第102話 さよなら。マスター
「痛って!」
頭部に激痛が走った。
「マスター! 起きてー! もう1発頭突きしますよ~?」
「んっ? あぁ。おはようノア」
「起きましたか? おはようございます! もう、まったく、30歳にもなって、お母さんに声かけされないと起きれないんですか?」
「あれ? ここは?」
「ここ? 吹雪の中ですよ! 普段からこんな所で寝たら、風邪ひくか死にますよ! って、いつも言ってあったでしょ?」
えっ? アレ? なんだこの状況
頭から肩にかけて肘まで、何かにぐるぐる巻きにされて、ノアに胸ぐらを捕まれ、宙吊りにされている。
「これ夢か。俺は死んだのか」
「何、前と似たような事をしてるんですか! 起きて下さい。起きないと蹴りますよ?」
「確かに、前にも同じような事があったような……」
「おーい! ちょっと、私、今、大変なんですよ? マスターしっかりして! 本当に蹴りますよ? 今の私が蹴ったら、永眠しますよ? いいんですか?」
ノアの脚に目をやる。
JK制服のスカートから健康的な太腿が生えている。スカートの下から膝にかけて見える、男心にぐっとくる絶対領域があり、その下にカワイイ膝が…… 無い!
代わりに漆黒で硬そうな、中世ヨーロッパの甲冑のようなニーアーマーがある。さらにその下には女子高生のブーツにしては異様で似合わない、青黒く光る鉄の大きな塊が存在している。
長さは2メートル近い。まず、ニーアーマーを中心に挟むようにして左右にスパイクがあり、膝にあたる部分が突き出ている。
膝下から脛部分には3枚のプレートが斜め30度で連なっていて、足首にもアーマーが付いており、つま先には大きな銀色の爪が4本立っている。爪は外側の2本が長く60センチぐらいで内側の2本は、その3分の2ぐらいの長さだ。そして踵にあたる部分には、三角形で幅広いキャタピラがついている。
もっとも異様に感じるのは、側面の外側に付いている3つのユニットで、脹脛と脛の付近に同じような物が2つ。六角形のウメガメの甲羅みたいな鉄の塊が、前方から定期的にミサイルを吐き出して後方から蒼白い炎を出している。膝の近くにはひと回り大きな物があって、こちらはウイングが常に動いており、蒼白い炎を強火にしたり弱火にしたりと忙しそうに動いている。
最後に驚くのが、膝裏に見慣れたノアの、脹脛からローファーを履いたつま先までが見える事だ。つまり、膝立ち状態になっていて、膝から下がスーパーロボットみたいな脚になってしまっている。
あと、忘れてならないのは、ノアの本来の足の下から、2つの関節があるアームがノアの頭上まて伸びていて、そこにゴツい水鉄砲を更に5倍にしたような、シールド付きの銃がビームを吐き続けてる事だ。
もの凄い脚になっとる! これに蹴られたら死んでしまう。
って事は、死んでないのか? あの後倒れて、ノアが見つけてくれて助かったのか。
「う、動きにくい」
「動かないで下さい!」
「これ、なんだよ?」
「私が着てた防寒具です」
「降ろしてくれ。俺も加勢する!」
「邪魔です! ハッキリ言って足手まといです! 黙って逃げて下さい!」
「囮でも何でもやる! お前を失いたくない!」
ノアは返事を返す代わりに、俺を胸に押し付けて両腕で抱きしめてきた。それで、気づいたがノアの右腕は肘から先が無い。
さらに、身体をかがめて、アイススケートをするかのように、キャタピラとホバリングを駆使して滑るように動く。
さっきいた場所には、火球が弾丸の速度で襲来し、着弾した地面の雪を蒸発させている。
「見て下さい! この弾幕の中を反撃してくるような奴です! マスターに何が出来るんですか!」
胸に頭を押し付けられたままで、喋れない。
「それに、私は言いました。『後から戻る』って。必ず戻ります! だからユウツオで待ってて下さい!」
ノアは叫びながらも、吹雪の向こうを睨み続けている。その眼は上下左右に止まる事なく動き、時には身体を180度回転させる。
相手は、この吹雪の中、縦横無尽に動き回って、ミサイルとビームの雨を避け、反撃をするスキを伺っているんだろう。
「おそらくジークの狙いは私です。マスターでは囮にすら、ならないでしょう。ですが、それは好都合。マスター達だけなら簡単に帝都に戻れると思います!」
なら尚更だ! ノアは逃げれるのか? 本当にユウツオに帰ってこれるのか?
「もしマスターが死ぬような事があれば、私は起動停止しGMの指示があるまで倉庫で眠る事になるでしょう。それは私にとっての死です! お願いです。マスターが生きている事が私の存在意義なのです」
俺にもしもがあればノアは死ぬ。だからノアは自分を犠牲にしてでも、俺を生かす選択をする。という事か。
「マスターが私の為に行動しくれるのは嬉しいです。ですが、今は逃げて下さい。お願いします。私に貴方を守らせて下さい」
もう、納得するしかない。
おそらくノアは、俺が頷くまで説得し続けるだろう。
そもそも最初から、あの森で出会う前から、神から説明があったじゃないか。俺をサポートする。って。だから、そこは絶対に譲らないだろう。
そうだよな。そういうプログラムが神によって、されているんだろうな。
少しだけ冷めてきた。ノアは機械だ。俺の為に動くロボットだ。
俺の、この想いなんなんだ……
「うぅ! ゔぅー!」
「マスター。分かってくれますか」
胸の谷間で、頭を上下させて、うなる。この状況だからか、心が少しだけ冷めてしまったからか、興奮はしない。
ノアが俺を最初のように、左腕で宙吊りに持ち替えた。
「逃げてくれますか?」
「分かった。ユウツオで待つ」
でも、やっぱり、お前を失いたく無い。
「ノア必ず戻ってこい! 必ずだ! これはマスター命令だ!」
「了解です。マスター」
ノアは俺を見て微笑んだ。俺を安心させる為だと思う。とても可愛い。
頭では分かってるんだ。それが作り物だって事は。でも、心が感じてしまうんだ。ノアの優しさを、暖かさを。
「まだ、サーモで確認できる範囲にいて良かったですね。フォルスト様は待っていてくれているようです。あの人を選んで正解でした」
ノアは回避運動をしながらも、遠くを見るように、1点を見ている。
「スキが生まれますが、道を作ります。マスターは頭部を守って下さい!」
「分かった」
戦車のような両脚から放たれるミサイルが、これまでと違う方向へ連なって飛んでいく。そして、それを両脚から生えている2つのビーム砲が穿つ。
いくつもの大爆発が連鎖するように起こり、熱と突風によって、吹雪の空に何も無い空間が出来た。
その、少し前からノアは投球フォームに入っていた。短い助走をつけ2メートルほど飛び上がり、自身を回転させて遠心力を利用し、左腕を強く振り抜く。
放たれたボール。ではなく俺は一直線に空にできた道を飛んでいく。
放たれたその瞬間から景色が緩やかになり、ノアとの別れを瞳に焼き付けた。
振り抜いた左腕。鉄塊のような脚。風になびく蒼い髪。俺を送り出す赤い眼と最後に声をかける唇。
「さよなら。マスター」
俺の目は、俺の耳は、ノアの言葉を見逃さなかった!
どういう事だ! 必ず戻るんじゃなかったのか! 命令したじゃないかっ!
だかすぐに、俺の頭は真っ白になり、目を見開く!
ノアの背後には影が見えた。巨大な剣を持った男のシルエットが!
そして、その大剣が振り下ろされた瞬間、大爆発が起き、強烈な突風が吹いて、俺はさらに加速し、その場を離れる事となった。
どんどんと景色が流れていく。
短い滞空時間のハズだが、いろんな事が頭をよぎる。
ノアは…… ノアは死んだのか? いや、アイツはアンドロイドだ。上半身と下半身が分離しても動けるだろう。映画とかでよく見るアンドロイドはそうだった。
じゃぁ、あの大爆発はなんだったんだ? というか生きていたとして、逃げ切れるのか? 右腕は既に無かった。最後のひと振りで下半身を失ったとするなら、それで、ユウツオに戻ってこれるのか?
アイツは本当に逃げれると思っていたのか? 本当に戻ってくるつもりだったのか?
俺を納得させる為の嘘だった?
地面に横っ腹から落ちた。3回ほどバウンドしてなお、収まらない慣性の影響をうけて、回転しながら雪が積もる地面を進み、何かにぶち当たって止まった。
「ゴホッ」
口から大量の血を吐いた。
脇腹に激痛が走っているからして、たぶん着地の衝撃で肋骨とか折れたんだろうな。ダメージが頭でなくて良かった。
「うわっ! 何だっ! ってタツキか?」
「兄貴! 大丈夫っすか? うわっ! すっごい血を吐いてるじゃないっすか! シェンファ、手伝ってくれ。タツキの兄貴をソリに乗せる! 御者のオッサンも頼む」
「分かったの! 2人に身体強化をかけるの!」
「おぉ。にぃさん大丈夫か?」
ノアは、どうやら完璧にソリへと、投げ込んでくれたみたいだ。
あの豪速球で、このコントロール。大リーグでも通用するぜ? アイツが戻ってきたら野球文化を広めないといけないな。
「御者のオッサンはいい。俺がやるから、毛牛獣を動けるようにしてくれ。これ以上ここにいたら凍死してしまう。いったん暖房を切るぞ?」
「フォルストの兄貴、大丈夫っすか? 疲れて無いです?」
「大丈夫だ。俺はC級冒険だぜ? 暖房魔道具を1時間ぐらい起動しただけでバテはしねぇーよ。シェンファちゃん、いちおう俺にも強化を頼む」
「任せてなの!」
フォルストとシャンウィ君が、俺をソリに3列の席に目寝かせてくれた。
おそらく自分で動けるだろうが、身体に力が入らない。
正直、動きたく無い。
「タツキ、大丈夫か?」
「あぁ」
「ノアちゃんは、連れ戻せなかったんだな?」
「あぁ」
「そうか…… 帝都に戻るぞ? いいな?」
「あぁ」
「よし。オッサン! 帝都に引き返してくれ、ちゃんと金は払う」
俺達は、帝都テンルウに戻る事になった。
ノアを吹雪の中に残して。




