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馬上槍試合

「そういえば陛下、オズウォルト嬢にお会いになったそうですね」

 声をかけられてエリックは自分の馬から目を離した。

「ああ。想像以上のじゃじゃ馬だった」

 森で出会った時のことを思い出し、思わず笑みが浮かぶ。王と気づかずに刃を向けた無礼で勇敢な少女。王とわかっても媚びることない少女。エリックにとって、新鮮で鮮烈な体験だった。トーマスに無理を言って同行した甲斐があったというものだ。

「でしょう? ステュアート嬢に軽々しく声をかけようものなら、ぼろぼろになって逃げ帰る羽目になる」

 一人が言うと、嫁のもらい手がなくなるよな、いやもうないだろ、とあちこちで尾ひれのついた武勇伝が上がり始めた。

「そうだ、こういうのはどうだ」

 収拾のつかなくなりそうな取り巻きたちに、エリックは声を上げた。皆、一斉にエリックを見る。エリックはいたずらを思いついた少年のような笑みを浮かべていた。

「オズウォルト嬢を一番はじめに落とせたものに、褒美をやろう。キングスウェル産のネックレスなんてどうだ? 喜ばれるぞ」

 取り巻きの貴族たちは顔を見合わせてにやにや笑った。

「決まりだな」

 横の競技場で歓声が上がる。全員が今度はそちらを向いた。競技場では今まさに相手の槍をまともに受けたトーマスが馬から落ちるところだった。

「あーあ。トーマスまた負けたよ」

 隣で一人がぼやいた。

「あいつは賭けからイチ抜けだな」

 身分は申し分ないのにもったいない、とエリックは思う。あれではジェーンの歯牙にもかけられないだろう。

「次は陛下ですよ」

 肩を叩かれ、エリックはゆるりと馬に乗った。鎧が重い。試合とはいえ、鎧は戦場に着けていくものと同じだ。体に、それはずっしりとのしかかってくる。

 エリックはまだ戦場に立ったことがない。父王ヘンリー六世の時に隣国と長い間戦争をしていたが、エリックが幼い頃にセントオールの辛勝という形で終わっている。双方国力をすり減らしての戦いだったため、暫くは大きな戦を仕掛けられそうにない。この鎧も、使わずにいられればいいが――それがエリックの正直な願いだ。伝統ある大国とはいえ、財政は潤沢ではない。それでも日夜舞踏会が開かれ、この馬上槍試合のような遊技が行われているのは、多くの貴族を抱えているが故。

 エリックは差し出された木製の大きな槍を受け取る。

(王冠を被っているだけの傀儡の王)

 ジェーンから言われた言葉が浮かぶ。そんなことは、エリック自身よくわかっている。自分は身につけているこの戦場を駆け抜けるための鎧ではなく、それらしく見せた、デモンストレーションに使う槍のような存在でしかないことも。それでも、この槍は重い。

 エリックは槍を小脇に抱えると馬を競技場に進めた。王の登場に、一際大きな歓声が上がる。エリックはそちらへ向かって手を上げて応えた。この余興を見るために、大勢の人間が集まっている。騎士の勇敢さと強さを知らしめるためのものが、今や娯楽だ。エリックは冷めた目で観客席を見渡した。一角に華やかな年若い令嬢たちが集まっている。どの娘も春の陽気の中で、その頬は紅潮し、目はきらきらしている。王太后テレサに仕える彼女たちは、貴族たちのいわば自慢の作品で有り、宮廷の華であった。そのいつもの顔ぶれの端の方に、レイチェルの顔がある。若さに溢れる中で、彼女は一際輝きを放っていた。眩しいな、とエリックは純粋に思う。レイチェルだけだ。そう感じるのは。王妃の候補として皆が口をそろえてレイチェルを推すのも頷ける。ただし――

対戦相手は、既に反対側で位置についている。エリックは手綱を握り直す。高鳴る鼓動を静めるように、深呼吸した。

 王は、勝たねばならない。

 常に。

 小さく呟いて相手を睨む。会場が静まり、二人の間で開始の旗が揺れた。ほぼ同時に、馬が走り出す。再び競技場が歓声に包まれた。あっという間にエリックの目の前に相手の槍が繰り出される。エリックは避けずに体ごと大きく槍を突き出した。体全体に衝撃が走る。エリックは呻いて歯を食いしばった。

 一呼吸、ふた呼吸おいて、耳に会場の歓声が戻ってくる。エリックは荒い呼吸を立て直すように、大きく息を吸い込んだ。下から、馬の歩く振動が伝わってくる。手綱を握り直して馬ごと大きくターンして振り返った。競技場の中央には、大破した槍とやっと頭を上げようとしている対戦相手が見えた。エリックはほっと息をつく。装備の重みと相手に加えた衝撃が、どっと体にのしかかってきた。それでも、高々と腕を上げる。会場は更に大きな歓声に包まれた。

 エリックは馬を下りると兜を外しながら客席の方へ歩いて行く。令嬢たちの一角が、とたんに色めき立った。エリックは呼吸を整え、まっすぐ歩いて行く。やさしいすみれ色のドレスを纏ったレイチェルの前に来ると、顔にかかった前髪を直して微笑みかけた。

「どうだったかな」

 レイチェルは頬を赤らめて俯いた。エリックはそれをじっと見つめる。と、視界の端に不満そうな顔が写った。

「これはこれは、オズウォルト嬢」

 エリックは大げさに驚いてみせる。

「顔は覚えてもらえたかな」

 レイチェルが慌ててジェーンの肘をつついて耳打ちする。

「ジェーン、この前のご無礼をお詫びしないと」

「かまわないよレイチェル。君の友人だ」

 エリックはレイチェルに笑いかける。レイチェルは再び真っ赤になって固まった。エリックはジェーンに向き直る。

「先日は楽しませてもらったよ」

 光栄です、とジェーンは一礼した。その顔はやはり不満そうだ。

 この猛者を落とせる男が出てくるだろうか。エリックは、しばらく楽しめそうだと一人心の中でほくそ笑んだ。

「アーノルド」

 会場から出、一人になるとエリックは徐に口を開いた。すると、背後で何かの気配が動いた。

「はい」

 音も立てずに、黒みがかった深緑の服を纏った青年が姿を現す。

「ステュアート嬢は、いつもああか?」

「ああ、とは」

 顔を伏せていたアーノルドは、ちらりとエリックを見る。投げるように渡された兜を受け取ると、そうっと置いた。

「あのステュアート候の娘だろう。あれほどまでに純粋無垢でいられるものなのか? それとも――腹の中に全て飲み込んでいられるタヌキなのか」

 アーノルドは、再びライトベージュの瞳を伏せた。

「前者だと、報告を受けております」

「報告――エリーか」

「はい」

 エリックは顎に手をやる。背後のアーノルドに、体を向けた。

「そうか。トレヴィシックも、レイチェルを王妃の最有力候補だとふんでいるわけか」

「エリーは、確かに次期王妃専属の護衛となる予定です。が、たまたま他の諜報任務が入っていなかったために、その任に就いたにすぎません。他の令嬢についてもお調べしております」

 アーノルドは何の反応も見せずに、すらすらと答えた。エリックの眉間に皺が寄る。

「他には、どの令嬢を?」

「ナタリー・ブリュワー嬢、ジェーン・オズウォルト嬢を担当しております」

「ほう、交友関係か」

「おっしゃるとおりでございます。ステュアート嬢は、いたって私生活も健全、賭け事に熱狂もしなければ、社交場以外で異性とみだりに遊ぶこともなく、普段はお二人を招いて、或いは招かれて話に花を咲かせているようです」

「おまえはどう思う」

 エリックは、アーノルドの表情を確かめるように問う。アーノルドは顔も目も伏せたまま返した。

「私は、王の影。王をお守りし、懐刀として動く短剣でしかありません。どうして意見などございましょう」

エリックは、不満げに鼻を鳴らした。


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