第九十七話 魔王戦
(……これが魔王か?)
元の魔の卵とは、あまりにサイズが違う、異形がその場に出現した。
それは形容が難しい、実に奇怪な姿であった。中心に人間の女性のような身体がある。その身体は下半身と背中が、とてつもなく巨大な、灰色の肉の塊の中に埋まっていた。
女性の身体が肉塊にはまっているのか、女性が肉塊の本体なのか? 恐らく後者であろう。
その肉塊からはタコのように、何本もの太い触手が分岐して延びている。触手というにはあまり歪な形をしたそれらは、形状がそれぞれ違う。
人の手の形をしたもの。
刀のような武器の形状のもの。
怪物の頭のような、大きな口になっているもの。
大砲のような筒状になっているもの。
盾のような形のものがついているもの。
そして地面に立つ、足となっている、太い宿主が三本。
それらが計8本である。全体の大きさもかなりあり、象を越えるぐらい大きい。中心の女性も、普通の人間の女性よりも、背丈が二倍ぐらいありそうである。
「魔王にも色々あるけど……こっちは不気味さ重視のデザインできたか?」
「来るぞ!」
その異形の怪物=魔王が、ついに動き出す。触手の内の一本の、怪物の口のような触手が、こちらに向かって口を大きく開けた。
そしてそこから、桃色の気体が噴出され、毒ガスのように、春明達のいる一帯に撒き散らされる。
「これは!? うう……」
てっきり火炎放射などのブレスが来ると思ったら、まさかのガス攻撃。これでは避ける暇もない。
そしてそのガスを受けた途端に、春明達は目が虚ろになり、身体が力なく揺れ動き、次々と膝をついた。
(やばい……眠い……)
彼らが感じたのは、攻撃による痛みではない。脳内の動きが急にぼやけ始める、強力な眠気。これは睡眠系の攻撃だったようだ。
急激に沸き上がる睡眠欲に、一行は何とか抵抗しようとするものの、どんどん意識が虚ろになっていく。ナルカなどは、既に膝をついた体勢のまま、眠りに堕ちていた。
桃色のガスはとうに晴れたが、もはや戦いどころではない一行。そんな一行に、魔王の大砲型の触手が、真っ直ぐ砲口を向けている。
ドン! ドン! ドン! ドン!
紫色の魔力の砲弾が、四人全員に目掛けて、均等に発射された。眠気で動けない一行は、それらを真正面から受けた。
砲弾が直撃と共に爆破し、彼らは一気に外の壁に叩きつけられる。
「ぬう……厄介な」
面子の中で、一番防御力が高いジュエルが、即座に起き上がる。だが他の面々はまだであった。
「ナルカ!」
防御力とHPが一番低いナルカは、既に瀕死に近い状態で、血まみれでまともに動けない状態である。ルーリがボロボロになりながらも、何とか起き上がって駆けつけ、彼女の回復魔法をかける。
「はぁあああっ!」
「行くぜ、こらぁああっ!」
まだHPに余裕がある春明とジュエルが、魔王目掛けて斬り込んでいく。二人の剣撃のスキルが、魔王に向かって振り下ろされる。
ガキィ!
「「!?」」
だがそれらの攻撃が、敵に届くことはなかった。盾の形をした触手が持ち上げられる。その盾から、魔王の正面を覆うように、大型のバリアが展開されたのだ。
ジュエルが張る、プロテクトと似たようなものである。それが春明達の剣撃を完全に防ぐ。広範囲に拡散しているにも関わらず、そのバリアは実に頑丈で、二人のスキルを完全に防御した。
二人の剣の刃が、魔王の女性体の僅か数センチ先で止められてしまった。さらにバリアは、ジュエルのシールドアタックと同じ要領で飛び、春明とジュエルを弾き飛ばした。
「ぐぅっ!」
先程と同じようにして吹き飛ばされた一行。更にそれに追い打ちをかけるように、魔王の触手大砲が、再び一行に向けられる。
(いかんっ!)
まだ回復を完了していないナルカと、その治療中で動けないルーリがいる。あの連射される魔力弾がまた発射されたら、二人は間違いなく死ぬ。
ジュエルはこの危機に対し、即座に己のスキルを発動させる。
(オールリフレクト!)
倒れた姿勢のまま、盾を掲げ、そこから防護用のエネルギーが放出された。ジュエルを含めたメンバー全員が、卵のような形の、不思議な結界に包まれる。
その結界の膜の中に入ったメンバーに、あの魔力弾が次々と発射された。
パン! パン! パン! パン!
その魔力弾は、メンバーに全弾命中した。だがそれが彼らにダメージを与えることはなかった。それどころか壁に当たったボールのように、魔力弾が跳ね返り、逆方向へと飛んでいったのだ。
飛んでいく逆方向には、当然魔力弾を放った、魔王本人がいる。
ドン! ドン! ドン! ドン!
魔王は自身が放った魔力弾を、全て受ける。当たった箇所の表皮が削れ、そこから紫色の血が僅かに飛び出る。ここに来て初めての、魔王に与えたダメージであった。
今ジュエルが使ったスキルは“オールリフレクト”という。自身を含めた仲間全員に、跳ね返しの結界を張る技だ。
敵が近接攻撃を繰り出したときは、敵の身体を逆方向に吹き飛ばす。また遠距離攻撃を仕掛けたときには、その攻撃そのものを返して、敵に攻撃することができる反射結界である。主に遠距離攻撃が主力の敵に、非常に効果のあるスキルである。
確かな手応えに、春明達は魔王目掛けて再突撃する。すると魔王が、再びあのバリアを張った。
「春明、止まれ!」
「判ってる!」
バリアが張られた直前に、春明達は急停止。その場で両者は睨み合いを始めた。どうやらバリアを張るのと、攻撃は同時に出来ないらしい。魔王の方は、すぐ目の前の敵に、一行に攻撃を返してこない。
やがてしばし時間が立つ。ジュエルのオールリフレクトの効果も、特に切れた。ナルカとルーリが完全に回復を終えて、皆に全体回復魔法の、キュアオールを唱えたところで、魔王の結界が消滅した。
「たりゃぁあああっ!」
「うりゃぁあああっ!」
今まで待たされた分、気合いが上がっている二人の剣撃スキルが、魔王に炸裂する。二人の剣の刃が、魔王の身体を切り裂く。
全体からすれば僅かな切り傷であるが、確かなダメージを与えた。どうやらあのバリアは、張れる時間が限られているらしい。しかもバリアが消えた直後は、僅かだが隙が出来る。
勿論それだけで魔王は当然へこたれない。腕の形をした触手と、刀の形をした触手を、振り上げて、二人に襲いかかる。
春明は触手の刀を、ギリギリの距離で回避した。ジュエルは避けきれずに、腕型触手のパンチを、盾で受け止めた。魔王なだけに、これまでの無限魔の比ではない威力である。一応盾で防ぎきることはできたものの、衝撃が全身に伝わり、彼女の身体を僅かに痺れさせる。
しかもそこに第二撃が来た。今し方春明を逃した刀触手が、攻撃目標を変えて、ジュエルの身体を横から切りつけた。
「がはっ!」
横腹に炸裂する巨大な刀。頑丈な鎧のおかげで、胴体切断には至らないものの、強烈な衝撃で彼女の内臓を振るわせて、ジュエルの身体がまた吹き飛んだ。
ダン! ダン! ダン!
直後にルーリの回復魔法で復活したナルカが、魔王目掛けて魔導銃を連発。巨大で当てやすい的の魔王に、それらは全弾命中した。
多少なりダメージは与えていると思うのだが、魔王を怯ませる程のダメージは与えられない。空飛ぶ敵には、かなり有用だった魔導銃。だがどうやら大型陸戦型の、このタイプの敵には、銃では威力不足のようである。
ルーリが、横腹を斬られて倒れているジュエルに、回復をしようと走り出したときに、魔王の更なる攻撃が襲い来る。それはあの怪物口の触手だった。
だが今回放たれたのは、眠りのガスではなかった。
(これはっ!? さっきとは違う!)
先程同様に、防ぐことができずに、その放出物を受ける春明達。それは毒々しい色の、緑色のガス。それはその毒々しさの通りに、毒霧であった。
全員がその毒霧を吸い、毒のBADステータスを受けてしまう。全員が全身に軽い痛み、頭の中がその影響で立ちくらみを起こす。
毒とは、ゲームでは徐々にHPが減るだけだったが、現実では戦闘の行動力にも影響を及ぼすようだ。




