第八十九話 魚竜再び
砕かれたキングゴーレムの残骸は、一瞬のうちに競技場内から消滅していた。召喚術に似た淡い光に包まれて、その場から影も形もなく消える。
「あれも転移魔法か?」
『うん、そんな感じ。さっき皆をあっというまに着替えさせたのも、あれと同じ力だよ。この競技場じゃ、すぐに試合を始められるよう、色々工夫されてるんだ。ほら、あそこももう直ってるでしょ』
翔子が指差す先には、先程の戦闘で破壊された箇所があるはずの、競技場の床。だがそこは、新品のように綺麗に、傷一つない床が広がっている。
「さすがは天下の赤森王国。催し物も、尋常じゃないな……」
そう言ってる間に、隅で待機していた梅子が、先程と同じ競技場中央付近に移動していた。
「まだ試練は終わってないわよ! さあ次を呼ぶわ!」
「ところで梅子さん。何で梅子さんは、そんな変な服着てるの?」
「単なる趣味よ! 何が変な服よ! ……ていうかここでする質問!? さあ、さっさと出すわ!」
ナルカの唐突な、どうでもいい質問を振り切り、梅子は次の無限魔を呼び出して、また隅っこに逃げた。
次に現れたのは水竜だった。肉食恐竜のような体型に、魚のような鱗とヒレがある魚竜である。それは以前、ギン大諸島のダンジョンでボスとして出会いながらも、突然の横やりで不戦勝した魚竜と瓜二つであった。
「成る程な。要はこれまでの無限魔のボスキャラの総出演か……」
「おい、春明! 俺を先陣に出せ! あいつとは、結局決着付けられなくて、むちゃくちゃ苛立ってたんだ!」
待機メンバーにいたルガルガが、そう言って春明に強く懇願する。それに答えたのか、春明は戦闘前に、メンバーの交換を行う。
ルーリが戦線から離れて、待機場に転移する。その代わりにナルカが、戦地に転移した。
「お~~い俺は……」
「我慢しろ! ここは相性の良いメンバーで、こいつを倒す!」
ルガルガが少しいじける中、魚竜が牙を向けて咆哮を上げる。
『さあ試練第二戦の始まりだ!』
清司郎の声と共に、行動制約が解かれた魚竜が、春明達目掛けて襲い来る。以前は決着を付けられなかった敵との、ここでの意外な再戦である。
魚竜が一塊に一カ所にいる春明に突撃する。それを彼らは、雷を纏って迎え撃つ。
ナルカの放った電撃の魔法弾“ライトブレッド3”が、魚竜に見事命中した。大技といえど、高速・命中率重視の銃弾は、普通の魔法攻撃より威力が弱い。
その上相手はあの体格。普通ならあまり大した効果は期待できない。だが魚竜はその一撃で、大いに全身を痺れさせて、その突撃が弱まった。
ナルカは続けて、更に威力が弱いライトブレッド2を連発。それを次々と受け続けて、魚竜はかなり効いたようで苦しそうだ。更に追い打ちをかけるように、浩一とジュエルが、魚竜に斬り込んだ。
「ギギャアッ!」
近接攻撃の威力に、魚竜は悲鳴を上げた。浩一の電撃を纏った剣技スキル“雷神斬り三式”と、ジュエルの雷属性剣技スキル“ブルーソード3”が、魚竜の二本足を、それぞれ切りつけた。
魚竜の丸太のように太い両足に、焼けただれた傷が付けられて倒れ込む。そこにナルカが、構わず雷撃の弾丸を撃ち続けた。
浩一とジュエルも、一段ランクを下げた電撃スキルで、魚竜の各部を斬り付け始める。魚竜は為す術もないままに、その攻撃を受け続けた、全身に傷を負い続けていた。
「はっ、何だ! 大したこともねえ!」
浩一がそう言ったとおりに、先程の石の巨人と比べると、このままだと実に楽に倒せそうだ。
魚竜は水属性ぽい外見の通りに、雷属性にかなり弱いようであった。もしメンバーに電撃を使えるメンバーがいなかったら、ここまで圧倒は出来なかっただろう。
(俺は出る幕無しか? まあいいけど……)
ちなみにメンバーで唯一雷技を使えない春明は、近くで高みの見物であった。
「「!?」」
変調は突然に起きた。初戦のキングゴーレムと同じように、魚竜の全身が魔法による物と思われる結界でコーティングされたのである。
それに一瞬動揺する一同。浩一はそのまま、雷神斬り二式を、魚竜の首に打ち込むが……
(効いてねえ!? でも硬いわけじゃ……)
その一撃は、今までのような深手を負わせることはなかった。ついた浅い切り傷は、魚竜の体格の肉厚からすれば、何ともない程度の傷である。
ジュエルもブルーソード2を別箇所に打ち込んでいるが、効果は同程度。両者に共通することは、彼女らの雷の刃は、敵の肉体に直撃する直前に、纏っていた電撃が消滅していることである。
これでは折角のスキルも、ただの通常攻撃である。
(うおっ!)
魚竜も身体が少し回復したのか、今までのたうち回っていたのが嘘のように、そのまま立ち上がる。
そして浩一を蹴り飛ばし、ジュエルを尻尾で叩き飛ばした。キングゴーレムの重たい身体と違い、魚竜は巨体ながらも俊敏な動きで、浩一達は防御するまもなく吹き飛ばされてしまった。
「何で! くぅ!」
ナルカがライトブレッド2を撃ち続けるが、その弾丸は全く効果がない。いやそれどころか、その弾丸は、魚竜の身体に当たる直前に、全て消滅しているのだ。
連射し続けて、耐性が固定されてしまっていたナルカに、魚竜の牙が容赦なく襲いかかる。
だがその牙と口が、ナルカを捕らえることはなかった。今まで待機していた春明が、ナルカが魚竜に噛まれる前に、横から突入してナルカを掴んでそこから退避、魚竜の口は何もない空間に噛みついた。
「春明さん!」
「やっぱ、そうそう楽勝とはいかないか!」
ナルカを横抱きにしながら、魚竜の追撃から逃げ続ける二人。途中で起き上がったジュエルと浩一が、すぐに駆けつける。
キングゴーレムほど、攻撃が重くないので、それほど大幅なHP消費はない。だが回復役がいないこの状況で、このままHPを減らし続けるのは不味いだろう。
『追い詰められたと思われたキングフィッシュドラゴン! だが全属性無効の特殊結界で復活してしまったぞ! 弱点がなくなってしまった敵に、春明チームは、どう対抗するのか!』
ジュエルがシールドで魚竜の攻撃を防ぎ、浩一が機敏に動いて敵を撹乱する。決定的な痛手を与えられず、さてこの状況をどうしようかと思ったら、清司郎がまた親切に解説してくれた。
今の魚竜=キングフィッシュドラゴン(名前は判明したが……長いので以降も、呼称は魚竜で通す)の特性は、属性攻撃の無効化。
これが判れば、もう他の属性を試す必要もない。即座に正しい戦術を選択することが出来る。
「メンバー交代だ! 悪いなナルカ!」
「いえ、大丈夫です! すぐに交代を!」
その場でメンバー交代をする。春明の手からナルカの姿が消えて、代わりにハンゲツが現れる。先程のナルカと同じ、春明にお姫様抱っこされた状態で……
「あら……久しぶりねこの体勢。ちょっと嬉しいわ」
「そりゃあどうも……」
春明はそう言って、即座にハンゲツを下ろす。
「おっしゃあ俺の出番だな! 待ってたぜ!」
向こうではジュエルとルガルガが交代していた。今まで戦いに出られなかった鬱憤から、彼女は戦意バリバリである。即座に鉞を構えて、魚竜に突っ込んだ。
「山割一閃!」
ルガルガの巨大な気功の刃が、魚竜の腹に直撃した。それに魚竜は一瞬怯むが、すぐに態勢を立て直し、足下にいるルガルガを蹴り飛ばした。
ルガルガは数十メートル吹き飛んで転がり込むが、すぐに立ち直ろうとする。
そんな時に、ハンゲツが全員にオールスピードアップをかけた。〇マークの亀の霊が、自身を含めた、パーティー全員の敏捷性が増幅された。
「ふんぬぅ!」
身体から沸き上がる力で、ルガルガは素早く立ち上がって見せた。だがその頃には、既に魚竜はルガルガ目掛けて突進し、すぐ目の前まで接近していた。
「うぉおおっ!」
魚竜の巨大な踏みつけを、間一髪で躱す。だが二撃目は避けきれずに、直撃した。すんでの所で、鉞の柄で防御するが、衝撃を押し切れずに、また吹き飛ばされた。
近くで浩一も攻撃を加えているが、スキルが全て属性攻撃の彼では、十分なダメージを与えられないようだ。
魚竜が次の目標を、今自分の尻尾を斬り付けた浩一に向かう。だが敵の攻撃が届く直前に、ハンゲツのオールガードアップが、味方全員の防御力を強化されていた。
バシィ!
またハエ叩きのように、魚竜の張り手で吹き飛ばされる。だが墜落した浩一は、意外と早く立ち上がった。
(防御力アップしてもこの痛さか……結構やりやがるな)
身体を硬くしたおかげで、浩一のHPは、あの時のキングゴーレムほど減ってはいない。その間にハンゲツは次のステータスアップの魔法を唱え始めた。
属性攻撃の効かない相手に、どう対処すれば良いのか? 答えは簡単だ。とにかくステータスを上げて、無属性攻撃の乱打で、ごり押しすれば良いのである。
ハンゲツにより、魔力以外のステータスを上昇させられた三人が、魚竜と熾烈な近接戦を演じる。彼らの攻撃が、魚竜の身体を傷つけ、逆に魚竜に蹴られたり踏まれたりと、実に激しい攻防である。
ガードアップのおかげで、HPの減り具合は少ないが、それでも回復役のいない今のメンバーでは、僅かHPの現象ですら楽観視できない。
なおその戦闘の最中に、ハンゲツはアイテムの薬を飲んでいた。今まで魔法で、SPを殆ど使い切ったので、彼女は今のままでは役に立たない。
しかし今彼女が飲んでいるのは、SP回復アイテムではなかった。今彼女が飲んでいるのは、“翡翠の秘薬”という、TP増幅用のアイテムである。
魚竜と近接戦組の攻防は続く。魚竜にもダメージを蓄積させてはいるが、持ち前の頑丈さで、中々倒れない。その攻防の中、メンバーのTPも満タンに近づいていった。




