第八十二話 赤森の歴史と現状
キン大陸。そこはこの世界に存在する五つの大陸の一つである。そしてその大陸は、赤森王国という一つの国家によって統治されている。
かつては大小多くの国が存在していたが、70年前のある事件が元で、天者という三十一人の緑人達、そしてヤキソバという霊獣の手によって、一つの国家に纏め上げられた。
それによってこの国は、世界最大の面積・人口を持つ、巨大国家となった。
この大陸は、元は純人が人口の殆どを占める国であった。だが赤森王国によって統治されて以降、その民族の割合が大きく変化した。
今は人口の6割近くをレグン族が占めているのだ。
レグン族とは、鶏と純人を組み合わせたような獣人族。
鶏のような鶏冠が頭に生えていて、鶏のような羽毛が両腕に生えて、足が鶏のような異質なものとなっている。春明も、今はそのレグン族の肉体を持っている。
純人と比べて魔法の素養が低い。というより、魔法そのものが全く使えない種族である。その代わり、記憶力・計算能力がとても優れ、手先もとても器用な種である。そのため技術者・学者としての能力が、とてつもなく高い種であった。
さてそもそも何故この国が、これほどまでに大きな種族変化を起こしたのか? 赤森王国が建国したとき、それは各世界を侵食していた、人妖が滅び去った直後のことであった。
そして天者達は、赤森王国にある一族を招き入れた。それは偽緑人という、半端な不老不死の力を持ったレグン族達である。
その数は、初期は二百万人ほど。彼らは、人妖の脅威から逃れるために、多くの世界を渡り歩き、逃げ回っていた一族である。
人妖が完全に滅び去り、天者達の紹介を受けて、新たな安住の地として、この赤森王国に移り住んだのだ。
長い間自分たちにかけていた不老の呪いを解き、ここで長き逃亡生活から解放された、新たな人生を歩むはずであった。
だがここで一つ大きな問題が起きた。元々この国に住んでいた人々が、大きく反発したのであった。
あのような不気味な一族は信用できない。今まで通りに、別の世界へと追放して、永遠に難民生活を送らせろと。
それは異種族に関する差別意識。そして純人より優れた技術者としての能力と知識を持つ、彼らへの妬みであった。
その反発運動はどんどん大きくなり、やがては天者もろとも、皆殺しにしてやれと、過激なことを言い出す者まで現れた。
さてそんな内乱にまで発展しかねない事態を制したのは、霊獣麒麟のヤキソバであった。
彼は身勝手な赤森王国国民に激怒して、国民全員にある裁きを与えた。それは種族転換の魔法。
これはある生物を、生態の異なるある生物に変質させてしまう術式である。もちろん何にでも出来るというわけではなく、比較的、近い生態の生物で無ければならないが。
例えを上げるなら、無毒の蛇のシマヘビを、魔法で猛毒のハブに、変身させてしまうことができるのだ。
ヤキソバはその魔法を、赤森王国国民の多くに、その魔法を振りかけた。結果、全国民の半分が、そのレグン族へと変質してしまったのだ。
忌み嫌ったレグン族に、自身が変わってしまったという事態に、当然国民達は動揺しきっていた。そんな国民達にヤキソバは告げた。
《これからもあいつらのことを悪く言うなら……今度は国民全員をカエルに変えてやるぞ!》
その言葉によって、純人とレグン族の対立は完全に無くなった。人々の心にあった、レグン族に対する差別意識も無くなった。何しろ自分自身が、その差別の対象であった種族に変わってしまったのだから……
かくしてこの赤森王国は、純人とレグン族が、仲良く暮らす、理想的な多民族国家に生まれ変わった。
そして偽緑人のレグン族が、各世界を渡り歩き蓄えてきた、多くの優れた科学技術。そしてレグン族そのものの、優れた技術能力によって、この赤森王国は急速に機械技術が発達し、世界最大の豊かさと軍事力を持つまでに発展することになった。
春明達一行の乗る輸送船は、その後順調に航路を進み、とうとう赤森王国の貿易都市に辿り着いた。既に時間は夜。辺りはすっかり暗くなっている。
そして一行は、展望室ですでにこちらから見えてきた、街の様子を食い入るようにして見ていた。
「……これが赤森王国の王都?」
「王都じゃないわ。ただの大きめの港湾都市よ。この上北市は、国内では10番目ぐらいの大きさだったかしらね?」
「すごいな……あれが全部電灯なのか? あれと比べると、聖都がゴミのように見えるな……」
展望室から見える、夜の街の風景に、リーム出身の二人が、とりわけ大きく驚いていた。元々電灯の無い国で育っていただけに。
そこから見えるのは、夜の街を大星雲のように明るく照らす、煌びやかな街の風景である。街には超高層ビルが建ち並び、街全体に広がる大きな建物から、無数の電灯の光が発せられていた。
何万ドルの夜景かは知らないが、これは相当大規模な機械都市である事が判る。あの建物郡の大きさも、この電灯による光の数も、この世界の各国の都市ではあり得ない、壮大な光景であった。
一行が感動的にその光景を見る中、春明と浩一は、意外と冷静であった。ああいった光景は、元の世界のテレビで、結構見慣れた風景であるだけに。
「前のリームは、結構ファンタジーぽい雰囲気だったけどよ……ここからは一転してSFかよ? 何だあの未来都市は?」
「ああ……天者の奴ら、何でゲームだと、自分の国をあんな貧相に描いたんだ?」
ゲームでの赤森王国だと、街の風景は、和風と中華を混ぜ合わせたような、かなり中世的な風景であった。
民家に入ると(人ん家に勝手に入れるのは、勇者の特権)、中には機械国家という設定らしく、テレビや選択器などのオブジェクトがあり、かなりアンバランスなフィールドであったことが印象に残っていた。
だが目の前にある都市は、人口百万は超えてそうな巨大さと、文明の壮大さを感じさせる、とても機械的な街であった。
やがて輸送船は、その上北都市に着港した。船長が様々な手続きを済ませてくれて、一行は上北の街に降り立った。
港にはこの輸送船以外にも、多くの外国の船が停泊していた。リームの妨害が無くなったことで、各国がここぞと交易再開を求めて、船を送り出したのだ。
今までずっと交易が妨害されていたせいで、すぐの交易再開は無理であろう。現時点各国から赤森に入った船は多いが、赤森の方から各国に送られた船はない。
さてそんな船だらけの港に降り立った一行。リームの土倉などとは比べものにならない大きな倉庫街を通り抜け、人の歩む街へとワクワクしながら行き着いた。
「うわぁ……春明さんみたいな人達が、いっぱいいます!」
「そりゃあね……ここはレグンの国だから、当然でしょう」
「こんなに人が……どれだけの人が、この街に住んでいるんだ?」
「車がこんなに……。私の国では、お金持ちの人しか持てないぐらい、凄く高価だったのに、ここでは皆持ってるんですか?」
電力が惜しみなくふんだんに使われ、電灯が行き過ぎなぐらい明るく輝く街の中。遠くから見える超高層ビルには及ばないものの、この港近くの建物も、かなり大きい。
街道には人の通る道よりも、車の通る道の方が遥かに大きい。走り行く無数の自動車や二輪車。春明は、最初はここは元の世界と変わらないと思った。
だがよく見ると、自動車から騒音や排気ガスが出ておらず、こちらは完全な電気自動車が採用されていることに気づく。
街を行く人々は、まるで祭りの日のように数が多い。ぞろぞろと視界を覆い尽くすほどの人々が、道々を歩き、巨大な建物の中を出たり入ったりしている。
これも春明達は、東京の風景に似ていると思った。だが勿論違いはある。街を行く人々の殆どが、和風又は中華風の民族衣装を着ていることである。
丁髷の人物はいないが、これほどの江戸っ子が、機械都市の中を歩き回るのは、随分違和感があるものだ。
「何だか、春明の出すウィンドウ画面ってのに、似たのがいっぱいあるな……」
街の各所の看板や、掲示板があるが、それは普通の物質の板ではなかった。春明が出すウィンドウ画面と同じように、ホログラフとして空中に投射されており、まるで街全体がテレビで覆われているように、各地に浮いている。
それに表示された文字は、全て日本語に近い文字であった。漢字と思われる難しい字があるが、日本で使われている漢字とは、微妙に形が違う。
また建物の入り口や壁などには、装飾として付けられたらしい、瓦屋根や網模様の漆喰の壁があり、部分的に文化的な所を残している。
SF映画の近未来都市に、時代劇の街の様子を融合させたような、何とも奇妙なものに春明には見えた。
そしてもう一つの特色は、待ちの人々の半分以上が、純人ではないことであろう。街の人の半分は靴を履いておらず、鳥のような足で、アスファルトの地面を素足で歩いている。そして頭には鶏冠が生えていた。
腕の部分は和服の袖で見えないが、恐らく中に鳥の羽毛が生えているのであろう。これはレグン族の特徴である。
今まで回ってきた国々では、春明の姿は、周りから見てかなり浮いていた。だがここでは、春明の姿が普通であり、その仲間達の方が、異色な存在に見える。
「何て言うか……散々赤森に行きたいって言ってきたけど……実は憧れだけで、実際に行ったら肩すかしをくらうんじゃないかって不安だったけど……全然そんなことなかったわね」
ルーリがそんな街の風景を、そんな風に感動的に口にしていた。
「そうね。でもこの上北の街……ずっと前にゲールのテレビで見たときよりも、でかい建物が随分と増えたわね?」
自分の記憶にある、テレビの映像での上北の街と、目の前の光景の違いに、ハンゲツはやや不可解な反応である。
「それでこれからどうするんだ? 街の姿の凄まじさには感動したが……逆に言えば、こんな常識外れな街で、どこをどうすればいいのか、私にはさっぱり判らんぞ……」
「えっ? ああ、そうだな……どうしよう?」
ジュエルの言葉に、春明は始めて現在の問題に気がついた。入国のパスポートはレックから貰って問題ないが、それ以外に関しては、全て自己負担である。
ゲームでは、普通にフィールドを進んで、目的地の王都まで辿り着いたが、現実のこの世界では、そう簡単にはいかない。
「すまん……ここに赤森に入ったことある奴いるか?」
試しに仲間に、赤森の入国経験を聞いてみるが……
「俺はねえな。ずっと山の中の村育ちだったし」
「私もよ。あんたと会ってから、初めてゲール以外の国に行ったし」
「俺もないな。そもそも俺、つい最近異世界から転生したばっかだし」
「ごめんなさい春明さん。私の家、貧乏だったから、少し前まで島から出たことないんです……」
ルガルガ・ハンゲツ・浩一・ナルカが、国を振ってそれぞれそう口にする。ルーリとジュエルは、聞くまでもなく、完全に論外だ。
正直困った事態である。初めて来る広大な巨大国家の中で、右も左も判らないのだ。
「……とりあえず、お巡りさんに聞いてみるか……」
「この国の憲兵ってどこにいるか判るのか? ていうか憲兵って、どんな服装してんだ?」
「情けないな……唯一の大人の私が、全く役に立たないのか……」
「私だって大人よ。ていうか今はあんただって、見た目は子供だし」
「何?」
ハンゲツの言葉に、首を傾げるジュエル。普段身だしなみなど気にせず、鏡で自分の顔を、最近見ていないジュエルは、気づいていなかった。
彼女の容貌は、リームでの無限魔狩りでレベルアップを積み重ねて以降、年齢が元の半分ぐらいに若返っていることを。
今の一行の外観は、全員十代の少年少女の集まり。春明達の世界の感覚からすれば、コスプレした学生旅行のような姿である。
街行く人には、彼らの姿に、振り返って注視する者もいる。だがそこまで目を見張る程、珍しいものでもないのか、すぐに興味をなくして視線を向けるのをやめてしまう。
『へ~~~~~い! いきなりで失礼! いつもより時間が早いけど、今日もこの清司郎が異世界ニュースをやるぜ!』
そんな時だった。街全体に響き渡るように、何やらノリの良い、そんな拡大音声が、高らかに発せられた。




