第九十五話 ハガネ大陸
ハガネ大陸。そこはこの世界にある五つの大陸の一つであり、世界で人口が最も少ない大陸である。
無限魔発生前の推定総人口は、五十万人程度。他の大陸に、億単位の人口があるのを考えれば、これはあまりに人口過少である。だが別に大陸そのものの面積が、極端に少ないわけではない。
この大陸は、気候的に厳しい土地であった。雨も殆ど降らず、大地には緑が少なく、作物も育たない。また無限魔以前の魔物の発生も、世界で極めて大きい土地であった。
ここに住む人々は、皆海からの恵みと、討伐した魔物の霊素材を、赤森王国に輸出することで生活をしていた。
だがそんな僅かな人々も、無限魔発生後には、殆どいなくなったという。赤森王国が、人々を国ごと避難させたのだ。
幸いこの一帯の海には、リーム教国が絡むことがなかったため、避難航路を安全に確保することが出来た。
人々の多くは、住み慣れた土地を離れるのに、殆ど抵抗がなかったという。元々、ここの厳しい土地に、疲れ切っていたこと。赤森王国が、自分たちの生活を、全て保証すると言ってくれたこと。
そして……この土地の無限魔のレベルが、全世界で最強級である、ハガネ大陸が全世界で最大の危険地帯であったのが、最も大きな原因であった。
「私達がお送りできるのはここまでです。申し訳ありませんが、この先は、春明様達の力で、突き通って下さいませ」
「ああ、判ってる。最後まで送って貰ったら、ゲームにならないしな」
「ではこれを……これがあれば、魔王城まで迷うことはありません」
かつて集落があった、廃町の港。マンションやデパートらしき建物・ライト式の大型灯台・電波塔・風力発電の風車、等々、結構ハイテクな物が多くある町である。
その町の港湾に、春明達を乗せた巡洋艦が停泊していた。やっと退屈な海の旅から抜け出た開放感から、勢いよく外に飛び出した春明達一行。
そこで王城の案内の時から、こちらと同行してくれた女侍達に、春明達は礼を言い、ここでお別れとなった。
そして最後に、彼女らが春明に、アイテムを渡す。それは昔の航海に使うようなデザインの、時計のようなコンパスである。
「これは何だ?」
「一定の位置を常に差し続ける、特殊コンパスです。この赤い針が進む方に行けば、決してこの大陸を陸路で進んでも、迷うことはありません」
やがて港に春明達を置いて、巡洋艦は出航する。場所が場所なので、行きと同じように、間違っても発生地域に入らないように慎重に、そして高速で海を進み、どんどん港から遠ざかり小さくなっていく船。
そんな彼らを見送って、春明達は町に繰り出した。
「それにしても……この町も結構大きいわね。赤森ほどじゃないけど、結構機械もあるし。リームだと、世界で最も寂れた国だとか、馬鹿にするような感じで聞いてたけど……」
「元々赤森との交易で、結構栄えてたそうだからね。赤森って、前から資源不足で悩んでたから、世界中から霊素材を買い漁ってたし」
かつては万単位の人が住んでいただろう港町。今はすっかり静かなゴーストタウンを抜けて、一行は町の外に繰り出した。
町の外には、多くの岩山や荒野が広がる不毛の地。滅亡した世界のような、何とも殺風景な場所である。それがこの大陸の、大部分を占める光景だ。
そして町から出て、すぐ側の土地には、案の定、魔の卵が我が物顔で浮き上がっていた。
「来るぞ!」
魔の卵達は、一斉に春明達に接近し、次々と無限魔に変異していく。
炎の翼と尻尾を持つ悪魔。
全身がごつい鱗と棘が生えまくった、恐竜のような怪物。
全身が氷の鎧のような表皮で覆われた巨人。
全身が黒鉄のような金属で出来て、背中に戦車のような大砲がついた、ロボット型恐竜。
そんな今までに見たこともないタイプの無限魔が、一気に七体、春明達の前に現れる。
感じられる力の波動も、これまでのどの無限魔とも比べものにならない。ゲールやギン大諸島であったものなど、こいつらと比べたら、虫けら同然であろう。
「ここの無限魔は、世界最強レベルだ! 気合い入れていくぞ!」
「「「おおっ!」」」
備えのための回復アイテムや、野宿のための道具も、充分揃えた。ここから先は、大陸中央までの、壮絶なサバイバル戦である。
世界の命運のためにも、出来るだけ早く。尚且つうっかり全滅しないよう、慎重に、セーブも小まめに忘れないように。そして絶対に負けないために、今まで以上に気合いを入れて戦わなければならない。
春明達一行は、最後の冒険の舞台で、襲い来る無限魔達に、果敢に挑んでいった。
「おい……あそこも突っ切るか、お前ら?」
春明が進路方向にある、幾つも浮き上がっている魔の卵を差して、仲間達に問いかける。
「いや……いい。遠回りしていこうぜ」
「ルガルガがそれでいいなら、私も文句ないわ」
「ある程度離れたら……少し休憩しないか?」
あれ程好戦的だったルガルガが、今回に至っては戦いに乗り気でなく、戦いを避ける方針である。ルガルガだけでなく、他の仲間達も随分疲れた様子であった。
そして春明を先頭に、発生地域と思われる土地を、大きく迂回して進む。一応赤森の方で、目的を常に差す魔法のコンパスを貰ったので、あちこち歩き回っても、道に迷うことはない。
最初に一行は、ただひたすらコンパスの進む方向を、真っ直ぐ突き進んだ。立ちはだかる無限魔は、とことん薙ぎ倒していく。
ここ最近、何もない海の旅が多かったので、その鬱憤を晴らすように、ルガルガを初めとした一行が、実に気合い良く戦った。
常に戦い続けながら、道を進むので、当然進行速度は遅い。だがレベル上げにもなるので、魔王討伐を確実に完了させるために、一行はとにかく戦い続けた。
回復アイテムは、アイテムボックスに山ほどあるので、補給には困らない。これなら何十日でも戦い続けられるだろう。
……だが肉体的にはまだ戦えても、精神的な疲労は、解決したりはしなかった。
出発から十数日間。強大な無限魔と、熾烈な戦いを繰り広げながら、突き進んできた一行。
だが一行には、徐々に精神的な疲弊が見え始めてきている。ルガルガですら、気迫が削られた状態だ。その結果一行は、休憩を挟みながら、遠回りしてでも、戦闘を避けるよう方法を転換していた。
「……」「……」
無言で進む一行。あちこちを彷徨う魔の卵を除けば、何もない殺風景な荒野。話題になるような会話もなく、ひたすら歩き続ける。
ジグザグに迂回を繰り返しながら進んでいるが、戦闘を避けているので、前半よりも進行速度はずっと速い。
「今思いついたんだが……」
今まで実に静かに進んでいたが、突如ジェルが声を上げた。それに皆が、何故か嬉しそうな反応を見せる。この静かすぎる旅に、皆若干息苦しさを感じていたために。
「私達は無限魔との戦闘を避けるために、こんなあちこち曲がりながら進んでいるんだよな?」
「そうだけど?」
それに何か異論があるのかと、皆が不思議そうだ。
「お前が前にリームに入り込むときに使った……隠身の札は、ここでは使えないのか?」
「「あっ!」」
その言葉に、皆が愕然とした。すっかり忘れていたアイテムの存在に。隠身の札とは、ギン大諸島で手に入れた、姿を隠すアイテムである。
あれの本来の用途は、敵とのエンカウントを防ぐための物であった。そんな便利アイテムを、すっかり忘れていた一行。まあこれもゲームとかでは、良くある失態ではあるが。




