その12
どうにか演劇部の第2企画書を有馬先輩からもぎ取った翌日のこと、蝶野くんから思わぬ誘いがあった。
「明後日、みんなで花火大会行かない?」
最初に反応したのはたっくんだった。
「おっ、いいじゃん。堅物の真にしては楽しそうな提案だな?」
お祭り好きなたっくんはわくわくといった表情で蝶野の肩に腕を回した。蝶野くんは苦笑する。
「俺はそんなに堅物じゃないよ。でもうちの兄がとんでもない堅物だから、ちょっと気分転換させたくて」
たっくんが、うんうん頷く。
「あー、わかる、わかるぞ。お前も真面目なきょうだいを気遣う弟なんだな。俺もちょうど同じようなことを考えてたんだ」
……この二人、やけに仲良くなってない? たっくんなんて、「真」って蝶野くんのこと下の名前でよんでるし。
私と蝶野くんは書道教室からの知り合いだけど、たっくんと蝶野くんは今回助っ人として集まるまでは面識がなかった。クラスも一緒になったことがない。なのになんだこの急接近具合は。
タイプの違う二人だけど、パワフルで根が素直なたっくんと、穏やかで冷静な蝶野くんは意外と相性がいいのかな。弟っていう共通点もあるし。な、なんかよく分からないけど複雑な気持ちになってきたぞ。
と、途中経過を会長に報告しに行っていたさーちゃんが生徒会準備室に戻ってきた。うとうとしていた風見くんが目を覚ます。
「みんなお疲れ様~。今日の分は無事オッケーもらえたから、解散していいよ」
「冴里、いいとこに来たな! 明後日花火大会行こうぜ!」
「花火大会?」
たっくんの言葉にさーちゃんは目をパチパチ瞬いた。蝶野くんが続ける。
「生徒会の人と助っ人の人たちを誘って、みんなで花火大会に行かないかって話をしていたんです。連日仕事ばっかりじゃ疲れるでしょう」
「へ~、楽しそう! 確かに、夏休みなのにちっとも夏休みらしいことできてないもんね」
さーちゃんが目を輝かせた。「だろ!?」とたっくんが得意気に胸を張る。いや、それ蝶野くんの提案だからね。
「めぐと山岸も行くだろ? 風見、お前のことも誘ってやってもいいぞ」
美也ちゃんが「は、はい……」と控えめに頷く。私は意外な気持ちでたっくんを見た。
「風見くんに意地悪しないなんて、たっくん短い間に大人になったね」
「風見、モデルの仕事やりながら、こっちの手伝いもしっかりやってるしな。頑張りは認めるべきだろ。それにもともと俺の心は太平洋より広いんだ」
「……たっくんて、微妙に残念なんだよなぁ」
「おいバカめぐ、聞こえてるからな。とにかくそういうわけだから、感謝しろよ風見……」
と、風見くんの方を見た私たちは、風見くんがまるで屍のように机に突っ伏しているのでぎょっとしてしまった。ど、どうした風見くん。さーちゃんがいるのに元気がないなんて、風見くんらしくないぞ。
やがて突っ伏した風見くんから、呪詛かっていうレベルで怨念のこもった呟きが聞こえてきた。
「……俺、明後日の夜、仕事なんです」
……あまりの落ち込みようにかける言葉が見つからない。ふわふわの栗毛が、今は心なしかしなびて見える。たっくんも流石にかわいそうになったのか、風見くんの背中を叩きながら「じゃあ今度なんか別のことやろうぜ! 手持ち花火とかでもいいんじゃないか!?」と励ましていた。
風見くんからとめどなく負のオーラが発せられるなか、蝶野くんがそっと口を開く。
「……ええっと、そういうわけなんですが。花澤先輩、先輩からうちの兄のこと誘ってやってくれませんか? たぶん俺が誘っても行かないって言うと思うので」
私はおや? と蝶野くんを見た。何かが引っかかる言い方のような気がする。
さーちゃんは特に気にした風はなく、「わかった、聞いてみるね」と答えた。
その日解散する前にみんなに声をかけてみたところ、結局花火大会に行くのはさーちゃんをはじめとした私たち企画書担当の班(風見くんを除く)と、蝶野会長ということになった。
帰り道、私は蝶野くんに近付いて耳打ちした。
「あのさ、蝶野くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
蝶野くんが不思議そうに私を見た。私はちょっとためらってから、意を決して尋ねた。
「会長って、さーちゃんのこと、好きだったりする? それで蝶野くんは会長とさーちゃんの仲を深めるために花火大会に誘わせた……とか?」
蝶野くんが無言で私を見つめた。な、なんだろ。
蝶野くんは少し歩調をゆるめて、前を歩くさーちゃんや会長たちと距離をとる。そして私が蝶野くんにしたように、私の耳元で小さくこう言った。
「あたり」
や、ややや、やっぱりーーーー!!!!! 私は興奮してしまって、蝶野くんの腕をバシバシ叩いた。
「ちょっと、博田さん、痛いって!」
「ごっ、ごめん! 思わずテンションあがっちゃって」
しまった、蝶野くんけっこう華奢だから気を付けないと。ついついたっくんに対するくらいの力加減でいってしまった。(肩幅とかはともかく、脚とかは私より蝶野くんの方が細いんじゃ?)
でもそうか、やっぱりそうなのか!! 会長、さーちゃんに気があるんだね……!さーちゃんは会長とは何もないって言ってたけど、会長にとってはそうじゃないかもしれないとは思ってたんだよ!!
『どきメモ』とか抜きに、これは事件だ。事件というか、めっちゃ青春だね!? ねぇ蝶野くん!?
「博田さん、目がきらきらしてるね……」
「いやだって、めちゃくちゃ青春じゃん……。少女マンガじゃん……。夏だよ? 花火大会だよ?」
しかもあの二人にとっては高校生活最後のだよ!? これはもうリーチって感じだよね!
盛り上がる私だが、蝶野くんはあくまで冷静に言った。
「まあ少女マンガみたいに上手くいくとはかぎらないけどね」
「そ、そんな夢の無いこと言わないでよ」
「……うまくいいけばいいって、思ってるよ。そうじゃなきゃこんなことしないでしょ?」
夏の日はまだまだ暮れきらない。私たちを背中から容赦なく照らす橙色の光が、蝶野くんの白い頬に影を落とし、彼の表情を隠す。
一瞬、蝶野くんが見たことの無い顔をした、気がした。
でもそれは気のせいだったのかもしれない。蝶野くんはいつも通りの優しい顔で、私に微笑みかけた。
「博田さんって、浴衣持ってる?」
「へっ? えっ、まあ……」
「ふぅん、そっか。博田さんの浴衣姿、見てみたいな」
それだけ言って、蝶野くんはスタスタ歩いていってしまった。……な、何だったんだ一体。