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幼なじみは難攻不落悪役令嬢  作者: さつきばれ
4/13

その4

翌日の昼休み、私は一年生の教室を覗いていた。はたから見れば不審者、制服を着ていなければ即通報、とまではいかないものの、赤いリボンやネクタイの1年生たちは、緑のリボンをした私を(何だこの先輩)といった目で見ている。もしかしたら被害妄想かもしれないけど。

 どうしてこんなことをしているかと言えば、面識のない『どきメモ』の攻略対象が一年生にいるからだ。彼の名前は『風見かざみ 亜紀あき』。もし彼が本当に存在していたら、『私』は『どきメモ』をプレイしたことがあって、そしてここが『どきメモ』の世界だという仮説がかなり強いものになる。逆に『風見 亜紀』がいなければ、本当に夢か何かを見て、現実の知り合いをモデルに私が脳内で『どきメモ』というゲームを作ってしまっただけ、ということにする予定である。


 ただ、実在するかも分からないのに「風見 亜紀くんって知ってますか」だなんて、恐ろしくて訊けない。マジでいなかったら、存在しない人間を探すヤバイ人になってしまう。学校という世界は狭い。変な行動をして悪目立ちはしたくない。

 廊下で悩んでいると、通りがかった蝶野くんが怪訝そうに私を見て足を止めた。

「博田さん、こんなところで何してんの」

「あ、蝶野くん。ちょっと人探しをしてて。蝶野くんは?」

「これ、出しに行くところ」

 蝶野くんはA4のわら半紙をひらひらさせた。『活動報告書』だ。

「昨日はなんだかんだで提出できなかったから」

 わずかに視線をそらす蝶野くんは気まずそうである。兄のラブシーンを同級生と一緒に目撃してしまったのだから、気まずくて当たり前かもしれない。私もちょっと気まずい。さーちゃんが誰か男の人に抱きしめられてるところなんて、正直あまり見たくはなかった。身内のラブシーンというのは結構きついものがあるのだ。

 とはいえ、さーちゃんと蝶野生徒会長の関係も調べた方がいいかもしれない。たっくんのシスコンといい、もし攻略対象のキャラクターとライバルキャラが恋仲になっているとしたら、私にとっての『現実』と『どきメモ』は良く似通った別の世界ということになるんだろうか? そもそも世界とは? 現実とは? 宇宙とは……?


「……たさん、博田さん。ぼーっとしてるけど大丈夫?」

 考え込む私の顔を蝶野くんが覗き込んだ。やばいやばい、日常生活にあんまり必要のない類いの深みにはまるところだった。それにしても蝶野くんの顔が近い。というか蝶野くんめちゃくちゃ肌きれい。

「ご、ごめん。大丈夫。……あのさ、蝶野くん。会ったことのない一年生の子を探してるんだけど、直接会えなくてもいいからどのクラスにいるか確かめるためにはどうしたらいいかな?」

 蝶野くんは訳が分からないという顔をした。そりゃそうだ、私も何を言っているのかよく分からない。

 蝶野くんが首を傾げると、その動きに合わせて前髪がさらさら揺れた。

「なんでそんなことしてるのか知らないけど……俺だったら、教卓の上の座席表を見るかな」

「……! それだ! 蝶野くん頭いい! 最高!」

 私が思わず拍手すると、蝶野君は肩をすくめた。

「大げさ。じゃあ俺はもう行くから」

 そう言ってさっさと歩いていく蝶野くんの背中に一度手を合わせて拝んでから、私は1年生の教室をひとつひとつ訪れ、座席表を覗いては去るという奇行を繰り返した。そうして最後のクラスになって、見つけたのだ、その名前を。


「風見、亜紀……あった」

 窓際一番後ろから2番目。名前からして女子の可能性もあると思ったけれど、そういうこともなさそうだ。なぜなら彼は、自分の席で突っ伏して眠っていた。根元から毛先まで綺麗な栗色の髪が正午の日差しにきらきらしている。


 『どきメモ』の『風見 亜紀』は次のようなキャラクターだ。

 ドイツ人の祖母を持つクオーターの『風見 亜紀』は、中学生まで陸上の長距離の選手だった。しかし怪我により選手生命を絶たれ、失意のまま高校に進学。知り合いの紹介でモデル活動をはじめ、持ち前の美貌で瞬く間に成功していくものの、本人の気持ちは未だ晴れず……というのが一年生時の彼である。そこに現れた博田 愛(名前変更可)が彼の気持ちに寄り添うことで、『風見 亜紀』はモデルとしての自分に向き合い、成長する。おおまかにそんな感じの話の流れだった。


 髪の色からたぶん彼が風見 亜紀だとは思うんだけど、そのお顔を上げてほしい。確認したい。でも関係ない一年生のクラスに長居するのはいささかなものか。

 じりじりしている私の肩を叩いたのは、紺色のリボンのさーちゃんだった。

「めぐちゃん。どうしたの?」

「さ、さーちゃん! いやえっとあの、あ、あははは……」

 なんの言い訳もできずに乾いた笑い声を上げる私を、さーちゃんは不思議そうに見ていた。うう、なんだろ、下手に怪しまれるより心が痛む……。

「さーちゃんはどうしたの? 誰かに用事?」

 さーちゃんは頷いた。

「うん、後輩に借りた本を返しに……」

 さーちゃんがそう言い切る前に、柔らかな声とともにさーちゃんに後ろから抱きつく人がいた。


「冴里先輩、きてくれたの」

 私はゆるゆると微笑むその人の顔を思わず凝視してしまった。めっちゃ、美形。なるほど人気モデルのご尊顔とはこういうものなのか、と全てのバランスが整い切った彼の――風見 亜紀の顔を見て嘆息する。というかこの子いつ起きたんだ。

「亜紀くん。起きてるのめずらしいね?」

 抱きつかれているさーちゃんは全く動揺していない。むしろ私のほうがそわそわしてしまう。

「冴里先輩のにおいがしたから、起きた……」

 そう言って小さくあくびをする風見 亜紀。言ってることはけっこうヤバイ気がするけど、顔がいいのと、小さな子供みたいなふんわりした雰囲気のおかげで中和されている。

「さ、さーちゃん、このひとさーちゃんの知り合い?」

 私はさーちゃんの袖を小さくひっぱった。さーちゃんは頷く。

「亜紀くんが受験でうちの学校に来たときに、いろいろあって、それ以来知りあいなんだ」

 さーちゃんの言葉に、風見くん(と呼ぶことにした)は、むっとした。

「冴里先輩、おれのことただの知り合いだと思ってるの」

「ええっ、そいうわけじゃ……」

 困ったように眉を下げるさーちゃんを、風見くんはじっと見つめている。な、なんだこのあまあまピンクな空間は……。私は頭を抱えたくなるのをかろうじてこらえた。

 こいつ……じゃなくて、風見くん、さーちゃんに惚れている! 絶対そう! これは誰がどう見たってそういうことだ。なのにさーちゃんはまったく意に介していない様子で文庫本を風見くんに手渡すと、さっと彼の腕から離れた。

「亜紀くん、こちら、私の幼なじみの博田 愛ちゃん」

 しかも何を思ったか私のことを風見くんに紹介してくれるらしい。風見くんと面識を持てるのはありがたいと言えばありがたいけど、風見くんめっちゃ私のこと睨んでますが!

「そのひと、冴里先輩と仲いいの」

 風見くんが低い声で尋ねる。

「うん、小さいころから仲良しだよ。明るくてとってもいい子なんだ」

 さーちゃんはニコニコ朗らかな笑顔を浮かべている。や、やめてさーちゃん。これ以上私を針の筵にさらさないで。なんだか知らないけど風見くんは私に嫉妬している。態度が露骨なので分かりやすい。

「ええっと、博田 愛です。よろしくね。じゃ、じゃあ私もう行かなきゃ!」

 私はささっと自己紹介を終えると、視界の端に廊下を歩いている蝶野くんを見つけ、慌ててそちらへ逃げ込んだ。そして風見くんに見えるように、蝶野くんの腕に自分の腕を絡ませる。蝶野くんはいきなり何だという顔で見てきたけど、私の切羽詰まった顔をみて、何事もなかったように一緒に歩き出してくれた。じっと私を睨みつけていた風見くんの視線がすこし和らいだ気がする。ありがとう蝶野くん、心の友よ。


 それにしても蝶野生徒会長のみならず、風見くんもさーちゃんにお熱なのか……。シスコンたっくんも含めれば、『どきメモ』の攻略対象はほぼ全員さーちゃんのことが好きってことになる。風見くんの実在を確かめられたとはいえ、ますます謎は深まっているような気がする。

「博田さん、そろそろ」

 蝶野くんの固い声に、すっかり考え事に集中していた私ははたと立ち止まった。

「博田さん、腕、そろそろ」

 蝶野くんは無表情に繰り返す。私は慌てて蝶野くんから距離をとった。

「ご、ごめん蝶野くん。怒った? こんど鯛焼きおごるから許して!」

 蝶野くんはちょっと笑って首を振った。

「いや、怒ってないから。そろそろ二年生の教室だし、噂になったらやりにくいでしょ」

 そう言って蝶野くんはすたすた一人で歩いていってしまう。と、立ち止まって私のほうを振り向いた。

「鯛焼き、カスタードがいいな」

 そしてまた歩き出す蝶野君。ちゃっかりしている……。今日の帰りにでもカスタードの鯛焼きを献上しておこう。

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