第七話 召喚
こんな清々しい気分は初めてだった。
目の前の彼もそう思ってくれているのが分かる事が更にそれを助長させる。
できれば今のこの空間を壊したくないと思った。
教師2人は僕らをただ見ているだけで何もしようとはしてこない。
その表情には戸惑いが見て明らかだ。
僕としては声を掛けてきて欲しくはないし、なんならずっとこのままでもいいと思える程だ。
だって、目の前のシンを見ていると顔が自然に笑みの形へと歪んでしまうのだ。
まさかこんな日が来ようとは思わなかった。
今はまだこの快楽の時に酔いしれられる。
そう、今だけ、今だけなんだ。
今が終われば全てが終わるのだから。
僕は殺人を犯した。
それがこの世界では大罪であるのは周知の事実。
それを知られてしまった今、もう逃げる術はない。
逃げるつもりもないけれど。
あぁ、けれど現実はなんてこうも残酷で面白いのだろうか。
そう、突然に唐突にソレが現れたのだ。
ーーーーーーーーーブォォォォン
軽い音を響かせて。
ソレが在るのはシンの足元。
何処かで見た事のある様な円形の幾何学模様。
「 魔法、陣? 」
驚きを滲ませてシンが呟く。
そう、これはファンタジーもののアニメでよく見る魔法陣に似ている。
その中心に立つシンを見ると、あと1人が頑張れば入れそうな大きさのモノだった。
ここで、この場面で現れると思われるモノ。
召喚の魔法陣……!?
何でこんなモノが突然こんな所に……!?
いや、そもそもこれはまさか異世界とやらが存在するとは言わないよな?
視線をチラリと 多村 と 若林 先生へと向けるが、2人とも突然の事に驚き、戸惑い、そして固まっている。
「 ホノメ!! 」
僕を呼ぶその声に視線を戻すと、シン が僕に右手を伸ばしていた。
ーーーー成る程。そういう事か!
それを瞬時に理解した僕は、伸ばされた右手を自身の右手で握り返した。
刹那、強く引っ張られる感覚。
僕の身体が魔法陣に入ったと思われる直後、眩い光が辺りを満たした。
一瞬見えた教師2人は、手遅れにも程があるだろうその時に駆け出し始めた。
そして、僕の意識は闇に呑まれた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
目が醒めた僕が最初に見たのは、近過ぎるシンの顔だった。
そういえば、僕が彼の手を取って引っ張られた時、着地の事を考えていなかった。
その所為で僕は彼の上に覆い被さってしまったのだろう。
「 ごめんね、シン 」
そう言って起き上がりながら、シンの手を取り彼を立たせる。
「 ん、大丈夫だ 」
そう僕に返した彼は、僕の真後ろに目をやると、何を見たのか呆けた様にジッとそこを見つめている。
その視線に釣られて、身体ごとそちらに向けば視線を反らせないモノがそこにはあった。
僕達がいるのは広い広い部屋の中心。
その部屋はとても煌びやかで、入り口の扉は大きく、何かの宝石の様なものが散りばめられており、奥へと続く道には真っ赤な絨毯が敷かれている。
そして僕達の周りに広がるのは、豪奢な鎧を纏い、綺麗に並んだ騎士達。
その先の奥には大きな玉座が一席。
そこに座るは、冠を被った威風漂う中年男性。
一目で分かる。
この人が王である、と。
僕等はこの王に目が離せなかったのだ。
油断なく玉座に座るその王は大柄でその身から放たれる濃密な気配は隙のないものであった。
その隣に佇む眼鏡の掛けた仕事の出来そうな人間は王の秘書的立場の人間か。
すると、王がゆっくりと口を開く。
「 召喚に応じ感謝する。して、どちらが勇者殿か? 」
王の疑問は当然のものか、あの時見た魔法陣の大きさから察するに、勇者は必然1人。
召喚されたのは僕とシンの2人。
どちらかが勇者であるのは確実だが、一目でそれと分かるほど勇者然とはしていない。
寧ろその逆と言っていい程に面白い組み合わせだが、それを彼らに言う必要は無いだろう。
少し待つが誰も何も言う気配がない。
どうするのかとシンを振り向けば、彼もこちらを見ていたようで目が合った。
「 ……ホノメ 」
彼は変わらぬ無表情、の様に見えるが相当困った表情をしている。
どうやら彼は、勇者として召喚されながらもそれを嫌がっている様子である。
勇者はやりたく無いけれど、召喚されてしまった以上どちらかがやらなければならないのは必定であり、その役目を僕に押しつけるのもまた何かと罪悪感が有るのだろう。
僕としても嫌がる彼を無理に差し出すつもりは無い。
こうなったら、ここはもうアレしか無いだろう。
僕は王へと振り返り毅然とした態度で言った。
「 僕ですよ、王様。 勇者として召喚されました、ホノメ です。 隣に居るのは僕の親友であるシン。僕らは何故召喚されたのですか? 」
そしてニコリと微笑んだ。
約束なんて軽々しくするもんじゃないですよね