第七十九話 移民返還
その後の名がない国となったリームの行動は、各国との支援要請であった。
完全に孤立状態だったこの国は、最早自力で国民の生活を立て直すことは難しい。そのため、各国からの支援が必要と考えたのだが、現在その成果は乏しいものであった。
只一国だけ、ゲール王国だけが、ある条件を提示して、交易の再会を約束したという。それは……
「おっ、見えてきたぞ! ゲールの国旗がある!」
浩一が自身の機械の眼の、拡大機能で、遥か遠くにあるものを見つけて声を上げる。
場所はリーム教国内のとある大きな港町。今まで見てきた村々とは、明らかにサイズの違う、大きな建物が建ち並び、道もしっかり舗装されている。機械技術がないこの国としては、かなり高水準な街のようだ。
春明達は今、この街に滞在していた。ただしルーリだけは、この場にいない。彼女は諸事情で、狩りの時以外は、彼らと別行動を取っていた。
この街は、今までゲール王国との交易で栄えていたが、先日のゲール王国との交易断絶で大混乱していた。
そのすぐ後の教国崩壊と再交易の取引が出されて、どうにか救われた幸運の街。今日この日、港町は実に騒がしかった。
この日は教国崩壊後、始めてゲールからの船が来る日だ。交易再開で喜んでいる者もいるが、それ以上の不安を抱えている者もいる。
各地から大勢の憲兵や、元反乱軍の兵士達も集められ、武装して待機していた。何故そんなことをしているのかという、暴動の可能性を考えての用意である。
「おい、見えたぞ! 何かすげえ数だ!」
「何万人乗せてきたんだよ、おい……」
港を眺める人々の視界の先、大海原に多くの舟影の姿が、やがて浩一以外の者に見え始める。それは十隻以上の数のフェリーのような、大型の機械船であった。
春明達一行を含めた、大勢の人々が見る中、その大型船団が次々と着港していく。そして橋がかけられ、中の人や物が、港に引き出される。最初に沢山出たのは、人だった。
船からまるで、蟻の大群がすから出てくるように、ぞろぞろと大勢の人々が、港に降りてくる。彼らは皆薄汚れた身なりをしており、しかもどんな絶望を味わったのか、表情が暗い。
「あれがゲールの移民なんですね。つまらない理由で国を捨てて移住して、他所の国から支援を貪って、沢山の人達に迷惑をかけた上に、反乱までしでかしたという、思わず殺したくなる愚民共」
「ちょっと言い過ぎだ。反乱は別に皆がしたわけじゃないし……」
ナルカが辛辣なコメントを述べる彼らは、ゲール王国に渡った、リーム教国の移民達である。
ゲール王国からの、交易再開の条件は、現在国内にいる、リーム出身の移民達の、受け取りと保護であった。
無限魔によって財を失った者や、安全の為に財を捨てて、ゲール王国に移住してきた者達。だが彼らは、移住先でもまともな生活を送れず、しかも多くの問題が立て続けに起きて、結局最後は元の国に送り返された。
今後も定期的に、この大型船団が着港し、移民達の大部分を、少しずつ強制送還する予定である。
別に全ての移民が、ゲール国内で問題を起こしたわけではない。だが移民に不満を持っていた多くの人々が、この講和条件を支持した。
教国が無くなったとはいえ、まともな生活が送れる保証がない人々は、後々の不安から、皆意気消沈していた。
兵士達の誘導の元、設置された避難所へと移送されていく人々。多くの人々が、彼らを気の毒そうに見つめる中、春明達は早くこの移送が終わって、船の出航の時が来ないかと、今か今かと待っていた。
「春明さん!」
「うん?」
さてそんなまだ先の事を待ちわびている春明に、急に彼の名を上げて声をかける者がいた。
その方向を見ると、他の大勢の野次馬達がゲール海兵に払いのけられ、こちらに近寄ってくる者がいる。その人物は、他の海兵達とは違い、何故かゲール憲兵の制服を着ていた。
「ドーラじゃん! 久しぶりだな!」
「はい、お久しぶりです!」
それは何と、ゲール王国で一行と別れた、ドーラ・ガーナーであった。野次馬達が何事かと首を傾げながら見つめる中、彼女は嬉しそうな顔で春明達の前に駆け寄ってきた。
ちなみに彼女と面識の無い、他の面々は、何やら警戒している様子である。
「ちょっと、誰よこの女? 春明の知り合い?」
「ええ、ゲール憲兵隊少佐で、私の元後輩よ。ちなみにこいつにはもう、ラブラブの彼氏がいるから安心しなさい」
「えっ? そうなんだ……」
「すいません、紹介が遅れました! 春明さんの今の仲間の方々ですね? 私はゲール憲兵隊のドーラ・ガーナーです! 現在レック王子の護衛と、春明さん達の出迎えで、陛下から推薦を受けてこちらの船に同行してきました!」
何故か彼氏の話をすると警戒が薄れる一行。ドーラも彼らにすぐに、礼儀正しく名乗りを上げる。
「そういやあいつ……名前なんて言ったっけ? 彼氏とは上手くいっているか?」
「ええ、ラッセルとは来月結婚する予定ですよ。後から聞きましたけど、これも春明さんのおかげだったんですね……。遅くなりましたが、本当にありがとうございました!」
何とも幸せそうな顔で、ドーラは答える。どうやらあの後、二人は特に障害無く、どんどん進展していったようだ。それに春明が、何やら楽しそうに話しを進めてくる。
「そうかそうか……幸せそうで何よりだ。ところでこの件で、レックの奴は何か言ってないか?」
「殿下がですか? 普通に祝ってくれましたけど? ……そういえば、この話をしたとき、何故か元気が無かったような?」
「そうかそうか……ところでさっきの話しだと、そのレックも、ここの船のどこかにいるのか?」
「あっ、はいそうです! レック王子が、早い内に春明さん達と話しがしたいと言ってました! まさかこんなに早く会えるなんて思いませんでしたけど……。さっき船から港を見ていたら、春明さんの姿を見かけて、驚きました」
春明達がこの港に来たのは、次の舞台の赤森王国に行くためだ。リーム教国には、他国からの船の出入りはほとんどないため、ここ以外に行ける航路がないのである。そこで鉢合わせになったようである。
「早い内にしたいという話だったので、出迎えたんですが……皆さん、今すぐ行けますか?」
その言葉に春明は皆の顔を見るが、特に反対するものもなく、皆頷いている。
「ああ、いいぞ。どうせここずっと暇してたし……」
「ではいきましょう。あちらの船です」
ドーラが指差した先。フェリーのような輸送船が何隻も着港している港の中で、一つだけ毛色の違う船がある。
それは滑らかで尖ったデザインで、重機関銃の銃座や、誘導弾発射装置が装着されている、一隻の駆逐艦と思われる軍船であった。以前見た、リームの外輪付きの蒸気船より、遥かに立派で高性能そうな船である。
「おおっ、立派な船だなおい。ルーリが喜ぶかも」
「そういやあの子に船が来たの、連絡してなかったわね。今すぐしておこうかしら」
そう言って、ハンゲツは携帯電話を取りだして、別行動中のルーリに電話をかける。
「他にも新しい仲間がいたんですか?」
「ああ、ルーリって言う、回復魔道士だ」
その名前を聞いて、ドーラは何かを思い出したようだ。
「ルーリ? ああ、聞きましたよ! 死者すら生き返らせた、奇跡の天才魔道士でしたね? あの人も、春明さんの仲間だったんですね!」
「そうだな。あれ以来あいつは……まあ、色々と忙しい生活を送ってるよ……」
彼女が今、どんな生活を送ってるのか、そのことはあまり語らず、一行はルーリの帰りをしばらくの間待つことになった。




