第3話 裸じゃないから、分からなかった
「……ター」
なんだ? なんだって?
「マスター! 起きて下さい」
いや、俺はバーテンダーではない。
「しかたないなぁ。もう2時間ぐらい放置しようかな」
もう2時間って既にどのぐらい放置されているのか分からんが、酷い扱いだ。しかも諦めるの早くないか。もう少し粘って欲しいものだ。
なんか体中がズキズキ痛むし、頭もぼんやりする。ちょっと、まだ起きたくない気もするが、とりあえず声の主を確認してみなよう。
「えっと、あなたは、どなたですか?」
そこには、かわいらしい女の子がいた。綺麗な水色の髪を頭の高い位置で留めていて、ツインテールの両端が顔にかからない様に手で押さえながら、俺をのぞき込んでいる。
白い半袖のワイシャツに膝上のチェック柄スカート。腰には長袖のニットを巻き付けており。日本に普通にいそうなザ・女子高生なのだが、青い瞳と人間とは思えない透き通った水面の様な髪の色は、かなりインパクトがある。
「私ですよ。GМから聞いていませんか?」
誰だろう?こんなに可愛い女の子の知り合いはいないし…… いや…… まてよ…… よく見ると見た事があるぞ。この印象的なツインテールに背格好からすると、さっきのワイヤーフレームの女の子じゃないか。
「転移の衝撃が、まだ頭の中には残ってるのかなぁ~」
「もしかして、ノアさんですか?」
「そうそう! そうです! よかったぁ~記憶喪失になってたら、どうしようかと思いました。もしかして、じゃないですよ。なんで分からなかったんですか~」
本当に俺の事を心配してくれてたみたいで、安堵の表情をこぼしている。あのワイヤーフレームは、やっぱり表現に問題がありだな。女性は服で印象が変わるらしいが「裸じゃないから、分からなかった」などとは言えない。
「聞こえてますよ。日頃どこを見て判断してるんですか。もう~」
「!!」
マズイ! 声に出してしまっている。どうしたんだ俺。いつもならもっと慎重に考えてるハズだろう? 慎重というか緊張だが。これは、とりかえしがつかないぞ。とりあえず両手で顔を隠してしまったが、意味ないぞ! キモいだけだ。
「マスター? とりあえず立ちましょうか。立てますか?」
「えっ?」
ノアは相変わらず心配した表情ままで、手をさしのべている。優しい…… 怖いぐらいに優しい。なぜだ。分からない。分からないが、この手を無下にできない。自らも手を伸ばし引っ張ってもらうと驚く程に軽々と俺を立たせてくれた。
気まずい気持ちで顔を伏せていると彼女が腕組みをし始めたので、ポヨンとしたお胸が目に飛び込んできた。慌てて顔を上げたのが、今度は目が合ってしまった。
睨んでいる。明らかに鋭い眼光を向けている。いや、本当に光っている。
「スキャン完了っと。マスター大丈夫ですよ」
「ロボットかよ」
思わず、突っ込んでしまったが。ぼそっと小声程度の音量しか出なかった。
「何言ってるんですかマスター。私はロボットですよ。超高性能なスーパーアンドロイドです。GMから聞いてませんか?」
「そうか。ロボットか。アンドロイドなのか」
忘れていたぞ。そうだった。この子はアンドロイドで、俺の彼女だった。この新しい世界で俺が寂しくない様にと、神が遣わしたのだ。従順で理想の彼女なのだ。俺を裏切る事などない。もう、恐れる事などない。
「すまない。妙な態度をとってしまったようだなハニー。もう大丈夫だから心配しないでおくれ。これから楽しく過ごそうではないか」
「え~。なんか、逆に大丈夫ですか? 打ちどころが悪かったですかね? 目が覚める前までの事を、ちょっと聞かせてもらえないですか」
そういえば、何故こんな森の中にいるのだろう。確か謎空間で女の子の設定を終わらした所で、あのめんどくさそうな神がさっさと出発しろ的な事になって、目の前が白く輝いたと思ったら周りが炎の海になって……
「あれ?どうなったんだっけ?なんか周りから火が噴き出したと思ったら劫火に包まれてすっごく焦った! そんで、酸欠かな? 気を失ったと思う」
「それは、転移魔法みたいなやつです。それでここの上空に現れて、そのままこの森にズドンと落下してきた訳です。やっぱり大丈夫そうですね」
「ちょっと、アレ転移魔法なの!? 危ないよ! もっとなんか空間のトンネルくぐる的な、魔法陣でテレポートする感じじゃないのかよっ」
「ふふ。その喋り方のほうが良いです。まぁ魔法にもいろいろですから」
かわいい。初めての彼女。なんだろう踊りたくなるような気分で胸がドキドキするが、嫌な感じでは無い。無条件に信頼できるってのは、すごく喋りやすい。
「ハニー、もう暗くなってきたし、周りは木々だらけだから町にでも行こうか」
「ふぅ。ハニーって変じゃないですか? マスターがそう呼びたいなら、それでも構いませんが。今時、女性そんな呼び方する人いませんよ」
「すまないね。俺は彼女というのが、初めてでちょっと浮かれていた様だ」
「違います。彼女ではないです」
両腕を腰に当て、威圧的なポーズのノアに対して、俺は膝を落とし両手を地面についてしまった。
「えっ? そんな、バカな。神は俺と良い関係で好みの設定をされたサポート役と言ってたぞ! それって彼女でしょう?」
「なんで、そうなるんですか! 違いますよ! 言うなればパートナーです」
「パ、パ、パートナーだと?! それは確定事項ですか? これから先の人生のパートナーという事でしょうか?」
「う~ん、まっ、この世界にいる間は少なくとも」
俺は顔を上げる。
「つまり嫁ですね!!」
「ちがーう!!!」
俺は固まる。では、なんだというのだ。少なくとも恋人未満なのか。仲間という事か。神との対話を思い出してみる。サポート機械としか言ってなかったかもしれないが、恋人的な事を匂わせていなかったか?
そうでなくとも、俺は恋人設定にしたハズだ。優しくて、優秀で、なんでも出来るが、俺を見下さずに、ダメな先輩をちょっと小バカにしてくるが、無条件に信頼できて一途な想いを持ち続ける後輩の女の子設定にしたハズだ。
「いろいろ設定をして頂けた様ですが、無効になるのもありますよ」
「えぇ! だって、好きに設定していいって」
「世界を支配できる。なんて設定されても困るじゃないですか~。だいたい世界にどれほどの強敵がいるか不明ですし。私のスペックでは無理です」
「そんな、最強になれ。なんて言ってないだろう? 彼女にしたかっただけで……」
ノアさんは、頭を左右にふってから額に手をつき、大きなため息を吐いてる。まるで人間の様なしぐさだ。これで機械なんて信じられない。
まさか、これ自体が嘘なのか? 人間なのか? マズイ。なんて言動をしてるんだ俺は醜態の極みじゃないか!
「消えてしまいたい」
「まぁまぁ、他の設定は生きてますから。立ってくださいよ。だいぶ暗くなってきましたし、移動しませんか?」
あの言動を目の当たりにしても、なお優しい。喋り方も設定した通りである。これは本当にロボットなのだろうか? 信じていいのだろうか?
突然、ノアが妙に構える姿勢になったので、汗がでてきた。いよいよ、蹴りの一つでも飛んでくるのかと思ったが、その眼差しは遠くの方を見つめている。
「マスター! 今すぐ立って走って下さい!」
「今はそれどころじゃないよ。羞恥心で死んでしまいたい」
「それは、ナイスタイミングですね。これは、死んでしまうかもしれません」
ノアの見つめる方角の木々が揺れはじめた。少し揺れてるかなと思ったら、明らかな振動にかわり、それがだんだんと大きくなってる。
慌てて立ち上がって同じ方角を見る。
「ギャオオオオオオオオ!!」
もの凄い咆哮が聞こえて両手で耳を塞ぐ、さっきよりも汗が噴き出してきた。
まさか、いきなりドラゴン遭遇って事は無いよな?