第50話 私がヒーローだからだ!
「ちょっと、ダリウスしっかりしなさい!」
なんてことだ。宝物級武器をを使ったとはいえ、サンダイルをたった1人で、しかも途中までは素手で戦い、商業団を守りながら倒してしますとは……。
「おい! ダリウス? 大丈夫か?」
そうだ。ガオレン! コイツ妙な約束事をダリア嬢様にとりつけおってー! まさかダリア嬢様も本気にしてないでしょうな?
ですが、契約や取引を重んじる商人一家のシャン・レン=ワン家ですから…… もしかするとアナガリス様も納得してしまう可能性もある。
「もうっ! 助けてもらったんだから私達がレッドを迎えに行こうと思ってたのに。レッドが来ちゃったじゃないのよ!」
そもそも、ダリア嬢様がここまでして手を貸す価値があったのだろうか? いや、考える必要はない。これ程の人物は久しく見た事がない。
友好な関係を築き、可能ならばシャン・レン=ワン家の人になって貰いたい。
さすがに、疲れているのだろうか? サンダイルの背中をつたって降りてくる足取りは少しフラついている様に見えるし、両腕はだらりと垂れている。
疲労の顔をしているのか、表情はまったく読めない。
改めて近くで見ると、なんて奇怪な恰好をしているのだ。
頭を黒い布で全て覆い木製のお面をつけているが、しっかりと目だけは見えている。上半身は裸。下半身もほぼ裸に近い状態で、腰に毛皮のような物を巻いているが、股間には何故か鞄を付けている。
どっかの少数部族の者だろうか? 大魔女サヤ様の弟子の血筋は数年に絶えたと聞いている。そういえば、獣人と友好関係を築き、森の中で共にひっそりと暮らす人間がいると聞いた事があったな。
「レッド。大丈夫?」
「問題ない! 私はまだまだ未熟であれど、常に鍛えているからな。それよりも皆さん無事ですか? ケガはありませんか?」
「何言ってんのよ! 貴方1人で倒しておいて、私達がケガなんてするわけ無いでしょう? 商業団にも近づけさせてないし、本当に凄いわ」
「いや。あの剣のおかげだ。なのに壊してしまって、申し訳ない」
「あの剣は俺のだ! だが、まぁいい。俺は気にしてないぜ」
「そうか。いや、いつか必ず埋め合わせをしよう」
埋め合わせ? あれは、このエデンには生息しない特殊なドラゴンの素材で作られた剣。この者は、これほどの実力がありながら自分が使用した宝物級武器の価値が分からないとういうのか。
「気にすんなって。埋め合わせはダリアがしてくれるからな」
「そうなのか? 良いのかダリア?」
「いいのよ。あなたは気にしないで」
「すまない。柄は残っているのだが、そのまま首にめり込んでいて、今はちょっと抜く事ができなかった」
む? まさか!
「レッド殿! その垂れた両腕は折れているのですか?」
「ちょっと、急に喋ったと思ったらって、えっ? 折れてるの?」
「凄い衝撃でな、ちょっと痛めただけだ。しばらくしたら動かせるようになる。それよりもダリアの事を任せたいんだが、責任者は剣の持ち主の君か?」
「おっ、俺か? そうだ! ダイアの責任は俺がもつ」
責任者はお前では無い!
が、しかし、私は奴隷獣人である為、こういう立場にはなれない。
「任せるって……。レッドが一緒にいればいいわ! 貴方ほど頼りになる人はいないわ。それに腕の治療もしないと。満身創痍でしょ? すぐに迎えを呼んでくるから待ってて」
「いや、迎えは大丈夫だ。腕も折れてはいない、少し痛めただけだから」
どう見ても折れている。紫色に変色して腫れているというのに、気丈に振る舞うとは、ダリア嬢様に心配かけない為か? 弱さを見せない為か?
どちらにせよ、もう少し話をしてみたい。
「少しぐらい休まれてはいきませんか? 商業団を守っていただいたのです。シャン・レン=ワン家としては、お礼をしなければなりません。それに、倒したサンダイルの素材についても交渉させていただきたいのです」
「素材の交渉? よく分からないが、時間が無いので、すぐにでも行きたいのだが。ダメですかね?」
「お前、あのサンダイルの素材を要らないって言うのか? なら、俺が貰ってもいいか? 剣も壊されたし」
「そうか。ペルダムの鱗剣の代わりにサンダイルの素材でいいのか! ならダリア嬢様が、埋め合わせをしなくても良いという事だな」
これはいい話だ。レッド殿にはサンダイルの素材の価値と同等の金額を支払おう。なんなら好待遇で商業団の護衛部隊で雇いたいくらいだ。
「いやいや! 今の話は無しだ。ダリアには埋め合わせをしてもらわなきゃ」
「私は何でもいいのので、もう、行かないとならないのだが……」
「あら。誰か来ましたわ」
おっと、少し冷静さを欠いてしまったか。背後から兎獣が4体も来ているのに気づきもしなかった。
商業団団長の装飾を多くされているが、速度を殺さないように最低限の重量にしてあるのは、バオ様の専用兎獣。それと隣の防御重視で重装備の兎獣は護衛部隊隊長コンロイ様。あと2体は護衛部隊の者か。
「そこの不審人物! 離れろぉ!」
まずい。コンロイ様はレッド殿の姿を見て変態だと思っていらっしゃる。
「待って、コンロイさん! 彼は変態では無いわ!」
「いやダリア? 変態とは言われてないのだが?」
ダリア嬢様も変態と思われていたか。いたしかたない。彼の恰好は、そう思われても仕方がない見た目をしている。
彼の行動を目の当りにした我々は、彼の凄さを理解しているのだが、お二方になんと伝えたらいいのやら。
「ダリア嬢様? 何故ここに? いや、そいつから離れてください! ダリウス! キサマは何をやっているんだ!」
「コンロイ様、まずは話を聞いて下さい。彼は変態ですが、ただの変態ではないのです」
「いや、まず、変態では無いのだが?」
「お前は何を言っている? 俺からの連絡にも反応しないで、緊急事態に商業団の品物と人間を守るのが、俺らの仕事だろうが!」
「それは、申し訳ありません」
奴隷紋を通して何度も連絡があったのに、反応するのを怠ってしまった。彼の話をする前に、コンロイ様への信頼を回復させなければ!
私を他の奴隷違って自由に行動させてもらってるのも、信頼があっての事だ。
まずは、何から説明したらいいのやら……。
「コンロイ様。私の弁明を聞いていただけませんか?」
「ダリウスは黙ってて!」
「ダリア嬢様。ダリウスはかつてアナタも奴隷でしたが、今は私と契約をしているのです」
「コンロイさんも今はしゃべらないで」
「むっ」
「私とバオ叔父様とで話すわ。いいでしょバオ叔父様?」
先程から無言で周囲を見ていられるのは、まず状況を把握しているのでしょう。
状況把握力と判断力にたけるバオ様ならば冷静に判断していただけるが、誰に対しても厳しく、ダリア嬢様にも遠慮はしない。
「よい。では、彼が、ただの変態では無く。どのような変態なのか、教えてもらおうか?」
「いや、変態では無い」
「レッド黙ってて。ガオレンもうるさい! その堪え笑いをやめて」
「くくくっ。悪りぃ。」
強い瞳だ。
私がダリア嬢様からコンロイ様と契約になって2年が経つ。たった2年で、あの愛らしい姿から大人の女性へと変わられている。きっと多くの事を見て、様々な事を学び、多様な経験をしたのでしょう。
「バオ叔父様。詳しい事は後程話すわ。まず私はサンダイルに食べられたの」
「なんと! いったい、どうして?」
「コンロイ。少し黙っておれ」
「失礼しました。バオ様」
「それでも生きて、ここにいるのは、彼が助けてくれたからよ。口の中にとどめてくれて、サンダイルの口をこじ開けて私を外に出してくれたの。それだけじゃないわ。北上するサンダイルの進行方向にいた商業団を守る為に、足止めをしてくれたのよ! しかも、そのまま倒していまったわ、たった1人で。たしかに彼は変態的な恰好をしているけど」
「ダリア、俺は――」
「ちょっと、黙ってて。変態に見えるかもしれない恰好をしているけど、感謝しなければならないわ。私の命の恩人で、商業団にとっても大きな恩があるわ。だから彼の望む様にしてあげてくれないかしら?」
「ふむ……」
聞いてるだけでは信じがたい話だが、全て本当である事を、私とガオレンは実際に見ている。バオ様も分かってくれるとは思うが……。
「状況からみて、ダリアの話を信じないワケにはいかないな。他の可能性はあるが限りなく少ない可能性だろう」
「叔父様。信じてくれるのね」
「レッドと言ったか。この度の件、感謝する。何か望みはあるか?」
おぉ! シャン・レン=ワン家の第一商業団団長から望みを聞かれれば、それは多くの事が叶うと理解できるはず。だがしかし、欲をかき過ぎては、バオ様を不快にしてしまうぞ?
「もう、行ってもいいか?」
「望みを聞いているのだが?」
「なら、私にかまわないでくれ。私はすぐに行かなければならない」
はっ?
「はぁ? お前、バカじゃねーの? バオ団長がお礼に望みを言えっていってるんだぞ?」
「そうですぞレッド殿! 貴方ほどの実力ならシャン・レン=ワン家に好待遇で仕える事も可能です。それに腕も折れているでしょう? サンダイルの素材の話もありますし、ゆっくりと話をされていかれてはどうですか?」
「私は、何かを欲しくて人を助けている訳では無い! 誰かを助けるのに大儀や理由や対価が必要なのか? そんなものは要らん! 私が何かを助けるのは――」
な、なんという人なんだ……。
「私がヒーローだからだ!」
ひーろー? 聞いた事の無い言葉だ。どういう意味だろうか? しかし、これほどの事を成して何も望まないとは。
「素晴らしい人だな君は。君の望みがそれならば、それでよいだろう。本当にいいのかね?」
「そうだな……。なら、一つだけ。ここで1日以上ダリアを休ましてから移動してくれ。彼女はサンダイルの口の中で1日気を失っていたが、寝ていた訳ではない。必ず1日の休息をとってくれ」
「分かった。約束しよう」
「待って! それは、私が納得いかないわ! 何故、私を休ませる事が貴方の報酬になるのよ?」
ダリア嬢様の言い分は理解できるが、先ほどの彼の発言で彼がどういう人物かを理解しなければならない。こちらが何を言っても聞き入れないだろうし、こちらが迷惑になるような事はしない。
なのでバオ様も彼の望み通りにしている。たとえ、それが、彼にとって利が無いと分かっていても。
「ダリア時間が無いんだ。私は、すぐにユウツオまで戻らなければいけない」
「どうして? 私と一緒に休んでから行きましょうよ。商団の人達が送ってくれるわ。素材の話もあるし」
「なら、素材は全てダリアに譲ろう。好きにしてくれ」
「えっ?! そんな、悪いわ」
「忘れていないか? 私が助けたのは君だけじゃない。もう1人、ユウツオ付近の砂漠に投げ出してしまった彼の安否を確認しなければいけないんだ」
「あっ。タツキ! そうだ。タツキも私を助けてくれたわ! 死んでしまったら、お礼が言えないじゃないの」
「ユウツオの近くで助けたとはいえ、砂漠に投げだしたのだ。もしかしたら私の助けを待っているかもしれないのだ。私は行かなければならない」
なんと! その身体で誰かを助けに行くというか?
「バオ様。申し訳ありませんが、レッド殿に騎乗獣を1体お貸しする事はできませんか? お願い致します。」
「コンロイ。お前の部隊のを1匹。かまわないか?」
「もちろんです。バオ様」
「いえ。大丈夫です。私は操れませんし。またサンダイルとの戦闘になったら返す約束ができませんので。それでは、もう行きます。ダリアを頼みます」
折れた腕をなびかせながら、駆け出すとは、まさか走ってユウツオまで戻る気なのか? 普通に考えて無理な距離だぞ?
「ちょっと、レッド!」
「ダリア。行かせてあげなさい」
姿も、その心意気も、なんとも変わった人だ。可能ならばアナガリス様にも会わせてみたい人物だ。
「ドラグマン・レッド。また、会えるかしら?」
「ダリア嬢様。ずいぶんと彼を気に入ったようですな?」
「べつに! いつか、ちゃんとお礼をしたいだけよ!」
その時は、是非とも私も御一緒にさせて欲しいものだ。
いつか、もう一度会ってみたい。
ひーろー。ドラグマン・レッド。覚えましたぞ。




