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幼なじみは難攻不落悪役令嬢  作者: さつきばれ
8/13

その8

ダブルデート夏の陣の翌日、たっくんは熱を出した。水鉄砲で遊んでずぶ濡れになって次の日に熱を出すなんて幼児かと突っ込みたくなるが、たっくんは案外風邪をひきやすい体質なのだ。体力はないが滅多に風邪をひかない私はお見舞い行ってあげた。リンゴと、あとたっくんの好きな桃のゼリーを持って。それにも関わらずたっくんから「健康優良児め」とか「バカは風邪ひかない」とか言われた。まあ病人の言うことだし、結局桃のゼリーを美味しそうに食べていたし、多めに見てやろう。


 日曜日。昨日だらけられなかった分、いっぱいだらけまくるぞと思い、ベッドに寝転がる。私はふとスマートフォンの電源を入れ、昨日手に入れた風見くんの連絡先を表示した。

 風見くんとさーちゃんの関係は、けっこう気になるところである。風見くんの様子を見るに彼がさーちゃんに惚れているのは確定だろうが、なぜそうなるに至ったんだろう。さーちゃんが美少女だからだろうか。それもありそうだ。

 でも、きっとなにか他にきっかけがあるはずなのだ。『どきメモ』の風見亜紀はあまり人に執着しない性格で、主人公の博田愛(名前変更可)に対してもはじめは潮対応、デレるのは最短でも二年生の冬からだった気がする。私の知っている風見くんもあまり人のことは頓着しないタイプみたいだし、『どきメモ』の風見亜紀とそこまで性格に違いはないはずだ。そんな風見くんが、なぜさーちゃんにメロメロになるに至ったか、非常に気になるところである。


 でもなあ、本人を捕まえて「なんでさーちゃんのこと好きになったの?」とか聞けない。昨日今日会ったばかりでそんなこと聞いてくる先輩とか普通に嫌だ。となると、風見くんからさーちゃんのことを聞きたければ、私もそれなりに彼と仲良くならなくちゃいけないってことだ。

 でもなあ、風見くんなんか私のこと目の敵にしてる節があるからなあ。仲良くなれるんだろうか。学年も違うし……。


というような懸念を持ちながら迎えた月曜日、放課後に空き教室にやって来た私を迎えたのは、いつもの通り蝶野くんと、なんと風見くんだった。

「な、なんで風見くんがいるの?」

 思わず入口で立ち止まってしまう私に、いつも通り自習をしていた蝶野くんと、完全にお昼寝モードの風見くんが顔を上げた。

「あ、博田さん。お疲れ様」

「博田先輩、こんにちは……」

「こ、こんにちは……あの、なんで風見くんがここに?」

 蝶野くんがちょっと首を傾げる。

「新入部員だよ。今日入部届を提出してくれたんだ。博田さんと知り合いっていうから、てっきり博田さんが風見くんを引っ張ってきたのかと思ったんだけど」

「えっ」

 私は思わず風見くんの方を見た。風見くんは相変わらず何を考えているか分からない無表情だ。私のもの言いたげな視線に気が付いた風見くんは、眠たげな目でひとつまばたきをした。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……」

 どういう意味だ。言葉の意味は分かるけど、どういう意図でそれを言っているんだ。疑問符を浮かべる私をよそに、またお昼寝に戻ろうとする風見くん。待って、ちょっと待ってくれ。

「か、風見くん、それどういう意味?」

 ストレートに聞くことにした。風見くんの前の席に座って、彼に向き合う姿勢をとる。風見くんはけだるげに頬杖をついて私を見つめた。

「博田先輩、冴里先輩とすごく仲がいいから……」

「う、うん……」

「冴里先輩と共通の話題を増やすために、博田先輩とも仲良くなっておいた方がいいかなって……」

 なるほど、将がさーちゃん、馬が私というわけか。というか、そのためにわざわざ文芸部に入部するなんて、風見くんはほんとにさーちゃんにぞっこんだな……。


 まあでも、これは私にとっても好都合である。風見くんは攻略対象の中で唯一面識がなかった、いわば『どきメモ』の存在を裏付けるかもしれないキーパーソン。そんな風見くんと仲良くなれば、『どきメモ』の謎に一歩近づけるかもしれないのだ。

「そっか、じゃあ私とも仲良くしてくれるんだね?」

 さっと笑顔を作る私に、風見くんはゆるゆると首を傾げた。

「それは、もしかしたら無理かもしれないです……」

「えっ、なんで!?」

 さっき仲良くしておいた方がいいって言ったばっかりじゃん!

 風見くんは物憂げな顔で窓の外を見つめる。

「だって、博田先輩、冴里先輩と仲が良すぎるから。俺、ちょっと複雑なんです」

 私は絶句した。どんだけさーちゃんに惚れこんでるんだ、この子は。

「でも、できるだけ頑張るので……。同じ部活の後輩として、これからよろしくお願いします」

 そのとき、私は初めて、さーちゃんではなく私に向けられた風見くんの笑顔を目の当たりにした。

 ……ま、眩しい。そして可愛い。微笑むとたれ目になるのか、風見くん。初めて知った。

 でもこの光景、なんかデジャヴを感じるような……。


『これから生徒会の後輩として、よろしくお願いしますね、先輩』


 私はぽかんとして風見くんを見つめた。そうだ、思い出した。


 博田愛(名前変更可)を追いかけて、風見亜紀は生徒会に入る。「文芸部」ではなく「生徒会」だ。私も風見くんも、『どきメモ』次元では生徒会役員なのだ。

 やっぱり、『どきメモ』と私の世界ではいくつかの違いが生じている。偶然とは思えないくらい同じ部分―たとえば、名前だとか家族構成だとか、風見くんの存在だとか―はあるにせよ、完全に一致しているわけじゃないんだ。

 その差について突き詰めていけば、あるいは、『どきメモ』が私の妄想なのか、その他の何かなのか、手がかりがつかめるかも。


「まあ俺、仕事もあるからあんまり顔は出せないかもしれませんけど……」

 考え込んでしまった私を気にすることなく、風見くんは続ける。……ちょっと待って、いま仕事と言ったな?

「仕事って、モデルの仕事?」

 思わず食い気味で尋ねると、風見くんはちょっと驚いた顔をした。

「冴里先輩から聞いたんですか?」

 私は頷いた。ごめんさーちゃん、勝手にそういうことにして。

「モデルのお仕事、最近始めたんだよね? 五月くらいから」

「そうですね。まあ仕事って言っても、名前も出さないし、ちょっとしたバイトみたいなものですけど」

「そうなんだ」

 やっぱりそうなんだ。『どきメモ』の設定の通りだ。私が知りえないことも、『どきメモ』の知識がある『私』は知っている。私の頭がおかしくなったのかという疑いが今までぬぐい切れなかったけど、『どきメモ』はやっぱり存在しているのかもしれない。私の生きている世界じゃないどこかで。でも世界とは、現実とは、宇宙とは……?


「博田さん、博田さん。なんか固まってるけど大丈夫?」

 蝶野くんがトントンと私の肩を叩いた。ヤバイ、また日常生活に必要のない類いの深みにはまるところだった。風見くんはもうお昼寝に戻ってしまっている。

「なんにせよ新しい部員が入ってよかったね」

 シャープペンシルの芯を新しく詰めながら蝶野くんが言う。確かにこのままでは文芸部は廃部まっしぐらだから、一人でも新しい子が入ってくれたのは良かったかもしれない。


 帰り道、私は風見くんに鯛焼きをおごった。モデルの子に甘味を与えるのはよくないかもしれないけど、何らかの形で先輩ぶりたかったのだ。なにせ部活の後輩というものには縁がない高校生活だと思っていたから、微妙にテンションが上がってしまったのである。蝶野くんも半分お金を出してくれた。風見くんは鯛焼きはあんこが好きだそうだ。さーちゃんと同じだねと言ってあげると、風見くんは目に見えて嬉しそうにするのだった。ういやつめ。

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