ハムスターと異世界③
今回から長くなります。
また主人公の描写(少し)が、第三者目線で話されます。
僕は信じられない光景を目にした。
自分に向かって飛び掛かり食らおうとしていた豹に、ばにらちゃんがまるで銃弾のように飛び出しから。
その放たれた白い弾丸は黒豹を喉を貫通し、一瞬で死に至らしめた。
相手もさすがに予想外だったのだろう断末魔の叫びも無く、驚いた表情のまま硬くなっている。
「わーお」
呆けた僕の口から出てきたのは、たったこれだけだった。
ほんの数秒だ、でもたった数秒で僕たちの立場が逆転した。食う者、食われる者
その原因を作ったハムスターは自分が倒したんだとばかりに頭の上に乗り、腕を組もうと両手をグッと伸ばしている。
手が短くて組めないけど、必死に頑張ってるのが可愛い。
「ありがとう、ばにらちゃん。助かったよ」
「きゅっきゅ!」
腕を組むのは諦めたのか両手を腰に当てようとしているんだけど、当然腰に手が届かない。
僕は未だかつてハムスターのドヤ顔と言うのを見たことがないよ。
両目を閉じ、顎を突き出し口元が少し笑っている。
ただただ可愛いね。
あとやっぱり僕の言葉を理解しているとしか思えない、まさか返してくれるとは。
さて、この初戦闘の戦果である豹をこのまま放置するのも勿体ない。
焼けば食べれるだろうし、もしかしたらお金に変えられる可能性だってある。
豹革ってどれくらいの金額になるのだろうか、もしも持って帰らずに後々大金になると知ったら僕はすごく後悔する。
それに今僕が所持しているのは着ている服と、相棒のばにらちゃんだけなのだから使えるお金を手元に持っておきたい。
けど解体道具も方法も無い僕にはどうする事もできないので、驚くほどの戦闘力を発揮した僕のばにらちゃんにふざけて
「この黒豹をどうにかして持って帰れるようにできない?」
なんて言ってみたら、今ばにらちゃんが踏みつけている豹の頭をがぶっと噛みついた。
細かく噛み千切って持っていこうとしてるのかな?
でも、この行動は僕が想像と違って可愛いものなんかじゃなかった。
ばにらちゃんの頬袋が膨らんだかと思うと、黒豹が最初から存在しなかったかのように視界から消えた。
僕は思考を放棄し、はむすたーってすげー、としか頭に思い浮かばなかった。
四次元に繋がるポケットと同じなのだろうか、どう考えても入らないようなサイズのドアとか収納できるし。
それに比べたら獣一匹程度なんということでもないな。
その後頬袋は元の大きさに戻り、ばにらちゃんは仕事が終わったとばかりに僕のポケットに潜り込む。
でも僕なんかと違って仕事してるよ、歩いて休んで頭を撫でただけ。しかも森で迷う失態付きでね。
唯一僕が出来る、歩くという業務を全うしますかね。もう少し座っていたかったけど、いい加減にばにらちゃんのためにも美味しい食事と寝床をあげたい、ずっと僕のポケットじゃ狭いだろうに。
ゆっくりと立ち上がり膝に付いた土を払い落とし、来た道を戻る事はせずにそのまま進むことにした。
もしまた僕たちに敵対するような動物がいたとして、きっとばにらちゃんに勝てる相手はいないと思うんだ。
むしろ出会って狩る事が出来れば追加の収入源になる可能性がある。
もっとも、本当に換金できるかは知らないけれど。
変色した森を数十分歩いた頃だろうか、何かの焼ける臭いを僕は感じた。
それは決して人が食べれるようなのではなく、むしろ毒物なんじゃないかと思うほど不快なものだった。
続けて地面に何かが強く叩きつけられるような音と共に「グルルァッ!」とかつて聞いた事のない鳴き声が僕の耳に届いた。
咆哮…なのだろう。まるで体が震源地にいるように震え、僕の足は前に進んではくれない。
縋る思いで胸のポケットに目を向けると、自分より大きな豹を前に自分から飛び掛かり容易く討ち取ったばにらちゃんが、僕の方を見て小さく震えていた。
怖がっている?僕の大切なばにらちゃんが?
怖がらせている?今咆えた奴が?
なら、消そう。
僕の中で何かが弾けた。
先ほど咆哮上げた生物は二足歩行の狼と表現できるだろうか。
両の足で大地に立つその体は人となんら変わりない大きさで、右手には身の丈ほどの片手剣を構えている。
そして何よりも、頭以外を覆う金属鎧。
ただの動物、断じて獣等ではない。
彼が見つめる先には、両手持ちの大剣を地面に刺して自分の身体を支える男性。
成人して間もないのか、まだ大人になりきっていないどこか子供らしさが見える。
腕や頬にはいくつもの切り傷が出来ており、革で出来た防具は使い物にならないほどに切り裂かれている。
その男のすぐ後ろには、同年代ほどの女性がうつ伏せで倒れていて、その右手近くには小さな木の杖が転がってはいるものの目立った外傷はない。
(くそう!狼魔族だとっ、俺の仕事は汚染された森の調査だけだったのに!)
そんな事を考えている間にも、相対していた狼魔族はゆっくりと距離を詰める。
倒れ伏した仲間の女性を庇う様に前に出ているが、彼もまた己の得物を構えて立ち竦む事しか出来ておらず、もはや戦いにならないだろう。
立ち止まったのは、一歩踏み込み腕を伸ばせばその手に持つ剣が届く距離。
振り上げられる剣、痛みにより腕を上げることさえままならず、受け入れる事しかできない。
(すまねえ、たかが原因を調べるだけと油断し、お前を死に追いやろうとしている。非力な俺を許してくれ)
目を閉じパートナーに対する謝罪の言葉を思い浮かべながら、死を待つばかりだったがどうもその時は訪れない。
ふと顔を上げると、眼前の魔族は自分より後ろを睨み着けている事を知る。
ハッとした彼が同じ方に首を向けるとそこには、男性にしては長めの天然パーマの黒髪、済んだ水色の目をした少年が口元にだけ笑みを浮かべながら静かにこちらに近づいてきていた。
(なんだ、防具も着けず武器も持たずに魔族に近寄るだと?)
その奇妙な雰囲気と姿は、今まさに自分が死の一歩前に居たことを忘れてるほどだ。
「ねぇ」
彼が自分のすぐ横まで歩き、小さくそれでいて怒りであふれるような声が届く。
「ねぇ、ほんの少し前に咆えた獣畜生は…こいつか?」
瞳孔を開き、狼魔族から視線を動かさず問う。
男性は、声を掛けられたのが自分だと思い咄嗟に「さっきの咆哮はこいつだ、俺の連れも倒れちまった」
と口にしてしまった。
「ありがとう」
感謝の言葉が聞こえると、優は右手を握りしめ叫ぶ
「愛の重みを知れ、ハムちゃんパンチ」
放たれた拳は狼魔族の腹部を鎧ごと貫くが命を奪うまでには至らない。
呆けていた男性は、我に返りこの機を逃すかとばかりに大剣を両手で力強く振り下ろす。
前のめりになっていた狼魔族の首に深い傷を負わせ、数秒の内男性と、魔族は同時に倒れこむ。
もっとも、男性は疲労とダメージから立てなくなっていただけで、ひとまず命の危険はない。
「助かったよ、まさかお腹に穴をあけただけじゃ死なないなんてね」
血に汚れていない左手を男性に差し出すと、休ませてくれとばかりに手を目の前で振る。
「助けられたのはこっちさ、死を覚悟していた。仲間も気を失ってはいるが無事さ」
優が目線を追うと、倒れたまま動かない女性と杖。
そして先ほどの焼けた臭いと、少し焦げている狼魔族の頬の毛。
(魔法…つまり僕は、ばにらちゃんと一緒に異世界飛ばされたって事かな)
自分が異世界に行ったのだとここで知る事となった。
早く街へ行きたいがために、予定していた戦闘シーンをざっくりカットしてしまいました。
次回以降の戦闘はしっかり描写していきたいと思います。