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第七十二話 女神の聖霧

 さてこの後どうするかということで、少々難しい話しになった。

 てっきり敵は、すぐにこの当たりに攻め込んでくると思って、急いで戦闘準備をしていた。だが敵は、今の拠点にこもって動く様子がない。

 いっそこのままこちらから攻め入るか、慎重に様子を見るかで、反乱軍内で色々意見することになった。

彼らは特にすることもない一行は、砦の庭で思い思いに過ごしていた。

 ルガルガは、反乱軍の若者と、戦闘稽古をして、反乱軍の方々をボコボコにして泣かせている。


「どうしたこんだけハンデくれてやったんだ! 一斉に来い!」

「くそう……うりゃあ~~~!」


 ドウン!


 ルガルガの一撃で、一気に数人の兵士達が宙を舞う。一気に数十人を相手にしているが、ルガルガには傷一つない。

 魔道士達(魔法学校の生徒含む)の攻撃魔法がルガルガを襲うが、彼女はそれを素手のパンチを何発も繰り出して、全て相殺してしまう。何発かたまに当たっているが、大したダメージにはなっていないようだ。

 Lv80の彼女は、もはや軍の大部隊と一人で渡り合えるほどの力を持っていた。


「こらあっ、やりすぎだ! お前が強いのは判ったが、これじゃ死人が出るぞ!」


 皆がそれに注目する中、ルーリはその騒がしい場所から距離を取って、あのスラム街でやっていたゲーム機を、一人でプレイしていた。

 一人であるためか、あの時のように騒がしくすることもない。そこへ、一通り稽古を終えた(兵士達をほとんど潰した)ルガルガが、意気揚々とルーリの元へとやってくる。


「おいルーリ、お前の回復魔法で、こいつら治してくんないか?」

「うん? いいわよ。キュアオール!」


 ルーリが一旦ゲームを中断し、側に置いてあったメイスを持ち、それを掲げて魔法を唱える。メイスの刃から(魔道杖ほどではないが、これにも魔力増幅機能がある)、癒やしの光のオーロラが出現し、それが霧のように広がって、血まみれで倒れている兵士達を一斉に包み込んだ。


「おおっ……」

「すごいぞ。傷がこんな速さで塞がっていくなんて」

「何で折れた剣まで直ってるんだ?」


 その光に包まれた重軽傷を負った数百人もの兵士達が、瞬く間に復活していく。

 中には骨折などの重傷を負った者や、かなり高レベルの戦士(HPが高くて全快しにくい)もいるのに、あっというまに全員の傷が治っていく。


 反乱軍の兵士達が、ルーリの絶大な威力の回復魔法を見て驚愕しきっていた。時代によっては、奇跡の巫女として崇められていたかも知れない。

 その中にいた、ルーリの同級生もいて、信じられないといった様子で、彼女に声をかける。


「すごいわねルーリ……。あなたってこんなに強かったんだ……」

「少なくとも皆が知っている頃の私には、こんなことできないわよ」






 皆から感謝の言葉を貰いながらも、素っ気ない返答のルーリ。その後もゲームの続きを黙黙と続けていた。そんな彼女に、春明が声をかける。


「何だか、機嫌悪そうだな。レベル上げてやったのが、あまり良くなかったか?」

「別に……本当なら喜ぶんだけどね。あんまり怒濤に話が進むから、実感が湧かないのよね」


 ルーリはそう、深くため息を吐いた。


「私なんか本当に何もしていない。ただあんたらが無限魔を狩りまくってるのを、ただ後ろで見てただけのなのに……何故か勝手に力が、どんどん上がってるし。終いにゃこんな伝承レベルの武器まで貰って……もう自分の身に何が起こってるのかも、ほとんど判らないわ」

「それはまあ……お前を選んだ天者に文句言うしかないな」

「天者が選んだんじゃないわよ。あんたが私を選んだのよ」

「うん?」


 何やらルーリがおかしな事を言う。あの時パーティーメンバーに入れられたのだから、ゲームにおける回復魔法の使える学生というキャラクターの配役は、ルーリで間違いないはずである。


「前に言った、ジュエルさんが学校に隠れてること、私含めて数人が聞かされるって話ししたわよね?」

「ああ、したな」

「あの時、そのことを教える生徒が指定されていたらしいわよ。『回復魔法が使える女子生徒のみ、この情報を伝えろ』てね。あの時あんたが私に声をかけたから、私があんたの言うゲームの配役に選ばれたのね」

「そうだったのかよ……」


 どうやら回復魔道士の配役は、最初から決まっていたわけではないらしい。最初に一定の人数候補者を絞ってから、最初に春明に遭遇する者を選定する方式だったようだ。

 ようするにルーリは、宝くじで大きすぎる券を当ててしまったのである。

 あの時は深く考えずに、回復魔道士という理由だけで、彼女を巻き込んだ春明。今になってあれを軽率な行動だったと思い始めた。


「ああ……何ていうかすまんな」

「何であやまんのよ? 別に責めてるわけじゃないし、むしろ逆じゃない。ただ貰った物が大きすぎて、実感がないだけ。別に何か酷いことがあったわけでもないしね」

「そうはいってもなあ……何かお前、俺に頼みたい事ってあるか? できることな、色々してやるぞ?」


 どのみち一人の少女の人生を、こっちの都合で狂わせたに違いは無い。どう声をかければいいか判らず、とりあえず適当にそう言ってみる。


「……そうね。赤森王国に行きたいわ」

「赤森に?」

「ええ……このゲーム機が作られた国よ。聞いてみればこのゲーム、かなりの旧型の安物らしいわよ。こんな凄い機械がね……。魔法も使わないで、こんな凄い道具が作れるっていう、何か魔法がダサく思えてくるし」

「魔道士がそんな事言っちゃ駄目だろ……」

「そんな凄い国があるって知ってから、ずっと憧れてたのよ……。いつかその国に行ってみたいって。……まあ赤森でなくても、いつかこんなクソみたいな国、早く出て行きたいって思ってたけどね。あんたに会わなかったら、何も知らずにゲールで難民生活を送ってたかも……」

「そうか……お安いご用だ! 近いうちに一緒に行こうぜ!」


 本当にお安いご用な話である。何しろリーム教国での件が片付いたら、今度は赤森王国に、元から行く予定だったのだから。

 だがその自信のある春明の言葉に、ルーリは何となく浮かない様子だった。憧れの地に、あまりにあっさりと行けてしまうと、また今のと同じ憂鬱な気分を味わうのでは?という不安

 。口には出さないが、彼女は心中そんなこと考えていた。良い物ばかり与えられたのに、何故か素直に喜べない、不可思議な現象。恐らく彼女が巡り会った相手が、あまりに大物すぎたのが原因であろう。


「そう、ありがとう。期待して……」

「大変だぁ~~!」


 突然砦の庭に、砦内部から大声を上げて駆け込んでくる者がいた。彼は春明の姿を追い、見つけると大急ぎで彼の元に駆け寄る。何やらただ事じゃない雰囲気だ。


「春明さん! すぐに来てくれ! 大変なことになったぞ!」

「どうしたんだよ一体? 教国軍が動いたのか?」

「奴ら、あちこちの街に毒を撒き散らして、ここに脅迫状を送って来やがった!」






「マジかよ。何てこったい……」

「くそがっ! すぐに村人の救出と搬送を!」

「事件が起きたのは、敵の本拠地のすぐ近くですよ! 危険すぎます! どのみち今の人員じゃ、全員の搬送なんて!」


 春明達がいる反乱軍が占拠した砦に送られた書状。それにはとてつもない事が書かれていた。内容は要約するとこう。


 近辺の各地の集落に“女神の聖霧”というものをばらまいた。教国軍曰く、この霧は教国に害なす邪悪な者をこの世から浄化する力があるという。反乱軍に関与していない一般人に効果がある時点で矛盾があるが、要するに各地に毒ガスを撒き散らしたと言うことだ。

 彼らを救いたければ、ここにいる春明とその仲間全員、武器を捨ててこちらに投降せよ。とまあ、そんなことが書かれていたのである。


 この書状を見て、反乱軍はすぐに、現場に密偵を送った。すると書かれていたとおりに、多くの村人達が、毒によって苦しんでいた。

 皆毒にやられて、長時間苦しんでおり、赤ん坊や身体の弱い者は既に息絶えていたという。そんな最悪の報告が、砦に送られてきていた。


「女神の聖霧か……もうここまで来たのかよ。ゲームじゃリーム軍ともう一悶着あった後で出てくるんだけどな」

「ゲームでも出てくるのか? それはどういう設定だったんだ?」


 会議の場で春明が呟いた言葉に、全員が注視する。この状況だと、そのゲームの情報はかなり重要である。


「ああ……あくまでもゲームの設定だけどな。リーム教国は赤森王国と対抗する為に、聖霧とは名ばかりの魔法の毒ガス兵器を作ったんだよ。それをばらまいて赤森王国を滅ぼそうしたんだが」

「そのゲームにはヤキソバの設定はないのか? 普通そんなことしたら、すぐに神法違反で裁きを受けるぞ」

「その毒ガスはすぐに人を殺さずに、一定時間苦しめるものだそうで、術者が念を込めればすぐに全員を殺せる設定だった。それを使って、裁きを下そうとすれば、毒に犯された民を全て殺すと、教国がヤキソバに脅しをかける計画だった。まあ主人公に阻まれて結局実行できずに、教国はそれを自国にばらまいたんだが」


 ゲームのリーム教国は、神獣ヤキソバを脅迫する計画を立てていた。現実のこの世界の住人からすれば、あまりにとんでもない話しである。


「成る程な。教国が考えそうなことだ。その作戦、もしかしたら現実にも考えられていて、天者達はそれを元にゲームのシナリオを作ったのかもな」


 皆が信じられないといった風だったのに対し、かつて教国の兵士だったジュエルにとっては、納得できる話しであるようだ。


「それでゲームでは、どういう風に話が進むんだ?」

「確か敵の拠点に忍び込んで、聖霧に魔力を入れている魔道士をやっつけてから、薬を盗み出すていうシナリオだったな」

「薬を盗む? あれには薬が必要なのか? 治癒魔法では治せないのか?」

「そういう話しはなかったな。ゲームだとイベントで毒を盛られると、大概はすぐに死ぬか、解毒薬を探すイベントが始まるかだけど……この世界ではどうなんだ? 確か治癒魔法が効かなかったって言ってたけど?」


 ゲームだとキャラが毒か病気にかかると、大概それは死亡決定。もしくは助けるための新たな冒険の始まりである。

 ゲームのイベントでは、状態異常を治す魔法やアイテムは、あまり話しに絡まないことが多い。春明が今し方密偵からの報告を伝えた反乱軍兵士に目を向ける。


「はい……密偵隊の中の回復魔道士が治癒を試みましたが、治癒は不可能だったようです。あれはかなり強い魔力が込められた呪毒で、自分たちの魔力では駄目だったと……」

「成る程……つまり強い魔力の持ち主なら治せるということだな?」


 ジュエルの言葉で、その場の全員が、一斉にある人物を期待の目で顔を向けた。


「え……私?」


 自分を指差し唖然としているのは、最近話題の天才治癒魔道士の、ルーリであった。


「なるほどな。それはゲームじゃなかった発想だ。よし! 善は急げだ、行くぞ!」

「よし判った! すぐにジャイアントダックの手配を……」

「いらねえよ! 走っていった方が速い! いくぞルーリ!」

「えっ? うわっ!?」


 春明に手を引っ張られてルーリは共に、砦から出る。彼に手を握られているルーリに、他の仲間が一瞬不満げな顔をしたような気がした。

 砦の扉を素早い手つきで、ビデオの早回しのような速度で開閉して、どんどん先まで進む。


「待てっ! ここから走るといっても……うおっ」


 もの凄い勢いで外に出て行った彼を追って、反乱軍兵士達が見た者は、時速百キロを超える走行速度で、既に遙か彼方まで行ってしまった春明達の姿であった。

 瞬く間に小さくなっていく春明達の姿を、反乱軍兵士達が呆然と見ていた。ジュエルの方も、彼の力にかなり感心したようだ。

 今の春明達は、もう以前のようにゆったり歩き回る旅をする必要がない。彼らのレベルの身体能力ならば、もう電車もバスも必要ないだろう。


「速いな……さすがの私もあそこまでは速く走れないが……これが勇者の力と言うことか」

「私の召喚した霊で飛んでいっても良かったのにな。何よあれ? 手なんか握って、まるで駆け落ちみたいじゃない……」


 そう言って残りのメンバーも、彼を追って砦を出発したのであった。

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