第5話 どう見ても悪役の能力だよ。
女の子の前でかっこつけて、後は俺に任せろとセリフを吐き、右腕を突き出して中二病全開でファイヤー! とか叫んじゃった後、世界は何も変わらず淡々と流れてゆく中で、お前何言ってんの? 大丈夫? という視線をもらう今、この状況がツライ。
何故だ!! 確かに俺は聞いたぞ。特殊能力を付与するって言ってたぞ。絶対に言ってた。間違いない。そしたらチート能力って決まってるでしょ。
落ち着け、もう一度試すか? いや、二度も自爆する勇気は無い。そもそも一度だって自爆するつもりではなかった。彼女の件も勘違いだった。よく思い出せ、あのクソ神ヤロウが何を言っていたか。
俺は目を閉じ数時間前の事を思い出す。あの真っ黒フードマンを。
「貴方には地球とは違う新しい世界に行ってもらって、ちょっとした御使いをしてもらいたいのです。私からのクエストと言いましょうか、7つの依頼をだいたい10年以内までに達成してきてもらいたい。もちろんその為に、よくある特殊能力付与をしますよ。さらにクエスト達成毎に追加で能力付与をします。それから新世界での貴方のサポートする機械も同行させます」
うむ。
「絶対言ってたよ! 特殊能力付与するって聞いたよ!」
「あの、もしかして特殊能力付与の内容って聞いてないですか?」
おっと、思わず声に出してしまった。凄く恥ずかしい思いをしたのに、みっともなく叫んでしまったよ。ただえさえ恥ずかしいお姫様抱っこ状態なのに。
ノアが優しすぎて、よく分かんなくなる。女の子との会話ってこんなに簡単なものだっけ?
「えっと、スーパーヒーローになりませんか? って勧誘してきたから戦闘向きの能力が付与されていると思ったんですけど、もしや変身能力ですか?」
「違いますねぇ。当ててみます? さて、なんでしょう?」
「なっ。クイズ方式っすか。う~ん」
変身能力ではないのはショックだ。一番嬉しいのだが。今の感じからして超パワーでもなさそうだし、ビームを打ったり魔法が使える系でもない。もしかして召喚系か。もしくはドラゴンを支配できるテイマーとか。ヒーローっぽくないな。
だいぶ落ち着いてきたので忘れてしまいそうだが、そういえば緊急事態だった。しかしもう巻角黒鱗ティラノの姿は見えない。時折咆哮が聞こえてくるが、体力が尽きたのだろうか? スピードが落ちているみたいだ。ノアもアクロバティックな動きをしないし、数分前のスピードを維持はしていない。
「蜘蛛とか蟻とか生物の力を借りれるとかです?」
「違います。…… なんか、すみません。GMが勧誘したセリフは忘れて下さい。本当に申し訳ないです」
「ん? って事はヒーローにはなれないという事ですか?」
「そうではないですけど、ザ! ヒーローって能力ではないです。もう答えてしまいますけど、一応GMのやさしさ所以の能力ですから」
ノアは少しだけ見つめて、困り顔で微笑する。態勢のせいで顔が近くてドキッとして恥ずかしい現状を思い出してしまった。
「死ににくい能力です」
「なんと。ま、まさか。不死身ですか?」
「残念ながら、不死身ではないです。頭部をふきとばされれば死にます。たしか腕や足を欠損したり、体に穴が開いても死ななく能力です」
「それって、失った部分はそのままなのか? 骨とか肉が見えて、ボロボロで生きてるとかゾンビじゃないですか」
そんなん、どう見ても悪役の能力だよ。しかもボスクラスの。
「いえいえ、ちゃんと再生しますよ。ただ、欠損の程度や個人の潜在的力によって再生速度が違うらしく、場合によっては半年とか1年とか寝たきりになる事もあると聞いています」
「潜在的力って、俺にそんなのあるんですかねぇ? あとノアさん『聞いてます』って言い方、もしかして能力についてあまり詳しく知らないのですか?」
「すみませ~ん。潜在的力によって能力に幅ができる事もあって、明確に何が出来るってのは、分からないのですよ~」
マジかぁ~。そんな説明なかったぞ。騙された気分だ。詐欺と言ってもいい。
いろんな素晴らしい特典が付いてますよって旅行を決めたのに、いざ来てみたら俺自身の英語力が足りないから受け答えが出来ず、特典が受けられません状態だ。
しかし、ゾンビ能力とは…… ヒーロー向きではないと思う…… いや、不死身能力の主人公漫画ってあったよな。超再生出来る主人公のヒーロー映画とかもあった気がする。ちょっと王道とは違うダークな感じがするけど、悪くないよなダークヒーローもカッコイイもんなぁ。
悪くない。そもそも平和な日本から突如、ドラゴンとかいるファンタジー世界にやって来たワケだ。ちょっとトラブったらすぐ死んでしまう。まさに今、危険だったし。そう考えるとGMの優しさって事ね。
「マスター。そろそろ降ろしますね」
「おっ、おう」
「足元は草地です。少し後ろに木の根があるので気を付けて下さいね」
日は完全に沈み、辺りは真っ暗で有効視界1メートル程度という状況だが、どうやらノアには見えているらしい。ジャングルというよりは森に近く、木々の間に3人分ほどの空間はあるが、この暗闇の中を走り向けるのは一般人では出来ない。
「生まれたての小鹿モードは解除されましたか?」
俺を立たせてくれたノアは、少しニヤつきながら数歩後に下がり軽く毒ついてくる。そういやそういう設定をしてしまったな。別にマゾではないし、ツンデレが好みというワケではない。ひたすら丁寧なのも、とにかく上から言葉を投げられるのも対応しにくい。男ならまだしも、相手は女性なのだ。
冗談を言い合える程度の方が、上手くコミュニケーションをとれると思ったので、そういう設定をいれたのだが…… これは、なかなか良いかもしれん。
「ありがとう。もう大丈夫だ。次にデカいのに会ったら、自分で走るよ」
さすがに、毎度毎度JK制服姿の女の子にお姫様抱っこしてもらいたくない。同じような事が起きる可能性を示唆して、覚悟しておかなければ。
「そうですか~。残念ですねぇ。怯えるマスター可愛かったのに」
「えっ?」
「冗談ですよ」
なんだ、そりゃ。時々返答に困るんだよな。
「でも、あのサイズの生物とはしばらく出くわさないと思いますよ」
「なんで? ノアはこの森の事を知ってるのか?」
「いえ、森については知らないのですが、アレから逃げてる間は他の生物に出会いませんでした。むしろ生命反応が遠ざかっていくのを数体感知したので、おそらくアレはこの森の生態系では上の部類だと思います」
「なるほど。でも、しばらく出くわさないってのは何故?」
「単純ですよ。生態ピラミッドは上になればなるほど数は減りますから。あの巨体が群れをなしてるとは考えにくいですし、半径3キロ内にアレに匹敵する個体がいるのも考えにくいです」
なるほど。よく分からんが巻角黒鱗ティラノや奴と同等の生物と出くわしにくいのはスゴク助かる。
「地球の常識が当てはめられればの話ですけどねぇ」
「えぇっ! じゃぁまだ安心は出来ないんじゃ」
「その通りです! アレよりも小さくても狂暴で獰猛な生物もいる可能性はありますから、急いでこの森を脱出しましょう」
そう言いながらノアは右手を出してくる。これは、なんだろうか。
近い記憶で思い出せるのは、保育士が遠足に行く前に子供と繋ぐアレだ。もしくはお姉ちゃんが弟を公園に連れて行く時に繋ぐアレだ。
JKがおじさんに出してくる手は犯罪一歩手前のような気がする。
「何してるんですかマスター。急ぎますよ! もしかして、恥ずかしいとか思ってるんじゃ、ないですよね?」
図星である。顔に出てしまってるのだろうか。
「前。見えないですよね? 大丈夫ですよ。真っ暗な森の中なんですよ? 誰もいないですから、誰も見てないですから」
「いや、そういうワケではなくて、女性と手を繋ぐなんて高校時代のフォークダンスぐらいしか記憶になくてですね。いきなり手を出されて、はいじゃぁって握れるワケないでしょう。緊張するから」
「ショッピング街を歩くんじゃないですから、なにをウキウキしてるんですか」
「いやウキウキはしていない! 決して」
「もう、行きますよ! しっかり指示に従ってついてきて下さいね」
強引に左手を握られてドキッとしたが、ノアはこの件について、もう話すつもりは無いらしく、時折俺が見えていない足元について指示を出しながらグイグイと引っ張っていく。
ただただ手を引かれて進むは嫌だったので、俺なりに周囲の気配を探りながら心して進む。危険生物に絶対出くわさない保証は無いので、少し身構えながら耳をすましてみる。
ガサガサと小動物が動く音や、何かの鳴き声が聞こえてくるが、夜行性生物は少ないのか思ったよりも静かだ。そもそも夜の森ってこんなものなのだろうか。
しばらく進むとジャリジャリと音がして地面に砂が混じる様になってきた。すると前方にボヤっとした灯りが見える。森の中の小屋だろうか? アンコウ的な地上生物がいない限りは人工的な灯りに見える。ノアもそれを目指しているようなので安心できる物であろう。
「お~い」
ん? 今小さかったが人の様な声を聴いたきがする。
「やっぱりいましたね。おーい!」
えぇ?! 人なの? 知ってたの? そりゃ、何かセンサーとか感知機能あると思いますけど、人がいるって知ってて進んでたの? 最初から教えてよ。見られたくないわぁ~。って向こうの灯りも近づいてきてる?
「ちょっと、ノア。ペース上げるなよ。もう大丈夫だから、手ぇ放せって」
「まだ、暗いですから。もうすぐ灯りがきますから」
いや、その灯りが嫌なんだよ。君はなんともないと思うが俺は気にするんだよ。 というか向こうの人予想外に早いし、もう相手の顔見えるじゃん。つまりこっちも見えるじゃん。
「どうも! オイラはシェンユです」
ランタンの様な物を持った奴が声をかけてきた。周囲が明るくなりお互いの姿がしっかりと見る事ができる。
さて、森を駆ける30のおっさんとその手をひくJKは、灯りの主にどう思われただろうか。