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第八十一話 鉄鬼

 キン大陸目掛けて海を進む、ゲール王国の輸送船。リーム教国の妨害が始まってから、実に二年ぶりの、赤森王国への船出である。

 船員達は、今乗っている数人の客のために、ここまで遠出することに困惑している。だがレック王子直々に、詮索しないと命令されているため、皆何も言わずにキン大陸・赤森王国への海路を進んでいた。


 春明達一行は、この船の屋上に来ていた。春明達の世界で言うフェリーと同じ役割を果たしていたこの輸送船は、客を楽しませるための施設がいくつかある。

 この屋上にも、ただの広間ではなく、外食を楽しむための白い椅子とテーブルが多く設置されていた。海側の方には、海がよく見えるようにするためのベンチが置かれている。

 春明達一行は、そのベンチに座って、ボーとして何も言わず何もしていない。ただ海風を浴びていた。ルーリは、白い食堂席でゲームをしていた。ぶっちゃけここ数日、やることがなくて暇なのである。

 リーム教国と違って、ここでは無限魔を狩って、暇を潰すこともできない。かといって、船の中の娯楽施設は、彼らにとってはあまり面白いものではなかった。

 ルーリの方は、多くの信奉者達から逃れた開放感と、始めて乗る高性能機械船にかなり浮かれていた。だが日を追うごとに飽きてきたのか、ゲームで暇を潰すようになっていた。


「お~~い、赤森までは後どのぐらいだっけ?」


 数時間ぶりに口を開いたのは、ルガルガのそんな言葉だった。


「確か、あと半日ぐらいかしら? まだ陸地が見えるには早いわ」

「半日か……長いようなもうすぐなような……いっそここで、海で魔物に襲われるイベントでも起こらないかな?」

「それは俺と会ったときに、既に体験済みだろ? あんなのはもうごめんだぜ。第一マジで会ったら、どうやって戦う気だよ? 俺たちじゃ、まともに水中で戦えないのは、もう判ってるだろ?」


 浩一が呆れながら、そう言ってきた。確かにあの時の魚竜に出会ったときは、本当にまともな戦いなど出来なかった。

 ましてやここから先は、赤森王国の領域。その区画の無限魔は、今まで通ってきた土地よりも、遥かに強いのだ。冗談抜きで、ここで海の無限魔に襲われたら、お終いである。


「あら? でも空からは何かあったみたいね?」

「空?」


 ハンゲツが何か気づいたようで、皆が空を見上げると、確かに何かがいた。この船が直進している先の海上上空に、何かポツポツと黒い点のようなものが見える。

 こんな陸地から離れたところで飛んでいるとなると、渡り鳥であろうか? だがレベルを上げ、常人より遥かに高い身体能力を持つ彼らには、遠くからでもそれの形を見ることが出来た。


「何だあれ? 人じゃないのか?」

「本当です! ちょっと遠くて分かんないけど……足の辺りが光っている人が何人も、空を飛んでるよ!」

「あれが赤森人か? でも確かレグンってのは、空飛べないんじゃなかったのか?」


 それは何と、空を飛ぶ人であった。翼もないのに、大海原の上空を、鳥のように飛ぶ者達が数人いる。彼らはどんどん近づいていき、そしてその姿も、はっきりと見えるようになってくる。


 彼らは西洋騎士の板金鎧のような甲冑を着ていた。ただしその外装は独特である。

 装甲は銀色に輝き、魚か龍の鱗のような紋様が、各部の装甲にある。腰から腹部の下の部分にかけてベルトが巻かれているが、本来留め具がある腹下には、スマートフォンのような電視機器が取り付けられていた。

 頭部の兜の部分は、フルフェイスの鉄仮面に、龍の顔を混ぜ合わせたようなデザインである。青いガラス製の大きな目(ヘルメットのシールド部分?)があり、後頭部には二本の龍の角が生えていた。

 そして何の意味があるのか、尻部からは、馬のような尻尾が生えている。

 装備は2タイプあり、両腰に日本刀と拳銃と思われる物を装備した者。背中に長銃を背負っており、腰の片側に、前者より短めの小太刀を装備しているものである。


 そして彼らは、足下には不思議なエネルギーを発していた。足下に光のリングが発生し、彼らと共に宙を浮いている。

 もしかしたら、これが彼らの飛行のための重力制御・推進力であろうか? 彼らの外見は、総じて見ると、まるで特撮番組の変身ヒーローのようである。


 人数は全部で八人おり、その中に一人だけ、他の者達とは外観の異なる者がいた。

 それは全身の装甲の色が、黒と白のカラーリングであった。頭部もまた黒く、大きな白い楕円形の目があった。また背中には、刀のような鋭いヒレが生えている。

 他の七人は、龍を象ったような姿であったが、こちらは鯱がモチーフなのかも知れない。また装備は、腰に差した日本刀一本だけで、銃器などは持っていない。


「あれは鉄鬼(てっき)のようね……」

「鉄鬼!? マジかよ!?」

「もしかして出迎えか? それとも何かやばいことやらかしたか? 俺たちか、この船が……」

「いえ、王子の話しだと、ちゃんと通信で赤森の許可は貰ってるはず。だから領海侵犯にはならない……筈よ」

「まさかあれとやり合うのか? 俺としては、もう少しレベルを上げてからにしたいんだが……」

「あれが鉄鬼? すごいわ……。赤森の本(横流し品)で見たことあるけど、実物は初めてだわ……」


 彼らの正体に気づいた一行は、その突然の来客に、動揺していた。

 今まで強大な無限魔ですら、全く恐れなかった一行だが、この鉄鬼に関しては、明らかな警戒をしている。

 ルガルガですら、彼らとの戦闘は忌諱している様子である。またルーリの方は、何やら感動したように彼らを見上げていた。


 あの空飛ぶ謎の集団は、鉄鬼(てっき)という機甲兵器を身に纏った、赤森王国の戦士達である。

 鉄鬼とは、赤森王国軍で一般兵士にも支給されている、白兵戦主力兵器だ。


 そのシステムは、まさに変身ヒーローで、ベルト型の起動装置から生み出された特殊機甲を全身に纏い、通常より遥かに高い身体能力と特殊能力を身につける。

 その力は、機種によって性能差があるが、中には霊獣や緑人にも匹敵する力を持つものもあるという。

 これは元々赤森王国のレグン達が発明したものではない。リーム教国が信仰の対象としていた、史上2番目の緑人である、ワタナベ・コンが治めていた国で開発されたものだ。

 かつてはこれが何百万と作られ、世界を侵食する人妖と激しい戦いを繰り広げたという。


 さてそんなとてつもない力を持つ、赤森兵士達が、この船の前に急に姿を現したわけである。これに気づき始めた、他の船員達も騒ぎ始めている。

 彼らは海洋を進む船の眼前の、数百メートル先で制止する。そして拡声器によって増長させられたと思われる声で、この船全体に響く程の声を上げた。


《この船はもうすぐ、無限魔の活動領域に突入しようとしている! 直ちにこちらの指示に従い、航路を変えよ! 位置は……》


 大音量で発せられた警告音。その言葉を聞いて、船員達が大いに騒ぎ出した。


「活動地域だって!? どういうことだ!? ちゃんと航路を通ってたんじゃないのか!?」

「もしかして間違えたんじゃ無いのか!? 長い間、この航路を通ってなかったし……」


 あまりに突然の事態に、動揺しきっていた船員達。大慌てで指示通りに、航路を変えるための作業を始める。

 その時だった。船の前方、数百メートル先の海で、何か弾けるような光が発せられた。


「あれは……魔の卵が変異する光か?」

「むっ! そう言われてみれば確かに似てるな」


 成り行きを見ていた春明達が、そのことに気づく。魔の卵が変異するには、あまりに距離がある。そしてその光の弾きは、結構な数がある。


「こんな遠いところで魔の卵が化けるもんなのか?」

「はい、化けますよ。どういう事か判りませんけど……人が大きい船に乗ってる場合、凄く遠くからでも変わっちゃうみたいです。何だか標的が大きいと、魔の卵が反応しやすいんじゃないかとかなんとか言われてますけど、詳しいことは誰も知りません。昔はそれで沢山の船が沈められたそうですよ」


 ギン大諸島出身のナルカが、ご丁寧にそのことを説明してくれる。

 その光が発せられた位置の海に、何かが爆発したような、盛大な水しぶきが上がった。そしてそこに、何やら黒い影が現れた。視覚能力が高い春明達は、その姿をはっきりと視認した。


 それは複数の魚の群れであった。

 魚と言うには、胴体がやや長く、ウナギの身体を太くしたような、変わった体型だ。頭から背中を通り、尾の先にかけてまで、黒い装甲のような厚い表皮が覆っている。

 そしてその顔は、鰐のような形で、鋭い歯が生えそろっていた。

 そして大きさは、小型飛行機並みの体躯で、まさに化け物魚という表現が相応しい。そんな者達が複数、海上で変異した魔の卵によって、この海に解き放たれたのだ。


「何か落ち着いて見てたけど……考えてみればまずくないか? この状況……」


 春明がここに来て、ようやく事態の危険性に気づいた。ついさっき、自分たちは水中戦ができないと話したばかりである。

 しかもここはキン大陸の近海。当然のあの無限魔のレベルも、今までより遥かに高いと思われる。


「ええと……私の魔法で、海に雷を落とせば通電して……」

「その場合、敵が感電する前に、この船が燃えるんじゃねえか?」

「こうなったら一か八かだ! 俺が海に飛び込んで……」

「落ち着け! 別に私達が行かなくても、あいつらがいるだろ!」


 ジュエルが今にも走り出そうとするルガルガを制止し、空の指差したとき、その時その方向から銃声が発せられた。


 あの化け物魚(以後、化け魚と呼称)が海に落ちて、この船目掛けて泳ぎだそうとしたとき、既に空にいた飛ぶ鎧集団=鉄鬼達は、既に戦闘態勢に入っていた。

 腰や背中に装備していた銃を構え、一斉に眼下の海中にいる化け魚達を狙撃した。


 パン! パン! パン!


 ちょっと地味な音の銃声が、七人分次々と発せられる。それらは会場近くを泳いでいる化け魚向かって飛ぶ。海に霰が降ったかのような水しぶきが無数に上がる。

 彼らの放った銃弾は、化け魚達に高確率で命中した。結構効いているようで、敵のばためく尾が、海上から少しだけ見える。

 ところがある程度撃つと、急に射撃をやめる。それと同時に水しぶきが止まると、海上にいた数匹分の化け魚の影が消えていた。


「あいつら、深いところに潜りやがったな……結局どうすんだよ」

「だからあいつがいるから大丈夫なんだよ。まあ、見てろ……」


 言い終わるや否や、銃を持っておらず、今まで何もしていなかった、鯱型の鉄鬼が、突如海上目掛けて急降下した。

 まるでカワセミのように水の中に突っ込み、さっきの銃撃より、遥かに大きな水しぶきがなる。それっきり、その鉄鬼の姿が見えなくなるが……


「おい、あいつ潜っちまったぞ! あれで戦えんのかよ!」

「大丈夫よルガルガ。あれは……」


 ドオン!


 心配するルガルガに、ルーリが何かを言いかけたが、その前に海中から何やら爆音が聞こえてきた。それと同時に、海上に波紋のような波が、盛大に発生し、この船もやや揺れ始める。


「おおっ!?」

「海底火山……じゃねえな? まさかあいつか?」


 大勢の船員達が、船の揺れに転ばないように何かに必死で掴まっている。この爆発の原因には、この場の全員に心当たりがあった。


「あれは鋼鯱(はがねしゃち)・赤森型二式ね。飛行能力は少し弱いけど、水中を高速で動けて、水中戦が得意な鉄鬼よ。今あの無限魔と、海中で派手にやりあってるんだわ」

「ルーリ、お前詳しいな?」

「そりゃあね。赤森でもかなり有名な鉄鬼らしいわよ」

「ああ、私も聞いている」


 話しに続くようにジュエルも、そのことで鋼鯱のことを語り始めた。


「確か人妖との戦争の時に、めざましい活躍をした伝説の鉄鬼がいてな。そいつと同じ設計とデザインで、赤森王国が新型機を作ったって話しだ! 確か装着者は最初に赤森に来たレグン族の一人のガストンだったな。何でも偽緑人というもので、何百年も生きていて、今の天者達からも信頼されているそうだ!」

「はあ……そうなのか?」


 そう説明するジュエルの口調は、少し嬉しそうで何やら興奮しているように聞こえる。それはルーリも同じであった。

 どうもこのリーム人二人は、以前から赤森の鉄鬼に、憧れを抱いているようであった。


 最初の爆音以降、海に特段変化は起きていない。戦闘は海中で行われている筈だが、ここからではそれを確認する術はない。


「あっ、出てきたぞ!」


 先程飛び込んだ位置に近い海に、その件の鋼鯱が姿を現した。再び大きな水しぶきが上がって、ミサイルのように空飛ぶ鋼鯱が、空中に飛び出してくる。

 そして仲間の鉄鬼がいる所まで飛び、こちらに振り返った。


《おい、こら! こっちに来て早々に、航路を間違えた間抜け共! 今から俺たちが扇動してやるから、今度は間違えずにちゃんと来い!》


 鋼鯱から発せられた声は、声色は女性のようだが、口調はまるで口の悪い男性である。まあ、それはこちらもルガルガがいるので、今更驚くことでもないが。


「何か怒られちゃったね……」

「別に俺らが怒られたわけじゃないだろ? ここの船員のミスだ」

「まあ、思い起こしてみれば、無限魔が出てから、ゲールと赤森が交易したのって、すごい短い期間だったからね。慣れなくて間違いが起こっても仕方がないんじゃないの?」


 そんなことを話している中、海の各地から、赤い色が広がり始める。やがて先程の化け魚の切り裂かれた死体が、流木のように海上に浮き上がってきた。

 それはさておき、このゲールの輸送船は、空飛ぶ鉄鬼達に後についていきながら、キン大陸行きの船旅を再開した。

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