電車は回る
山手線は今日も都心を回っている。回っていない日などない。そのことに改めて気づくとなんだか膨大なエネルギーを絶えず浪費していると思ってしまう。山手線が人為的に回っているからで、恐ろしく無機質に回っているように感じるのはやはり鉄の塊に乗り込んでいる自分というものが恐ろしく小さいからだった。
品川駅の改札をゆっくりと通り、山手線のホームで電車に乗り込んだ。ほどなく電車は走り出し、僕は車両のドア付近で立ちながら、窓外の見慣れた風景を眺めている。幾分眠たいのは昨日の仕事の名残だ。
慌しく乗り降りする人たちは老若男女は今日は元気に見える。そんな気分になるのは今日が休みで、久しぶりに穏やかな心持ちで出かけたからだ。一日何十万という利用客がいるこの駅でその利用客として僕も一人でいるわけだ。普段はこのあまりに大勢の人々のひとりとしてどこか冷たさを感じながら生きている。今日は時間に追われることもなく、ゆとりをもって周りに溶け込み、妙な仲間意識を持つ。言い過ぎにしろ、それはどこか
車内の反対側では女子高生が話に夢中だ。最近の言葉は妙なものだ。
「イチローってかっこいいじゃない。やっぱ結婚するならスポーツ選手」
「サッカー選手でも、野球でも」
「そんなの無理無理」
「タレントでもいい」
「お笑いタレントならわらかしてくれるし」
「それも無理よ」
「わかんないじゃん」
「確かにむりだ」と口には出さないがおもった。
同じ日本語だが、ついていけないのはなぜだろう。
奥のビジネスマンらしき中年の男性がモバイルを使いながら、真剣な眼差しを画面に向け、ちょうど目の前に座るおばさんは何やら考え事をしながら外を眺めているのか、眺めていないのか。
次第にうとうとしながら、当然電車は次の駅へ向かっている。
そんなかなんだか意識が朦朧としてきた。眠い。心地のよい日差しが僕の顔を照らす・このまま山手線で眠り、一周過ぎてから目的地に降りようかなどと適当なことを思いながら、目を瞑っていた。
電車の体感スピードは次第に上がっていき、やがて定速度になっていた。その間眠たさで心地よさを感じながらうとうととしていた。
緩いカーブに入り、そのまま徐々に落ちてきたようだ。そのまま耳に引っ付くブレーキ音を発しながら次の駅へ到着するはずだ。
降りなければと思い、目を開けて立ち上がった。
いつものように駅に到着し、ドアが開いた。
そのまま流れるように一歩外に出たとき、それが馴染みの光景であることに気がつく。
すぐ戸惑う身体にどう対処しようか判断に迷う。
「品川!品川!ご到着のホームは…」
アナウンスが響く。
そのことに呆然としながらも、すぐに慌てて車内に戻り、僕は考えた。
自分は品川駅から乗った。そして、次の大井町駅に降りようとしたのだ。
その状況をまとめようとするのだが、やはり整合性がない。
「イチローってかっこいいじゃない。やっぱ結婚するならスポーツ選手」
「サッカー選手でも、野球でも」
「そんなの無理無理」
「タレントでもいい」
「お笑いタレントならわらかしてくれるし」
「それも無理よ」
「わかんないじゃん」
女子高生の声が聞こえる。それは確か数分前に聞いた声だ。電車の様子も変わっていないで、気づいたひともいないようだ。それが当たり前というよりはそれがなかったように。
電車はそのまま走る。次の大井町に着いたのは数分後数、何事もなかったように僕をホームに置いて、電車は回っている。