吹奏楽部に出会った日
「うぅ……ひっく……あぅ……」
もう8時になるというのに、8月の町中はまだ日は沈みきってない。
そんな薄暗い道端に一人の啜り泣く声が聞こえる。これはある意味ホラーかも知れないが、そのときの彼女にはそんな事を考えている暇は無かった。
「うぅぅあ……うぅぅっ……ヒック……」
吹奏楽がこんなにキツイなんて知らなかった!!今日もまた怒られた。多分私が出来ないからなんだろうけど、あんなにも起こること無いじゃん!それに私、七海ちゃんよりもまだ出来てるもん!何で全長音階F-dourまでノーミスで行けたのに、Ges-dourで3回間違えたから不合格なの!?私、練習の時はちゃんと出来たもん!!
うう……こんな事言ってても上手くならないのは分かるけど。先輩達怖すぎるんだもん!好きでクラリネットパートに入った訳じゃないもん!!
「はーーーっ、…………よしっ!!」
取り敢えず、頬を打って気持ちを落ち着かせる。さっきの涙とは別の涙がでてきたけど。まず、今からする事はお母さんに帰りが遅れた理由をきちんと伝える。明日先輩に許して貰う方法を考える。全長音階の音拾い直す。よし、そうと決まれば早く帰ろう。
私は、肩から下げている愛用の40万円するクラ之助が衝撃を受けないよう、小脇に抱えて走って家路に着いた。
私が、こんな鬼畜な吹奏楽部に入ったのは今年の春、入学した中学校の吹奏楽部が全国常連だと知らなかった時だ。
〜〜〜〜〜〜
「新一年生〜!演劇部どう?」
「いやいや、君は卓球顔してるよ!!卓球部来て見なよ!!」
「ここは我ら科学情報部に来てくれ!!」
「あ……、え?……ちょっ」
4月、どこの学校もあるだろう。部活動の勧誘と言うなの新入生争奪戦が。私、長谷 奈緒子も、その洗礼に合っていた。一度何処かの部活に声をかけられ足を止めてしまったら、そこで終わり。一瞬にして周りは新入生勧誘に目を血走らせる先輩に囲まれていた。それ程気が強くない私は先輩方の勢いに流されて、スッカリ声が出せなくなっていた。そんな時、何かが私の腕をグイッと引っ張った。
「すみません、先輩方。私達、もう入る部活決まってるんです」
「えぇーそんなこと言わずに!仮入部だけでも!!」
そう、別にいきなり本入部する訳ではなく、3日間程度の仮入部期間があり、新入生はめぼしい部活を数カ所、見学するなり体験するなりで、最終的に4日目に入部する部活を決める。なので、仮入部だけなら別にこの私の回りにいる先輩方の部活に行っても良いかもと思っていたのだ。そこに、救世主が現れた。
「優希ちゃん……!」
「すみません先輩方!!失礼します!っ行くよ、奈緒子ちゃん」
「う、うん!」
幼馴染の松井 優希ちゃん。優希ちゃんもどちらかというと、私と同じように、教室の端で本を読んでいる様な引っ込み思案な子なのだが、私よりは発言するし、ウジウジしてる私を引っ張ってくれるとても頼れる親友だ。私はそんな優希ちゃんに助けてもらい、先輩と新入生でごった返す私廊下から少し離れた所に来た。
「ありがとう。助かったよ」
「ううん、いいよ。だって、奈緒子ちゃんには一緒の部活に入ってもらいたいもん」
「え?部活って、どの?美術部?」
さっき助けてもらったときは、空気を読んで何も言わなかったが、私は優希ちゃんとそんな約束はしていない。というか、とくに決めていなかったのである。なので、私も優希ちゃんも絵を描くのが好きだから、美術部か、帰宅部かと思っていた。
「違うよ。吹奏楽部だよ!一緒に吹奏楽部に入ってクラリネット吹こうよ!!」
「吹奏楽部……?ク、クラ……??」
「ク・ラ・リ・ネ・ッ・ト!!」
クラリネット、小学校の音楽の教科書に載っていた楽器だったと思う。確か、木管楽器でリードっていうのをマウスピースっていう口に当てるやつに付けて音を鳴らすんだっけ?正直、この位の知識しか私は持っていない。それに、小学校のブラスバンドと吹奏楽の違いも分からない。優希ちゃんは、ブラスバンドに入ってたから、大丈夫かもだけど、私はピアノも右手でやっと『ちょうちょう』が弾ける程度だ。ねこふんじゃったを高速で弾ける人が羨ましい。そんな私が吹奏楽?大丈夫かなぁ
「あ、今私でも大丈夫かなぁって考えたでしょ?」
「うっ、バレた?」
「だって奈緒子ちゃん顔に出やすいもん!」
思わず顔を両手で押さえる。良く言われることの一つに、『顔に出やすい』がある。どれだけポーカーフェイスでいようとしても、バレてしまうのだ。
「吹奏楽部の看板に、初心者歓迎!って書いてあったから、全然大丈夫だよ。それに、私もアルトホルンとユーフォニアムしか吹いたことないから、同じだよ。ね?」
「う。うん。そうだね。行ってみようか」
結局、優希ちゃんがガンガン押してくるので、私達は吹奏楽部の仮入部に参加するために部室の第二音楽室に行くことにした。
そこは、ある意味カオスだった。