第123話 微妙ですね
「ヒトラ様、タツキ様がおいでになりました」
「そうか。通せ。ヒョウカ、タツキの茶も持ってきてくれ」
「分かりました」
「失礼します」
俺は、2度目となるヒトラ様の屋敷の中に来ていた。
決闘は、昼前に終わり中央広場では賭けの支払いやら、特設闘技場の解体と片付けやら、乱闘やらで仕事がたくさんになってる。
俺の知り合いの半数は、アルバイトをしに行ってしまった。
シェンユと我儘亭に戻って、昼食を済ませてから、1人で急いで貴族区画に走った。
自分でも、ビックリするぐらいノアが心配だった。ノアが心配というよりは、暴走しないか心配だ。
あの強さを持つヒトラ様とヒョウカさんと、擬似宝剣なる物を振り回すトラヒコさんと、それを生み出すシシゾウさん。を敵にするノア……
破滅の道しか、想像がつかない。
俺としては、かなり急いで来たつもりだったが、ヒトラ様達は普通に昼食を終えて、お茶を飲んで、今日の反省会をしてる様子だった。
「そこに座ると良い」
「はい」
ヒトラ様は椅子に座っており、左脚は別の椅子に支えられている。そして、左の廊下側にトラヒコさん。右の庭側にシシゾウさんが座っている。
ノアは見当たらない。
来いと言われたので、来たが。ノアと会わせてくれるのでは無かったのか?
「そう、緊張するな。それとも、左脚が折れた妾を怖いというのか?」
以前に楽しく会食した、この広い畳の部屋だが、今は3人の強者が座っている。
「先程の決闘を見ましたから。皆さんが、どれほどの実力者か知ってますので」
「これは、面白いな。トラヒコよ。おぬし、恐れられとるぞ?」
「あの、やり方は、優しくないかい? 戦えない人に、一撃与えて昏倒させるよりも良いと思ったんだけどなぁ~」
「小僧、安心せいっ。トラヒコは甘い奴じゃよ」
「ははは。そうじゃ。トラヒコは甘い甘い。タツキ、妾はおぬしの方が恐ろしいわ!」
「えっ? 俺ですか?」
全員、不思議に思ったらしく、ヒトラ様の顔を見た。
「妾達を恐ろしき強者として見たのだろう?」
「そうです。そう思ってます」
「なら、よくも、まぁ、1人で来たな」
俺以外の2人が「あぁ~」と頷いた。
「たとえ、相手がなんであれ、大切な者の為なら命を賭ける覚悟がある。そういう事じゃろ?」
そうか? いや、そうだな。
俺はノアの為に、命をかけて戦う事ができる。もう、失いたくない。
「はい」
「そういう奴が、1番怖い。そして、強くなる。かつて大魔女サヤもそうであったと聞く。絶対に譲れない事、己の押し通したい我儘、その為に命を使える奴は強いぞ?」
「そうありたいですね」
我儘と言うのか? それは?
「お茶を、お待ちしました」
「ヒョウカ、遅いぞ。今、面白い話じゃったのにのう」
「えっ? へっ? シシゾウ、何の話ですか?」
「後にせぇ。タツキと大事な話がある。早よ、茶を渡せ」
「はい。すみません」
お茶を貰って、すぐに半分ぐらい飲む。緊張してて、喉がカラカラだった。
にしても、大事な話って何だろうか?
ヒョウカさんは、ヒトラ様の左隣に座った。護衛から雑務まで、何でも1番にできる位置だ。この人とヒトラ様との間には何があったのだろう。本当に厚い信頼関係で結ばれている。
「まずは、お主の妾への考えを、少し柔らかくしてもらおうか」
「ヒトラ様への考え?」
「うむ。とりあえず、ゼルトワの使用人をさせてるよりも、妾の使用人の方がマシ。と思わぬか?」
それは…… どうだろうか?
ゼルトワの意外な一面に気づいたし、イーゼァは良い奴だった。むしろ、ヒトラ様のヤバイ一面に気づいてしまった感がある。
「微妙ですね」
「なんだと! 貴様ぁ! ヒトラ様はお優しくて、今だってーー」
「よい! よい! やめよヒョウカ! やはりタツキは面白い男じゃないか! よし。妾とゼルトワの違いを教えてやろう。それは、見えない力を信じてる事じゃ。分かるか?」
「見えない力?」
「うむ。ゼルトワは目に見える物に囚われすぎとる。確かに4大貴族の直系にしては、柔らかい考えをできる男ではあるが、アレは好かん。イーゼァもじゃ。妾が、ただ強者に声をかけてるだけでは無い! 見て分かる物、実力や家柄だけが全てではない。と思っておる。故に見えない力を大切にする者にしか声はかけぬ」
実家だけじゃない、家柄とかでもない、目に見えない力?
「シシゾウはな。10年も異国の地で、会うた事もない妾の為に、忠誠を近い続ける事ができる男じゃ。妾はシシゾウに感謝しておる。望む褒美をやりたい。こやつが望むなら一夜を共にして良いと思っておる」
「いやぁ、それは嬉しいですな!」
「ちょっと! シシゾウ! ヒトラ様も!」
「ヒトラ様、ワシのような老いぼれは、もう勃たぬですじゃ。美味い酒があれは、それで良いです」
「分かっておる。ヒョウカも慌てるな」
「えーっと。つまり、何が言いたいのでしょうか?」
ヒトラ様が手出し、ヒョウカさんが座卓の、お茶を渡す。ひと口してから、目を細めた。
「絆の力を信じておる」
ちょっと、笑いそうになった。
美人な女性がらそんな真顔で、厨二病みたいな事を言い出すとは思わなかった。
つまり、俺と近い考え方が出来る。と言いたいのだろう。それは、俺と友好的でありたいという事でもある。と思う。
「分かりました。考えを改めます」
「今後とも仲良く、しようじゃないか」
「はい」
「ヒョウカ、アレを渡せ」
「はい」
細い巻物が、座卓の俺の前に置かれた。
「それに、契約内容を書いてある。契約というと硬いが、約束事のような物だ。破っても罰則は何もない。妾とタツキとの信頼関係を失うのみよ」
「何の約束ですか?」
「ノアに、ついてじゃ」
ノアについての契約? なんだ? どういう事だ?
「それを持って、ノアを連れていけ」
「えっ!」
俺は思わず、身を乗り出してしまった。
ヒョウカさんがヒトラ様の前に動き、トラヒコさんとシシゾウさんも立ち上がる。
「あっ。すみません」
「よい。皆、座れ。お主とノアとの絆は深い。それは断ち切れるものでは無いと分かっておる。そういう態度にも、なるであろうよ」
「ノアを連れて帰っていいのですか?」
「忘れるな! 妾は決闘で勝ったのだ。妾の命令にて、お主の世話をさせられておる。という事とする! じゃが、真の主人は妾であるぞ?」
「分かりました」
今は、それでいい。ノアと一緒に居られるなら、それでもいい。
俺では、この人達に勝てない。でも! きっと、いつか、必ず取り返す!
「最初から信頼関係を築いて、仲間に引き入れるつもりだったからの。よいか? これは妾からの誠意じゃ。お主を信頼しておるという証じゃ。1年半後、冒険者育成学校を卒業したのちに、快く妾と共にワナン国へ行く事を願っているぞ!」
「はい。感謝します」
どうやら卒業後の俺の進路は、ワナン国の特殊組織“武士”への就職が決まってしまったみたいだ。表の顔は武士、だが、人々のピンチにはドラグマン・レッドとなって、駆けつける。
うーん。悪くないかもしれない。ワナン国は日本に似てるみたいだし、住みやすいと思う。
「その巻物は帰ってから、しっかりと読むがいい。ヒョウカ、案内してやれ」
「はい。タツキ、ついてきて下さい」
「何処に?」
「臆するな。ノアの所じゃ。婆やと共に別の部屋で待たせてある。あのような者は案外、子どもと老人には手が出せない事が多いのでな」
それは間違ってますよ~。ノアは必要であれば、誰にでも手を出す悪魔の小娘ですよ~
俺はノアを連れて、我儘亭に帰った。
着く頃には夕方になっていて、皆が1階で仕事の疲れを癒していていた。
「ノアを取り戻したのか!」とか「あのトクトミノオダノ家に乗り込んだのか?!」とか「お前のせいで大損しただろうがっ!」×2とか言われてしまったので、簡単に説明だけしておいた。
元々、ワナン国への誘いを受けていた事。ゼルトワよりもヒトラ様が主人であるほうがマシという事。俺とヒトラ様の間で良好な関係を築く為に、主人はヒトラ様であるが俺に預けてくれているという事。そんな感じで話をしておいた。
それから、2人で話をしたいから。と言って晩飯を抜きにしてもらい、部屋に閉じこもる事にした。
「おかえりノア」
「ただいまです。ちゃんと、取り戻しに来てくれましたね! 私は嬉しいですよ」
「行かないと、お前が屋敷ごと爆破してしまうだろ?」
「アレは冗談ですよ!」
変な冗談言うなよ! 怖い夢を見てしまったんだからな!
「イーゼァに負けてゴメンな。本当は、ちゃんとノアを取り戻したかった」
「今は良しとしましょう! 考え方を変えれば、あのヒトラ様と深い繋がりができたのですよ? 今後の活動において有利な事となりますよ!」
「……」
「なんですか。急に睨んできて」
「もしかして、今回の騒動って、お前が仕組んだ計画だったりしないよなぁ?」
「まっさか~! さすがにマスターと離れてしまうような計画はたてませんよ?」
どうだか。
ノアのやる事は全て、俺の為になる事ってのは分かってる。けど、そのやり方が逸脱していると思う時があすからなぁ~。主人の意志とは関係なく、勝手に動く使用人って、どうなのよ。
「マスター、実は、さしあたって問題が1つあるのですが……」
「なんだよ? まだ、問題があるのか?」
「大した事ではありませんが、私のミスによって起きたので。本当に申し訳ありません」
ノアが土下座した。いったい何だというんだ?
「有り金をマスターに賭けたので、スッカラカンです」
「なっ! なんだとー」
「責任をとって、明日、御主人様から借りてきます」
こうして、俺は。いや、ノアが、ヒトラ様から借金をする事になった。
なんか、騒動が起こる事に借金が増えていってる気がする……




