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第八話 ゲームと現実の壁

 さてそんな感じで、一度モンスターに敗れて果てた山林を、再び歩き出す少年。

 幸運の麒麟像があることから、苦労するのは最初だけで、後からはどんどんレベルを上げて、さくさく進めると思われた。

 そもそもこの世界が、本当にゲームのルールが適用され、経験値蓄積→レベルアップという概念が適用されるのかも、未だ謎なのであるが……

 それで現在、道中で順調にレベル上げが出来ているのかというと……


「くぉんちくしょうがぁああああっ! 飛んでんじゃねぇ~~! 降りてこいや!」


 彼は刀をブンブン振り回しながら、頭上にいる敵に向かって叫んでいた。彼が対峙しているのは、この森の中を飛び回る、三匹の蜂である。

 蜂と言えば、毒針で刺される危険性から、大概の人間から怖がられる危険生物だ。そして今ここにいる蜂は、その危険度が、普通の蜂よりも遥かにレベルが上であろう。


 その蜂は、外見は普通の蜂である。アシナガバチの足を短くしたような姿だ。だがその大きさは、恐らく鷲ぐらいはある。元の世界でならば、確実に世界最大級の昆虫の一つに数えられる。

 身体が大きい分、発せられる羽音は大きく、ブンブンと凄まじい騒音が、森中に響き渡っている。腹の先っぽには、注射針のような毒針が出ている。

 あの針に刺されると、どれほどの量の毒を盛られるのだろうか?


 言うまでもないが、これは普通の野生動物ではない。あの空飛ぶ卵から出てきた、シンボルモンスターである。

 そのシンボルは、前と同じ場所で遭遇したから、恐らく前に会ったのと同じ個体と思われる。前はトカゲが出たが、今回は蜂。どうやら元のゲームと同じく、シンボル=シンボルから出現するモンスターの種類は、予め決まっていないようだ。


(ひぃっ!)


 少年の顔が恐怖で引き攣る。三匹の蜂が、こちらに向けて腹の針を突き出したからだ。普通の蜂ならば、ここで接近して、獲物に針を突き刺す。


 シュッ! シュッ! シュッ!


 だが巨大蜂達は攻撃の際に、少年に近づこうとしない。何と突き出された毒針が、巨大蜂の腹先から、吹き矢のように射出されたのだ。

 毒針を飛ばして攻撃するなど、やはり普通の蜂とは違いすぎる。


「うわわわっ!」


 彼は大慌てで、それらの毒針を避ける。上から射出された毒針は、さっきまで少年が立っていた地面に突き刺さり、ポン!と小さな土煙を上げる。

 さて飛ばした毒針を全部外してしまった巨大蜂は、この先どうするのかというと、次の針を出す準備を始めた。針がなくなって、丸くなってしまった腹先から、ニョキリと新しい毒針が、一瞬で生えた。そしてそれを再び、少年に狙いを定め飛ばしていく。


(どうすんだよ、これ!? どうやって倒せっちゅうねん!?)


 彼はそれらの攻撃を必死で避ける。幸い攻撃の間隔は結構あり、敵の狙いを定める様子も判りやすいので、それらを回避するのは、さほど困難ではない。

 だがもし一発でも当たったどうなるのか? あれが当たったら、毒のバッドステータスがつくのは、容易に想像できる。今の彼には、毒を回復させる技もアイテムもないのだ(気功治癒は、傷は治せるが、状態異常は治せない)。


 だが彼を苦戦させて焦らせている、最も大きな原因は、毒のことではない。実は彼には、空を飛ぶ敵を攻撃する手段を持っていなかった……


 ゲームの時は、別に敵が空を飛んでいようがいまいが、剣でも普通に攻撃できた。だが現実ではそうはいかなかった。

 敵は地上十メートル以上を飛び、しかも遠距離攻撃でこちらを攻撃している。そして少年の装備は刀のみ。現時点遠距離攻撃が出来るようなスキルは、一切持っていない。これでは手も足も出せようもない。

 一度ジャンプしたり、木によじ登って攻撃しようともしたが、結局無駄だった。今の彼の、垂直跳びの記録は、約二メートル。常人からすれば、充分超人的な記録であるが、それでは敵に届かない。

 木に登ろうにも、登るときの彼は隙だらけで、その合間に攻撃されかねない。


 意気揚々とモンスターに立ち向かった少年だが、ここに来てゲームと現実のギャップという、大きな壁が立ち塞がっていた。


(こうなったら……逃げる!)


 そう考えた彼の行動は、初戦の植物怪獣のように、どこかへ走り去ろうとはしなかった。それでは意味が無い気がしたからだ。

 そして彼は、走りながらコマンドのウィンドウ画面を開き、そこに記されている《逃げる》のコマンドを入力する。


 ヴン!


 その時一瞬、巨大蜂達の攻撃が止まった。ブンブンうるさくなっていた羽音も、急に止み、まるで時が止まったかのように、巨大蜂の動きが空中で停止している。

 その後何が起こったのかという、最初にあった、シンボルからシンボルモンスターが出現というサイクルとは、逆の現象が起こったのだ。

 三匹の巨大蜂達の身体が、光に包まれたと思ったら不定形になり、一つに集まり、そしてどこからから現れた、割れた殻がそれを包み込む。巨大蜂達は、一瞬にして、あの卵のような形のシンボルに戻ってしまった。


(成る程、こうなるのか)


 ゲームでは戦闘コマンドで《逃げる》を選択すると、画面が元のマップ画面に切り替わる。その時プレイキャラと敵シンボルがくっついた状態で始まる。

 その時敵シンボルは、数秒間だけ、硬直状態になっており、プレイキャラはそこから離れれば、無事敵シンボルから逃げられる。

 現実に適用されたこのルールは、彼の目の前でこんな風に表現されていた。元に戻った敵シンボルは、ゲームと同じように、空中に止まったまま動かない。


(……しかしシンボルエンカウントって、あくまでゲームでの表現だよな? 何もこんな強引に、現実に当てはめなくてもな……。普通にモンスターが、その辺をうろついているだけでもいいんじゃね?)


 色々疑問に思いながらも、彼は敵シンボルの再起動の敵を待つ。そして予想通りに、再び敵シンボルは光り出し、再び割れてモンスターの姿をとる。

 今度は前のトカゲのような、地上戦が出来る相手にして欲しいと、彼は願う。そして再び彼の前に、新たなシンボルモンスターが現れた。


(スライムか……)


 現れたのは、全身が青い不定形の生物が三匹。目や耳などの気管も、手も足も、動物的な特徴は全くない。うねうね動く粘液の塊が、地面を這っている。その大きさは、人間の大人一人分はあろう。

 スライムと言えば、剣と魔法の世界観ではお決まりの生物だ。「鶏勇者」では、確かジェリーという呼称だった気がしたが。


(大丈夫なのか? 確かゲームの時も厄介な敵だった気が……)


 このジェリーというモンスター、ゲームの序盤で、かなり苦労させられた覚えがある。それはこのモンスターが強いという意味ではなく、相性効果が悪すぎたのだ。


 ジェリーの系統のモンスターは物理・無属性攻撃に、非常に高い耐性を持っていた。恐らく液状の身体から、物理的な破壊を与えても、影響が少ないという意味であろう。

 その代わりジェリーは、火・雷・氷の属性攻撃に極端に弱いという特性があった。通常の物理攻撃では倒すのに難儀するが、この属性攻撃を使えば実に楽に倒せるという、属性効果の使い分けが、実に重要なモンスターである。


 ただゲームの初期で出会うこのジェリーに関しては、その属性の使い分けによる戦法で、優位に戦うという手段がとれなかった。

 何故なら……主人公を含む、初期の段階で仲間になるキャラクターには、これらの属性攻撃を出来る者が一人もいないからだ。そのため他のモンスターは普通に戦えるのに、このジェリーにだけは大層苦労させられるという、実にアンバランスな戦力設定が為されていた。

 何故このような不親切な戦闘バランスになっているのかというと……恐らく制作者側のミスであろう。

 まとめサイトのレビューで、このことを指摘するプレイヤーもいたが、結局これが修正されることはなかった。


(いや、今までの経験からして、ゲームのルールがそのままになってるとは限らねえな。もしかしたら、俺の刀も普通に通じるかも……)


 そう思い、彼はジェリー達に飛び込んだ。ジェリーの動きは鈍く、彼は容易に先制攻撃を与えられた。

 生で見るとかなり気持ち悪い外見の粘液の塊に、彼の鋭い刀身が振り下ろされる。


 バシャッ!


 水面を棒で叩いたような音が鳴った。彼の刀は、ジェリーを一刀両断にした。僅かな粘液の欠片が飛び散り、ジェリーの青い身体が二つに分かれる。

 彼は続けざまに、もう一匹のジェリーにも斬り付ける。これも同じように、プリンを切るようにあっさり全身をかち割った。更に残った一匹にも斬り付けようとしたが、さすが三度も隙は見せてくれなかった。

 最後のジェリーが身体を丸めた形に変形したと思ったら、ボールのように彼に体当たりをしてきた。


「ぶごっ!」


 刀を振り下ろそうと、刀身を頭上に掲げた状態の少年に、そのジェリーアタックがもろに激突する。

 粘液の塊とは思えないぐらい固まったジェリーの身体が、彼の腹に強い衝撃を与える。命中直後に、ジェリーは壁に当たったボールのように跳ね返って、数メートル後ろに移動した。

 彼はその衝撃で、後ろに倒れ込んだが、すぐに起き上がってそのジェリーを斬り付けた、その直後に、さっき斬ったはずのジェリーが、同じようにして彼に体当たりを喰らわした。今度は顔面に当たった。更に追撃をかけるように、

 また一匹が、彼の胸に激突する。そしてまた直後に、最初に攻撃を当てたジェリーが、体勢を立て直して最突撃してきた。


「はりゃぁあっ!」


 4発目は素直に当たらず、こちらから迎撃して見せた。飛んでくるジェリー目掛けて、刀を縦に振るう。正面から突進してくる敵など、剣士からすれば「どうぞ斬ってください」と言っているようなものだ。

 振り下ろされた刃は、こちらに向かって飛んでくるジェリーを、空中で真っ二つに割った。割れたジェリーの身体が、彼の左右を飛んで、彼の後ろに飛んでいく。

 彼は即座に右側に走り、ジェリー達から距離をとった。何故かというと、正面に残り二匹のジェリーがいる中、さっき斬った奴に、後ろを取られないようにするためだ。


 距離を取った状態で刀を構え直し、ジェリー達の様子を注意深く見る。攻撃の機会を窺おうとしているのか、ジェリー達はその場で静止している。

 さっき斬り飛ばしたジェリーを見ると、二つに割れた身体が、また早送りをしたナメクジのように地面を動き、二つに割れた身体がくっつく。そしてそれが粘土のように混ぜ合わさり、元の一体に戻った。


(物理が効きにくいのは、ゲーム通りって事か……しょうがない、また逃げよう)


 モンスターを倒す爽快感を早く味わいたい気分だったが、これでは仕方がない。彼は再びコマンド画面で《逃げる》を選択する。


《逃げるのに失敗しました!》

(え? あっ……)


 すると何故かそんな文章が書かれたウィンドウが出現する。直後に彼は、身体が凍ったかのように、全身が硬直した。

 刀を片手に持ち、ウィンドウに指を当てた状態で、まるで石のように動かなくなる。身体の感覚は残っているのに、まるで全身の筋肉が石になったかのように、指一本動かせないのだ。一応口と瞼は動かせたが。

 それを機会と見たのか、ジェリー達が一斉に彼に飛びかかる。


「ぶげっ! はぐっ! ぐおっ!」


 身体の三連撃の衝撃が襲う。その直後に身体の硬直が解け、4発目の体当たりが飛び込んだときに、彼はさっきのように刀でジェリーを斬り付けて、攻撃を防いだ。

 すると直後まで体当たりの準備をしていたジェリー達が、すぐに体勢を整えて、間合いに入らない距離に数歩分後退した。見た目と違って、以外と知力があるらしい。


(これもゲームの仕様かよ?)


 戦闘コマンドの《逃げる》は、選んだからと言って、必ず成功するとは限らない。もし失敗の判定が下ると、プレイキャラは1ターン分、敵の攻撃を一方的に受けなければ行けなくなる。

 彼はゲーム製作の知識など0であるため、この逃走成功率というのは、どのような計算で行われているのか知らない。

 ただ大概のゲームでは、敵と味方の強さによって、この逃走率が変化しているように思える。なお一部のフリーゲームでは、最初から逃走率100%に設定されているものもあった。


 ジェリーの耐性といい、何故かこういう面倒な所だけ、ゲームの仕様が適用されているという、何とも歯痒い状況である。


(またさっきみたいな攻撃を受けるのはまずいな。しょうがない、無理してでも戦うか……)


 彼は顔を鼻血で濡らしながら、そう決断する。ジェリーは物理攻撃が効きにくいが、ダメージを全く与えられないというわけでもなかった。

 ゲームの頃は、素材を手に入れようと、かなり無理をして戦ったのを覚えている。そして彼は、相性の悪い目の前の敵に、堂々と挑んだ。



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