った事無いけど南側の森は行くのに1日ぐらいかかるみたいなんだ。ここよりも少し南側にあるんだよ」
ふむふむ、地形って言葉で説明されると分かりずらいね。特に初めての場所は。けど、どうやらノアにはバッチリ分かったみたいだ。腰をあげて、手招きしている。
「シェンユさん、その灯りで地面が見える様にしてもらえますか? おそらく私達がいるのは、この辺りかと思います。まず北に向かい砂漠と森の境界付近を目指します。行路に使われるなら比較的安全でしょう。その後東に方向転換し平原を目指します。平原が見つかる頃には、おそらく街もそう遠からず見えてくると思いますので」
「おぉ、それは帰れそうだね! でもオイラ北がどこか判らないよ」
「それは、大丈夫です。私は北が判る特殊な体質ですので」
いや、絶対にコンパスが内臓されているんだろう。
「では、私が先頭を歩きますので、ついてきて下さい」
「あっ! 先頭歩くならコレどうぞ」
シェンユが持っていたランタンの様な物をノアに躊躇なく渡そうとしてる。この場で唯一の灯りなのに、こいつ凄いお人好しだな。会ったばかりの俺達を信用しすぎじゃないのか?
「ありがとうございますね。でも大丈夫ですよ! 夜目がきく体質でもあるのですよ。あと付近の気配を察知できる体質もあるので。よければ、そこの無言の変なマスターの隣を歩いて照らしてもらえますか?」
悪かったな、普通の人間はこんなもんだよ。 不眠体質と無限体力体質と食事不要体質とかもあるんだろうなぁ。
「えっと、見えますか? マスターさん?」
「た、タツキだ。うっ」
気持ち悪い感覚だが、無言を通すワケにはいかないからな。きっと慣れるハズ。
「そ、そういや、名乗ってなかったな。彼女はノアで、俺はサトウ=タツキだ」
「オイラはシェンユです。ただのシェンユ。タツキさんには苗字があるのですね。ワナン国の様な名前ですし、マスターの意味は分かりませんが察するにノアさんは侍女的な人ですか? いいですね~。美人ですし、なんでも出来るんですね」
「タツキでいい。あっちもノアでいい」
「オイラもシェンユでいいです。二人とも変わった格好してますね~。オイラの街は商人や冒険者達がよく出入りするので、この大陸の物は大体見れるけど、その服は見たことがないですよ。西の大陸にあるフラタギス国の物ですか?」
いや、日本の警備員のバイト服だ。そしてノアが着てるのは俺の変態的な趣味で設定してしまった女子高生の制服だ。なんて言えない。どちらも制服だからシュッとしてるので見た感じは身なりの良い身分に見えるのだろう。さて、なんて答えたらよいのやら。
「私はマスターの侍女という認識で構いませんよ。ですがシェンユさん。私達も先程出会ったばかりのアナタを深く信用している訳ではないので、不要な詮索はご遠慮してくださいね」
「ゴメンよ。そんなつもりじゃなかったんだ。思った事がすぐ口に出ちゃう体質なんだよ」
ナイスだノア! 少し凄みがかかった言い方も良い感じ。設定通りとにかく優秀でビックリするわぁ~。そして俺の事を無能だと言いたげなドヤ顔をやめろ。
「それじゃ、オイラの事を話そうか。コレコレ! この灯鱗筒いいでしょ? 買ったらちょっと高くなるんだけどね。この中の光る鱗がね~質が良い物を使ってるんだ~。ひと月前ぐらいにコウコクレックスから自分で剥ぎ取ったんだよ! 凄いでしょ? 見た事ある? アイツは大きくて――」
この人、本当によく喋る。
木々が少なくなってきて星明りが射す様になってきた。シェンユは童顔でかわいらしい顔をしていて、オイラという一人称があまり似合ってない気がする。喋りもそうだが、格好も中国の民族衣装っぽい感じだ。半袖とノースリーブの間づらいの袖に謎のスリットが入ってる服。鳶職の様なズボンに謎の邪魔そうな布が腰の前部分から左足側に垂れ下がり、腰の後ろ部分に繋がっている。あれは絶対歩きにくいだろ。何の為に付いているのか。
「マスター! 砂漠が見えてきました」
「オイラには、まだ見えません。遠目もきく体質なんですね。凄いです」
シェンユがアホな子で良かった。2時間ぐらいは歩いただろうか。体力はある方だと自負していたが、空腹だし初めての事がたくさんで疲れた。しかし、もうひと頑張りだと思うとなんとか足が動かせる。
砂漠は月の光を照り返すとかあったかな? 森を抜けそうなのは分かるが、思ってたよりも明るいぞ。
「おーい! シェンユか?」
「えっ?! おじさん??」
「シェンユか! 良かった無事か! 心配かけるんじゃねー!」
どうやら、シェンユ捜索隊が街から派遣されていた様だ。向こうは砂漠を越えてきたのだろうか、偶然にも森と砂漠の境界で合流する事になった。それにしても多くないか? 30名ぐらいいるけど。警察的な組織があるのだろうか。
「おぉ、シェンユよ。心配したぞ、まったく何があったのやら」
「領主様! わざわざすみません。騎士団の方々までこんなにたくさん」
なんだと! 領主に騎士団だと! もしかしてシェンユって偉い身分の方だったのか? これは、どっちに転ぶのか。救出からヒーローか? それとも誘拐犯として疑われるか?
『マスター。私から離れないで下さい。それから私に合わせて下さい』
おっと、日本語も使い分けられるのね。ノアさん優秀です。もちろん付いていきます。恥ずかしいが離れません。
「すまないが、お二人は見ない顔の様だが、身分を明かせる物をもっているか?」「身分を証明できる物は持っていません。私とマスターは森で偶然にシェンユさんと出会い共に森を抜ける為に行動してただけです」
「そうか、なら身柄を拘束して街まで同行願いたいのだが、構わないかね?」
やはり、そうなるのか。この鎧を着た強面の方が恐らく騎士団の上の人だろう。誤解はあるかもしれないが、今は素直に従ったほうが良さそうだ。
「分かりました。そちらに従いますのでマスターに手荒な事はしないで下さい」