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ハイライト  作者: にしおかナオ
9/18

1st Holiday. 誰がために花火は上がる

これは8月初旬、寺崎襲撃事件が起こる2週間ほど前のおはなし。


「えっと、ごめんね急に呼び出して」




「ごめんね、迷惑じゃなかった?」




「実はね、えっと――」




「矢野くん今度の夏祭り――一緒に行く人とかもう決まってるの?」




「そっ、そうなんだ、用事があるとか?」




「え、じゃあどうして?私の友達もみんな行くって言ってるし、彼氏と行く人だって――」



「あのね矢野くん、もし、よかったらわたしと――」



はぁ、もう参った。何度目だ、これで何度目なんだ。


「ごめん、オレ人ごみ嫌いなんだ。行きたいのは山々だけど、多分オレイライラして楽しませられないと思う」


一人はこのセリフをここ一週間何度言ったことだろう。


その度に残念そうな女の子たちの顔を前にして、申し訳なくて胸が締め付けられる思いがする。


部室裏で、影から女の子の友だちが見守るなか断るときなんて最悪だ。当の女の子だけでなく後ろの友だちの白い目まで飛んでくる。


部活の前後、決まってどこかに呼び出されされる話といえば、明後日行われる稲嶺大花火大会のことだ。


春吉グラウンドの全面使って花火見物のための観覧席を作り、フェンス際一面に屋台が並ぶ稲嶺一番の納涼イベントは毎年県外からもたくさんの観光客が訪れる。


ここのところの宣伝規模やまちの盛り上がり具合からいって、2013年で一人が知る花火大会よりもこの時代のそれは賑わいがあるものであったことがうかがえた。


このまちの一大イベントに合わせて稲高生たちも血気盛んにパートナーを探しているというわけだ。


一人はここまで実に8人の誘いを断って、罪悪感のかたまりになってしまいそうだった。


人ごみが嫌いの一点張りな口実は、確かに本音ではあったが、それ以上に未来からきた自分が見知らぬ誰かと親密な関係を持つことで不用意にその人の将来を変えてしまうのではないかというおそれもあった。


「そんな細かいことなど気にせず、楽しんでくればよかろうに。もてはやされるのも今だけかも知れんぞ」


祭りの役員を務め、毎日打ち合わせに忙しいふたばぁは、からかうように一人を笑っていた。


もっともな話だとも思うが、


「今さら誰か選り好みしたら、断った人に悪い」


「ふん、律義な」


男女関係に関して、一人はそこまで器用でもなかった。


*

「母さん、花火まだかな?」


「ん?もうちょっと待ってね、もうすぐのはずだから。ほら、真人くん戻って来たよ」


「いやぁ、参ったすげぇ行列!たこ焼き一つ買うのにめちゃくちゃ待ったよ」


「お疲れ様、一人たこ焼き好きでしょ?いっしょに食べながら待とうね」


いつだったか、まだ一人が小さいころ。親子三人で春吉グラウンドの観覧席で見る花火を毎年楽しみにしていた。


おいしいねと隣で微笑む母絵里、熱い熱いと口の中でたこ焼きひと玉をほくほくさせる父真人、一人にとって、忘れることのできない表情。


「あっ、見て一人!始まったよ!」


絵里が指さす真っ黒な虚空に、ぱぁっと赤い大輪の華がか輝いた。


続けて紫陽花のように爽やかに輝くもの、幾重にも重ねられた虹色の光を放つもの。


何色もの華が咲き乱れては消えるその途中、胸の奥に向かって直接響く感動の爆発音は、一人の高鳴る鼓動に合わせて大きく鳴った。


ぱちぱちと白銀の軌道を残して広い空を飛びまわる火の子が、一人少年の瞳の中でより一層の輝きをもってはじけていく。


「うわぁ――」


目、鼻、口、耳に至るまでを目一杯に開いてこの一瞬を自分の中に吸いこんでしまいたい。そんな思いから一人は自然とため息をもらしていた。




「よーしカズ、乗れ」


そう言って真人は大きな背中を一人の前に出してきた。


一人が飛び乗ると、大きな肩車の完成だ。


「どうだカズ、さっきよりもよく見えるだろ」


「うん、父さんすごいや!」


低かった視界がグイッと引き上げられて、花火を見上げる周りの大人たちも自分よりも低いところにいる。


一人は父の頭に乗っけていた手を、思わず空に向かって高く伸ばす。


空を彩る華たちがもう自分のすぐそこにあって、本当につかみ取ってしまえそうに思えた。


「おっ、掴めそうかカズ」


「うーん、もっと高くないとだめかな」


「そうか、じゃあお前がもっと大きくなっていつか掴め」


「うん!」


「だめよ二人とも、花はね、摘みとられないで自然に咲くのが一番きれいなの」


*


このときの絵里の言葉が好きで、一人は今でも覚えている。


今となっては、きっとまた何か本の受け売りを話していたのだろうと思うが、あのときの自分の心には強く響いた。


「どうしたんだカズ、ボーっとして」


「あぁいや、何でもない。次は問の何番だっけ?」


しかし改めて思うが、大きな背中で自分を肩車してくれた父親が目の前で、自分と同じ夏休みの課題に悪戦苦闘しているというのは何とも奇妙な光景だ。


「そこはまず共通項をくくりだして式を分かりやすくしてから――」


矢野家の居間には、今日も扇風機がいらないほど心地よい風が吹き込んできている。


風鈴の音に時折、コップになみなみと注がれた麦茶の氷がカランと鳴る音が相づちを打っていた。


「そういえば今日みちるは?課題ならみちるに教えてもらえばいいんじゃないのか?」


「だってあいつに頼むと問題集一冊終わるまで帰らしてくれないんだ。中学のときひどい目にあったぞ」


「なるほどな。そういえば明後日祭りだけど、みちると行くのか?」


「いや、それが――」


てっきりそうだとスムーズな答えが返ってくるものだと思っていたのに、真人は意外にもしぶった。何やらばつの悪そうな顔をしている。





「去年やらかしちまったんだよ」


「やらかした?」


「あいつが大事にしてるかんざしがあってさ、浴衣に合わせてつけるはずだったんだけど、あいつが着付けしてる隣の部屋で光と暴れてたら踏んづけて割っちまったんだよ」


「なんでふざけるんだよ」


「あれはだって光が――いや俺のせいだな。だから去年の祭りはあいつの顔色うかがいっぱなしだった」


そう言ったきり真人はすんと肩を落としてしまった。


「怒られたのか?」


「いや、逆。いいよいいよ、しょうがないなまーちゃんはって、笑ってた」


「あのみちるが……」


「だろ?まだ怒ってくれたほうがすっきりするんだ。内心絶対ショックだったんだよ。あいつが怒らないなんてそれが初めてだったんだから」


怒りの針を振り切って悲しみ抑えていたに違いないと一人は思う。みちるにはそういう内に秘めた冷静な部分がある。


「なぁカズ、今年誘うべきだと思うか?」


真人が助けを求めるように不安そうな表情で体を乗り出してくる。




「何でオレにきくんだよ」


「だってお前そういうの得意だろ」


得意じゃないからここ最近対応に追われているわけなのだが。


「うーん、何か埋め合わせ考えろよ」


「何を埋め合わせろってんだ」


「失敗を詫びる誠意を見せろって」


「どうやって」


「それぐらい考えろ、ほら、優を見習えよ」


こちらでの会話などまったく耳に入らないように優はとなりで小さな便せんに向き合っている。


その表情は打席で投手と対峙するときと同じ様に真剣だ。後ろには丸められた紙くずがいくつも散らばっている。


「おい優、ちょっとは進んだのかよ」


「待て!話かけるな、やっとイメージが浮かんできたところなんだ」


ちゃぶ台の前で正座して便せんとにらめっこする姿は盤上を眺め戦略を練る棋士にも見えてくる。ひたいには汗がにじんでいる。


「どこまで書いたのか見せろよ!」


真人は優の便せんを取り上げるとやめろやめろと顔を赤くする優の隣で音読を始める。


「えーっと?拝啓、内海翔子さま、毎日暑い日が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。夏風邪など引いておられませんか。風を引いた時にはビタミンCの含まれる食品が良いそうです。さて、いよいよ明後日に稲嶺大花火大会が迫ってきていますが一緒に行かれる方はお決まりですか?もしよろしければ僕と――ってお前これPTAのお知らせか何かかよ。かたっ苦しすぎるぞ!」


笑い転げる真人の横で優は顔をさらに赤くしている。一人も必死で笑いをこらえる。


確かに、これを女の子が受け取ったときの反応は想像に難くない。読書感想文での文才は恋文には活かせないようだ。


「しっかし優が内海を誘うとはねぇ」


「悪いか!」


「お前身分を考えろよ、内海だぜ、マドンナだぜ、稲嶺1年生3大美女だぜ?」


「その一角を彼女にしてるお前にだけは言われたくないぞ」


稲嶺1年生には男子の中で噂される3大美女という格付けがあるという。そのうちのひとり、内海翔子を優は明後日の祭りに誘うべく文章をひねり出しているというところだった。


ちなみに、その一角を秋山みちるが占めている。黙っていればというやつだ。もうひとりを一人は忘れた。


「だから、真人も優ぐらいの行動力を見せろという意味でだな――」


「行動力?なんか面白い話?」


一人のアドバイスが再開しそうになった矢先、隣の部屋からひょいと顔を出したのはみちるだった。


「みちるいつの間に!」


「何よ、聞かれちゃまずいことでもあるわけ?」


淡いレモン色のワンピースに、トレードマークのボブヘアを今日は後ろにくくってまとめている美少女は、疑り深く居間の3人の顔を覗き込む。


幸い優の恋文より前のことは聞かれてないらしい。


「あそうだ、まーちゃん。明後日の花火大会だけど、5時半くらいにまーちゃんの家まで行くから、ちゃんと支度しといてね」


「へっ?」


気の抜けた声で真人は鳴く。あまりに拍子抜けだった。


「なに、こんな美少女ともう祭り回りたくないって?さては、浮気したい人でもいるの?」


「いません、いません!是非行かせて頂きます」


ぶるぶると首を振ったかと思うと一転、正座して深々とあたまを下げる父がおかしい。


「よろしい、じゃあよろしくね」


「え、もう帰るのか?」


「今日は図書館で小説の主人公とデートなの」


去り際の絵になるウィンクが何とも作為的で一人は笑う。そのとなりで真人はぽかんと放心していた。



「良かったじゃないか」


「あ、ああ」


「気にしてないみたいだぞ」


「本当に、そうかな」


「そうと決まれば課題再開だな」


「おう、そうだけど」


「課題が終わらない方がよっぽど怒られるんじゃないのか?」


「確かにそうだ。やっつけちまうか」


そう言って真人は一度大きく伸びをして再びちゃぶ台に向き直った。


となりでは相変わらず優が白い便せんとにらめっこを続けている。


その後ろに転がる紙くずが、また一つ増えていた。


「いらっしゃい、いらっしゃい。矢野雑貨店名物、大当てもの大会だよー!一回100円、空くじなし!おっ、そこのぼく、超合金ダイタンダーZは2等だよ!お父さん一回引かせてあげようよ!」


「おっ、お姉さんもどうですか、今話題のポケベルは何と4等で10本もありますよ。さぁ空くじなし!一番下でも500円相当の品を保証するよ!引いた引いた!」


稲嶺大花火大会、当日。


「特にやることもないなら、ウチの出しものを手伝え」


と、ふたばぁに言われるがまま一人は矢野雑貨店の出しものに駆り出されていた。


そして一人の隣では優が威勢の良い声を張り上げて、それにつられたお客が長蛇の列を作っている。


「優って、やっぱりこういうの得意なんだな」


道行く人を引き付ける宣伝が上手いのは今も昔も同じのようだ。


「何言ってるんだ一人、お前も宣伝文句の一つもいってみろ。こういうのは慣れだ。おっ、お兄さんやったね、5等の商店街商品券1000円分だよ!」


「いらっしゃ――」


「一人、声が小さいぞ。いらっしゃいませぇ!!」


やれやれ、こんなことなら誰かの誘いを受けておいたほうが良かったかもしれないと一人は少し悔やんだ。


しかし、恋文一本書くのに二日を費やした上に結局納得のいく文が書けなかったからと内海を誘うことを諦めた優の手前、今更そんなこともできない。


「おめでとうございまーす!おばぁちゃん、一等ラスベガス豪華6日間の旅が大当たり!さぁみなさん!一等が出ましたよ!残る一等は矢野モーターズの最新スクーターと、武田精肉店直卸の高級但馬牛1キログラムだぁ!」


優が豪快に大当たりの金を打ちならすと、店の前はいよいよ異様な熱気に包まれだした。


内海を誘えなかったフラストレーションをここで全て晴らすかのように優はどんどんヒートアップしている。よほどつらかったのだろう。


この豪快な宣伝を繰り返す大男を、まだ高校1年生だといってどれだけの人が信じるだろう。一人は優の横の椅子でほおづえを突きながら苦笑した。


「あれ、矢野くんじゃない?」


「うっそ、ホントだ。矢野くーん!」


「そっか、店番があったから行けなかったのね、かわいそう」


「矢野くんから引けるならあたし一本引いてみようかな、ポケベル欲しいし!」


次第に浴衣姿のクラスメイトたちも店の前を通っては声をかけてきて、店の前が多くの人でごった返す。


大人たちを巧みな宣伝文句で酔わす優と、美男子からくじを引けるといううわさでさらに人を集める一人。


気付けば当てものはどの屋台よりも大盛況になっていた。


「一本いいかな、武田くん」


がやがやと賑わう店の前で、ひときわ透き通った声が聞こえると、隣の優がガチガチに固まってしまった。


どうしたどうしたと一人が武田くんと呼んだ声の主を見ると――


水色の生地に赤い毬がいくつも描かれた浴衣に、主張しすぎない黄色の帯をする女の子。


頭の上できれいに結われた髪に、真珠とガラス細工が見事なかんざしが色を添える。


なんとマドンナ内海翔子ではないか。


周りのお客も見事な彼女の姿をまじまじと見つめる中、優が震える手で100円玉を受け取った。


「えっと、一回100円にな、なりま、す」


「優落ちつけ、お金はもうもらってるぞ」


「あっ、あの、えっと、この箱から、くじをですね」


もう完全に気が動転してしまっている。さっきまでの威勢はどこへやら。これでよく祭りに誘おうと思いついたものだ。


「ありがとう」


内海は笑顔でくじを引く。


わなわなと話もままならない優を見かねた一人がくじを受け取って開く。すると――





「4等だ、おい優、4等のポケベルだぞ。金ならせって」


「え、えっとお代は100円――」


「金を鳴らせ!」


慌てて優が金を打ちならすと、お客たちから歓声と拍手が沸き起こった。


「おっ、おめでとうございまーす!!4等、4等のポケベルが当たりました!」


今にも窒息しそうな息絶え絶えの様子で優は声を張り上げる。


内海は飛びあがって友だちらしい他の浴衣姿の女の子と喜んでいた。弾ける笑顔がまぶしい。


「こちらが、しょっ、商品になります」


これまた震える手で優がポケベルを手渡すと、内海はそれを両手で受け取った。


「やったぁ、ありがとう武田くん!お店頑張ってね!」


「はいっ!どういたしまして!頑張ります!」


顔を真っ赤にしながら優は不器用に笑っていた。




内海たちが去ったあとも途切れないお客をさばきながら、一人はよかったなと優にささやく。


「俺の名前、覚えてくれてた。それに俺今日、手洗えない」


ポケベルを渡したとき、両手で受け取った内海の手が少し優に触れたらしい。


一緒にいるのが女友達で良かったと一人まで少しホッとする。


恋文を送らなくて、結果オーライだったじゃないかと一人が言うと、優は照れ臭そうに笑った。


*

「前々から思ってたんだけどさ」


「なんだよ」


「まーちゃんとひとりくんって、何だか似てない?」


「ぶっ」


「あっ、ちょっと!汚いなぁもう」


春吉グラウンドの花火観覧席、ブルーシートに腰を降ろして、真人とみちるは花火を待っている。


みちるの思いがけない話に、真人は思わず口に含んだジュースを吹いた。


「どこがだよ」


「まーちゃん思わないの?鼻の形とか、あごのラインとか、なんか微妙なところが似てる気がするんだよね」


「そうかぁ?」


「遠い親戚だったりとか」


「ないない、だってあいつアメリカにいたんだろ?」


「ふたばぁちゃんはこっちに住んでるんだから、分かんないじゃない」


「でもありえないって」


「そっかなぁ。バッテリーって似てくるもんなのかな」


「まだまともに組ませてもらってないけどな」


「あはは、だよね」





みちるは体育座りをギュッと縮めて笑う。赤い下地に流麗な金と白の花々の絵柄がとても艶やかな浴衣姿。


明るい黄緑色の帯がその艶やかさに程よい可愛らしさを加えて演出している。


グラウンドまで道のり、周りの男たちが幾人も振り返るその装いだが、当の彼氏は去年から続く緊張感で浴衣どころではないというのが本音だ。


丁寧に結われた髪を留めるのはシンプルなピンで、そこに華やかなかんざしはない。


真人はとなりを歩きながらチラチラとみちるの頭を見遣っていた。


「花火まだかなぁ」


「今年はすごいらしいよ、例年の1.5倍の規模だってふたばぁちゃんが言ってた」


「人も多いわけだよなぁ――そう言えば光のやつはなにしてんだ?」


「兄貴は相変わらず寮生活だからね、夏休みも野球漬けで全然帰ってこないよ」


「そっかぁ、あいつと話すの楽しみだったんだけどなぁ」


「のんきねまーちゃんは、こないだ電話で話したけど、兄貴は今ならまーちゃんの球が打てる気がする!早く勝負したいっていきり立ってたわよ」


「ばーか、あいつは口だけだよ。でも、楽しみだなぁ」


屋台の煌々とした光に照らされ藍色に染まる夜空を見上げたまま、二人は笑いながら話していた。






「ねぇまーちゃん」


「うん?」


「行けるかな甲子園」


「何だよいきなり」


「あたしちょっと心配になってさ」


「おいおい、みちるが自信持ってくれなきゃ誰がウチの部を引っ張ってくんだよ」


「松野先輩?」


「冗談よせよ」


「だよね、あたしがひっぱらなきゃ。って、マネージャーに引っ張られる部ってどうなの」


「引きずられてるが正しいか」


「おい」


「ごめんって」


「でもこのままだともう一打席、棒に振っちゃうんじゃないかなー」


「打席?」



「高校球児に与えられた打席は春夏6回、6打席しかないわけ。その限られた打席でホームランを打つことくらい、甲子園って難しいことだと思うの」


「甲子園まで届くホームランか」


「そ、ホームラン。まーちゃんは打たれちゃダメだけどね」


「へいへい」


「できるだけ早くいけたらいいな」


「ん、なんか言ったか?」


「ううん、行けるならたくさん行きたいって思ったの」


「そうだな、春夏連覇とかな!」


「そう!まーちゃんとひとりくんは伝説のバッテリーになれるわ!」


体育座りでうきうきと前後に揺れながら笑うみちるの目は、夢見る少女の目だった。








「そうだ、あのさみちる」


「なに?そわそわして」


「埋め合わせを……しようと思ってさ」


「埋め合わせなんて、そんな言葉どこで覚えてきたの」


「うるせぇ!それくらいわかるわ!」


「はいはい、で、何の埋め合わせ?」


もじもじと体を小さくする真人を、みちるは柔らかい表情で覗き込む。


「あの、去年、みちるが気に入ってたかんざし……踏んづけちゃってすみませんでした!」


言いながら真人は小さな紙袋をぐいとみちるに突きだした。


「なになに、これ」


急に差し出されたプレゼントに、みちるは吹きだして笑う。


「だから、埋め合わせ」


「ふーん、開けるよ?」




紙袋から出てきたのは銀色のかんざしだった。


プチトマトをかたどったガラス玉の装飾が二つ、きらりと光って揺れている。


「まーちゃん、これって」


「ちょうどいいのがあったからさ。似合うかと、思って」


「誰の入れ知恵?ひとりくん?」


みちるはにっと歯を見せて笑う。ほおがほんのりと赤い。


「違うよ!埋め合わせしろとは言われたけど、選んだのは俺で――せっかく買ったんだからつけろよ」


「うん、もちろん」


みちるは髪を一度全部ほどいて素早く器用に結い直し、かんざしで留める。


「どう、似合う?」


かんざしは偶然にも浴衣のみずみずしい赤と合わさって、


「うん、似合う」


真人はこれ以外に褒め言葉を知らなかった。


「えへへ、しかしまーちゃんにこんなセンスがねぇ」


「なんだよ、変かよ。大体お前はいつも俺のことを子ども扱いし――」


真人の腕をぐいっと引き寄せて、文句を言う彼の口を、彼女のくちびるが優しくふさぐ。


その瞬間、赤い赤い大輪の華が夜空に広がった。


燦々と輝いては消える華は、決して摘み取られることなく自らその身を開いて閉じてを繰り返し、幾重にも重なっていく。


長く甘く切ない二人の時間を、無限の光が祝福するように照らし続けた。


*



「へー、すごいもんだな」


「こりゃ特等席だな。さすが双葉のばぁさん」


「ミャー」


二人と一匹は縁側で盛大な夏の風物詩を見上げていた。


矢野雑貨店の縁側からは、何物も遮るものがない花火が全面に一望できた。


なるほど、この角度で見えるように打ち上げの場所までふたばぁが指示しているわけだと、改めてその権力に脱帽する。


当てものも大方目玉が終わって他の役員に仕事を引き継いだ二人は、スイカ片手に祭りを満喫することができている。


これがふたばぁ流の店番の報酬だというのなら、何とも粋な演出ではないかと一人は思う。


今年は祭りの創始者、矢野春吉氏追悼の意を込めて例年の1.5倍の花火を打ち上げているだけあって、その迫力は圧巻だった。


「本当にいいのか一人、これもらっても」


「ああ、オレが持ってても仕方ないしな。その代わり、頑張って内海さんの連絡先ゲットするんだぞ」


「お、おう」


これって自分たちで引いてもいいのか。店番の終わりに軽い気持ちで一人が引いたくじは、4等のポケベルだった。


それを一人は優に手渡した。これがあれば内海との接点が生まれるかもしれない。一人なりの計らいだった。


ごつごつとした大きな手で大事そうにポケベルをいじる優の姿はなんとも言えない絵だったが、その表情は期待と不安の入り混じった実に活き活きとしたものだった。


自分たちの時代であれば、メールアドレス一つ、連絡アプリのID一つで自由に何でも会話できてしまうし、巡り合えてしまう。


人とつながるということに無感動な自分に、一人は初めて気づいた。


かたやとなりの不器用な青年は気持ちを一つ伝えるために何時間も費やして紙を何枚も丸め、苦心し、やっとの思いで手繰り寄せた一縷いちるの希望に目を輝かせているのだ。




自分にとって馴染みがなくもあり、掛け替えのないつながるという感動を、応援したいと一人は思った。


ふと一人は高い空に手を伸ばす。昔はつかめそうだと思った大きな華は、今はずっと遠くに咲いている。




多くの思いがすれ違ったりつながったりを繰り返す夏の夜。




誰にも摘み取られることなく咲く華の輝きは、今も昔も決して変わらない。



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