だから私はあの人を忘れた
燦々SUNと魅桜のリレー小説です。お互いにお題を2つずつ出し合い、起承転結を交互に書きました。横線が入っている部分で作者が変わります。「起」と「転」を魅桜が、「承」と「結」を燦々SUNが書きました。
燦々SUNのお題:「アルバム」「最後の約束」
魅桜のお題:「ポケベルとスマホ」「1度言ってみたかった言葉」
「お母さん、これどっちー?」
「なぁ、母さん。オレの分は詰め終わったからコンビニ行ってきていい?」
2人の子供たちの言葉に、無心で台所の荷造りをしていた私は顔をあげた。
時計を見ると12時半。もうお昼になってたみたい。
「そうね、休憩ついでにコンビニでお昼を買ってきれくれない? 母さんの分もお願いね」
ずっと同じ体勢だったせいか腰が痛い。思わず腰の辺りを叩きながら買い物用財布を息子に渡した。
荷物を詰めるの早かったけど、色々と雑に扱ってないでしょうね? 引越し業者が来る前に確認しておかなくちゃ。
「お母さん、私もコンビニ行ってくる。お風呂場とトイレのは詰め終わったよ」
「本当? ありがとう。自分の部屋のは終ったの?」
「とっくに終ってるー♪ いってきまーす」
「あ、ちょ。オレ置いてくなって!!」
「いってらっしゃい、2人とも気をつけて行くのよ~」
「「はーい」」
引越しは夕方。
夕方の時間は予定の時間より遅くなることが多いから不安はあるものの、業者さんが来るまでにはあらかた済ませておかないと。旦那が早く帰って来れたらいいんだけど。
(旦那の荷物も私がしておかないとね……)
台所の食器類はきちんと並べてたつもりだったけど……いくつかバラバラに収納していてまとめるのが大変だった。きっと子供たちが適当に片付けてしまったんだろう。
これで何処まで終ったかな……? 台所にお風呂とトイレ、子供たちそれぞれの部屋。後はリビングと和室と寝室かしら?
「子供たちの部屋を確認しておこうかしら」
娘はいつも綺麗にしてたから心配はしてないけど、まさか全部は入れてないでしょうね?明日の着替えとか持ち出す荷物も作ってあるといいんだけど……
息子の方は……うん、もう諦めた。詰めてあればそれでいいや。
(思ったより綺麗にしたみたい)
子供たちの部屋の確認を済ませ、そのまま寝室へと移動する。
引越しの日を決めてから少しずつ荷造りはしていたからリビングと寝室はほとんど終ってるようなものだ。宿泊用の持ち出し荷物と引越し荷物をきちんと分けてベランダも綺麗にした後、和室の荷造りを開始した。
「どこのコンビニまで行ったのかしら?遅いわね」
近くのコンビニは10分もかからなかったと思うんだけど……まさか、コンビニ限定とか探して違うとこ行ったのかも? 確か今日はどこかのコンビニで限定アイスだったか限定コラボだったか始まるとか息子が言ってた気がする。
何ソレ、私も行きたかった……!! 新商品や限定コラボとか年をとっても大好きなものは大好きだもの。
あら、やだ。今は引越しの準備しなくっちゃ。限定っていう言葉にウキウキしてる場合じゃなかったわー。
和室の押入れを開けると、古い段ボールがいくつか入っていた。私と旦那が出会った頃の写真から子供たちの成長を綴ったアルバムたち。
(懐かしい……。あの頃は私もまだ可愛気があったわよねー)
古い段ボールからアルバムを出し、新しいダンボールへと詰め替える。
その1つにふと手が止まった……確かコレは……
「……あの人との思い出……」
アルバムに貼らずに封筒に入れたままの結婚すると信じて疑わなかったあの人との写真。
結婚したのは旦那だけれど、私だって何度か恋人はいたのだ。それこそ私も周りももうすぐ結婚だと思っていた幼馴染のあの人。
『1度言ってみたかった言葉があるんだ』
――――――――――――――――――――――――
不意に耳の奥で響いたその声に、私はパッと顔を上げた。
今のは……あの人の声だ。故郷の町を見渡せるあの思い出の展望台で、あの人がはにかみながら言った言葉。そのワンシーンだけが、突如脳裏に蘇った。
(あれは……なんだったかしら?)
何か、大切な思い出だった気がする。
けれど、そのワンシーンの前後が全く思い出せない。
あれは、たしか……
ピポン♪
「ひゃっ!」
自分の記憶に集中している中、突如として響いた軽快な音に思わずビクッとする。
そして、そんな自分に自分で赤面しながら、音の発生源……机の上に置かれたスマホを手に取る。
どうやら、コンビニに出掛けた娘からメッセージが飛んで来たらしい。
アプリを起動させると、3種類の限定アイスを写した写真と共に、「どれがいい?」というメッセージが送られてきていた。
「やっぱり、限定商品を探してたのね……」
私1人に準備を押し付けて……という微かな苛立ちが沸き起こるも、「まあこうして私の分も買おうとしていることだし」と思い直し、許すことにする。
きっと、息子の方は「そんなことしなくていんじゃね?」とか言ってるのでしょうけど。それで、娘の方が「こうしとかないとお母さん機嫌悪くなるでしょ」とか言ったのでしょうけど。その場面が容易に想像できる。図星なので何も言わないけれど。
私が「バニラをお願い」とメッセージを返すと、数秒で「了解」と返された。
まったく、便利な時代になったものだ。遠く離れていても、こうやって自由にメッセージのやり取りが出来るのだから。
私が20代の頃はスマホはおろか携帯電話すらなくて、まだポケベルが主流だった。当時は文字のメッセージが送れず、数字しか送ることが出来なかったので、様々な暗号染みた語呂合わせが生まれたものだ。
(0833、3470、999……49106なんてものもあったかしら? 懐かしいわね……)
あの人の写真に引っ張られたのだろう。当時のことをあれこれと思い出していると、不意に1つの番号が思い浮かんだ。
101
これは……そう、あの人が考えた、私達の間でだけ伝わる暗号。
10がtenで、1が棒。合わせて展望。「“台”の語呂合わせが思い付かなかった」と苦笑を浮かべていた、あの人の顔を思い出す。
(そうだった……あの日も、この番号で呼び出されて……そして……)
約束を交わしたのだ。あの展望台で。
そしてその約束が、結果として私達の最後の約束となってしまった。
そうだ。あれは……
――――――――――――――――――――――――
(仕事で遅くなっちゃった…!! 0906ってベルったからいいけど…)
仕事で遅れたのもあるけど、公衆電話の順番待ちにも時間がかかった……そろそろ携帯電話にした方がいいかな? まだ高いからPHSの方がいいかもしれない。社会人としてPHSはどうなの? とは思うけどね。
幼馴染でもある彼……は家が近所で高校まで一緒だった。
高校時代は同性でつるむのが当然で一緒にいる時間は減ったけど、親同士の交流はあるからお互いの家を行き来していて。高校を卒業した春休み、向こうからの告白で付き合うようになり今に至る。
「いつになったら結婚するの?」
「そうよー、早く孫を見せてよー」
なんて互いの母親同士が気楽に言うと渋そうな顔をしてこっちを見る父親。
居心地が悪そうに視線を外す向こうの父親。というのが定番で、それを苦笑いするのが私達だった。
そろそろ……とは思ってるんだけどね。向こうはどう思っているのか。
(ま、結婚はタイミングがないと難しいよね)
展望台の休憩場所で彼は待っていた。ここに公衆電話もあるから待ち合わせするのに丁度いい。
ほんといっつも回りを気にしないんだから。これだけ大きな音をたてても私が来た事に気付いていない。
「お待たせ、ごめんね遅くなって」
息を整えてから声をかけるとやっと私の方を見た彼。
そしておいでと手招きすると私を抱きしめて膝に座らせた。……うん、恥ずかしい。他に誰もいなくても恥ずかしい。
「そんなに待ってないから大丈夫」
「ほんと? けっこう冷たくなってるよ」
抱きしめられてるからこそ分かる、彼の冷えた体。下の自販機であったかいもの何か買ってくれば良かったな。
抱きしめられたまま他愛のないお喋りをする。そして……
「1度言ってみたかった言葉があるんだ」
と、唐突に彼は言った。
なんとなくこうであって欲しいと思う気持ちを抑えて私は彼を見つめる。
「付き合い始めて数年経ったし、親がせっつくからでもないんだけど……」
「それって」
「結婚してほしい」
「え、本当に?」
「どうしてここで嘘をつかなくちゃいけないんだ……。君がいい、結婚してください」
「1度じゃなく2度言ってるじゃない。もちろん“はい”よ!!」
どちらからとなくキスを交わし、これから式とか家とかどうしようかと夢を膨らませる。
あらかた話を終えて展望台を後にしようとした時、彼の足元に何かが浮かんだ。
(その光ってる魔方陣みたいなのは何!?)
何の言葉も交わす暇もなく、結婚の約束をした彼は光の陣の中へ消えていった。
そしてその場に残されたのは私……と、知らない男の人。
「……誰?」
知らない男の人ではあるんだけど、どこか彼に似ている?
どこからか現れた男の人は途方にくれた顔をして私を見た。
「すいません、魔法の練習中に失敗したみたいで……あの……入れ替わったみたいです」
これが彼氏との最後の約束と、旦那との出会いである。
まさか自分にこんな事が起こるなんてね。いくら何でも想像すらしなかったわよ。
仕方ないから旦那に簡単に現状を説明し帰宅。旦那を彼氏だと思わせる魔法をかけ、お友達期間を経て結婚。
その間に私が他の人を好きになったりしたのは仕方ない事だと思う。
「これくらいしか出来ないので……」
と簡単な事なら魔法で何でもしてくれる旦那。
子供が出来てからも魔法を使おうとしてたけど、将来の為によくないとその事は2人の秘密にした。
――――――――――――――――――――――――
(それにしても……)
ふと、疑問に思う。
私はなぜ、こんな大切なことを忘れていたのだろう? 仮にも結婚の約束をした幼馴染の悠君と、永遠の別れを告げることになったというのに……
「え?」
自分の思考に、自分で疑問を覚える。
悠君? それは旦那の名前で……あれ? いや、違う。悠君はあの人だ。あの日、私の前から姿を消したあの人こそが、悠君だ。
だから、旦那は悠君じゃなくて……あ、れ?
不意に全身から力が抜け、私はその場にへたり込んだ。手に持った封筒が床に落ち、中に入っていたあの人……悠君の写真が、床に散らばる。
何かがおかしい。頭の中に靄が掛かったかのように、思考がまとまらない。
これ以上考えるなと頭の中で何かが叫んでいるが、床に散らばる悠君の写真が、その言葉に従うことを許さなかった。
(あの日……私は、悠君が消えたことが信じられなくて……旦那……いや、あの男をなじって、泣き喚いて、そしたらあの男がパンッて手を打って……っ!!)
ガチャ バタン
「「ただいま~」」
子供たちの声に、思考の渦に沈んでいた意識が引き戻される。
しかし、それでもなお、萎えた体に力が戻らない。今まで信じていたものが足元から崩れ落ちるかのような恐怖に、全身の震えが止まらない。
「アイス買ってきたよぉ~」
「ふぅ~、暑っちぃ!」
「あれ? お母さんどうしたの?」
和室の入り口から顔を覗かせた娘が、私の様子を見て怪訝そうな顔をする。息子もその後ろで小首を傾げ……私の膝元に散らばる写真を見て、2人揃って納得したように頷いた。
「ああ……そういうこと」
「あらら、まだそんな写真が残ってたのか」
「え……?」
状況が分からない。
なぜ、この子たちは納得しているのか。そんな写真? ということは、この子たちは悠君のことを知って……?
「ああ~~……うん。まあ色々と疑問はあるだろうけど、とりあえず」
そう言って、娘はその手をパンッと叩いた。
……………………
……………………
……………………
「……ん? あら?」
「ただいま、お母さん」
「ああ、おかえり。……いつ帰って来たの?」
「ついさっきだけど? お母さん、ボケるにはまだ早いんじゃない?」
「失礼な! ちょっとぼーっとしてただけよ!」
とはいえ、玄関が開く音にも気付かないというのは、我ながら問題かもしれない。
そんなことを考えながら立ち上がり、時計を見て首を傾げる。
「あんた達……どこのコンビニまで行ってたの? ずいぶん時間が掛かったみたいだけど……」
「あ~うん、ちょっと帰り道に野良犬と格闘を……」
「なにそれ」
娘の適当な言い訳に肩を竦め……ふと、息子が持つ封筒に目が行った。
「あら? それなに?」
「ああこれ? ただのゴミ。あとで捨てとくよ」
「そう……」
その封筒を見た瞬間、頭の中で何かが疼く感覚に襲われたが……その感覚の正体に気付く前に、娘に声を掛けられた。
「それで、あとはどこの片付けが残ってるの?」
「ああ、あとはこことリビングの細々したものを…………? あら? そもそもなんで引っ越すことになったのだっけ?」
「お母さんなに言ってるの……? お父さんの転勤に決まってるじゃん」
「ああ……そう、ね……そう、よね……」
「……本当に大丈夫か? 暑さで頭やられた?」
「違うわよ!!」
そう言ってはみたものの、たしかにちょっと調子がおかしい。少し休んだ方がいいかもしれない。
娘も同じように感じたのか、心配そうな表情でビニール袋を差し出してきた。
「お母さん大丈夫? ここは私達がやっておくから、少し休んだら?」
「そうね……そうさせてもらうわ」
私は素直にその言葉に甘えると、娘からビニール袋を受け取ってリビングへと向かった。
「ま、本当はあの男から逃げるためなんだけどな」
「本当にしつこいよね~。昔お母さんと結婚の約束をしたのか知らないけど、いい加減諦めればいいのに。イテテ」
「大丈夫か? 姉ちゃん。さっきは結構モロに食らってたみたいだけど……」
「大丈夫大丈夫。あいつもお母さんの子供である私達には本気出せないみたいだし。まあムカつくことには変わりないけど……あんにゃろう、お父さんが帰ってきたら言いつけてやる」
「やめろよ。マジで殺し合いになるから」
「ですよねー……はぁ~あ、さっさとストーカー男がいない安住の地に引っ越したいなぁ」