異世界モノってどうよ?
中には気分を害されるかもしれません。その点をご了承の上お読みください。
「異世界モノってどうよ?」
「稔、お前はいつも突然だな」
2人の話し声がカフェテリアに広がる。この大学のカフェテリアは最近立て直しが行われたばかりでお昼時には大変な人で溢れる。学生ばかりではなく、昼休憩の職員や近くの会社員の姿もよく見られる。今も会社員と思しき女性が資料とPCを持ち込んでいそいそと仕事をしているらしい。しかしながら、この時間帯だと人は少ない。長野 稔はこのあたりに来るのが好きだった。この日は本来講義であったが、突然の休講より彼の友人の細田 琢磨を強引に誘ってカフェテリアへ歩を進めることになった。
「お前の強引というか熱くなりやすけど冷めやすいというか、もうそんなとこに慣れてきたよ。怖いくらいに」
細田は頭を掻きながら話す。視線を戻すと友人のキラキラとした眼を少し眩しく感じる。冒頭の言葉の理由を細田が長野に問うた。すると、とあるアニメ作品を挙げたと思うと、止めどなく語り始めた。細田はそのアニメ作品について知っていると思いながらも話を聞いていた。その作品は要約すると死亡した主人公が物理法則、社会通念も大きく異なる世界で生まれ変わり、第二の人生を与えられた力で特に苦労もせず目的を達していく、その過程で少なくない女性やそれに類する存在から好かれるというものである。こうしたもののおおよそがカテゴライズされるのが「異世界モノ」である。
「それで、何をしろっての?」
このままではそのことばかりになってしまうと判断した細田がただの聞き手であることをやめた。登場人物であることさえも。
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細田「流れが長いよな」
長野「うん、冗長になってしまった。この物語自体がね」
細田「こんな文章が受け入れられるはずがないよな。『異世界モノ』の読者には」
長野「作者的にはどうなの?」
【コメントし辛いです。冒頭の台詞から始まるところはよいと思ったのですが、アクションでも入れますか】
細田「設定が崩れるので、やめてもらいたい」
【分かりました。では飛ばします】
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2人はそんなこんなで「異世界モノ」の小説を書くことにした。
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細田「ずいぶんテキトーになったな」
長野「まあ、しゃーない、しゃーない」
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「じゃあ、ちょっと書いてみた」
長野は少しにやけた感じでスマートフォンを操作する。細田のスマートフォン中のSNSアプリからメッセージを受信したという通知が来た。中身を見るとなかなかの長文であった。これを読むことを考えると細田は軽い頭痛を覚えた。
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「ようこそ神の国へ」
川成 隆児は見知らぬ空間にいた。彼には前後の記憶がない。それを探る前に眼前の存在を見極めねばならなかった。女性らしい風貌をしていた。川成はその美貌に一瞬であるが、見惚れてしまっていた。
「私のようなものがあなたさまの御前で御言葉を賜りますことを大変光栄に思います」
川成は地面に伏せ、額もつけた。それはイスラム教の礼拝の作法にも見えるし、仏教の五体投地にも見える。そもそもの根拠はヨハネの黙示録からであった。
And the twenty-four elders, who were seated on their thrones before God, fell on their faces and worshiped God,
(Revelation 11:16)
実はイスラム教の礼拝を真似たものに過ぎず、祈りの言葉もなかった。川成は自分が無神論者であったことをここで恥じた。眼前の存在は「神」でないにしろ、ここでの決定権を握っていることに違いはなかった。彼が地に身を投げだしたのは苦肉の策であった。
「何をしているのですか」
「祈りを捧げているのです」
目的語を省略できることをこ彼はれほど喜んだことはなかった。
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そこまで読んだところで、細田はため息をついた。
「宗教に割りかし厳しい感じなのか」
「『神』とか『天使』とかの存在はたいてい理不尽だろ?」
長野には上記の駄文のためにわざわざ聖書まで借りてくる真面目さがあるだが、普段の振る舞いからはおよそ想像ができなかった。
「そこに真面目さはいらないと思う」
そうかあ、と長野は上半身をのけぞらせる。少しばかり天井を見たあと、姿勢を戻し、テーブルにあるスマートフォンを起動させた。
「じゃあ、練習用の文章を読んでくれよ」
というと、細田の見ていた画面にヴァイブレーションとともにメッセージが追加される。彼の空いた手の指は髪を額の外へと払うこととなった。
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「良くぞ召喚に応じてくれました勇者様」
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台詞から始めるのが好きなようだと俺、細田 琢磨は友人の新たな趣味を学んだ。
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宝徳 晶は混乱していた。正気はすでに消失し、獣より行動が読めなかった。
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なんでだよ!と驚きを隠せなかった。ちらと稔の顔を見るとイラつく笑顔があった。その顔に一発当ててやろうかと思ったことを今後の自分も納得してくれるだろう。むしろ、殴らなかったことを未来の自分は後悔しさえするかもしれない。
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「だって、知らない場所に行って正気でいられると思う?」
「うん、まあそうだけど」
細田は頭部を片手で支える形となった。なんといえばよいのだろう。友人を傷つけたくなかった。思いついた言葉のどれもが棘を含んでいた。
「どうした?」
その様子を見て長野の声色が変わった。
「ターゲットというか客層のことを考えた方がいいんじゃないか」
「そうなんだけど、それだと月並みじゃないか。埋もれてしまうよ」
「俺は好きだけどさ」
これが細田なりの結論だった。類は友を呼ぶとはよくいったものだと彼は思っていた。長野も細田なら気に入ってくれると思って書いていたのであった。そのまま2人は帰路に就いた。細田の自転車を間にして雑談をしていた。テーマはカフェテリアから変わらず、長野の小説についてだった。彼のアイディアは既存のものに真っ向から立ち向かっていた。転生後、主人公がすぐに殺され、主人公が即座に交代する。体力や魔力などのいわゆるステータスの参照時に空中にメッセージボードが表示され、触れて操作することに苛立ちを覚える。その画期的な解決法では少し盛り上がった。細田にしてみると途中からユーザーインターフェイスの仕様の話をしているとしか思えなかった。今日の会話の中で最も有意義な部分がそれとなった。
アパートが違うので、別れることになったとき、長野が口を開いた。
「よく知らないで書いてたけど」
「怒られてしまえ」