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第八十三話 田中清司郎

「なっ、何だ!? このでけえ声?」


 周りの住人達も驚いている者もいたが、特にパニックになることもなく、すぐに落ち着いている。

 春明達がどこから声が出ているのか、周りを見渡すと、とあるビルの壁沿いに表示された、立体画像のテレビ画面が表示されていた。

 それはかなり巨大な画面で、街の各地に浮いている画面とは、明らかにサイズが違う。


『今日はこの国に、すっごいゲストが招き入れられたんだ! すぐにでも、そいつらを紹介したいが……うん、楽しみは最後にとっておこうな! よし! まず最初のニュースだ! 第十三世界のレイン帝国女帝・雨宮 奈々心(あまみや ななみ)が、またぶっ飛んだ“友好的交渉”を、赤森王国にしてきたぜ! いや~~毎度毎度、飽きないね~~! ていうか今更言うまでもないけど、あの女帝、頭のネジがぶっ飛んでるね~~!』


 その大型立体テレビに映し出された人物の声が、大きく街中に響き渡る。そのニュースのリポーターは、少々風変わりの人物であった。

 見た感じでは、十代前半ぐらいの容姿の、小柄な男性である。どうみても子供にしか見えない。

 その少年は、肌色がゲール人のように褐色である。そして頭には、まるで鬼のような二本の角が生えていた。あの角が本物だとしたら、彼はレグンとも純人とも、異なる種族と言うことになるだろう。

 この少年リポーターのニュースに、街の人々の反応はそれぞれ。興味なく通り過ぎるものと、興味深く立ち止まって聞き入る者が、見事に二つに分かれていた。

 彼の言う異世界ニュースというものが、次々と軽くて明るい口調で語られていく。最もその内容は、春明達の知らない国名や単語が出てきて、ちんぷんかんぷんであるが。


「あれは天者の一人の、田中 清司郎(たなか せいしろう)ね……」

「「天者!?」」


 ハンゲツの言葉に、一行は仰天した。この国の最高権力者にして、自分たちの旅の根幹である、超人類の天者。

 その一人が、テレビ画面とは言え、初めて一行の前に姿を現したのである。


「この赤森王国じゃ、異世界との交易も盛んで。異世界関連の大きなニュースは、一番手に天者の一人が、直に報道して公表するようにしてるらしいわ。最もそのニュース自体は、私も初めて見るけど……」

「ニュースって……あんなのが天者なのかよ?」


 多くの国々で大きな畏怖を与え、春明達にも少しばかり敬意の感情が宿っていた天者達。

 その一人が、このテレビ画面で、お笑い芸人のレポートのように、明るくノリの良い声で、異世界関連の情報を発信していた。


『そして最後のニュースだ! ある意味、今年一番の最重要ニュース! 新型緑人・虹光人第1号で、赤森王国が最重要人物に認定している、第二十五世界から転生者・春明が、ついさっき赤森王国に入国完了したそうだぜ! 今は上北都市の、港湾近くの〇〇地区にいるみたいだな!』

「「「!!??」」」


 突然テレビ画面から名指しされたような言葉に、一行は絶句した。まさか自分たちが、こんな盛大に国内でニュースにされていたのだ。

 しかもそのテレビの大画面に、まるでアイドルか指名手配犯のように、彼らの顔写真が盛大に写されている。


『何だか入国したてで、右も左も判らず、困ってる感じだな! もし近くでこいつらを見つけたら、色々アドバイスしてくれると嬉しいな! 人民の皆の善意を期待しているぜっ! あと報道関係者の奴ら! どんなに知りたくても、そいつらの旅の邪魔をするんじゃねえぞ!』


 しかもこちらの状況まで既に知っていた。案の定、周囲の市民達が、一斉にこちらを注目して、動揺している。


「何だかすげえ用意がいいな……うざいぐらいに」






 上北都市の内部から外部にかけて、幾つもの鉄道が延びている。ゲール王国で使われているのと同じ、磁力で走るリニアモーターの鉄道である。

 その鉄道を高速で走るのは当然、そのリニアモーターカーの列車。外観は春明達の世界のリニアとあまり変わらない、白いボディに、鳥の嘴のような先端を持つ、尖ったデザインである。

 ただし内装は一般客が乗るものとは、大分違っていた。内部にあのウィンドウ画面のような立体画像の、テレビや看板が映し出されている点が違っていた。看板には各地の観光名所の宣伝などが書かれており、テレビには今放映されている料理番組が映し出されている。

 列車の中は、普通の列車のように、大量の座席が前向きに一斉に設置されているのではない。大きな青いソファーが、横向きに設置されており、窓から外の風景が見えやすくなっている。食事をとるためのテーブルまである。

 どうもこれは、人を運ぶと言うより、金を多めに出せる者のための、観光用の列車のようだ。


 そんな列車の部屋の中で、春明達一行は、のびのびと過ごしていた。客は彼ら以外におらず、一個の貸し切り状態である。


「だぁあああ~~また暇だ! 船の中で暇してたかと思ったら、今度は列車の中かよ?」

「そうかな? 私は結構楽しいぞ。何かどんどん凄い速さで外の風景が変わっていってるし。あっちはずっと、何も変わらない海ばっかだったしね」


 ルーリが先程から、ソファーから窓の方から見える、列車の風景を静かに見ていた。

 しばらく森の中を進んでいったと思ったら、あっとうまに広大な田畑の風景に移り変わる。それもすぐに移り変わって、魔の卵が大量に浮かぶ、草原地帯が映し出される。

 何とこの列車は、無限魔活動地域のギリギリの距離を走っているのである。


「しかしさ……何かあっさり乗れちゃったわね。てっきりゲールの時見たく、妨害があるかと思ったけど……」


 ハンゲツがゲールでの経験を思い出して、不思議そうにそう呟く。あのテレビ放送の後、清司郎の言葉通りに、実に沢山の人達が、こちらに丁寧にアドバイスしてくれた。


《ここから王都まで? じゃあまず列車に乗ればいいよ。そうだなここから一番近い駅は……》

《待て待て! 乗るんならあの列車が良いぞ! 何だか来客が来るからって、ずっと待機してるけど、それってお前らのことだろ?》

《券の買い方判るかしら? まずあの自動販売機で……》

《春明さん! 頑張れよ! 皆応援してるぞ!》


 色々教えて貰いながら、パソコンのような機械を操作して列車券を買い、何だかよく判らない応援をされながら、一行は何のトラブルもなく、列車に乗り、赤森王国の王都・岩樹(いわき)目掛けて出発した。


「妨害だと? ゲールで何があった?」

「ああ、そうか。リームじゃこんなことニュースにならないよな」


 春明とハンゲツがジュエルの疑問に答える。それは以前ゲール王国で、列車に乗ろうとしたら、何者かの破壊工作で、列車が全て止められていたことである。


「それを赤森王国の奴がやったっていうのか? それはかなり深刻な国際問題では……」

「ええ、そうよね。そういえばあのあと、あの事件のこと、どうなったのかしら?」


 あれは今思い返せば、赤森の仕業だったに違いない。疑われたリームは、完全に濡れ衣である。

 これが公になったとき、ゲール王国にちゃんと謝罪と賠償をするのだろうか?


「それより、なんでこの国だと、それをしないんだよ? 自分の国のもんは壊せないのか?」

「壊さなくても、列車を運休させることぐらいはできるんじゃないの?」

「単に必要ないからじゃないのか? ゲームだと、港に着いてから王都に行くまでの間、特に重要なイベントとかってなかったし」


 ゲームだと、ゲール王国の道中で、ホタイン族の村でのイベントがあった。それは話しの都合上、決して外すことのできないイベントである。

 そして現実のこの世界でも、それをする必要があったのだろう。道中それをスキップして、列車で一気に王都まで行かれると困るのかもしれない。


 だがこの赤森王国に関しては、少々内容が異なる。国内に入ってから、王都までの道のりは、フィールドマップを長く歩くことになるが、その間特に重要なイベントなどはない。

 ゲームでの赤森王国編では、そういった寄り道などはなく、あまり時間をかけずにあっさりと王都に辿り着く。むしろ王都に着いてからの、ダンジョン探索・戦闘イベントがかなり長い話しであった。


 さてそんな時に、室内の別車両に続く扉が、急に開いた。ここの扉や窓は、手動でも開けられるが、基本的に遠隔操作か自動で動く電動式である。


『ええ~~お客様、快適な旅をお過ごしでしょうか? 私のガイドの桃井 レナと申します。何かお入りの物はありますでしょうか? 今ならジュースやお菓子など、こちらに書かれている物なら、いつでも……』


 現れたのは青い着物を着た、若いレグン族の女性である。指で挟めるほどの小さな器具を、手に持っており、これがマイクとなって、彼女の声を拡声しているようである。


「ガイド? バスガイドみたいなものか?」

「さすが金のかかった部屋だ。色々と便利だな」

「じゃあ聞くぞ! 岩樹まで、あとどんだけで着く!」

『……!? こちらから岩樹までは、あと三時間ほどかかります』


 まるで詰め寄るように言ってくるルガルガに、そのガイドは少々驚きながらも、即座に答えてくれる。するとハンゲツが、何かを思い立って、彼女に質問してきた。


「じゃあさ……無限魔が出てから、この国がどうなったのか教えてくれるかしら? それと私達が、この国でどういう風に報じられてるのかもね」


 それを知りたかったのは、この一行だけではないであろう。無限魔の出現以降、リーム教国の国交妨害によって、ここ二年ほどの間に、この国の情報は殆ど各国に届いていないのだ。

 このキン大陸に出現した無限魔は、他の大陸に出た者よりも、遥かにレベルが高いという。いくらこの国が、世界最大の科学力と軍事力を持っているとはいえ、相当な国家的損失を被っているのではないだろうか?


 ここは大勢の人のいる街ではない。ここにいるのはこのレグン族の女性ガイド一人のみ。ここでなら、落ち着いて話しを聞くこともできるだろう。

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