第八十五話 大競技場
やがて列車は、都市の中央部の駅に辿り着く。
網目のようなガラス窓の壁で覆われたトンネルの中に、列車が停まる。下車すると、そこには上北の街よりも広めのホールの駅があった。日本の都市と違って、結構土地に余裕があるのだろうか?
列車を降りる一行。持ち物は殆どアイテムボックスにあるので、荷物の受け取りは必要ない。列車の前のホールで、春明が皆の装備武器を取り出して返してく。この国でも、市民の武器の携帯は自由であった。
「うわぁ……何かあからさまね……」
大分機械都市の風景になれてきたハンゲツが、その中のホールに映し出された、立体ディスプレイの看板を見て、そう漏らす。そこにはこう書かれていた。
《岩樹大競技場に、秘密の超イベント開催決定! 開始日は……。その最重要参加者として、春明様。ハンゲツ様。ルガルガ様。ナルカ様。浩一様。ジュエル様。ルーリ様を、最優先ご招待します!》
こんなことが書かれていた。思いっきり、この場にいる春明達を名指している。
しかも開始日は今日。そして場所は、まさにこの駅のすぐ隣にそびえ立つ。まるで卵のような巨大な建物。恐らくスタジアムであろう。
そして“最重要参加者”ということは、自分たちが来なければ、そのイベントは開けないということであろう。
「ようするに、俺たちにそっちまで来い、て意味だよな? 何でこんなちまちましたことすんだよ……」
「そうしないと、ゲームのシナリオが完成しないからじゃないのか? ゲームだと、主人公が自分から王都に入って、王城に乗りこむ形だったし」
さてそんなあからさまな形で招かれた岩樹大競技場。そのスタジアムと思われる建物の門前に行くと、その入り口前には、人だかりが出来ていた。
ついさっき集まり始めたばかりらしく、春明達が歩道を進み、そちらに近づいていくに連れて、その人の数もどんどん増えていく。
「おおっ、春明達が来たぞ!」
「お~~い、お前らここで何するんだ!?」
「こっち向いてくれ! ほら写してやるから!」
自分たちを見て騒ぎ出す人々。その多くが好奇の視線。中には自分達でさえ聞きたいことを質問してくるものや、ビデオカメラと思われる物で撮影している者もいる。
ドームの入り口前には、そんな人々で溢れ、これでは中には入れない。
『皆様、どうか正門前からお離れください! このままではお客様が、入場できません』
その状況に即したのか、そんなアナウンスが流れ出る。
「ああ、すいません!」
「おい! 早く、行くぞ!」
「うわぁっ! 押すな押すな!」
その言葉に野次馬達は素直に従い、モーゼのごとく、人の波が真っ二つに割れる。いきなりの人並みの動きについて行けず、転んだり踏まれたりする者もいた。
「なあ、俺らって、ここで何するんだ? 戦うのか?」
「ゲームだとそうだな……」
昨日の夜から、立て続けの奇妙な歓迎を受け続け、これから何が起こるのかさっぱり判らない状況。それに戸惑いながらも、一行は、言われるがままに、そのドームへと入場していった。
『さて、ついに始まりました! つい昨日、急遽開催が決定した、春明達一行への赤森の試練! 彼らはここを突破し、古代の半緑人が残してしまった、魔王討伐ゲームをクリアすることが出来るのか!? 全ては彼らの、気合いと実力にかかっているぞ!』
競技場の中は、実に広かった。確実に東京ドームよりは広いであろう。芝生がなく、頑丈な石造りの床が敷き詰められた、大競技場内。周りには広大な観覧席が広がっている。
その観覧席の一カ所の上部には、巨大な立体ディスプレイが設置され、このドーム内にいる春明達の姿が、見下ろすような形で映されている。
ちなみに今、ドーム内に響き渡った実況の声には聞き覚えがあった。上北都市で、自分たちを名指しした、田中清司郎である。
『ちなみに今回の試合では、特別参加で、この田中 清司郎が実況を務めるぜ! 皆よろしくな!』
この国の最高権力者の一人が、まるで芸能人のような振る舞いである。そして観客席には、ついさっき入場許可されたのか、大勢の観客達が、次々と濁流のように流れ込んでくる。
係員に指示されるままに通路を進み、その競技場内に出た春明達は、その光景に唖然とし、すぐに呆れたような顔になる。
「なあ、おい……ゲームでも、こんな派手なイベントだったのか?」
「いいや……王城内のダンジョンを進むだけなんだが……。ていうかあいつら、よくこんな何をするかも判らないもんに、観に行く気になったな……?」
「それだけ天者の宣伝が注目されてたんでしょ? しかし清司郎の奴、何か気になる事言ってない? 古代の半緑人とか、魔王討伐ゲームとか……」
そんな時に、彼らの元に、ここの制服と思われる割烹着のような着物を着た、数人の係員達が、春明達の元に駆けつけた。彼らは皆、大小様々な形の箱を運んでいた。
「急なイベントの招致に来ていただき、本当にありがとうございます。皆様もさぞ驚きでしょうが……」
「全くだよ……。それでそいつは?」
「佐藤翔子様から、皆様に送られた、この大会の為の装備一式です」
係員が箱の蓋を、次々と開ける。そこには着物・鎧・武器などの、彼らのための装備品が、入っていた。どうやらここで、変更装備を提供してくれたようだ。
「こういうのまたくれんのか? 相変わらず気前良いな」
「それと翔子様からご連絡です」
そう言うと、係員の前に、小さな立体ディスプレイが表示された。それにはその翔子と思われる、一人の人物の映像が映し出されており、まるでテレビ電話のようだ。
その映像に映ってるのは、一人の少女であった。小学高学年ぐらいの幼い少女で、顔は少しふっくらとした丸顔で、髪の毛は両側に癖毛のように尖って伸びている。
肩の辺りまで映像に映っている和服は、唐草模様であった。顔つきや髪・目・肌の色は黄色系だが、何故か彼女の頭の両脇には、鹿のような角が生えていた。いやイメージ的には、龍の角だろうか?
清司郎に頭に生えていた鬼の角もそうだが、天者には皆、このような妙な身体的特徴があるのだろうか?
「あっ、翔子様!」
一番に声を上げたのは、ナルカであった。そう言えばナルカは、勧誘された際に、佐藤翔子に直接会っていたのを思い出す。
『春明さん達……初めましてだね。私は佐藤翔子よ。この国を治める天者の一人だよ。』
「私は初めてじゃないわよ。あの時私を雇いに来た、フードの女。あれってあんたでしょ?」
『うん、そうだよ。ドーラさんに薬を渡したのも私』
ハンゲツの問いに、翔子はあっさりと頷いた。今まで自分たちの周りで、あれこれしていた謎の女は、この佐藤翔子であったようだ。
『ごめんね。本当なら、直接会って、色々話したり謝ったりしたいんだけど……。こっちもシステムの関係で、まだ直接は会えないんだ。春明君は知ってると思うけど、ゲームだと、天者と会うのは、ここの試練を突破した後だから……』
「ああ、何か色々やってたよな。ゲールで列車をぶっ壊したり、移民街でテロリストどもを唆したりな……。そういやリームのクソ王子に、あの召喚装置も渡したろ? ただのゲームにしちゃ、随分と悪質だよな?」
これまでのことを思い出し、責めるような口調で問う春明に、翔子は心底後悔に溢れた顔で頭を下げた。
『うん……だからごめん! 一応ゲールの人達には、事情を話して、色々謝ってるから……。あのドーラさん、もう大分前から、全部私の仕業だって、気づいてたみたいだけど』
「ゲールに奴らには、事情を話せるのに、俺たちにはまだ話せないのか?」
『うん……それもごめんなさい。ここのイベントが終わったら、全部話すから……』
あくまでも、ゲームを進めなければ、全容を話せないということらしい。謝り続ける翔子に、春明はとりあえずこの場は諦め、一息吐く。
『無責任なことばかりしてるけど、私達の方も、精一杯の協力はするよ! ここにあるの、全部私達が用意できる武器で、最高級のやつばかりだから! 多分これがあれば、こんなイベントすぐにクリアできるよ!』
「最高級か……結局俺ら、装備品集めるのに、殆ど金は使わなかったな……」
『大事なお客様に、お金なんてとらないよ』
見るとルガルガ達が、既に春明達の話題に興味をなくし、与えられた武器を見てはしゃいでいるようだった。
「ところでこの服は、どこで着替えれば良いんだ? 更衣室には行かないのか?」
『うん? ここで着替えればいいよ』
「えっ?」




