第七十八話 教国最後の日
ドサッ!
「うん?」
砦の庭内では、先程ハンゲツに眠らされた兵士達が、今でも大勢仲良く睡眠中だった。だが一部の兵士が、耳元での大きな音に気づいて目を覚ます。
「うう……俺は生きてるのか? うおっ!?」
目を覚まし、起き上がった目にしたのは、自分のすぐ側で倒れている異形の鳥怪人の姿であった。
全身の銃創から、出血又は肉が焼けた煙が発生している。羽もボロボロで、かなりの負傷であるがまだ生きている。
「ギィイイイッ……」
うつむけに倒れながら鳥獣人は生きており、腕で地を立たせて立ち上がろうとしている。
「なっ、何だこれ!? うわぁああああっ」
目の前の異形に怯えて、その兵士は一目散に逃げ出す。鳥獣人の周りには、まだ目覚めていない兵士が、何人も倒れていた。
そこから少し離れた地面に、砦から飛び降りたナルカが、そこへ舞い降りてきた。高所からの落下したにもかかわらず、ナルカの身体には何のダメージもなく、ただ着地した地面の土に、衝撃で陥没が出来るだけである。
「ちょっと待て! ハンゲツ、あいつらを連れ出してくれ」
「判ったわ!」
「?」
鳥獣人に止めの一撃を放とうと、上位銃撃魔法の魔力を溜め込もうとしたとき、同じく駆けつけた春明が止めに入る。
ナルカが不思議そうに見ていると、ハンゲツが霊術で召喚したお化け達を放ち、それで鳥獣人の周りで倒れている兵士達を掴み上げて退避させた。
もしあのまま必殺の一撃を放っていたら、鳥獣人と共に彼らも巻き添えになっていたかも知れない。
「あいつらを助けるんですか……さすが春明さん、優しいんですね!」
「お前に優しさが足りないだけだ! お前マジであいつらごと殺す気だったのか!? お前正義の味方目指してんじゃないのかよ!?」
「ようし、じゃあまた撃ちますね!」
鳥獣人は立ち上がり、ナルカ目掛けて、一直線に突進した。地に落ちた鳥は、大して素早く動けないため、もうこうして直行するしかないのだ。
その実に当たりやすい、接近してくる敵目掛けて、ナルカは大量の魔力を溜め込んだ、魔導銃の引き金を引いた。
ドン! ドン! ドン!
すかさず連射される魔法弾。正面から突っ込んだ鳥獣人に、それが二十発以上も命中する。しかもその銃弾の衝撃で、後方十数メートルぐらい飛んで、地面に倒れ伏す。
銃創が更に増えて、鳥獣人はもう殆ど動けない。
「今度こそ止めです!」
最後に発せられたのは、超高熱のファイアブレッド2。それを既に動けない鳥獣人に、見事着弾。強大な熱と光の火球を生み出した。
鳥獣人の身体は、その火球に取り込まれるように、そして爆発するように、その身が真っ黒に変色し、マネキンのようにあっさりと粉々になって消し飛んだ。これで決着である。
「殆どあいつの一人勝ちだな……おれ結局何もしてねえし」
「まあ、戦いには相性があるさ」
結局満足のいく戦いができなかったことに、ルガルガは不満な様子。
自分より格上の筈の鳥獣人を、ナルカがたった一人で倒してしまった。以前の巨大蜂のこともそうだが、この世界では弓や銃と言った武器は、陸上戦では威力不足だが、対空戦闘では驚異的な戦闘力を発揮するようであった。
かくしてゲームでの第一イベントにあたる、差し向けられた教国軍の撃破は、見事達成された。
詳しいことは後述するが、ゲームでは次は主人公が、反乱軍と共に、聖都へ攻め込むイベントがある。……だが結局そのイベントに相当する戦いは、諸事情で起こることはなかった。
鳥獣人との戦いの後、すぐに駆けつけた反乱軍は、教国軍の砦を占拠した。ゲームと違って彼らの役目は、春明達の戦いの後始末だけであった。
パトリック・リームと、教国軍の仕官達は、現在この砦の中の、牢獄に投獄中だ。ちなみに女神の聖霧という呪毒をばらまいた魔道士は、反乱軍が来るとあっさり投降してきた。
とうに戦意はないらしく、毒をばらまいたのはパトリックの強制だったと言い張っている。
元にいた砦に軍の2割ほど置いておき、ジュエル率いる反乱軍分隊は、ここを新たな拠点にする。
この後しばらく、各地の同士と共に、反乱軍本体と合流して聖都に攻め込む算段だったのだが……
「春明いるか? とっておきの情報が出たんだが……」
あの戦いの翌日。春明達のいる砦の一室に、廊下の方からジュエルが扉を叩いて、そう声をかける。
ちなみに春明達一行は、昨日のあまり疲れない戦いの後、この部屋に寝泊まりした。
他の仕事は全部反乱軍の同士達が行ってくれるので、彼はあまりやることがなく、ルーリを中心として、あのゲームで遊びに興じていた。ちなみにそれは捕縛した砦の兵士達から没収したものだ。どうやらこのゲームは、学生だけでなく、教国の兵士達の間でも流行っていたらしい。
「ジュエル? ああ、いいぞ?」
「何だ、情報って? 教国がまた凄い怪物を召喚してくれたか?」
ここの部隊のリーダーが自ら教えに来た情報という物に、興味をそそられて、春明達はゲームを中断して、ジュエルを室内に迎え入れる。
ルガルガは、新たな戦いの予感に期待しているようだ。
一定階位の仕官が寝泊まりしたであろう、下位の兵士よりも良い感じのベッドが並んだ寝室。
その中でジュエルが、何やら嬉しそうな顔で、皆が注目する中、そのとっておきの情報を告げる。
「喜べ! 戦争は終わったぞ! 反乱軍の勝利だ!」
本気で嬉しそうなジュエルに対し、各々の反応は様々だった。ルガルガは「えーー!」と凄く残念そうで、ハンゲツは状況を読めずに困惑している。
「戦争が終わったって……どういうことよ? 私らが休んでる間に、本隊が聖都を制圧しちゃったっていうこと?」
「まあ、ある意味ではそうなるな。先程城に残っていた兵士達が、降伏勧告してきた。どうやら昨夜に、パトリックの敗北が伝わった後、教皇が聖都から逃走したらしい」
「はぁ!? 何でだよ!?」
リーム教国編のラスボスが、何と最後の決戦が始まる前に逃走。そして敵軍の早々とした降伏。あまりに呆気ない戦いの幕引きに、春明は唖然としていた。
「おいおい……じゃあこの後のゲームイベントどう片付けんだよ!? 俺たちが教皇を倒さないと、話しがきちんと終わらないぞ!?」
「そのイベントはスキップする以外にないな……。正直言うと、この事態はある程度、想定していたから、私はあまり驚かないがな」
「何だよ? こうなること判ってたのか?」
「ああ。前にも話したが、この国はもう殆どボロボロでな、まともに戦争をやる力も無い。この状況で他国に攻め入れられたら、ヤキソバの裁きがなくても、遅延した文明と民衆の寝返りで、あっさり落ちただろう……。私も昔は教国軍の中枢にいたから、あの国の終わりっぷりはよく判る」
「だからって、王様がこんなあっさり、国を捨てるわけ?」
幾ら国が衰退したからと言って、国の最高権威者が、こうもあっさりと今までの地位を捨てて逃亡などと、あまりに諦めが良すぎる。普通なら、権威を守るために、もっと粘りそうなものだが……
「権威より命の方が大事だからじゃないのか? 以前から皇室が、財を持ち出して国外へ逃亡する気ではないかと、噂も上がっていた。その噂は本当だったのかもな。実に素早い脱走だったそうだ。まあ、無限魔を殺戮できる化け物が、反乱軍に加わったと聞けば、向こうも気が気でないだろうし。天者達も、こんな国をゲームの大ボスにするなど、随分無茶のある設定をしたものだ」
ゲームでは、主人公がどんなにレベルを上げ、装備を整え、力を付けても、敵勢力の動きが変わることなどない。
例えラスボスにも楽勝できるぐらいレベル上げをしていても、敵さんはこちらの戦力差など考えずに、勇敢に戦ってくれていた。
だがこの世界では、自分たちとの力の差を、正確に見極め、実に適切な行動をしてくれたものであった。
「何だよそれ! 今まで散々無能ぶりを見せてくれたんだ! だったら最後まで、こっちの実力を見極めずに突っ込むぐらいの、無能役をしてくれよ!」
「そうは言ってもどうしようもないだろ……。いくら相手が馬鹿でも限度があるだろうが」
納得しない終わり方に激昂する春明に、ジュエルが呆れながら宥める。
「それで私らこれからどうすんのよ? ここでやること終わっちゃったけど……」
「いや、まだある! 幸運の麒麟像だ! もしかしたらそれを見つけるために、新たな番人が……」
「ああ、それならもう見つかったぞ。教皇が逃亡した後、やつの玉座に、いつのまにかその麒麟像が置いてあったらしい。誰が置いたのかは……まあ考えるまでもないな」
「えっ? じゃあそれは……」
「さっき電話で、事情を話してこっちに持ってくれるよう頼んだよ。まあお前らは恩人だし、多分あっさりと渡してくれると思うぞ」
何とその最後のイベントすら、知らない内に全て終わっていた。
「ご丁寧にしっかり置いていったのかよ……」
「多分だけど……教皇が戦わずに逃げちゃったから、天者達もどうするか分かんなくて、とりあえず置いていったんじゃないの?」
ゲーム通りならば、あれは教皇の所持する宝物の一つして、勝利後に主人公が奪う物であった。だがこの状況では、春明達に渡るようにするには、そうするしかないだろう。
「ちょっとどうすんのよ? 本当にやることなくなったわよ? このまま反乱軍の国作りの手伝いでもする?」
「そんなことやってられるか! 次の所に行くぞ! 次は赤森大陸だ。ルーリ、お前が行きたかった国だ。勿論着いてきてれるよな?」
「ええ……もうここまで来たら、あんたらとも最後まで付き合ってあげるわ」
ルーリはもう当に決めたことと、春明の誘いに応じてくれる。
「まあ、お前の場合はどのみち、この国から離れた方がいいな。民衆からどんな要求をされるか判らんし」
「えっ?」
ジュエルの不思議な言葉に首を傾げる。民衆が何故ルーリに危険になるのか?
「お前、前に死人を生き返らせる技を使っただろ? あれ、すでに付近の村に広がり始めてるぞ。お前に助けられた奴ら、あちこちの村に言いふらしてる。あれはかなりやばかったな。死者蘇生が出来る奴なんて、どれだけの奴がお前に押しかけてくるか……。下手をすれば、女神教に変わる新興宗教に祭り上げられるかもな……」
「ああ……そう」
あの時は、自分の力にのぼせ上がり、はしゃぎ回って、自分の力を人前で、大目立ちで使ってしまった。そのせいかは知らないが、彼女は少し不味い立場になっていたようだ。
もしかしたら教国を出ても、ルーリは追われの身になるのではないだろうか?
「それとジュエル。あんたは……」
「ああ、いいぞ。私もお前について行ってやる。この国に残るよりは、お前についていった方が、旨みの良い物が手に入りそうだしな! このままこの国に残っても、後処理だの責任だので、かなり面倒な仕事をさせられるし、早いところ逃げたいと思っていたところだ! これから宜しく頼むぞ、勇者春明よ!」
結構現実的な理由で、仲間入りを決めてくれたジュエル。常識で考えれば、国を倒したり、滅び欠けた国を救うよりも、戦いの後の国の立て直しや事後処理の方が、遥かに大変である。
RPGの勇者などは、そういった責務は一切負わずに、戦いが終わった後は、まんまと責任を他人に押しつけてどっかに消えるのがお約束である。今はそのお約束に従って損はないだろう。
かくして春明達とリーム教国との戦いは、こうして全く盛り上がらずに幕を閉じることとなった。主にゲームマスター(天者)の設定ミスのせいで……
「ところで早い内に教国を離れようと話しだが……どうやって行くんだ? この国に今、外国行きの船はないが……」
「えっ?」
さりとて、問題が全て終わったわけではないようであるが。




