ドラキュラ城
馬車がトコトコとこちらに近づいてきている。
俺は人がいないか確かめるべくその馬車の前に立ち、馬車を止めた。そして、荷台に近づいて誰かいないか確かめてみる。
青白い月夜の光を頼りにしながら荷台をのぞき込む。見たことがない果実や植物が積んであり、色彩豊かである。だが、人は乗っていなかった。
今度は馬車の操縦席を調べてみる。操縦席には誰もいないのだが、何か水のようなものが付着している。その水を手で触ってみるとドロドロしていて少し暖かった。月夜の光ではこの水がなんなのかさっぱりわからない。
そこで俺は携帯を取り出し、その水に光を当てる。ふーん。随分と赤黒い水だ。あれっ?これってもしかして血じゃねーの…?
「……」
もしこれが血だとしたらかなりの出血量だ。致命傷ではないだろうか?それにまだ暖かった。つまりそれはそんなに時間が経過していないということだ。
これは速く別の場所に逃げた方がいいだろう。確実にそうすべきだ!だが、どこに逃げる?というかここはどこだ?
改めて周りを見渡してみる。周りは広い草原で山が一つも見えない。おかしい。俺がいた場所は山に囲まれていたはず、それに自販機もない。あっ、確か車みたいなものに引かれた記憶があるからここまで吹っ飛ばされたとか?いや、でもこんなよくわからない場所まで吹っ飛ばされて無傷でいられるわけないしなぁ。もしかしてここは天国?いや地獄かもしれん。
そんな感じでウダウダ悩んでいると、明るい光が遠くで輝いているが見えた。その光は松明で、馬にまたがりゲームでしか見たことないようなプレートメイルに身を包み、腰に分厚い剣を携えたおっさんが持っていた。
「なんだあのおっさん。コスプレか?」
おっさんと目が合う。するとおっさんは物凄い形相で俺を睨み付け、剣を引き、雄たけびをあげ、馬を全速力で走らせ突進してきた!!
「ゼイヤーー!!」
「!?」
この距離で聞き取るとはなんて耳のいいおっさんなんだ!いや、そうじゃない!というかヤバい!あれくらいでそんなに殺意をむき出しにする必要ないではないか!逃げる。逃げるけど絶対追いつかれる!
克之が逃げようとしたその時、背中に冷たい冷気が流れ込む。やけに悪寒がする冷気だ。
振り返ると、後ろには宙に浮いた黒いボロボロのローブを着た人間っぽい形をした生物がいた。足はなく顔はフードを深くかぶりすぎてよくわからない。
その宙に浮いた謎の生物はボロボロのローブからほぼ骨同然に干からびた手を出して、おっさんを指さした。
その瞬間おっさんは瞬く間に燃え上がり悲痛な叫び声をあげながら落馬し、石畳の道の上でしばらくじたばたと体を動かしもがき苦しむと、動かなくなった。
おっさんが乗っていた馬は背中の火にパニックを起こし、全速力で俺の横を走り去り、どこかに逃げてしまった。
そして謎の生物と俺と最初に馬車を引いていた馬だけがここに残った。
謎の生物は振り返り俺をフードの影で見ることができない瞳で見つめる。
「ヒぃ!」
俺はどすんと腰を地面に落としてしまう。こっ…殺される!!
だが、殺しはしなかった。謎の生物は馬の方を見ている。俺も自然と首が動き馬を見る。
馬の表情で馬が何を思っているのかなんて生まれてから一度もしたことがないので、間違っているかもしれないが、おびえている感じだ。おびえて動けない。たぶんそうだろう。
しばらく俺と謎の生物はなぜか馬を見つめ合っていた。こいつがなんで馬にそれほどの興味を抱くのかまったくもって不明だが、こうして見つめ合っている時は時間が止まっていて、少なくとも俺が殺される心配はないだろう。そんな気がした。だから俺も馬を見ている。
1時間ほどたっただろうか。俺と馬と謎の生物は見つめ合ったまま動かない。
突然、謎の生物の後ろから声が聞こえてきた。そこには青白い肌の一人の男が立っていた。着ている服がまた独特で、赤と黒を基調にしたタキシード見たいな服を着ている。上の歯からやけに長い出っ歯が2本出ていて、瞳が赤黒くまるで血のようだ。もしここが中学校だったら誰しもが「ドラキュラ」と名付けるだろうな。まあ、本当にドラキュラかもしれないが……
その男は軽く頭を下げると指で「1」を空中で書いた。
すると謎の生物が突然消えてしまったではないか。そしてドラキュラ男はニッコリ微笑む。アカン。これヤバい奴や…
ドラキュラ男は俺に話かけてくる。だが、何を言っているかさっぱりわからん。まるで聞いたことも触れことない言語で話しかけられた気分だ。例えばヒスワリ語とか津軽弁とか。
克之が対応に困って何もせずにオロオロしていると、ドラキュラ男は首を傾げ始めた。
とりあえず日本語でもいいから話しかけてみるべきだろうか?他に何か手はないだろうか…いやないだろうな。
「こ…こんにちは。え~…」
共通の話題はないだろうか。とドラキュラ男の外見から探ってみる。
うーんダメだ。鉛筆で十字架作って机の上に置いて反応見たいとか、トマトジュースとかトマトジュースしか思いつかねぇ!
だが会話を続ける仕草を見せてしまった。何か話さなければ。
克之は空を見上げる。田舎特有の綺麗な星空と大きな月が浮かんでいた。
「月がきれいですね…」
この時の月は本当にきれいで、仕方がなかった。これしかなかった。
ドラキュラ男はおでこに手を当て、悩み始めた。告白されて返事に迷っているのか、俺の言葉がわからなくて対応に困っているかのどちらかだろう。
しばらく悩んでいると何か解決策でも思いついたのか突然自分の手をポン!と叩き、歩き出した。そしてこっちに来いと手招きした。
絶対になにかしらヤバい奴なのは確かだ。だが、ここで起きた不可思議な現象を見た後ではドラキュラ男についていった方がよさそうな気がする。やたらフレンドリーだし、悪いことにはならなそうだ。勿論悪いことになってしまう可能性も十分高い。だが、ここで逃げ出して運よく逃げきれても、そこから生き残る方法が何も思いつかない。餓死するか獣か何かに食わる可能性が高い。あとおっさんのように不可思議現象で火だるまになる可能性も高い。
それならここでついていき、下人でもなんでもいいからなって言葉を覚えたりした方が絶対にいい。たぶん!
しかし、なんでここまでやる気が燃え上がるのであろうか。あっちのまともな世界では死にたい死にたいとばかり思っていたのに、こんな危険だらけの野蛮世界でここまでやる気に満ち溢れるとは…目の前で人燃え死んで気が狂ったのだろうか。
俺はドラキュラ男に運命を託し、歩きだした。馬もだ。
草原から森に入り、かなり歩いた。森の中は月の光が届かないほど暗くなり、もはや何も見えない。ここでドラキュラ男の手から謎の白い光の玉が浮かび、周りが明るくなった。ランタンの代わりだろう。
ドラキュラ男はニッコリ笑う。
俺もドラキュラ男のように笑い返した。オウム返しというコミュニケーションの一つである。
俺の後ろからは馬がついてきている。俺は後ろに馬がいてホッとする。こんなに不気味で暗い場所で最後尾なんてたまらんからな。
「……」
克之はまだ歩いていた。もう一時間は経過しただろうか。
「……」
もしかしてここは東京デ○ズニーランドの大掛かりなアトラクションかもしれない。俺はいまスタッフに導かれて出口に向かっているのかも!夢の国よ!頼む!俺に夢をみさせてくれ!!
克之がくだらない妄想をしていると、森をついに抜け、ところどころ崩れかけたの西洋風のお城が構えていた。
「これが…シン〇レラ城か…」
克之が何か言ったが、ドラキュラ男は無視を決め込み門を開ける。
お城の入り口に飾ってある血まみれの2体のドラゴンの置物がなかなか良い雰囲気をだしている。
扉が開くと、あの謎の生物が2体も飛び出し馬を別の場所に引っ張っていく、ここから先は一人だ。
あちこちの壁にある禍々しいデーモンの彫刻、それを不気味に照らす松明の光、大きなテーブルの上には赤を基調にしたなぜかグロく感じてしまう料理の数々。手とか足とかあるけどアンティークだろう。そして一人の女性が座っていた。パッと見、ドラキュラ女だ。ドラキュラ男と同じ格好、同じ身体的特徴。きつい顔したおばあさんだ。いや、ここはお姉さんと呼ぼう。社交辞令的に考えて。
ドラキュラ男は椅子の一つを動かし、手で座るように催促する。俺は何も言わずにその椅子に座る。
ドラキュラ男とドラキュラ女は何か相談している。そして頻りに俺を指さしている。
「……」
俺はここに来て良かったのだろうか。あの時本当は逃げたほうが良かったのではないだろうか?不気味なアンティーク、足、腕、どれも俺を不安にさせるものばかりだ。
しばらく黙って座っているとドラキュラ男は魔法陣のようなものを床に書き出し、ドラキュラ女は分厚い黒い本と大きな結晶を持ってきた。
そして俺に魔法陣の上に立つように手で進めてくる。笑顔で。
何をするのかさっぱりわからんが、ここまで来てグズグズしてもしょうがない。覚悟を決めるんだ!!
不安げな顔をしながら、魔法陣の上に立つとドラキュラ女が津軽弁じみた詠唱を始める。すると結晶から光が飛び出し本に吸い込まれていくではないか!食器がガタガタと揺れだし、魔法陣が赤く光だす。あぁ…何が始まると言うのです!!
「ハァ…ハァ…」
何が起こるのか何もわからない。ただヤバい人たちに何かヤバいことをされていて、何かヤバいことが起きようとしている。その恐怖で息が途切れ途切れになる。
でも何も起きなかった。
しばらくして、結晶から光が飛び出さなくなり、食器の揺れも止まる。ドラキュラ女は本を閉じる。そして…
「気分はどうかしら?旅人さん」
話しかけてきた。日本語で。
「!!」
どういうことだ?もしかしてこの魔法陣!!
「びっくりしているようだね?これは翻訳の魔法なんだ。この魔法を使える人は滅多にいないから驚いただろう?」
ドラキュラ男も日本語を話している。
「しかし参ったよ。12か国語をマスターしている妻に聞いても何語なのかわからなくて、この魔法を使うしかなかったから」
なるほど、奥さんの背後に立つと殴られるわけですね。わかります。
「手始めに自己紹介といこうか旅人さん。私の名はコルト。妻のフリーアだ」
「初めまして」
ドラキュラ女改めフリーアは軽く頭を下げる。俺も頭を下げる。
「そうだ。娘を紹介しておこう。おーいフリッサ!こっちに来なさい」
コツコツ…階段を誰かが下りてくる。
「お父様。お…およびでしょうか?」
下りてきたのは黒い髪をした女の子だった。狐顔の両親と違って少し丸い顔して、小柄な体系、身長は約150センチくらい。かなり日本人に近い顔とスタイルの女の子だ。
彼女も吸血鬼らしく、赤い目に両親ほど長くはないが歯が二本突き出している。まだ発育途中なのだろうか?両親の立派な歯と比べると少し丸くて可愛げがある。
服は裏が赤で表が黒のローブを着ているようだ。
「さあ。お客様にあいさつするのです」
「こっ…こんにちは…」
彼女はちょっとビクビクしているようであった。ところどころ落ち着きがなく、ローブを手で捻ったり、視線は常に下を向いていた。
「あーすまない旅の人。辺境の地に住んでいるから誰もお客様が訪れなくて、娘は人と話したことがあまりないのだ」
ドラキュラ男のコルトは深々と頭を下げる。
「いやいや。とんでもない。私こそ迷っているところを助けて頂いて。ほんっっっとに助かってます!」
俺も頭を深々と下げる。ジャパニーズあいさつ「オジギ」である。
「私は上之郷克之と言います。よろしくお願いします」
俺は再び頭を下げる。
「上之郷…?」
「克之…?」
ドラキュラ家族は俺の名前を不思議がっている。
「聞いたことない名前ねぇ」
「上之郷…克之…さん…」
「克之!いい名前ではないか!ハッハッハッ!」
コルトは赤ワイン(たぶん)が注がれたグラスを手に取った。するとフリーアとフリッサもグラスを手に取る。克之もそばに置かれた赤ワイン(ドロドロ)を手に取る。
「さぁ。今宵は素晴らしい日である。新しい吸血鬼の克之に乾杯!!」
「「乾杯!!」」
ドラキュラ家族はグラスに注がれた赤ワインを飲み始めた。よーし俺も飲むか。しっかし一時期はどうなることやらと、明らかに周りの環境がおかしいが、優しい人達に拾われて本当に助かる…… ん?「新しい吸血鬼に乾杯!」だと…?
克之の手が止まる。ちょうどグラスに口をつけた時にだ。
「どうしたのかね?克之殿?赤ワインは嫌いだったかね?」
あっ…これ本当に赤ワインだったのか。いや、そうじゃなくて。
「「新しい吸血鬼に乾杯!」とは誰のことですか?」
「? 君のことだが?」
「!?」
俺が吸血鬼だ…と…!?