第47話 ダイア様が来ています!
「――さま! 起きて下さい」
うーん。誰だ?
「――レン様! 緊急事態です!」
何の用だよ?
「ガオレン様、起きて下さいよ~。チャンスかもしれませんよ?」
チャンス? チャンスなのか! 俺が活躍できるのか?
「なんだ? チャンスか?」
「分かりませんが、商業団がピンチなのは、間違いありません。起きて急いで支度をして下さい」
「寝た気がしねーな。今何時だ?」
「もう少しで4時です」
「4時?!」
確か昨日は、団長と各部の長と会議をしてから、下っぱ団員達に労いの言葉をかけ回って、各種点検事項を2重確認してから、夜の見張り役に飲み物を持って行ってから寝たから夜中の1時を過ぎていたっけ?
「3時間しか寝てないじゃねーか! 出発は7時だろ? あと2時間は寝かせろよ」
「いや、ですから緊急事態なんですよ!」
「なんだよ。たいした事じゃなかったら怒るからな」
まったく、8歳の時から俺の世話係として10年も一緒にいるのに、ここ最近の俺の心労を分かって欲しいものだ。騎乗獣育成として名家な家を出て、この大商人のシャン・レン=ワン家で下から上り詰めようとしてる俺について来てくれたんだろ? もう少し俺を労わってくれよな。
「砂獣サンダイルが付近にきています」
「は? お前寝ぼけているのか?」
「いえ! 自分はガオレン様よりも先に起きて、商業団の状況も把握しています」
「ここは大砂漠の最北端、平原との境目だぞ? 2日と北上すれば雪が降ってくる地域だ。温かい南を好むサンダイルが来るわけないだろ?」
「それは、そうですが。だから緊急事態なのです! 着替えて外に出て下さい。もう見える位置までサンダイルが来ています!」
本当かよ。だが、こいつは俺に絶対嘘はつかない。いったい何が起きている?
「分かった。すぐに準備をする。お前は俺の隊を動けるようにして、愛兎のダーリアを走れるようにして連れてきてくれ」
「分かりました」
サンダイルは人間を食う。わざわざ、その為に大砂漠を北上してきたとは思えないが、今はそんな事はどうでもいい。
チャンスとも言ってたか? 確かにこの状況を俺の力で打開できれば、俺の評価は上がるだろう。そうすれば、そうすれば正式に部隊長になれるかもしれない。そして近いうちに商業団団長にも……。
だが、サンダイルなんてバケモノをどうやって切り抜けるか。連携のとれるC級冒険者が6人程度で組んで倒す相手だぞ? うちの商業団でC級冒険者と同等の実力があるのは、護衛部隊隊長のコンロンさんとその奴隷獣人のダリウスぐらいか? 護衛部隊が17人いるが、倒せないだろうな。
これは、逃げるしかない。迅速に準備を整えて、品物を1つも失う事無くユウツオまで辿り着くしかないな。
「よーし」
おっと、天幕を出る前に『宝剣ペルダムの鱗剣』を装備しなくては。
コイツは俺の唯一の財産だからな。常に大切に持っていないといけねぇ。うちのブリル=ワン家の家宝だってのに、俺の覚悟を聞いて親父が譲ってくれた大切な物だからなぁ。
「さてと、外はどうなってるんだ? げっ! ダリウス!」
コイツ、いつから待ち伏せていたんだ?
「起きたかガオレン。仮とはいえ部隊長を任されているんだ。もっと早く行動しないといけないぞ!」
「分かってるよ! ちょっと疲れてたんだ。今から挽回するさ」
「今回が初めての部隊長で大変かもしれないが、これから先、正式に部隊長になれるか試されているんだ。しっかりやれよ」
「分かってる! お前も少しは言い方を考えろよ! かつてダリアの世話役だったから俺とも古い付き合いだが、お前は奴隷で獣人だからな! 立場が違うんだぞ?」
「それは、もちろん理解しているさ。とはいえガオレンの教育係をバオ様から任されているからな。俺はお前の為に言うべき事を言うさ」
くっそ。なんで奴隷獣人が俺の教育係なんだよ! どうせなら綺麗な兎獣人がよかったぜぇ。
この、筋肉ムキムキの牛獣人めっ。奴隷獣人のくせに、小さい時から好待遇でシャン・レン=ワン家に飼われて育てられているから、戦闘力はC級冒険者に匹敵するし、頭は筋肉で出来てないから統率力も指揮能力も高い。実はあのデカい角から何か流しているんじゃないのか?
しかもダリアの知り合いときあもんだ。まったく、ついてねぇ~。
「ガオレン見えるか? かなり近いぞ」
「見えてるよ」
砂漠からゆっくりと、こちらに向かってきている大きな影が見える。
「南の砂漠を疾走するサンゲイルとしては、かなり遅いうえに北を目指しているとは、かなり変わり者のようだ。これまでの常識が通用しないかもしれない。急いで準備を整えて、すぐに出発するぞ」
「了解だ。俺の部隊を見てくる」
部隊長や団長などの天幕は中央にあるので、自分の部隊の所までは少し距離があって移動しなければならない。部隊毎にまとまって休息すれば、こんな面倒は無いというのに。
「ダリウス隊長ー!」
砂漠側から誰か来たな。アレは、夜の見張りをしていた奴隷獣人か? 俺には関係ない事だろうから、面倒事がふっかからないうちに、自分の事をするか。
「どうした?」
「ダリア様が来ています!」
何?! ダリアだと?
「ダリア嬢様? 何を言っているんだ?」
「ですがっ。あちらに居られます。団長に話があるとの事ですが、団長は忙しいのでダリウス隊長の所にきました」
「お前! バカか? まだ寝ぼけてるのか?」
俺だって毎晩、夢で会えればと思うが、会えた事ねーんだぞ!
「いえ。自分は、夜の見張りだったので、寝てもいません」
「そういう事じゃねーよっ! ダリアがここにいるわけないだろっ! 俺だってもう2年も会ってないんだぞ? 簡単に会えるかっ!」
「ですが……」
なんだコイツ? 何かしたいんだよ。こんな緊急事態にダリアの話なんて。もしかして俺に対する嫌がらせか? 俺を出世させたくない奴がいるみてーだな。
「分かった。とりあえず話を聞きに行こう」
「なっ。ダリウス? 行くのか?」
「彼は普段から真面目な部下だ。この状況でふざけているとは思えない」
マジか。って事は本当にダリアがいるのか?
「な、なら俺も行くぜ。この状況だ! ダリアも緊急事態かもしれないからな。かつての恋人に会えれば安心するだろう」
「そうかガオレン。助かる。私はダリア嬢様にとっては、ただの奴隷かもしれないのでな」
「おいっ。お前。俺の部隊の所に行って、俺の部下にも来るように伝えてこい」
「しかし、各隊長に知らせなければ」
「いや、先にガオレンの指示に従ってくれ。その後に各隊長でいい」
「分かりました。ダリウス隊長」
なんだよ。気が利くじゃないか
「もし、ダリア嬢様を名乗る他人であれば、ガオレンの手を煩わせる事になるからな。その場合は混乱に乗じた野党かもしれん。お前の腕に期待してるぞ?」
「そういう事かよ。どっちにしろ任せとけ。行くぞ」
さーて。どっちが出てくるかな? 俺としてはダリア本人だと嬉しいが、その可能性は低いだろうな。2年前に別れた後は、シャン・レン=ワン家の人間として自身を高める為にどっかの学校に通ってるってしか聞いてねーが、きっと帝都の貴族の学校で花嫁修行でもしてるんだろうな。
18歳になれば成人、ダリアはあと2年だ。そしたら、どこかの貴族に嫁がされるだろう。
そうはさせない。ダリアの嫁ぎ先は俺だ。兎獣や馬獣を飼育して調教するブリル=ワン家にとって大商人のシャン・レン=ワン家はお得意様だ。遠征仕入れで使う騎乗獣を定期的に買ってくれる。繋がる事ができれば俺の家は大きな力を得るし安泰になるが、それは結果的な事だ。
元々は親父がそういった目的で引き合わせたかもしれないが、俺達2人にはそんな事どうでもよかった。お互いに惹かれ合い。愛していたんだ。
俺が12でダイアが10の時に出会ってから4年間を共に過ごし、最後の1年は正式に付き合って、お互いの初めても捧げた。間違いなく愛し合っていたのに。
なのに! シャン・レン=ワン家の意志によって引き離されてしまった。許さないぞダイアの親父!
認めさせてやるぞ! 俺という存在を、このシャン・レン=ワン家の商業団の中で! 待ってろよー! アナガリス=シャン・レン=ワン!
「――レン! 聞いてるのか?」
ダリアと結婚してやるー。認めさせてやるぞぉ
「おい! ガオレン!」
「んっ。なんだよ」
「着いたぞ。見ろ。ダリア嬢様だ」
「何っ! 本当か?」
えっ? 女神が座っているじゃねーか……
いや、よく見るとダリアか。2年でそんなに変わるもんなのか?
「ダリア嬢様!」
「ダリウス? ダリウスじゃない! この商業団にいたの?」
「えぇ。ダリア嬢様こそ、どうしてこんな所に?」
「説明は後よ。お願いがあるの力を貸して!」
なんて綺麗なんだ。汚れてて砂まみれで擦り傷もあるのに綺麗だ。上半身がみだらな恰好になっているもの素晴らしい。あんなに胸大きかったか? 顔も凛々しく美人に成長してるじゃないか!
俺は本当にこの人と付き合ってたのか? 信じられないぞ。
「ですが、今は移動準備をしています。この商業団にいる護衛部隊を全てで相手したとしてもサンダイルには勝てないでしょう」
「そんな…… ダリウスは強いじゃないのよ! それに団長はバオ叔父様なんでしょう? 叔父様も強い人じゃない!」
「サンダイルは定期的に狩る事がありますが、それは、しっかりとした準備をしてC級冒険者6人の戦力がないと、それに今は品物が多くあります。これを失うのはシャン・レン=ワンに大きな損失をもたらします」
「なら、何か武器だけでも貸して! 後で必ず返すから。私が買い取ってもいいわ!」
「武器? 誰が戦うつもりですか? まさかダリア嬢様何をするつもりです? 一緒にこの場を離れましょう」
なんだ? ダリアの奴、まさかサンダイルと戦うつもりなのか?
「武器ならあるぜ! しかも宝物級の剣がな!」
「あっ。ガオレン? ガオレンなの?」
「そうだ。久しぶりだな。元気してたかダリア?」
「久しぶり。元気よ。ガオレン大人になったのね。以前より体格がよくなった?」
「そ、そうか? 鍛えてるからな! お前こそ美人になってるじゃん」
「そう? ありがと。それよりもガオレンはサンダイルを倒せる?」
「将来はそうなるだろうな! だが悪い今は無理だ。俺の兎獣がいるから後に乗れよ。安全な所まで送るぜ?」
「それはできないわ。私は戻らなきゃいけないの」
「何故戻るのです。ダメです。すぐにここを離れましょう!」
「オオオオオオォォオオオォオオ!」
突如鳴り響く、サンゲイルの唸り声。身体の芯まで響くこの重低音は砂中に潜っていても仲間達と交信できると言われているが、なによりも恐怖を煽る鳴き声だ。
「彼が、戦っているんだわ」
「んっ? 何だって?」
「お願いガオレン! その剣を貸して!必ず返すわ」
「貸すってなぁ~。コレの価値分かって言ってるのか?」
「何よ! さっきは「武器あるぜぇ」って言ったじゃない。貸してくれるんじゃなかったの?」
「お、お前が使うとは思ってなかったんだよ。危ねぇーだろ。そんなの貸せるわけ無いだろ」
「そうですよダリア嬢様。さぁ一緒に移動しましょう」
急に立ち上がったダリアが俺に顔を近づけて鋭い眼差しを向ける。
強気な立ち振る舞いと誰でもビビらせてしまう瞳は相変わらずで、その持ち味とは違う綺麗な容姿や女らしさのギャップがコイツを魅力的に感じさせる。
今は追加で、昔より大きくなった柔らかい胸が、俺の身体に当たっている。
「助けたい人がいるの! あのサンダイルをたった1人で、しかも武器も持たずに戦っている人がいるの!」
「1人ですと?!」
「そんなバカな!」




