その10
「たっくん、演劇部のの第二企画書どっかに紛れてない?」
「あー、ちょっと待てよ……。こっちにはないな。というか提出されてねぇっぽいぞ?」
「ええ……演劇部もなの……」
「博田さん、バスケ部の屋台の企画書もらってきたよ」
「蝶野くんありがとう! あと第二企画書出てないのは、演劇部と、水泳部と……」
「博田先輩、冴里先輩から去年のタイムスケジュールもらってきました」
「風見くんほんとありがとー!」
夏休みが始まった。私たちはさっそく生徒会のお仕事にとりかかっている。助っ人として呼ばれたのは、二年生では私、たっくん、蝶野くん。一年生は風見くん。あともう何人かいるみたいだけど、割り当てられた仕事が違うので、最初の顔合わせでしか会っていない。名前は覚えられなかった。たしか、男子があと二人、女子もあともう二人いた気がする。同じ仕事分担の生徒会役員はさーちゃんと、山岸 美也ちゃんという一年生の女の子である。
私たちは、クラスや部活動、その他の団体から提出される第二企画書を整理していた。六月に提出される文化祭第一企画書―模擬店やパフォーマンスなど、大まかな出し物の方向性やその内容を生徒会に申請する―をもとに、生徒会がいろいろと調整して各団体に許可や変更、企画の取り下げなどやり取りをする。そのあと、もっと具体的な内容が詰められた第二企画書が提出されるのだ。
この第二企画書がなかなか曲者で、まず未提出の団体に催促しにいかなくちゃいけない。いざ細かいところを考えるとなるとこだわりすぎてなかなか提出できない、ノリで出した企画が通ったけど尻込みしてしまう、ただ単に提出期限を忘れてる、理由は様々だが、こういった団体からどうにか企画書をもぎ取ってこなくちゃいけない。企画を止めるなら止めるでちゃんと報告してくれなきゃだし、とんずらは許されないんだぞ!
で、提出された第二企画書をもとに、教室の割り振りや体育館や講堂使用のタイムスケジュール、備品のやりとりをまとめて資料にするのが私たちの仕事だ。最終的にチェックして監督するのはさーちゃんである。さーちゃんも受験勉強があるっていうのに大変だ……。
「みなさん、飲み物買ってきました!」
そんな声と共に生徒会準備室に入って来たのは美也ちゃんだ。時間は午後三時、おやつ時だし、そろそろ休憩したかったからめちゃくちゃありがたい。
みんなもぞろぞろ集まって、美也ちゃんが買ってきてくれたジュースを選びだす(ちなみにジュース代は生徒会顧問の先生たちが出してくれている。感謝……)。
「山岸さん先に選びなよ」
蝶野くんが促す。うんうん、買ってきてくれたのは美也ちゃんだもんね。
「え、でも、いいんですか?」
美也ちゃんが遠慮がちに私たちを見まわす。同級生が顔は良くてもほぼ無表情の風見くんだけで、あとはみんな先輩だからちょっと委縮してしまってるみたいだ。しかも、私を除くみんなが方向性の違うキラキラ顔面(蝶野くんも背は低いが顔が整っている)。わかる。緊張するのめっちゃわかるぞ。私もたっくんとさーちゃんが幼なじみじゃなければ、こんな空間で平然としてられなかったかもしれない。
「いいよいいよ、好きなの選んじゃえ」
私が肩を叩くと、じゃあ……と美也ちゃんはおそるおそる麦茶を取った。美也ちゃんが選び終わると、真っ先にたっくんがオレンジジュースをかっさらう。
「あっ、たっくんずるい」
「そうですよ、おにいさん」
私と風見くんが抗議すると、たっくんは「早い者勝ちだろ」とペットボトルの蓋を開ける。その間に「じゃあ俺はこれ」と、蝶野くんが水のペットボトルを取っていった。ちゃっかりさんめ。
残ったのはストレートの紅茶と炭酸水。
「……俺、炭酸飲めないんですよ」
ぼそっと風見くんがそう言った。飲めないなら仕方がない。私は無言で炭酸水の方を取ってあげた。各々飲み物を持って、休憩に入る。
「それにしてもさあ、提出期限くらいちゃんと守れって感じだよなあ。余計な仕事増やしやがって」
シャツの襟をつかんでぱたぱたさせながらたっくんが言う。たっくんは横暴だが、ルールは守る方だ。宿題はちゃんと出すし、提出物は欠かさない。待ち合わせには遅れない。案外真面目である。
「まあまあ。未提出なのは一部の団体だけだし、あとはちゃんと出してくれてるからありがたいよ。クラスの出し物の方はみんな集まってるし」
紐でまとめた企画書をぱらぱらさせながら私がそう言うと、たっくんは「まーなー」という気のない返事をしながら長い指を組んだ。
「山岸も大変だな。今年振り分けられた役員がお前と冴里だけってことは、来年は山岸がこの担当なんだろ?」
たっくんからそう声をかけられた美也ちゃんは、「えっ、今私に話しかけましたか!?」という感じで一瞬肩を跳ねさせた。分かるぞ、その気持ち。
「えっと、はい、そうですね……。来年はきっと生徒会に入る子も、今年よりは減ると思いますし、ちょっと不安です」
美也ちゃんが俯いた。
「えっ、どうして減っちゃうの?」
私が尋ねると、美也ちゃんはちょっと困った顔をした。
「今年までは、蝶野生徒会長と、花澤先輩がいましたから……。あの二人にあこがれて生徒会に入った子ってけっこう多いんです。でも先輩方が卒業されたら、きっと……」
蝶野くんがなるほど、と頷いた。
「推薦とか狙うなら生徒会の活動をするのもいいけど、忙しすぎて勉強できないって忌避する生徒も多いしね」
さーちゃんの多忙さを見ているとそれもうなずける。生徒会って何となくすごい!って感じだけど、実際には地味な仕事も多いしなあ。
私は美也ちゃんに向き直った。
「もし来年大変そうだったら、私でよければまた手伝いにくるよ! 今年一回やったし、一から始めるよりは勝手がわかってると思うし……」
美也ちゃんはちょっとまばたきして、「ありがとうございます、博田先輩」と微笑んだ。と、笑い交じりのたっくんの声が降ってる。
「おいバカめぐ。かっこつけてるけど、来年は受験生だぞ。お前の頭の出来でそんな余裕あんのかよ」
「あだっ!ちょっとたっくん、ペットボトルで頭叩かないでよ!」
「たしかに博田さんは受験勉強に集中したほうがいいかも……」
蝶野くんまでもが真顔でそんなことを言う。なんだ、みんなして酷くないか、私が何をしたって言うんだ!
「みんな、ごめんね! 話し合いが長引いちゃって……!」
私がふてくされていると、さーちゃんが息を切らしてやって来た。風見くんの顔が一気に明るくなる。と、後ろからもうひとり、歩いてくる人物がいた。
眼鏡の奥の涼し気な瞳、短めに整えられた黒髪、すらりと伸びた手足。制服は校則通りの清潔感ある着こなしで、着崩さずにぴっちり紺色のネクタイを締めている。
……蝶野生徒会長だ。隣の美也ちゃんの頬が、ほんのちょっとだけ赤くなる。
「みんな、お疲れ様。花澤を借りていて悪かった。花澤、資料の束はここに置いておくぞ」
大きくはないけれど、よく通る声だ。蝶野生徒会長は抱えていた紙束を机の上に置くと、それからチョコレート菓子の袋も置いた。暑くてもとけないタイプのチョコレートだ。
「それは差し入れだから、皆で食べてくれ。じゃあ俺は戻るぞ」
「うん。ありがとうね、会長」
蝶野生徒会長は軽くさーちゃんの肩を叩いて去っていった。
……なんというか、かっこいいぞ。会長の登場に美也ちゃんが頬を赤らめた気持ちがわかる。蝶野生徒会長は、たっくんや風見くんのように華やかな容姿じゃないんだけど、静かで、それでいて存在感があるのだ。伊達に『どきメモ』の攻略対象の一人ではない。美也ちゃんなんて、まだぽーっとしてる。
「みんな、遅れちゃってほんとにごめんね。企画書の方はどんな感じ?」
さーちゃんの声で我に返る。そうだ、蝶野生徒会長のことも気になるけど、まずは仕事が第一だ。私たちは今までの進捗具合をさーちゃんに報告して、またちょっと休憩したあと、仕事を再開した。