第二話 悩み
それは約ひと月前の出来事だった。
私の受け持つクラスの子のご両親が亡くなったのだ。
何やら強盗に入られたようで、その時不幸にも居合わせたご両親が襲われたらしいのだ。
幸いにもその息子は二階で寝ていたらしく、彼は被害には合わなかった。
しかし、残された者が1番辛いとよく聞くのだ。
私にはまだよくわからないし、知った風な口を利くつもりもない。
それは彼の傷を更に悪化させてしまうという事を理解しているからだ。
そして、教師として彼のご両親の為にも気を遣ってあげるべきであろう。
その子の名前は、灰陰 仄君。
今1番の問題は、その彼がいじめを受けている事だ。
もう既に彼は疲弊しているはずなのに、それを助長するように彼に降りかかる不幸。
一体彼が何をしたというのか。
彼が何かをしたというのか?
そんな事は絶対にありえない。
彼はそんな子ではないのだ。
彼は何も悪くない筈なのに。
だって、彼は1番の被害者の筈なのに。
よっぽど精神が疲弊しているのか、最近彼は笑わなくなった。
元々余り笑う子ではなかったし、他人と話をしているところもあまり見ない。
それは何が原因なのか、私にはよくわかっている。
いつも彼に付き纏うあの青年。
叶 信君だ。
いつも何かにつけて側にいるのだ。
まるで誰も彼に近付かせないと言っているかの様に。
自分の受け持つクラスの子を悪く言うつもりも、悪く言いたいわけでもない。
でも、彼が1番に怪しいのだ。
灰陰君のご両親が亡くなってからのこのひと月。
彼が葬儀の全てを終えて、漸く復帰してからの事。
一週間に一度だけ、彼らは2人で授業を抜け出す事があるのだ。
今までそんな事なかった筈なのに。
教室へ戻ってくると、灰陰君が少しだけ疲れた様な顔をしているのだ。
答えは明白であろう。
叶君が灰陰君に何か暴力を振るっているのだ。
確定ではない、それはただ多分そうであろうという事であり、推測の域を出ない。
私はどうにか灰陰君が1人でいる所を話しかけたりした事はあるけれど、何故か鬱陶しそうに無視されるのだ。
その時私は悟ったのだ。
これは口止めされているのだと。
叶君が居なくても、学校である事で他の誰かが絶対に見ているのだ。
そんな中で灰陰君が口を割るなど、今の状況を余計に悪化させるだけなのだ。
ごめんなさい、灰陰君。
でも、そしたらどうしたらいいのだろう。
どうすれば、何事もなく解決出来るのだろうか……
「 はぁ……… 」
「 どうしたんです?若林先生。溜息なんかついて 」
「 ……多村先生… 」
驚いた事に周りを見ると、職員室にはもう私たち2人以外残って居なかった。
私は1つ長く思考に陥ると抜け出せなくなり、周りを気にしなくなってしまう癖がある。
そのためか、外がもう暗くなっている事に気がつかなかった。
「 良かったら俺に相談してくださいね。悩んでばかりいると、美人が台無しですよ? 」
「 ふふ。お世辞でもありがとうございます。では、1つご相談してもよろしいですか? 」
「 ええ、喜んで 」
人好きのする爽やかな笑顔で私の隣のデスクの椅子に座る多村先生。
彼は男性教師の中でも、ダントツ1位を誇る人気のある人物だ。
私なんかでは釣り合わないくらい素敵な男性で、いつも生徒の問題を解決したり、困っている人がいればすかさず助けたりと、とても有能な方だ。
学生時代にはバスケットボール部のキャプテンで、全国大会まで行くほどの腕だったとか。
彼のリーダーシップは他を逸脱していたらしく、大学卒業前はプロにも呼ばれていたそうで、それを振って尚元々目指していた教師になったと言うのだから何というか完璧超人ここに極まれりだ。
「 多村先生は私のクラスの灰陰君をご存知ですか? 」
1人で悩んでいても仕方がないであろう。
ここは頼りになる先生に相談に乗ってもらい、灰陰君を救う事を最優先に考えなくては。
至って真面目にやっていて、別に色目とか使うつもりはありません。
ただ、ちょっと。そうちょっとだけ、側にいられたらななんて思っているだけで、なにもやましい事はないのだ。
「 灰陰 仄 君の事ですよね?俺も彼は少し気になっているんです。ひと月前のあの事件から、ですけどね。問題は 叶 信 君、ですよね? 」
「 ええ、そうです。流石ですね 」
流石は多村先生だ。
私が苦労して突き止めた事をいとも簡単にやってのける。
本当に、羨ましい限りですね。
ですが、羨ましがっている場合ではありませんよね。
お話を続けましょう。
「 その 叶 君が 灰陰 君の側にいつもいて、他を寄せ付けないオーラといいますか、そんなものを出して 灰陰 君を孤立させているのです 」
すると、多村先生は難しそうな顔で言った。
「 ……2人がいつも一緒に居て、灰陰 君が孤立しているのなら必然 叶 君も孤立している事になりませんか? 」
「 そう、ですね……。言われてみれば 叶 君が 灰陰 君以外の子と話しているのをあまり見かけませんね。一体どう言う事なのでしょう…… 」
盲点でした。
もう何がなんだか私にはちょっと分からなくなってきました……。
あぁ、頭の悪い私には荷が重いのですかね?
こちらを立てればあちらが立たない、と言う様な……いや、ちょっと違うかも知れませんが大体はそんな感じで、本当に多村先生に頼らなければならないですね……。
これはやっぱり仕方がありませんが悔しいですね。自身のクラスの問題なのに、私が役に立たないとは……。
「 とりあえず、今週はあと明日だけ。出席名簿を先程見させて頂きましたが、一週間に一度何処かの授業を2人で脱けだして居ますが、今週はまだ一度もありません。ですから、明日彼等が授業を抜け出した時が肝になります。俺たちもその為に動きましょう 」
「 なっ!?そ、それは…… 」
「 若林先生のクラスに俺が関わるなんて、貴女にとっては不快かと思います。しかし、貴女は先程俺を頼ってくれた。そうですよね? 貴女が俺に悩みを言わなければ、俺は関わるつもりはありませんでした。でも、頼ってくれたので俺は俺に出来ることをします 」
そうだ。私はさっき多村先生に頼った。頼ってしまったのだ。
ならば、私も彼と同じ様に出来ることをすればいい。
多村先生とあの子達は、多分面識はないはず。
だから、私はあの子達と会って話さなければならない。
私の役目は、きっとそれなのだ。
だから私は………
「 わかりました。お願いします、多村先生 」
そう、言ったのだ。
それがまさか、あんな事になるなんて………
知らなければ良かったと、どんなに思ったか。
真実がこんなにも残酷な物だったなんて。