第七話 ステータス
しばし時間がたち、彼は再び倒した植物怪獣の死体のすぐ側で、地面に胡座をかいて座り込んでいた。
ちなみに植物怪獣の死体は、一回目に倒したときほど、細切れにはなっていない。さすがに二回目の対戦とあって、以前ほど勝利に興奮はしなかったゆえに……
(まずはステータスの確認だな……)
彼は先程も見た、ウィンドウ画面を再び見る。あの時はいきなり戦闘に入ったので、あまり余裕を持って見ることが出来なかった。
《春明 Lv20 HP57/160 SP60/60》
ウィンドウ画面の自己状態には、こう書かれている。さっきの戦闘の後よりも、減ったHPの割合が少ない。二度目の戦闘では、敵の攻撃パターンが大分判ってきたので、前よりも早めに倒せたからだろう。
彼は更に、隣の画面の《ステータス》の覧を選択する。恐らく数人分のデータが詰め込まれるようになっている広い画面が現れ、そこに現時点一人分のデータ、春明のステータス選択画面だけが表示されている。彼はそれを再度選択する。
《春明 Lv20 HP 57/160 SP 60/60 》
《可能装備 武器/刀・槍・弓 身体/和装・和鎧・プロテクター》
《武器/名も無き打刀 身体/白い着物 装飾1/ 装飾2/ 装飾3/ 》
《攻撃力 200 防御力 64 魔力 7 敏捷性 16 感覚 16》
《獲得経験値 50/1000》
まさにゲーム的な数々のステータス数値が出てきた。これを見て、ちょっと予想外だったのか、彼は不思議そうな顔だ。
(ステータスの名前とかが、ゲームの時とは違うな……。“魔法防御力”と“運”がないぞ……。それに攻撃力が異様に高い……)
ゲームではキャラクターの打たれ強さを示す数値は二種類あり、《物理防御力》と《魔法防御力》の二種類に分けられていた。
ゲームの攻撃を受けたときのダメージ換算は、物理攻撃と魔法攻撃とでは、別々の計算がされているのだ。
(まあ、確かにそれって何か変な話しだったしな……。現実にするとこんなもんか?)
そう考えて、彼は納得する。
例えばの話しだが、《物理防御力》が極端に高く、逆に《魔法防御力》が極端に低いモンスターがいたとしよう。
そのモンスターは物理攻撃にはまさに鉄壁だ。だが魔法攻撃を受けた場合はどうだろう? 「鶏勇者」というゲームには、『マジックロック』という、岩を魔法で飛ばして攻撃する土属性の攻撃魔法がある。
それをレベルがとても低い魔法使いが、そのモンスターに撃ったとしたら?
そのモンスターは物理攻撃の場合、砲弾の雨を受けようが、巨岩を頭上に落とされようが、全く傷一つつかない。
だがその弱い魔法使いが、雀を殺す程度の威力しかない石の弾(魔力攻撃)を、ポンとぶつけると、一発で崩れ落ちる。
傍らから見れば、それはあまりに滑稽な事態に見えるだろう。こう考えると《防御力》の概念を、一つに纏めるのは、かなり現実的に思える。
(もう一つの攻撃力が飛び抜けてる件だが……もしかしてこの刀のせいか?)
彼が知る限り、あのゲームの主人公のステータスは、魔力以外はほぼ平均的な物理系戦士だった。ステータスだけで攻撃力だけが、こうも飛び抜けていることはなかったはずだ。
そこで思い立ち、彼は腰に差されている刀を、鞘にしまったまま、腰から引き抜いた。そしてそれを地面に置いて、もう一度ステータス画面を見ると……
《攻撃力 26 防御力 64 魔力 7 敏捷性 16 感覚 16》
さっきよりも攻撃力が一段と下がった。やはり刀の強さが原因だったようだ。
(まあ当たり前か……普通の人間なら、素手で殴ったときと、刃物持って斬り付けたときとじゃ、殺傷力とか全然違うし……)
ボクシングでは選手がどんなに相手に殴られも、そう簡単には倒れない。だが攻撃されるのが刃物だったら、当たり所によっては一発で死ねる。
刃物を持っている時と、素手の時では、攻撃力に極端な差が出るのは当たり前だ。もし使っていた武器が、最初に持っていた竹刀や木刀だったら、こんな偏りのないステータスになっていたのだろうか?
ちなみに《運》のステータスがないことに関しては、特に考えるまでもない。常識で見て、運の良さを数値化するなんて不可能だ。
(しかしこれ……てっきりゲームの世界に入ったもんかと思ってたけど、これ見ると何か変だな。ゲームのステータスの概念を、無理矢理現実に当てはめてるみたいな……)
色々引っかかる所があるが、とりあえず彼はやるべきことをやろうと考える。彼はウィンドウを元に戻し《スキル》の項目の中にある《気功治癒》を選択する。
「……おお」
結果トカゲと遭遇したときと、同じ感覚が、彼の身体に再び発生した。あの時は途中でトカゲたちに邪魔されたが、今は大丈夫だ。
しばらく十秒ほど身体から温かい感じと、僅かにオーラを纏ったように身体が発光する不可思議現象が続いた。
《春明 Lv20 HP 157/160 SP 50/60 》
自己状態を見ると、減っていたHPがほぼ全快していた。数値ではなく実際に自分の身体を見てみると、身体についていた、鞭で打たれた痣が、薄い跡は残っていたものの、ほぼ回復していた。
それと同時に身体にまだ残っていた痛みが、完全に消えていることに気づく。
(すごいな! 身体の傷が治ったぞ! ……ていうか服の破れとか、汚れも治ってるんだけど?)
治ったのは彼の身体だけではない。さっきの植物怪獣との戦闘で、彼の麒麟柄の着物も、結構破れたり、血で汚れたりしていたのだ。
気功治癒の光を纏った途端、まるで新品のように元通りに修復されているのだ。
(まあ確かにゲームじゃあ、敵から攻撃を喰らって、死んだり瀕死になっても、防具が壊れるなんてことなかったが……)
色々と不思議な話だが、これもゲーム的な仕様なのだと、彼は一応納得することにした。
(しかしいちいちコマンド入力しないと、スキルを出せないってのは、結構手間だな……さっきの戦闘からして、ゲームの時みたいに、こっちがコマンド入力するのを待ってはくれないだろうし……)
確かにゲームの場合は、敵味方の行動は、必ず1ターンに一回と限られている。それが全部終わると、コマンド画面に戻り、こちらが次の行動を選択し終えるまで、敵が何かしらの行動を起こすことはなかった。
だがこちらの世界では、戦闘の使用が異なるようだ。コマンドを選んでいる最中にも、しっかり敵は攻撃してくる。
ちなみにこの少年、最初はモンスターに怯えて逃げたりして、このゲームのような世界に拒絶に近い感情を持っていた。
だが何故か今は、もうそんな恐怖は消え失せ、それどころかゲーム通りの冒険をするのに、いつのまにか乗り気になっている。
いくら死の危険が無くなったとは言え、この心境の変化も、慣れというものだろうか? 死にそうな目にあった体験が、トラウマになる人間は、世に沢山いる。だが“死にそう”ではなく、実際に“死ぬ”体験を何度も繰り返すと、トラウマというレベルを超えて、こんな風になるのだろうか?
もしかしたらこの男、心の一部が壊れてしまったのかもしれない……
(試してみるか……う~~ん、気功治癒!)
彼は頭の中でさっき体験した身体の温かみを思い出しながら、頭の中でそのスキルの名を唱えてみる。
「うわっ!? おおおっ!」
結果、意外なことに上手くいった。頭の中でそう念じただけで、さっきコマンドで入力したときと同じように、気功治癒の光が放たれ、その身が包まれる。
彼は既に、HP満タンの状態なので、当然HPに変化はない。だがそこに確かな手応えを感じた。
(そうか、コマンドを押さなくても、こうすれば簡単にスキルを使えるんだな。よし、何か自信が湧いてきたぞ! よし次は……)
次に彼は装備の覧をクリックしてみる。
《武器/ 身体/白い着物 装飾1/ 装飾2/ 装飾3/ 》
先程と違って、武器の項目が空欄になっている。先程足下に置いた刀を拾い上げると、名も無き打ち刀が、すぐに武器の項目に名前が入力された。次に彼は《アイテム》を入力する。
アイテムの覧には更に区分けして《通常アイテム・武器・防具・貴重品》の四種類に分けられていた。試しに《通常アイテム》の覧を選択すると、広いウィンドウ画面に、何もない空欄が広がっているのが見える。
現時点通常アイテムを一個も所持していないと言うことだろう。次に《武器》を選択すると、同じく広いウィンドウ画面の中で、現時点装備している名も無き打ち刀が、一品だけ表示されていた。
更に《防具》を選択すると、そこには装備中の白い着物の他に、もう一品表示されていた。
(これはっ!? そうだった! すっかり忘れていた!)
それはかつて彼が、とてつもない精神的労力をかけて手に入れ、あのゲームの二週目をプレイしようと考えるきっかけになったアイテム。
装備者に経験値三倍の恩恵を与えるレア装備“幸運の麒麟像”である。
(実物を見たいが、これってどうやったら出せるんだ!? ゲームの時とは、要領が全然違うし……そうだ!)
ウィンドウ画面に表示された、幸運の麒麟像の名前を、今までと同じように押し当ててみる。
(出た!)
出るのは一瞬だった。彼の目の前に、ボール一個程が入るほどの、小さな穴が現れた。地面に穴が開いたのではなく。空中に丸い蓋のような、赤い空間の穴が、突然現れたのだ。
その穴は下向きで、そこから何かが落ちてきた。その直後に、その奇怪な空気の穴は、一瞬のうちに収縮して消滅した。
今まで何もなかった空間に、突如出現したそれは、星の引力に従って、地面にポトリと落ちる。それは掌に収まるサイズの、小さな動物のオブジェである。
全体に光沢がある虹色に輝いており、見た目ではこれが石なのか金属なのか不明だ。形は前足・後ろ足を曲げて、ひな鳥のように座り込んでいる、鹿のような竜のような不思議な形の生き物=麒麟を模った姿だ。
胴体の両横に紐がつけられており、それが小さな輪になっている。どうやらこれは、ネックレスとして、首にかけるもののようだ。
(おおっ! 何て綺麗な一品なんだ!)
かつてのゲームでの苦労を思い出す。そしてそれが今、目の前でパソコンの画像ではなく、実体のある物として現れた。
そんな彼には、これが想像以上に美しいものに見えた。彼は子供のようにはしゃぎ、それを首にかける。麒麟像のネックレスをした、和装少年の姿が出来上がった。
そこで彼は、もう一度《装備》の項目を調べてみる。
《武器/名も無き打刀 身体/白い着物 装飾1/幸運の麒麟像 装飾2/ 装飾3/ 》
装備品の中に、しっかり麒麟像の名前が追加されている。どうやら武器以外の装備でも、わざわざコマンドで入力しなくても、身につけるだけで装備したことになるらしい。
(おうし、これさえあれば今後の冒険は、全然怖くねえぜ! さくさくレベルが上げて、立ちはだかる奴ら、全部無双してやるぜ!)
すっかりこの世界がゲーム的に動いていると捉え、それに乗る気満々だ。身体ももう十分回復したし、ゲーム的に考えれば、いつでも旅の準備は満タンだ。彼は立ち上がり、再度森の中を進もうとする。
「でもその前に……これ邪魔だな」
そう言って彼は、自分が今まで履いていた、あの大きめのブーツを脱いだ。今までの戦闘の時にも思ったのだが、正直このブーツ、歩きづらくて戦闘にも支障が出る、迷惑な物であった。
ズポッ!と綺麗に彼の身体から抜け落ちるブーツ。そして露わになる、彼の何も履いていない素足。
(化け物に喰われる時にも、少し見たけど……やっぱこうなってんだな)
自分の素足を、何やら面白そうに見る少年。姿を現した彼の両足は、何とおかしな足であった。
それは足の甲に当たる部分が極端に少ない、というより足の甲自体が存在しないといっていい。
指は4本しかなく、その内の三本は、足首から直接延びており、かなり大きく、しかも細長い。まるで三叉槍のような、形の足と指である。
しかも三本の指の間には、水かきのような小さな膜がある。残りの一本は、何故か踵より少し上の方に延びており、しかも他の三本と比べると、かなり短い。
軽杉の裾からのびるその足には、全体に黄色い爬虫類の鱗でびっしり覆われている。
これは何処をどう見ても、人間の足ではない。これは大きな鳥の足である。試しにかれはその三本の指を動かして見る。
三本の細長い指が、三つ叉上になった足を開閉させるかのように動く。最初にこの場所に来たときに、足の指の感覚がおかしかったのも当たり前である。
この三本の指は、本来なら指の間をある程度開いた状態でいるのが正しい形らしい。だがこれらがあのブーツの中で、無理矢理束ねられて押し込められていたのだ。歩きにくくなるのも当然である。
《攻撃力 200 防御力 64 魔力 7 敏捷性 18 感覚 16》
ステータスを見ると、ブーツを脱いだ後と前とで、敏捷性の数値が少しだけ上がっている。どうやらこれは、ステータス数値にも多少影響を与えていたらしい。
(不思議だな……。自分の足が化け物になってるのに、全然冷静でいられる。これもゲームじゃ普通だったからか?)
彼は次に、自分の和服の袖を捲り上げてみる。別に袖に何か問題があったわけではないが、足を見るついでに確かめたかったのだ。
露わになった彼の腕には、手首から肘にかけて、一直線に小さな羽根が生えていた。白い羽毛に覆われたそれは、飾り物ではなく、彼の皮膚から直接生えている。だがかなり小さいので、これで空を飛べそうには見えない。
人間ではあり得ない、この身体的特徴が、彼の着物の袖の中に隠れていたのだ。
彼は次に頭の帽子を取ってみた。そして自分の頭を手で触ってみる。
ここには鏡がないので、彼自身は確認できないのだが、帽子の中に隠れていた彼の頭には、鶏の雄鳥のような、赤い鶏冠が生えているのだ。
髪の毛は普通に生えていて、その髪の毛の中を突っ切るように、体毛とは異なる突起物が、彼の頭の皮膚から生えてきている。
これはゲームの時の主人公にも、共通してあった特徴であった。
この異形の身体部位は、ゲーム序盤では一切明かされず、ある程度ストーリーが進んだ後で、衝撃の事実みたいな感じでいきなり明かされるのだ。
正直プレイヤーだった彼からすれば、そんな引っ張るような設定ではないと思ったが。
(そもそもゲームタイトルからして、主人公が人間でないの丸判りだしな……)
帽子と袖を元に戻し、残されたブーツをどうしようかと悩んだが、彼はふと思いつく。
(う~~ん、収納!)
ブーツを手に持った状態で、頭の中でそう念じてみる。するとそのブーツのすぐ横に、先程も見たあの赤い空間の穴が出現する。
それは出現してしばらく沈黙していたが、彼がブーツから手を離すと、ゴミが掃除機に吸い込まれるように、その空間の穴へと飛んでいく。ブーツはその穴に入りその場から姿を消す。勿論空間の穴の裏側から出たりはしない。
その直後にさっきと同じように、その穴も一瞬で消滅した。
彼が《アイテム》→《通常アイテム》の順でウィンドウを見ると、案の定そこに「黒いブーツ」という新たなアイテムが追加されていた。
ちなみ《防具》の覧には何もない。どうやらこのブーツは、防具の類には入らないようだ。
(よしっ! これで準備は万全! さっさと行くか!)
色々と判ったところで、早速彼は歩き出し、その場を後にした。鳥のような足で、裸足で歩いているのだが、鱗で覆われたこの足はかなり硬いのか、別に土や石を踏んでも何ともない。
そして彼は、最初に出たときと同じように、傷だらけで、不安にかられている様子もない。意気揚々と旅立っていった。
(おっと、うっかり忘れるところだった)
数歩歩いたところで、実に大事なことを思い出して、立ち止まった少年。彼はウィンドウを開き、セーブ画面のファイル2に、今の状態をセーブした。
(ようし、これでいつ負けても大丈夫。くくくっ! 狩るぜ~~~! モンスター共を狩りまくってやるぜ!)
彼がこの状況に、変に乗り気になっている理由が、一つ明らかになった。
どうやら彼は、モンスターを斬殺する行為に、麻薬のような快感を覚えたようだ。




