第56話 何も話せません
「ふぁ~。疲れた」
「おっ。タツキ戻って来たか。いつもの布と冷や水は裏の庭に置いてあるぞ」
「センギョクさん、いつも、ありがとうございます。」
「気にすんな。俺は、お前みたいな日々努力を惜しまない奴は嫌いじゃねぇ。けどなぁ~、学校が休みの雷の日にまで早起きして訓練するとはな。毎日付き合ってくれるノアにも感謝だな」
「えぇ。ノアには、いつも感謝してますよ」
「えぇ~。本当ですかぁ?」
いや、本当に感謝してるから。その反応はやめましょうよ。
だがしかし、今日の訓練は無しにして欲しかった。通常の授業に追加で補修がある1週間を乗り越えて、やっときた休日ですよ? ってか先月は休日の早朝訓練は無しだったのに、あの事件以降スパルタになってませんか?
「それじゃ、俺は身体拭いて、服を洗って、朝食すませてから部屋に戻るわ」
「着替えを取ってきます。今日の返り血はちょっと多いですね。洗濯に時間がかかりそうなので、私が洗います。桶にそのまま置いてて下さい」
「毎日、毎日、よくやるな。学校に行かないで、すぐ冒険者になってF級からでも、お前なら良い仕事があったんじゃないのか。で、今日は何と相手してきた?」
「ボディアです」
毎朝ノアが市場まで行って、生け捕りにしてある獣を買ってくる。それを訓練相手として戦って返り血を浴びてくるんだが、服についている血の本当の持ち主は俺だ。
俺はケガして血が出ても傷は再生するんで、怪しまれないように、わざわざこういう事をしている。なので訓練はもちろんノアと2人きりの秘密の訓練だ。
ちなみにボディアは、大型犬ぐらいの大きさで、牙が左右に向いたコンバットナイフのような、猪っぽい獣だ。倒したあとは、また市場に持って行って肉として売って少しでも出費を減らしている。
「おはようございまーす」
「おう。悪いが店は2時間後からの開店だぞ」
まだ7時で開店していない我儘亭の扉が開いたと思ったら、やってきたのはダリアさんだった。
「タツキはいますか?」
「マスターなら、そこの裏へ行く扉の所にいます」
「お、おはよう。ございます……」
「タツキ?! その血は、どうしたんですか?」
なんだ? せっかくの休みなのに、めんどうな事になりそうだぞ!
もしかしてノアの奴。休みの日まで監視役をお願いしているのか?
「安心して下さい。マスターの血では無いので」
「そうですか。何故あんなに血まみれなんです?」
「あぁ。それはな大商人のお嬢さん。タツキとノアは毎朝、生け捕りした獣を相手に訓練をしているんだよ。その返り血なんだ」
「なるほど……。では、まだ何も準備はしていないのですね?」
「えっと…… すみません。何の準備でしょうか?」
「私と出かける準備です」
ええぇぇぇぇえ?? ダリアさんと2人で? 出かけるの?
「マスター! デートの約束をしていたんですか!? 本日は私とずっと一緒にいてくれると言ったのにっ」
やめろっ! 変な言い方するな!
確かに今日こそは、戦隊とかMA級のサヤ様とか話をしたいと思ってたんだ。なのにデートの約束だと? そんなバカなっ。俺が女性を誘うなんて、絶対にしてないぞ!
「デートではありません。ドラグマン・レッドの件で私もタツキも、本日8時にギルドマスターから呼ばれていまして、一緒に行く約束をしていたのです」
あっ! 忘れた。
「すみません! すぐに準備します!」
なんてこった! 絶対にローゼスさんいるから嘘がバレるじゃないか! 昨日、学校に連絡来た時から、いろいろと作戦を考えていたけど無理ゲーすぎて、一旦、頭の中から消去したんだった。
ノアに言うの忘れたし、相談するのも忘れてた。
どうしよう……。泣きそうだ。
とりあえず今は、急いで準備しなくては! ダリアさんが待っている。なによりもギルドマスターの呼び出しに遅刻なんて出来ない!
急いで、身体を拭いて。汗臭くないように3回拭いて。急いで着替えて。間に合わないからノアにダリアさんをお姫様抱っこ送迎してもらって、俺は頑張って猛ダッシュで並走して、ギルドに向かって。
って! 結局、汗だくになったやないかっ!
「ちょっと! 何してくれるのよっ! 恥ずかしくて死ぬかと思ったわ! 2度とやらないでよ! タツキ聞いてるの?」
「はい。すみませんでした。2度と致しません」
実際に運んだのはノアだけど、やっぱり俺が怒られるよな。
「今日の事を私は知らなかったのですが、一緒に話をできるのでしょうか? マスターがアホなので、可能なら同席したいのですが」
「それは、出来ないですね~。タツキさん、ダリアさん待ってましたよ。時間ギリギリですね。ギルドマスターは既にお待ちですので案内します」
誰だ? 知らないギルドの人だ。爽やかイケメンって感じだな。
「おはようございます。へインさん。そこを少し、掛け合ってもらえないでしょうか?」
「申し訳ない。いくら貴方の頼みといえど、僕はギルドの運営者。ギルドマスターを困らせる訳にはいかないのです。ですが安心して下さい。待っている間に退屈しないよう、この僕が話し相手になってあげます。ひと時の間、貴方を楽しませてあげましょう」
凄いな。俺もあんな風に女性と話せるようになりたいもんだ。まぁノア相手ならなんとでも言えるんだが。
「それでは、お二人はこちらへどうぞ」
イケメンに案内されて、受付カウンターの隣の階段から2階に上がり、中央の両開き扉から応接室に入る。以前来た時と同じく、赤を基調とした全体に白や青や金色で炎をモチーフにした装飾がされている。家具っぽいのは正面にギルドマスター用の大きな執務机ぐらいだったのに。
以前と違うのは、部屋の中央に背もたれ付きの細身な椅子が二つ用意されていて、犬の獣人の人がいないって事だ。
「おはようございます。色々とあった一週間とは思いますが、雷の日に呼び出してすまないね。どうぞ椅子に掛けてください」
ギルドマスターのクーさん。相変わらず謎の威圧を感じる。もしかして何かの能力だったりするのだろうか?
そして、隣の副ギルドマスターのローゼスさん。この人はマズイ。なんたって相手の嘘を見抜ける能力を持っている。
「はじまして、ギルドマスター。私は、帝都の大商人アナガリス=シャン・レン=ワンの12番目の娘。ダリア=シャン・レン=ワンと申します」
「知っていますよ。ギルドもアナガリス様の恩恵を大いに受けています。確か昨日からユウツオに滞在しておりましたね。昨日少しだけお会いしましたよ。シン大帝国の物流を支え、人々の生活を豊かにしているシャン・レン=ワン家とは300年の付き合いがあります。その娘が冒険者を目指してくれるのは嬉しい事です」
商業団の偉い人と関わりがあるのは知ってたけど、ダリア氏ってなんか、凄い所の娘さんだったのか。ちょっと付き合い方を考えないといけないかなぁ? 約束事を忘れたりしないようにしなくては。
「タツキさんについては、知ってますので、自己紹介はいりません。お久しぶりですね。ノアさんはよくギルドに来てくれますが、もしかしてローゼスを避けていますか?」
「なっ! いや。いえ、そんな事はありません。学校が忙しいだけです」
この人、怖いよ。もしかすると、ユウツオから出て行かないと、いけなくなるかもしれない。しかし、ノアはギルドで何してるんだ? まぁアイツの心は鉄で出来てるから問題無いのか。
「彼女の魔闘気は有名なので知っているかと思います。そのうえで噂の彼の話を聞ければと思いますので、よろしくお願いします」
「あのぅ……。噂の彼というのは?」
「ちょっと、タツキ。朝に話したでしょ?」
「学校の方にも伝えていたハズなんですけどね。もちろん、あなた方二人の命を救った謎の流浪者、ドラグマン・レッドについてです」
ですよね~! 淡い希望を抱いて再確認してみたけど。彼についてって、つまり、俺についてですよね~。どうしよう……
「あの日の事は、第一商業団団長のバオ様から全て聞いています。たった1人で素手でサンダイルと戦い、宝剣ペルダムの鱗剣を10メートル以上にして頭を切り落としたとか。凄い方です。その実力はB級冒険者に匹敵します」
「そうです。レッドは凄い人でしたわ」
「彼について、命を救われた2人がどう思ったか、どう感じたか。その印象をお聞きしたいのです。ではダリアさんからお願いできますか?」
「はい。最初は、野盗か何かと思いましたわ。彼は半裸で私の衣服も乱れていて、酷い事をされたのだと思いました」
何っ?! そうだったのか。いや、そうだったな。でも何もしてないぞ!
「でも、全部私の勘違いで、変態だと思っていた彼は、優しくて強い人でした。私が多くの暴言を言ったのに、私の事を気にかけ命を救ってくれて、さらには商業団も守ってくれました。それから――」
って、聞いてる場合じゃない。ダリアさんが喋っている今のうちに考えるんだ。
くっ。考えろ~。考えろ~。嘘はダメだぞ~。かといって真実ばっかりを話すとボロを出す可能性が大いにある。
ノア様どうか助けてください。
「――なので、もう1度会えたら、ちゃんとお礼がしたいですわ」
「そうですか。貴重な意見をありがとうございました。では、タツキさんはどう感じましたか?」
「えっ? えーっとですね~」
「タツキさん。どうしたのです? さっきから心が乱れていますよ?」
えぇぇ?! ローゼスさん、それ言っちゃうの? 直接言ったりするの?
これはダメかもしれん。ノアすまん! 今夜は夜逃げの準備になりそうだ。
かくなるうえは……
「何も話せません」
「「「えっ?」」」




