第16話 トイレに行ってきますか?
「何時だと思ってるんですか!」
「まぁまぁ、ノアさん。それよりも傷の手当が先じゃないです?」
「いえ。まずはルーファンさんに謝罪するのが先です。ほら、マスター謝って!」
うすい本に集中しすぎて、気づかなかったが、もう完全に夜になっている。
ギルド正門の前には、3日間俺達の担当をしてくれるルーファン氏が心配そうにしている。隣には、どうせアンタの傷なんて能力ですぐに治ってしまうでしょ! それよりも1つしか服をボロボロにしてどうすんのよ! と言いたそうな青鬼のノアが仁王立ちをしている。
「ルーファンさん。すみませんでした」
怒ってるのはノアの方だから、ノアに謝るべきだと思うが、とりあえず言われるままルーファン氏に謝っておいた。
「その感じは、状況が分かってないですね。誠意のこもった謝罪では無いですね」
なん、だと!? コイツ本当に機械か? なんで分かるんだ?
「いいですよノアさん。というかノアさんって、タツキさんの侍女ですよね? 侍女ってこんなもんです?」
「私は侍女ではありますが、マスターの生活を全面的に支援すると同時に、マスターがダメ人間にならないよう監視もしないといけないので、時には厳しく言わないといけないのです」
「監視ですか? 誰かに頼まれてるんです?」
「いえ! マスターの為にです。それから、私とマスターは呼び捨てで構いませんよ?」
「では、私もルーファンでいいよ」
「それは出来ませんね。マスターはまだしも、私は侍女ですから。少なくともギルドの職員を呼び捨てにする事は出来ないです」
「ノアの中の侍女って、よく分からない」
コイツ等、なんでこんなに仲良くなっているだ? というかルーファン氏は、なぜにそこにいるのだろうか……
「いいですかマスター! ルーファンさんは、ギルドの仕事が終わったのにもかかわらず、担当になったからという理由で暗くなっても帰って来ないマスターを2時間もここで一緒に待っていてくれたのですよ!」
な! それは、悪い事をした。本当に申し訳ない。
「あの、本当にすみません。待っていてくれて、ありがとうございます」
「いや、大丈夫です。一人暮らしで、帰っても寂しいからノアと喋っていただけなので」
それで、仲良くなっているのか。どんな話をしたのだろう、ちょっと心配だ。
「それじゃ、私は帰ります。二人とも大人しくしててよ」
突然、拳を頭に敬礼みたいなポーズをとって、パッとその手を広げられた。バイバイ的な、挨拶のポーズだろうか? ギルドの制服もあいまって、とても可愛い。
送っていくべきか? 送っていきますか? と言うべきか、言えるか? この俺に。
臆するな俺! わざわざ待っていてくれたんだぞ。下心は無い。礼儀として声を掛けるべきだ。いいよな? 大丈夫だよな? 変に思われないよな?
「暗いですよ? 私が送っていますか?」
男だ! ノア、君は男だよ。かっこいいよ。
「大丈夫です! ギルドの後ろにある職員用住居に住でいるので、すぐ近くなんで。それじゃ」
ルーファンさんがギルドの建物を横切って見えなくなるまで見届けてから、ノアのほうに向き直る。既に彼女は俺を睨んでいた。
「では、中に入って晩飯でも食べましょうか」
「お、おう」
ノアの後について、昼にも行った食事場に向かう。
ギルドの中は夜だというのに、思ったより人がいて騒がしい。職員も何かパタパタと動き回っているし、受付カウンターもまだやってるみたいだ。
食事場には、明日の準備だろうか? 作戦会議をしてる者達もいれば、酒を飲みながら今日の冒険の武勇伝を大声で語ってる奴もいる。
「マスター。そこの一番隅っこのテーブルに、引きこもりみたいに、影うすーい感じで、おとなしく座ってて下さい」
「了解。分かりましたよ」
怒ってるのか? いつもの毒ついてるだけなのか? よくわからない。
いい匂いがしてきた。そういや、今日って何も食べてない。その事に気づいたらだんだんと空腹感が襲ってきた。
力が抜けてきたので、椅子に座ると同時にテーブルに顔をうずめる。
「はぁ~。お腹空いたぁ~」
しばらくして、店員から声がかかった。
「へい! おまち!」
「…… なんだ、ノアか」
「それ、酷くないですか?」
「ゴメンゴメン。ウェイターっていたっけな? っと思って」
「マスター…… よだれ垂れてますよ」
おっと、いけね。気づかなかったぜ。
さらに無意識のうちに、ノアが持ってきた料理を手づかみして、口いっぱいに噛みしめたあげく、よく噛まないうちにスープを使って、胃に流し込んでした。
食べた料理は、簡単に言うと野菜炒めまん。コンビニで売ってる通常の肉まんよりも少し大きくて、中身はほうれん草の様な緑で苦み野菜と、玉ねぎの様な歯ごたえのある野菜を濃い味つでの炒めたであろう物が入っている。
皿にはあと一つ同じ見た目の物があるので、とりあえず一口。
二つ目は、肉まん。だが知ってる普通の肉まんでは無く、中の肉はハンバーグみたいな肉の塊が入っていて、それも知ってるハンバーグではなく肉の塊。細かい肉を固めた物ではなく、むしろ骨なしマンガ肉という感じ。なのに凄く柔らかい。
水代わりに飲んだスープを見る。うっすら黄金色の透明な液体を今度は味わって飲んでみる。あっさり豚骨味といったところか。チキンスープ味のような気もするが、とにかく動物の骨でダシをとったのであろう。
ハッキリ言って
「うまい……」
本日何も食べていないのもあるだろうが、手が止まらない。野菜まんと肉塊まんは濃い味だが、スープがあっさりな為、休まずに食べ続ける事が出来る。
「まったく、もう。その様子だと昼ご飯は食べれて無いみたいですね。食べ終わるまで待ちますから、ゆっくり食べて下さいよ。二日目にして食べ物を喉に詰まらして死亡とか。GMに説明出来ないですから」
「なんんだっっむむ。 そんモゴっモグ」
「汚いので、喋らないで下さい。あと、それ、私の分も貰ってきましたが食べても良いですよ。私は食事が必要無いので。食べきれないなら今後の為に保存しておきますけど」
ノアは俺が無言で、ひたすら食事する間、何も言わずにそばにいてくれた。
「ふわぁー。食った」
大の字でベッドに仰向けダイブするが、日本のホテルの物とは違って、少し硬かったのでバウンドはしない。
結局、俺はノアの分もペロリと食べて満腹になり、ノアがルーファンから部屋の場所を聞いて鍵を受け取っていてくれたので、こうしてベッドでくつろぐ事が出来ている。
本当に助かる。感謝だ。
「だいぶ、お疲れのようですね。ですが昼間何があったかだけは聞いて置きたいのですが? 寝てしまうと記憶が薄れますから」
「あぁ、ゴメン。ベッドの上だと眠気が襲ってきそうだから、その椅子に座ってもいいか? ノアはどうする?」
「私は、このままで構いません」
俺は、昼間あった事を話した。インパクトの強い出来事だったし、記憶に新しいから細かく説明出来たと思う。もちろん獣人は人間を食べない恥ずかしい話も、獣人ではなく獣人の事も、これらの件を人に話したくない事も。
ちなみに、俺らの部屋は6畳ぐらいで、ベッドと机と椅子とクローゼットしかない。日本の一人暮らし用ワンルームとは違って風呂もトイレも無い。窓すらない。ポスターや絵画も、もろん無く上下左右は木目しか見えない。
一つだけ変わった物があって、壁に手回しレーバーがあって、そこから伸びたワイヤーが壁を伝って天井を這って、光源に繋がっている。大きな花弁が10枚ぐらい重なったシャンデリアのような物が光ってる。
入口に靴箱とかは無かったので部屋でも土足が一般的なのだろうが、俺はなんとなく靴を脱いでからドアの近くに置いてある。その方が落ち着くから。
ノアもブーツを脱いでくれた。
「それで、この冊子を貰ったので、可愛いケモノっ子と契約しようと夜遅くまで店を探してたワケですね」
「そうだ。集中してて暗くなったのに…… って違う! 帰ろうとしてた。店をすぐに探そうとは思ってない」
「すぐに? では明日行くのですか?」
「いや、あー。ゴメン。興味はあるんだ。少し見てみたいと思ってる。心配してくれて、怒ってくれてるのも分かる。だから本当にすみませんでした。でも、俺も大変だったんだ」
ルーファンとは違って、ちゃんと心から謝る。ノアは俺の為に行動してたし。この世界で唯一、同じ前の世界を共有できる仲間だ。
奴隷獣人の冊子は正直、渡そうか迷ったけど、ノアとは隠し事のない関係でいたいと思った。
「そう見えます?」
「へっ? 怒ってないの?」
「疑似感情プログラムに異常がでましたかね? 困りましたね。今すぐには自己修復できないんですけど……」
「いや、怒ってないのね。それは、たぶん俺が女性の表情を読み取るのが下手なだけかもしれないです」
ちょっと、心配しててほしかったなぁ。それはそれで、寂しい。
「ふぁ~」
おっと、最低限話さなきゃ事を完了したからか、急に眠気が襲ってきた。
今朝は昼過ぎまで寝てたけど、昼後は往復で結構な距離を歩いて、獣人と戦闘して、それから…… アレ? 以外と何もしてない。
体力には自信があったけど、前の世界と今の世界で何か重力とか違うのかな?
「かなり眠たそうですね。どうしますか? 私からの報告や説明がたくさんありますし、マスターからの質問も全て答えるつもりですが。起きていられます?」
「分からないぁ~。今は耐えれるけど、途中で寝落ちして、しまうかもしれない」「それでは、今日はもう就寝して、明日早めに起きるのはどうでしょう?」
「そうだな。それがいい」
大きな欠伸をしながらベッドへと移動する。セミダブルぐらいの一人で寝るには少し大き目のベッドに枕が二つあって、硬いマットレスと薄い布団があって、それなりに快適で、すぐに眠りに落ちそうだった。
「しかしアレだな。気候が良い時期で助かったな。もし寒い時期でこの薄い布団一つだったら眠れそうになかったぜ」
「そうですね。ですが、もしその時マスターが本当に辛そうだったら、私が温めてあげますので、そういう事態は心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうか。ふぁぁ~。なら、その時は頼むな」
突然、俺の頭が少しだけ覚醒する。布団に潜り込んで、もう寝れる体勢だったが身体を起こして自分がいる場所を見つめ直す。
ベッドは一つしかないが、枕は二つある。
部屋は一つしかないが、泊ってるのは二人いる。
しかも男と女だ。
「あ~。あのぉ、ノアはこの後どうするのかな?」
「何もしないですよ。夜の街の様子を調査したい所ですが、今日はマスターと共に朝を迎える予定です」
「えぇ! 俺とい・い・い・一緒に朝をですか?」
「当然でしょう。部屋は一つしかありませんし、寝ている間は無防備ですから」
そうか。いくらノアとはいえ、夜は無防備になるのか。どうしよう、眠れなくなってきたぞ。なんかムラムラしてくる。
「どうしましたか? スープを二人分も飲んだのがマズかったです?」
なんだ? それは、どういう意味だ? スープにマムシでも入ってたのか?
「トイレに行ってきますか?」
そうか! その手があったか!
って、何を考えているのだ俺は。アイツは女子高生の皮をかぶったターミ〇ーターだぞ。それ以前に、変な気を起こしたらダメだろ。
「すまんノア。俺は寝る!」
俺は勢いよく布団を頭まで被り、その後、寝る事だけにひたすら集中した。




