第七十三話 奇跡の魔法
春明達は地図で覚えた地理と、道の途中で見かける看板を頼りに、実に手早く被害を受けた集落に辿り着いた。
その農村ではコーダ村と同じく、毒に苦しむ人々が、大勢地面に倒れ伏していた。
「ひっ、ひでえ……何よこれ? これが例の女神の聖霧なわけ?」
「そうなるな。この地獄みたいな感じは、ゲーム通りだな」
「こんなのが聖霧だとか神聖ぽい名前つけて、本当に馬鹿みたい……て、うわあっ!?」
ルーリが動転したのは、こちらに向けられた幾つもの視線。村の居住区の入り口前に立つ彼らを、大勢の人々がこちらに救いを求めて、手を上げながら凝視しているのだ。
何だかゾンビの群れを見ているようで、結構怖い。
「俺の気功治癒は、怪我は治せるが状態異常は治せねえ。これは治癒魔法を使えるお前に頼るしかねえ」
「いや……本当に私に治せるわけ? あんたの言うゲームだと、敵の城まで薬を取りに行くんでしょう!? 下手にゲームに逆らって、何が起こるか……」
「悪いがゲームと現実は違うんだよ……。ゲームじゃどんなに時間をかけても、最終的にイベントをこなせば、皆救ってハッピーエンドだがな……。こっちの世界じゃ砦に潜入とかグダグダやってる内に、どんどん人が死ぬかも知れねえだろうが」
かつて春明が、寄り道しまくって、幽霊屋敷で待機していたハンゲツを怒らせたように、この世界はゲームと違って、時間というのものがとても大切だ。
今回は大勢の人の命が、時間と共に危機に晒されているのだ。
「そっ、そうね! 何やってんだろ私。迷う理由なんて何もないのに……ようしやってやるわ! リカバリーオール!」
ルーリがメイスを高々と掲げ、精神を集中して渾身の魔力を込めて魔法を唱える。スキル表に表示されているものよりも高い量のSPが消費され、彼女の身体状態異常回復スキルが発動された。
彼女のメイスを中心に、魔力の光によるオーロラが出現した。ただし砦の兵の傷を治した物とは、微妙に色合いが違う。その光が村全体を覆い尽くし、村人の身体に光の粒子が吸い込まれていく。
「うううっ……おっ?」
「身体が楽に……? この光は?」
「治ったの? 助かったの私?」
「あれはっ!? あの子の魔法の力か!?」
今まで涎を垂らし、失禁したりしながら倒れていた人々の苦しげな声が、あっとまに消えていく。彼らを苦しめていた体内の毒が、あまりあっさりと治癒される。
治癒と同時に体力も回復したようで、村人達は次々と起き上がっていく。中には元々身体が不自由だった者まで、健康的な体つきで立ち上がったりしていた。
ルーリは一度の魔法で、一気に数百人もの村人の命を、実に簡単に救ったのである。
「助かったあ~~女神様の奇跡だ!」
「馬鹿野郎! そんなわけあるか! あの子がくれた奇跡だ!」
「どこの魔道士様!? 本当にありがとう!」
多くの村人が、今までの苦しみで、精神的に元気を出せない状況。そんな中、一部の立ち直りと状況把握の速い者達が十数人ほど、一斉にルーリの元に駆け寄って、一斉に礼を言う。
「ああ……うん。どういたしまして……」
「あなたはどこの魔道士様ですか? もしかして天者様?」
「いや私は……」
「いやぁあああああっ!」
多くの人々が毒の苦しみから解放されて、徐々に喜びの感情を出し始めたところ、とある民家から、村中に響き渡るような女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思い、そちらの方へと行ってみると……
「うわぁああああん! 何で! 何でよ~~!」
それは民家の中で、泣きじゃくる若い女性。手にはこの女性の子と思われる赤ん坊が抱きしめられていた。
赤ん坊はピクリとも動かず、眠っているようにも見えない。その周りに彼女の知人らしき者達が、つらそうな顔で立ち尽くしていた。
「そういや赤ん坊や、身体の弱い人間は死んでたとか言ってたな……」
「うわっ、そうだった。ゲームではどうなってたの? そう言う人も薬で助けられた?」
「いや、何の説明も無かった。そもそもNPCに赤ん坊キャラのグラフィックなんてなかったし」
ゲームでは普通に薬を渡して、めでたしめでたしで終わっていた。まず間違いなくいるであろう、毒に長時間耐えられないような、身体弱者に関しては、何一つ触れられていなかったのだ。
「ゲームと違ってすげえ後味悪いな。結局死人出しちまったし……」
「私の魔法でどうにかできないかな?」
「えっ?」
そう言ってルーリが覗いていた窓から離れ、つかつかと屋内に入っていく。
「ちょっと……君は?」
家の中にいた者達が反応に困って停まっているのを無視して、冷たくなった子を抱きしめる女性の前に進み出る。女性も何事かと首を上げた直後に、ルーリが魔法を唱えた。
「レイズ!」
ルーリのメイスから赤い光のオーロラが小規模に発生。それが赤ん坊の身体に纏わり付き、その体内に吸収される。その直後に、赤ん坊の身体に体温が戻り始めた。
「うぐ……おぎゃぁああああっ!」
もの凄い生命力を注ぎ込まれた赤ん坊が、今まで死んでたのが嘘のように、高らか泣き声を上げた。これにはその場にいた者達も騒然とする。それは春明も同じであった。
(嘘だろ、おい! あれってそんな魔法じゃないだろ!?)
たった今ルーリが使ったレイズという魔法。ゲームでは戦闘不能になった仲間を、HP100の状態で復活させる蘇生魔法であった。
蘇生と言っても、それは“戦闘不能”からの復活であって、死者を生き返らせる設定ではなかったのだ。
だが以前ガルディス村での戦闘の後、ルガルガが指摘したことや、春明の回復術が四肢欠損まで回復させられることを考えると、この世界の自分たちの回復術は、ゲームを超えているのかも知れない。
「嘘だろ! 死んでなかったのか!?」
「奇跡だ! あんた本当に何者だ!」
「誰だっていいでしょ! すぐに他の人達に連絡してくんない! 死んでる人がいたら、私の方に連れてきてって!」
その後は怒濤の奇跡のオンパレード。ルーリは連れてこられた息絶えた村人を、次々と生き返らせていく。
その度に、ルーリは村人からとてつもない賛美の声を上げられた。中には何年も前に死んだ、掘り返した墓の骨を持ってきた者もいたが、残念ながらそれは生き返らせることは出来なかった。
「本当にありがとうございます!」
「まさか生き返ると同じに、長く煩った病まで消えるなんて……こんな奇跡があるなんて信じられない!」
「まさか死者を生き返らせるなんて……こんな人を育て上げる魔法学校はいったい……」
「何とお声を上げればいいのか……感謝の言葉も尽くしきれません!」
「このまま教国の奴らをぶっ殺してくれ! 村人一同応援するぜ!」
数々の感謝と賛美の声をかけられむず痒く思いながら、ルーリ達は次の村にも行かなければいけないと、早々と村を出る。
村人はその時にも最後まで一行を見送っていた。ちなみに一行には、後から合流したハンゲツ達もいたが、彼らはほとんど何もすることなく、村を出て行くこととなった。
「何だお前? さっきと違って、何か機嫌よさそうだな」
ルガルガが、砦にいたときと、少し様子が変わったルーリにそう聞いてきた。
「う~~ん、そうかもね。何て言うか……言葉で言いにくいんだけどな。今の私の魔法の凄さが、身にしみて判ったって感じかな? 自分の魔法で、あんな風に、沢山の人から感謝されるなんて、生まれて初めてだし……」
「そりゃあな。強くなれて悪い事なんて無いだろ?」
「そうね。よ~~~し! 私の魔法で、リームのクソ共じゃ出来ない、奇跡って奴を、どんどん起こしてやるわ! 教国の奴ら、目にもの見せてやろうじゃないの!」
先程砦で物憂いていたのはとは、全く一八〇度変わって、己の力に陶酔した様子のルーリ。巻き込まれる形で加入した彼女も、すっかり仲間と打ち解けてきたようだ。
(自分の力に自信を持つようになったのはいいけどさ……ちょっと持ちすぎじゃね? 死者を生き返らせるとか、とんでもないことをしでかしてるし……。何かこのまま堕落フラグにならなきゃいいけど)
何となく不安なものを感じる春明。ルガルガの起こすような暴力沙汰よりも、遥かに厄介な面倒ごとを抱え込んだようだような気がしていた。




