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4 夜明けのハプニング②

 会話がない。


 眠くもならない。


 どちらかが先に寝てしまえば、気まずさが解消されるのかもしれないが、さくらは夕寝してしまったせいもあり、瞼がびくとも落ちない。

 先に、玲が寝てくれたらいいのに、さくらは祈った。


「……玲?」


「うわっ! な、なんだ。起きていたのか、さくら。驚かすなよ」


「だって私、夕方にぐうぐう寝ていたし。玲こそ、遠慮しないで、お先にどうぞ」


「いや。俺はまだだな。暗いけれど九時だ、九時。小学生か」


「じゃあ、ふたりで、なにかしよう」


「な、なにか、しよう? 電気もない、この暗闇で。ふたりっきりで、できることを、か? その、心の準備が……俺たち、一応きょうだいだし……持ってたっけな、アレ」


「ちょっと。ごちゃごちゃ、ひとりでなに言っているの。しりとり、しよう。『り』。リップクリーム」


「はじまったのか! 『む』か、俺が? む、ムガール帝国」


「『く』?。くいしんぼう」


「う……勝ったら、負けたやつに、ひとつ命令できるルールにしようぜ。『う』、海」


「あー、海いいね。行きたいなあ。旅行、家族で行こうよ、来年の夏休みになったら。温泉つきで。『み』、ミント」


「家族で、か。そういえば、家族で行ったことはないな、旅行」


「聡子さんと類くんじゃ、確かに無理そうだね。でも、私もないよ家族旅行。同じ。よし、次の夏は行こう」


「類がいるとか、考えたくもない。どういう部屋割りにするんだよ」


「広めの和室で、五人並んで寝る」


 さくらは真面目だったが、玲は吹き出した。


「おいおい、難しい年ごろの若人が三人もいて、雑魚寝かよ。お前、どれだけ自分を安く見積もっているんだ」


「父さまも聡子さんもいるのに、どうにもならないでしょ。玲は、心配性過ぎる」


「母親はあんな感じだし、類も操縦不能。旅館っつったらあれだ、浴衣とか着るんだろ。さくらの浴衣姿とか水着とか温泉とか、考えただけでうっ……」


「玲さん、頭の中妄想炸裂しないの」


「一応、想像してあげているだけだって。俺、やさしいから。だって、どう頑張っても残念体型だろうが」


「やだ。気にしていることを、堂々と言うか。普通」


「柴崎家は普通じゃないから。ちょっと接すれば、分かるだろ」


「あー、なるほど。分かる分かる」


「納得するのか、そこ」


「うん。でも、うちもいい勝負だから、同じだよ。で、時間切れ。玲の負けね」


「負け?」


「しりとり。玲の番、『と』だったよ」


「すっかり、忘れ……『と』、東京都」


「だめだめ、時間切れだって。さて、なにしてもらおうかなあ」


「少しぐらいいいだろ、お前が海とか旅行とか脱線したせいだって。第一、時間制限なんてルールにはなかった」


「海って言ったのは、玲」


「さくらさん、一度だけ許してください。頼みます、この通り」


 玲はさくらに向かって拝んだ。


「仕方ないなあ。じゃあ、また『と』ね。トンネル」


「『る』か。る、る……類のこと、お前は好きなのか」


「いきなり、どうしたの。急に」


「さくらの気持ちを聞いているんだ。やつが、好きなのか」


「類くんは、弟だもん。好きだよ」


「弟としてじゃない。男としてはどうなんだ? もし、類と付き合いたいとか思っているなら、考え直せ。あれは皆、見た目に騙される」


「付き合う? だから、弟だって。そりゃ、昨日は一緒にいて楽しかったけど、『異性として好き』とは違うよ。類くんのことは私、家族としてしか見ていない……と、思う。でも類くん、根はいい子だよ」


「いい子? あれで? お前、洗脳されたな」


「だって、私のことを、なぐさめようとしてくれたんだし」


「なぐさめる?」


「うん。見たの。玲を。渋谷で……昨日」


 この場の勢いを借りて聞いてみよう。

 玲も、いつもの様子とは違う。

 言いづらいことや、きつい冗談を飛ばしている。

 気になるなら直接聞いてみなよ、と類も言っていた。


「昨日?」


 玲は少し考え込んだ。

 横顔は、すでにおとなの男性そのもの。


「そう。昨日。銀座線から私服で降りてきた。年上そうな、きれいな女の人と。道玄坂を上って」


「お前、見ていたのか」


 ゆっくりと、さくらは頷いた。


「放課後、純花に買い物へ行こうって誘われて、渋谷に。尾行するつもりはなかったんだよ。でも、玲がいつもと違うから。あの人と、お付き合いしているんだね」


「あいつとは、付き合ってなんかねえって」


「彼女じゃない? 玲は、好きでもない人と、ああいうところ行けるんだ」


「ああいうところ? もしかして、完全に俺をつけ回していたのか」


「つけ回すつもりはなかったけど、見ちゃったんだもん。すごく驚いて。とても悲しくて」


 ……悲しい? 悲しかったのか、自分は。

 玲が平然とした顔で女の子とホテルに入ったことに、驚いたのは認める。

 けれど、悲しかったのか。


 さくらは玲と話すことで、あらためて自分の感情を揺れを知った。


「あれ、バイトなんだ。親には内緒な」


「アルバイト? 自分を……売っているの? レンタル彼氏みたいな?」


「まさか。おいおい、どうしてそんな飛躍した、突拍子もない結論になるんだ」


「だって、類くんが。身売りだって」


「類に話したのか。ちっ、いやなやつに知られたな」


「ごめん。でも、どうしていいか分からなくて」


「いい。全部話す。俺がやっているのは、あのホテルの清掃係。一緒に歩いていたのは、ホテルの若社長」


「『ホテルの清掃係』? そんな都合のいい話、信じられないよ。第一、あの女の子、どうみても大学生ぐらいだし」


「信じたくないやつは、信じなくていい。昨日の連れは、社長。俺は、社長を迎えに行っただけ。まさか、制服でホテルには出入りできないだろ、私服に着替えないと。でも、俺は俺の名誉のために言っておく。金が必要なんだ。卒業までに、とにかく金が欲しい。多少、あぶないバイトでも時給のいい仕事がしたい。高校を出たら、俺はこの家も出るつもりでいる」


「自立……するんだ」


「自立っていうか、東京ではできないことをするつもり」


「その言い方だと、東京以外に行くってこと?」


「決めてあるんだ。ずっと前から」


「大学は? 成績、いいんでしょ」


「行かない」


 進学コースに属していないので、玲が大学を希望していないことは知ってはいた。


「そんな。ひどい。せっかく家族になれたのに。一緒の大学へ行けたらいいなとか、ぼんやりと考えていた私は、ただのばかってことか。玲とせっかく仲よくなれたのに、離れるなんて」


「家族ったって、義理だろ。俺の目にはいまだに、クラスメイトの笹塚さくらにしか映らない。妹なんて言われても、まったく実感がない。俺、二年のときからお前のこと見ていたから、正直複雑なんだ」


「嘘」


 見られていた、だなんて。初耳だった。

 三年で同じクラスになってもそんな態度、微塵も感じさせなかった。


「噂で、さくらは片親だって知って。なんとなく同情というか。親しみがわいて」


「玲は女の子に人気あるし、玲を本気で好きだっていう子も多くて。私、眺めているだけだったのに」


「どちらにせよ、俺は家を出たほうがいいんだ。柴崎家には、類もいる。あいつの毒牙から守ってやれなくなるのが心配だが、俺が家を出るまでに対処法を伝授してやる。類の弱点など」


「だめ。玲がいなかったら、私は類くんの誘惑に勝てない。この前だってついつい乗せられて、キスを許しちゃったし、そのうちきっと深みにはまっちゃう。玲がいないと」


「類とキス?」


「う、うん。なんとなく、その場の雰囲気に流されて……ほんっとにだめ女だよね、私。反省」


 玲は大げさに頭をかかえて悩んだ。


「類が、もっとも得意とする分野だからな、それ。一度睨まれたらある意味、逃れられない。今後も、お前に無理を押しつけてくるだろう。類は、さくらが好きだと公言したし、あの独占欲は、ほんものだ。しかも、お前は簡単に落とせそうで、まだ落ちていない。類にしてみれば、さくらは毛並みの変わった珍獣。参ったな……そうだ、俺とできているふりをしないか?」


「できている?」


「ふりだ、ふり。類を欺くための。しばらくの間、兄と姉が親密にしていたら、さすがにあいつも諦めるかもしれない。類には誘惑が多いし、そっちに流れてくれたら、さくらのことなんて、いっときの熱病みたいなもので、じきに忘れるだろう」


「親密」


「兄姉以上の仲だと、思わせる作戦だ。家の中で、見せつけてやればいい」


「でも、父さまも聡子さんもいるのに。できるかな?」


「最初から共謀して、あのふたりも味方に抱え込むんだよ。どうやら、玲とさくらが! ってさ。母も、類の下半身暴走癖には手を焼いていたし、ちょうどいいだろう」


 下半身暴走って。類はまだ十七なのに。

 母親と兄からこんなふうに悪く思われていたら、きっと誰だってひねくれてしまうだろう。


「類くん。いい子だよ。かわいそう」


「じゃあお前は、類に押し倒されて最後までされてもいいのか。売れっ子アイドルモデルとはいえ、弟に」


「それは、困る」


「ならば契約成立。まずは、肩を組む練習でもするか」


「玲と私だって兄と妹だよ、実際問題。きょうだいがいちゃいちゃしていたらやっぱり、モラルに反する」


「つべこべうるさいな、ふりだ。ふり。いいか、この停電を利用して、俺たちは急速に親密度を増したっていう設定にしよう。暗闇に包まれ、思わず相手を意識し合う」


「妄想?」


「設定だ。神経をいちいち逆撫でするなって。言っている俺だって、相当恥ずかしいんだ」


 そうこうしているうちに玲の手のひらが、肩に乗ってきた。


 さくらはますます緊張した。

 身動きができない。

 類と寄り添っていたときよりも、いっそう鼓動が跳ね上がっている。


 急に親密なふり、なんて。

 玲は日常的に偽装デートするぐらいだ、慣れているかもしれないが、彼氏いない歴十七年のさくらにはハードルが高過ぎる。


「肩に力が入りすぎ。いやなら、やめておこう」


「別に、いやっていうわけじゃないよ、ただ、慣れないっていうか、『付き合う』なんて初めてだから」


 玲は目を丸くした。


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