80話 新家族
久し振りの姐二人の登場。
魔術第一高等学校のテロ事件は誰一人犠牲者を出すことなく終わったが、一部の生徒の中には今回の事で心に何かしら残った者もいるだろう。
慶夏もその中の一人だった。
目の前でこれから兄になる人を貶されていい気分になる人間は恐らくいないだろう。
しかも、その日がテロが起きた日と同日なのだから。
「こ、ここがお兄ちゃんの家・・・」
慶夏は司に渡された紙の通りに家にやって来たが、どのような家かは聞かされていないため、司の家の大きさに驚いてしまった。
「お、大きい・・・ほ、本当にここであってるの
かな・・・?」
不安に思いつつも呼び出しのチャイムを押す。
するとすぐに玄関の扉が開き、女性が一人出てきた。
「はい、お待ちしてましたよ慶夏さん」
そう、出てきたのは千尋だった。
「は、はい。これからお世話になる花澤 慶夏で
す。よろしくお願いします」
「いえいえ。こちらもよろしくお願いします。そ
れよりどうぞ中に入ってください」
「は、はい」
慶夏は持ってきた大きな荷物を持とうとするが、それに気づいた千尋は司を呼んだ。
「司、ちょっと来てくれませんかー」
「何だい?千尋姐」
「女の子に重いものは持たせるものではありませ
んので、司が荷物を持ってあげてください」
「わかった。ということで、荷物は俺が持つよ」
「ありがとうございます。お兄ちゃん」
こうして、千尋に慶夏は奥の部屋に案内された。
部屋に着くと、もう一人女性が待っていた。
「お前が慶夏か」
「汐里姐、初対面でお前は駄目だろ」
「そうだな。じゃあ・・・君が慶夏か」
「は、はい。私は花澤慶夏です」
汐里は慶夏であることを確認すると、目を輝かせて言った。
「ついに妹来たー!!」
「ああ・・・始まったよ・・・」
「え?な、何がですか?」
「実を言うと、汐里姐は昔から可愛い妹が欲し
いってずっと言ってたんだよ」
汐里は男口調であるが、根は優しく見かけによらず中身は乙女である。
だから可愛い人や物には目がないのだ。
「覚悟しとけよ慶夏。汐里姐はお前に何をするか
わからん」
「ほ、本当ですか・・・?」
「ああ。事実だ」
汐里が目を輝かせていると、千尋が止めに入った。
「汐里、そこまでにしてください。まずはお互い
に改めて自己紹介をしなければなりません」
「す、すまん千尋・・・ついやっちまった」
司は呆れた様子でその光景を見ていた。
どうやらお決まりのパターンなようだ。
「では、早速私から自己紹介しましょう。私の名
前は小山 千尋と申します」
「私の名前は板倉 汐里だ。よろしく頼む」
実を言うと慶夏は二人の名前をすでに知っていたのだ。
それだけウィザードの中では二人は有名だということになる。
目の前に有名人がいるということで、先程から慶夏は緊張していたのだ。
「で、では次は私の番ですね。わ、私の名前は
花澤 慶夏です。よ、よろしくお願いします」
「おいおい、これから二人は姉になるんだからそ
んなに緊張するなって」
「そ、そうは言われましても・・・」
司には二人が有名人という実感がないので先程のような事が言えるが、やはり慶夏は違うのである。
「慶夏さん、私は今から慶夏とお呼びしますの
で、もっとリラックスして接して下さい」
「私も慶夏って呼ぶからさ、もっとため口で接し
てくれよ」
「は、はい、じゃなかった・・・わかった、頑張
ってみます。・・・あれ?」
どうやら慶夏にため口は難しいらしい。
性格上自然と丁寧に喋ってしまうのだろう。
「別にいいじゃん。逆に慶夏は丁寧に喋らないと
じゃないと落ち着かないと思うよ。実際千尋姐
だって丁寧に喋ってるじゃんか」
「そう言えばそうですね。すっかりこの喋り方に
慣れていましたから・・・」
「じゃあ好きなように喋らせるってことで」
「と、言うことだから二人のこと好きなように呼
んでみなよ」
慶夏は少し悩んでから二人のことを呼んでみた。
「よろしくお願いします。お姉ちゃん」
「ん?今、姉って言った?」
「え?は、はい。言いました」
「姐じゃなくて姉?」
「え?た、多分そうです」
慶夏のその発言を聞いた途端に、千尋と汐里は顔を輝かせ始めた。
「汐里。遂にこの日がやって来ましたね」
「ああ。遂に姉と呼ばれる日がくるとはな」
慶夏は何の事かわからなかったのでポカンとしていたが、司はとても呆れていた。
確かに司は姉ではなく姐と呼んでいる。
だが、周りの人間にはその事は余り知られていない。
「姉とは、やはりいい響きですね・・・」
「そうだな。司も見習って欲しいぐらいにな」
「いやいや。俺からしたら姉より姐の方がしっく
りくるんだよ」
呼び方の話をしている事はなんとなくわかるが、それ以外の事は慶夏には理解できなかった。
でも汐里と千尋の反応を見て、本日初めて笑顔になってくれた事は確かである。
「やっと笑ってくれましたね。では司には美味し
いお茶でも持ってきて貰いましょうか」
急に慶夏が笑ったと同時にお茶を持ってこいと言われて今度は司が困惑したが、姐の頼みとあれば断らないのが司である。
「はいはい、わかったよ」
こうして司は台所にお茶を汲みに行った。
「さて、司も消えたことだし。慶夏、ずっと何か
考え事してるだろ?」
「え?は、はい・・・何で分かったんですか?」
「この年頃の女の子が笑らわ無い事がまずおかし
いですからね。笑えないほどの何か悩みがある
と思ったのです」
「まぁ、私達には何でもお見通しというわけよ」
二人の言った通り慶夏は司について考えていた。
今日のテロ事件の時に聞いた破壊者という単語が頭を離れないのだ。
そこで、慶夏は二人に司の事を聞いてみた。
「お姉ちゃん二人はお兄ちゃんの事をどう思って
いますか?」
「お兄ちゃんとはやはり司の事ですよね?」
「はい。私の恩人であり、信頼できる人だとはわ
かっているつもりなんですが、何だかモヤモヤ
してしまって」
その台詞を聞いて汐里はそのモヤモヤの答えを言った。
「恐らく慶夏はまだあまり司の事を知らないか
ら、その事が自然と気持ちと反発してしまいモ
ヤモヤしているんだろう」
汐里が指摘したことは正しかった。
確かに慶夏はまだ司の事を全部は知らない。
二人に聞いたのも司の事を知りたくて聞いたのだろう。
「そうですね・・・司は誰よりも人の事を考えて
いる人間ですね。しかし、その分自分の事は何
も考えていないところがありますね」
「司はいい意味でも悪い意味でも単純馬鹿だな。
人の為なら命すら投げだすことも簡単にできて
しまう。そんな奴だな」
伝え方は別だが、二人とも同じ事を言っていた。
二人に指摘された事は慶夏にも心当たりがあった。
「だから支える人間が司には必要なんです」
「支える人間・・・」
「そう。貴方もこれから司の事を理解していけば
分かる事ですが、司は止める人がいないと本当
に止まらない子なので」
「そう、だからストッパーが側に居てやらないと
いけないんだ」
この事を言われて慶夏には思い当たる節がある。
司は会って数日の自分の為に右腕を傷つけてまで戦ってくれた。
その姿は今でも慶夏の脳裏に焼き付いている。
その事だけですでに答えはもう出ていたのだ。
例え破壊者でも司は司。
これだけで充分だ。
「だから、慶夏も司を支える人になってくださ
い。」
「はい。モヤモヤがスッキリしました」
「お、また笑ったな」
そんな事を話していると司がお茶を持ってきた。
「お、何か楽しそうだな慶夏」
慶夏は司を見ると改めて頭を下げていった。
「これからよろしくお願いします。お兄ちゃん」
「ん?ああ、よろしくな」
慶夏の新たな家族との生活は今、始まったばかりだ。
つづく。
今回の解説。
結局の由井の宝具能力について。
完全には表記していない由井の宝具の能力について解説します(今さら)
由井の宝具は由井が認識できる傷ならば何でも完治させることができる。
例、切り傷・打撲・骨折など
正し魔術回路などの目に見えない物は治すことができない。
魔術回路は機械や神器達でないと認識することが出来ないので治癒はできないのだ。
祝福は自然回復力を最大まで高めているだけなので、実際は治しているわけではない。
その分この能力ならば重傷も一瞬にして治すことが出来るので凄まじい能力といえる。
宝具を解放した時どうなるのかは未だ不明。
今回は以上です。




